四国一周自転車の旅

県南石油さんを出てすぐにトンネルがあり、そこを過ぎると、高知県に入る。道の駅を見つけお昼休憩。

2017年5月10日(水)~5月19日(金

第3日目  5月12日(金)

高知城をバックに

四国一周自転車の旅・第6日目へ
サイクリングはやはりこの5月がい。風が爽やかで、今走っている四国の太平洋側はとにかく海がきれいだ!
高知を中心に太平洋側には坂本龍馬のように幕末に活躍し、歴史に名を遺した人が多くいるようだ。

足摺岬から土佐清水市の叶崎を目指す。途中長浜万次郎の資料館があり、見学する。
ジョン万次郎とも言われ、海で漁をしている時に嵐に会い、漂流中にアメリカの捕鯨船に助けられる。船長の
好意でアメリカに渡り、学問を受ける。その後、日本に帰り、幕末に大きなの功績を遺した人物。
まずは足摺岬を目指す。かなり走り、コーヒーが飲みたくなりコンビニに寄る。買って外に出るとベンチがあり
お遍路さんが三人休憩していた。私も皆さんの会話に入る。3人とも歩行お遍路さんで、その内の一人は凄
い荷物、でも「宿代もバカにならないのでキャンプもするのでこれくらいは必要」と言っていた。1日の移動距離
は大体25から30キロくらいだが、目指すお寺へは坂道を上ることが多いらしい。やはり歩いてのお遍路は本当
大変だと思った。そして、私はこの人達に負けていられないぞとの思いになる。

321号線と別れて岬の方向に行く。岬に着くと、まず目にするのは、
朝7時半出発。321号線・サニーロード(321を「サンニイ」と読む)を走る。しばらく行くと四万十川に出た。

第5日目  5月14日(日)

今日は輪行したお蔭で走行距離は49キロ、741キロカロリーでした

体調は良しで、このまままだまだ行けそうだ❗️
窪川で下車し、自転車を組み立て、56号線を走る。少し坂道を行くと後は下りが多く海岸に出るまでは気分
よく走りやすいところだ。

道の駅「なぶら土佐佐賀」があり、お昼は既に済ませていたが、カツオ専門レストランがあり、高知にきて本場
のカツオを食べておかないとと思い、カツオの塩たたきを注文する❗️
有りがたいことに雨☔️は早朝止んだ。しかもこのあと四国のは天気☀️が続く予報でうれしい限り‼️

今日は少し楽をして高知市から窪川迄輪行で行く。 駅で自転車を袋に入れて、切符を買うが、無人駅だ。

ジーゼルのワンマン車が走っていて乗り方があるようで、ホームのベンチで隣に座っているおばあさんが乗り
方を教えてくれた。 後から乗り、前から降りる。運転手さんはホームに着くと、切符をもらわねばならない。よ
く見ていると、後ろから降りてしまう人もいて、運転手さんは降りて後ろまでわざわざやって来て切符をもらっ
ていた。一人でとても大変そうだ!

途中までそのおばあさんと一緒で、今日は孫に会いに行くと言っていた。最初はまあまあ何人か乗ってい
たが、いつのまにか私含めて三人になる。

第4日目  5月13日(土)

酒の国だけあり3種の高知の吟醸酒がおいしかった。ユースホステルとしてはかなりいい夕食だと思う。
とてもきれいな宿で、ペアレントさんが以前酒蔵に勤めていたそうで、随分いろんな種類の酒が並んで
いて、酒好きにはたまらなくいい宿でしょう!

ところが、ここからが大変だった。市内までは平たんな道が続いていると思っていたが、峠越えが二つほ
どあり、わざわざ桂浜に来るのではなかったのどと思いながら走る。

やっとのことで高知城に到着。

海の眺めがとても素晴らしい‼️ ここによく来る人が話しかけてきて、これから先は国道を走る方が走り
易いとアドバイスを受け、再び55号線を走る。

次の道の駅でお昼休憩☕️これまでお昼は大抵コンビニでパンと飲み物くらい買って外で立ち食いする
ことが多かったので、今日はゆっくりお昼を取ろうと思っていた。道の駅としてはあまり無いインドカレーレ
ストランを見つける。最近はインドカレーが好きになりわざわざ食べに行くこともある。 ナンが大きくて食
べきれないくらい。美味しかった。
再び走り出して、ふと左に自転車道に気がつく。海岸のそばを走っている、そこを走って次の
休憩場所でトイレ休憩。
次の道の駅が面白かったな。田野駅屋とあり、、鉄道の駅と道の駅が共存している。
ウロコの家、水切り瓦の蔵、漆喰壁の商家など懐かしい町並みが残っていた❗️
朝7時30分出発。天気予報では夕方くらいから高知市が雨☔とあり、早めに目的地に到着すべしと走
り始める。再び55号線を行く。

