スイスアルプス
     ハイキングと列車の旅

2010年6月29日〜7月9日

スイスの山を歩きたい、そして氷河特急とループの橋で有名なあのベルニナ鉄道にも乗ってみ
たいという思いを実現するするため個人旅行を計画する。

飛行機を予約しスイスパスを購入、更に氷河特急は座席指定をする。宿はユースホステルを中心
に予約を入れた。夏のシーズンが始まりユースは2泊しか取れずあとはまあまあのホテルを探す。


日程とコース: 
 1日目: 関空→ヘルシンキ→チューリッヒ(泊)
 2日目: チューリッヒ→サンモリッツ(泊) 午後ムオッタス・ムラーユ展望台へ
 3日目: サンモリッツ(ベルニナ鉄道)→ティラノ(イタリア)→サンモリッツ(泊)
 4日目: サンモリッツ(氷河特急)→ツェルマット (泊)
 5日目: チェルマット(登山電車)→ゴルナグラート(ハイキング)→リッフェルベルク泊
 6日目: リッフェルベルク(ハイキング)→ツェルマット(泊)
 7日目: ツェルマット→グリンデルワルド(泊) 午後散策
 8日目: グリンデルワルド(ゴンドラ)→メンリッヘン(ハイキング)→クライネシャイデック(登山
       鉄道)→ユングフラウヨッホ(登山鉄道)→グリンデルワルド(泊)
 9日目: グリンデルワルド→チューリッヒ(泊) 午後散策
 10日目:  チューリッヒ→ヘルシンキ
 11日目:  関空着(午前) 


    サンモリッツ湖の朝焼け

チューリッヒから列車を乗り継いでサンモリッツへ。
スイスの列車も日本同様に時刻表どおりに運行
されているようだ。 到着し午後にムオッタス・ム
ラーユ展望台に登る。ここからはサンモリッツの町
の全景とベルニナアルプスが見える。写真はホテ
ルの窓からの眺め。

この日はマッターホルンに雲がかかり残念ながら湖面に逆様の姿を見ることが出来ない。
スネガパラダイスからは地下ケーブルであっというまにツェルマットの町に着く。

翌日、列車でグリンデルワルドへ。午後町を散策。雪のある山がアイガー。

           メンリュッヘンゴンドラ駅(2227m)
メンリュッヘンまでゴンドラで登り、そこからクライネシャイデックまでハイキング。このコースはユング
フラウが良く見えるコースとして有名なのだが、今日はガスがかかり全く見せてくれない。時々ガス
が動き、ちらっと姿を現す。

快晴なら後に雄大なユングフラウが見えているのだけれど。出会ったアメリが人の若い夫婦にシャッ
ターをお願いする。驚いたことにこの夫婦は生後14ヶ月の赤ちゃんを連れていたのだ。私達の3人
目の孫が7月4日(アメリカの独立記念日)に2歳の誕生日を迎えたばかりだったので、しばらく孫や
赤ちゃんの話をする。

今日は天気は味方してくれない。16年の歳月をかけ、山の岩壁に7.1キロのトンネルを堀り、こんな高い
ところまで人間を多量に運んでくれる鉄道を作るなんて凄い事を考えたものだと驚くばかり。

展望台の外に出てみたがガスと強風で長居は出来ない。少し晴れてきてカメラを構えていたらイギ
リス人の親子がやって来て、先に撮りましょうといってくjれた。その好意に甘えて私達はポーズをと
る。次に私が撮ってあげようとカメラを構えるとガスが出て何も見えなくなる。しばらくしても晴れ
ないので二人は諦めてしまう。少し申し訳ないような気持ちだった。

一夜明けて今日は素晴らしい天気。朝、宿のおじさんが庭に望遠鏡を出してくれて、アイガーに登って
いる登山者を見つけて見せてくれた。覗いてみると、しっかりと登山者を確認できた。左の稜線の最初
大きく落ち込んだくぼみの辺りにいた。「私も北壁でなければガイドを伴ってこの山も登れるだろうな
あ」と呟いた。モンブラン、キリマンジャロに登り随分経つが又この山にも登ってみたい気分が沸いて
きたのは確かだった。私達が宿泊しているこの宿はユースのような感じで、宿のおばさんやおじさんは
とても話しやすく家庭的。その上庭から山の景色がとても素晴らしい。アイガーが見えるんだから。そ
の左には、シュルックホーン(4078m)、更にヴェッターホーン(3701m)も。

           インターラーケンからのユングフラウ。

グリンデルワルドからの帰り道、インターラケンで何とか見ることが出来たユングフラウ。全身を見た
ければ又来いよと言っている様だった。そんな思いを抱きながらチューリッヒへと向う。明日はスイス
ともお別れの日。 

日本に帰り2週間後に氷河特急が脱線して事故を起こす。このニュースに私達は本当に驚いた。まさ
にあの列車に乗っていたのだから。カーブが多くアップダウンもあるがとてもゆっくりと走っていた
ので事故を起こすなんて思いもしなかった。ただ、カーブに来ると車輪が「キー、キー」とかなり軋
んだ音を出していたので、気にはなっていたが。