しばらく走っていると、「吉良川の町並」というの看板に引かれて行ってみた。

早朝8時出発。今日は室戸岬まで走る予定。55号線に入る前に左を見ると日和佐城が目に入った。

今日は雨☔️のために何処にも寄ることなく終わる❗️ 第一日目が電車やフェリーに乗り、午後からの走行が
60キロ程で上手くやれるか心配していた。しかし、大雨の洗礼?までも受けたがとにかく無事にここまで来
れて大満足。 本日の走行距離は71キロでした❗️

今年私はいわゆる「後期高齢者」になり、この年の記念?として四国を自転車で廻ろうと考えた。
昨年は能登半島を4日間走っているが、それ以上の長距離はない。

一周の距離と日程を調べてみたが、最低で10日、雨にでも遭い、又は体調不良などのトラブルが
起こればそれ以上になるだろう、と考えた。でも、まあ、とにかくやってみるか。途中で駄目になれば
電車に乗って帰ればいいんだ!という気持ちになり、実行する。

第1日目 5月10日(水)

長浜万次郎立像

坂本龍馬立像


その際に撮影した写真

第2日目  5月11日(木)

岬から8キロほど走り、室戸市内手前の民宿へ。走行距離は89キロ。

少し余談になりますが、今回の10日間の旅では8日間は民宿を選び、後は高知市のユースホステルと
、松山では温泉に入りたかったので共済の宿にしました。もちろん費用は出来るだけ抑えたかったので
すが、民宿を選んだのは宿の人との出会い、そして会話も楽しめるだろうと思っていたから。まさにその
通りで、食事の間など、宿の方といろいろ話が出来、いい思い出にもなっています。

四国の民宿はどれも良かったのですが。その中で最悪の宿だったのは、2日目の室戸岬の民宿でした。
ネットで「室戸岬の民宿」と検索して見つけた宿で、まだ若そうな男性の写真入りで、夕食のメニュー
も良く、ここに決めました。室戸岬から8キロくらいの市内に入る手前の宿。

まず、玄関を開けて中に入っても誰も出てこない。どこかで声がして、「カウンターの上のカギを取って。
部屋に行け。」との指示があり、声の方を見ると、そこに男が一人ソファーに寝ころんでいた。

これには驚いた。旅人を迎えようとする気持ちが全くゼロだ!えらい所に来たもんだと、鍵を取って廊
下を進む。真っ暗だ、私がスイッチを探して点灯する。

風呂に入ると、お湯が湯船からあふれ出ていた。私は慌てて止めたが、ぬるい!仕方なく、体を洗うの
に湯船のお湯を使い、上がる前に熱いお湯を入れて、やっと疲れが癒される。

最後は、夕食時の事、ホームページの夕食の写真ではいくつかのお皿が並んでいて、民宿としてはい
い感じだった。しかし、テーブルについて見ると、刺身が一品のみで、後は浜で取れたトコブシのご飯と
漬物、みそ汁のみ。

まあ、後でまだ何か出てくるのだろうと思いながら箸を進めた。しかし、どうもその様子がないので、
私は納得出来なく、この宿のホームページの夕食の写真を見せ、苦情を述べた。すると、しばらくして
アジの干物が出てきた。私の食事はほぼ終わりかけていたので、とても美味しく頂く気分にはなれな
かった。

この男の方一人が賄いまですべてをやっているようでした。とても会話を交わすどころではなかった
けれど、翌朝、一夜御世話になったお礼を述べて、早々と出発しました。

中岡慎太郎は幕末に活躍した人物で、坂本龍馬らと共に薩長同盟の斡旋に尽力する。しかし、京都四条の
近江屋に坂本龍馬を訪問中、何者かに襲撃され二日後に亡くなる。竜馬は即死ないし翌未明に息絶える。
この二人がこの近江屋事件で亡くなっていなければ、明治の近代化はもう少し違っていただろうに。中岡慎
太郎は享年30歳だった。

室戸岬に着くとまず目にするのは大きな中岡慎太郎の立像

夫婦岩

トイレ、水道そしてお茶の用意まであり、 地域の人がお遍路さんを暖かく向かえていることがわかる!

十分休憩を取った後、再び走り出す。走り出すと、道路の左端の方の舗装の良い所を走るようにしたり、
トラックなどが近づくと緊張したりして、とにかく安全走行に全神経が集中する。そんな中、1時間くらい走っ
た所で次の道の駅で休憩するために自転車を降りた。そして背中の荷物を降ろそうとして、ハッと気
付く!!!

自分でも信じられないことが起こった❗️ 背中にザックがない!!!!!! 一瞬真っ青になり、泣きた
くなるくらい落ち込む!‼️

「どうしようか、1時間程走って来たのに戻らねばならないのだ‼️」「警察に頼んで荷物を取られないように保
管してもらおうか?」と考えながら少し走っているとガソリンスタンドを見つける。とっさにそこに飛び込んだ。

店員さんに事情を話して警察に連絡お願いをした。するとその人は「車でそこまで取りに行きましょう。」と
私を車に乗せて走りだした!

私は車に乗せてもらいながら、なかったらどうしようか、旅は終わりになると、とても不安な気持ちで、その人
にすがる思いでいた。

30分近く走り、そこに着くと、赤いザックが目に入った。私の心配はぶっ飛んだ‼️私のザックがそこにあった
のだ!! どれほど嬉しかった事か、今でもその時の気持ちは忘れられない!

元のガソリンスタンドまで戻ったあと、感謝の気持ち一杯だった。「アップダウンのある道をまたあそこまで
戻って荷物を取りに行かねばならない。」と、とても情けなくなっていて、思いもよらず助けてもらったことに対
して何度もお礼を述べてた。「助けてくださった店員さん、本当にありがとうございました!!」

徳島県から高知に向かうトンネル手前の「県南石油」さんです、みなさん、55号線を走っている時は是非と
もここで給油お願いします。 そしてこの話しをしてください。⤵️

後はひたすら高知城目指して行く。途中に「桂浜」の標識があり、国道から離れて左に折れた。17キロの道を
進むと、大きな橋、次に山に入る道が続いた。この道を行けばすっと浜に出られると思って走ってきたが、着
いたのは桂浜へ入る駐車場。ここにきて記憶がよみがえった。妻と二人で車で来たことがあるところだった。

その時には、桂浜に行き、坂本龍馬の立像や記念館も見学しているので今日はもういいかとお城に向かう。

室戸岬にて

とてもいいところですよ!55号線はとても走っていて海のそばで気分のいいところです
自転車を組み立て、和歌山駅から徳島行きの南海フェリーへ走る。2時間の船旅で徳島の地を踏む。
さあ、ここから四国一周の旅が始まるぞ!気合を入れて、55号線に入る。

後は55号線をひたすら日和佐を目指した。まずまず走りやすい国道だ。ところが、阿南市に入ってしばら
くすると雨☔️が降りだした!

急に大雨だ、何処か雨を避けられるところがないかと走っていると井関農機店を見つけた。とにかく飛び
込んで雨宿りをお願いする。もうすでに体はかなり濡れていた。タオルで拭いていると、女性の店員さんが
親切にも暖かいお茶を出してくれた。濡れた体には思いもよらない親切に感動する。美味しかった❗ ️「ありが
とう、優しかったお姉さん!」

雨☔️止まず、仕方なく雨☔️対策して大雨の中に出る。走ること約二時間、 峠近くになったころ雨☔️が止んだ。
雨が止んだけれど、後は暑い、でも晴天の方が有難い。

峠を越えると下り見えてきた、苦の後は必ず楽が待ってくれているのだ。今日の宿「海ガメ荘」に無事到着‼️
ここは海ガメがやってくる所で、渚百選の海岸で有名なところ。

早朝4時過ぎに自宅を出発。和歌山までは輪行で行く予定で、JR長居駅まで走る。これだけ早朝の街
を走るのは初めてだが、車も少ないので気持ちが良い。自転車を袋に入れて、電車を待つ。

道もかなり整備されていて、走っていてとても気持ちが良い。心配していたトンネルは長いものには必
ず片方に自転車も走れる歩道があり、安心して走れる。

叶崎に到着。ここはあまり知られていない所、土佐清水と宿毛の間にあり、太平洋に突き出たところ。
民宿がわからず電話で教えてもらって行く。すると、途中まで宿の御主人が迎えに来てくれていた。

民宿では同宿者がお遍路さんで、食事をしながら会話を楽しむ。よく考えてみると、今日までの宿では
1人で食事をすることが多かった。

走行距離は98キロ、1197キロカロリーでした‼️
         さすがに本場だけありとても美味しいかった。

後は、特に寄ることなく56号線はひたすら四万十川市目指して走る。市内に入ったようだが、なかなか大き
な街だ、四万十川市は。もう少し田舎風を考えていたので。

でも民宿の主人の話ではまだまだ昔の風情が残っているとのことです。この宿の主人は話好きで、食事は
私一人で、食事中ずっと私との話に付き合ってくれていた。️

食卓には四万十川のうなぎ蒲焼きやカツオの刺身などが並び、民宿の夕食としてはなかなかなもんだと
思う。
現在の城は土佐藩初代当主山上一豊が着工し、二代目忠義が完成させる。

今日の宿、高知酒の国ユースホステルへ。雨☔️に会わず今日の走行終了‼️
本日の走行距離は99キロ、1236キロカロリーの消化。

明日のエネルギー補給の夕食は
日和佐肥前守が築城したと言われているが、あまり資料が残っていないので不明な点が多いらしい。でも、
天守閣がそびえているようで、立派そうだな。

55号線に入り室戸岬を目指す。天気☀️は快晴で申し分なし!最初は登りが続く。トンネルがあるが長いのは
片方に歩道があるので安心して走れる。この歩道は歩行者や自転車族にとっては本当にありがたい。

しばらく走ると、お遍路さんの休憩場所があった。誰も休んではいなかったが、私はトイレを借りる。