アイガー北壁と左の稜線の二人の登山者

夫婦の山へ

   チューリッヒ(Zurich)中央駅

関空からヘルシンキ乗り継ぎでチューリッヒ空港に着き、列
車で中央駅に到着。チューリッヒはスイス最大の都市でチュ
ーリッヒ湖畔のリトマ川沿いに中心地と旧市街がある。駅舎
の建物はとても大きくて立派。夕方になると広い構内に多
くの食べ物店が現れ大いに賑わっていた。

クライネシャイデック(2061m):ここで登山鉄道に乗り換えてユングフラウヨッホへ。

グリンデルワルドの宿(民宿風)の傍から望むアイガー 

    セガンティーニ美術館

ジョバンニ・セガンティーニの没後100年
を記念して改装された石積みの建物。運命
3部作として有名な「生Das Leben」「自然Die
Natur』「死Der Tod」が2階の大きなドーム型
のギャラリーに掲げられていて強烈な印象を
与えているようだ。

  Bernina Express(ベルニナ急行)

サンモリッツとイタリアのティラノを結ぶ
鉄道。沿線に広がるベルニナアルプスと
氷河を見ることが出来る。写真は2091M
のアルプ・グリュムから見えるバリュー氷河。
列車の窓から氷河が見えるのに驚く。

     オープンループ橋

列車がイタリア語圏に入りブルジオ駅を過ぎる
とこの路線の後半のハイライトのオープンルー
プ橋が現れる。列車は標高差を克服する為に
円弧の陸橋を360度回転する。

ティラノからの帰りに途中下車して
このオープンループ橋まで歩く。列車
が来るのを待ち写真に納める。そんな
事をする人がいないだろうと思って
いたら反対の駅(ブルジオ)から歩いて
来た外国人が2組いた。帰りは一緒になり
電車待ちの間会話を交わす。スイス人の
女性二人と、イギリス人夫婦だった。

  ティラノ(イタリア)

ベルニナ急行はここが終点。
私達は帰り道にひと駅を歩く予定
でティラノの町には行かないで
ここで折り返す。写真は列車から。

  ランドバッサー橋

サンモリッツからしばらく行くと
ランドバッサー橋を通過する。
長さ130m、高さ65mの5本の
石造りの柱に支えられた美しい
高架橋は氷河特急のシンボル。

   氷河特急(Glacier Express)

サンモリッツとツェルマットを結ぶ全長280km、
所要時間約8時間の列車の旅。沿線には深い谷
広い草原、峠、トンネル、そして雄大なアルプス
があり車窓に広がる。私達はサンモリッツから
ツェルマットに向った。

  朝焼けのマッターホルン

夕方ツェルマットに着いた時はガスで
その姿を見せてくれなかったが、一夜
明けるとその見事な姿を現した。宿泊
したユースの横の高台からの朝焼けの
マッターホルンに感動する。このユース
では部屋の窓からもマッターホルンが
見える。

登山電車で終点の駅ゴルナグラートに向う。標高3089mの駅前に立ち目の前に広がるこの
大パノラマに身が引き締まる思いだった。左からモンテローザ(4634m)、リスカム(4527m)
そして小さいのが二つ並んでいる左がカスツール(4226m)、右がポリュックス(4091m)、
その左の大きな山がブライトホーン(4165m)、その右に少し下がって小さいのがクライネ
マッターホルン(3883m)ここから夏スキーが出来る。そして最後に右端に一人佇んでいる
のがマッターホルン(4478m)。本当に凄い景色だ。

    グレンツ氷河

モンテローザとリスカムの間から
伸びている氷河途中他の氷河と
合流してでリッフェルベルグを越え
下の氷河公園まで達している。

快晴に恵まれ青い空と見事な姿のマッターホルンを見ながらのハイキングは
とても気分よく疲れを感じない。下るにつれて山の姿が微妙に変化していく。

マウンテンパイクで下ってくる人もいた。

逆さマッターホルン。風があり湖面が少し波立っていたので全景にはならなかった。

このような道しるべがあるので迷う事はない。

登山電車の途中駅・リッフェルベルグ(2582m)にあるホテルに宿泊したので、
早朝の逆さマッターホルンを見に出かけることが出来た。下の写真はそのホテル
前からのマッターホルン。

「マッターホルン(: Matterhorn、: Cervino チェルヴィーノ、: Mont Cervin モン・セルヴァン または Le Cervin ル・セルヴァン)は、ヨーロッパアルプスの山。標高4478m。 スイスとイタリアの国境に位置する。山のスイス側はツェルマットの町があり、イタリア側にはBreuil-Ceerviniaの街がある。マッターホルンという名称は、ドイツ語で牧草地を表すmattと、山頂を表すhornに由来している。アイガー、グランドジョラスとマッターホルンを三大北壁と呼ぶ。」以上百科事典より。
この山は氷河のせめぎ合いによって生まれた四角
錐の独立峰。1865年7月14日25歳のイギリス人エド
ワード・ウィンパーにより初登頂された。しかし下山
中に4名のガイド達が滑落、ウインパ^-を含む3名と
結んでいたザイルが切れ、そのまま氷河に消えた。

翌日、リッフェルアルプからグリンジゼー、ライゼーと二つの湖を巡り、スネガパラダイスまでのハ
イキング最初は樹林帯の中を歩く。昨日とは打って変わり森林浴を味わう。