トリノ回想録〜金メダルの向こう側へ〜



トリノ五輪が閉幕して1ヶ月余。既に桜が散り始めたところもあるというのに、未だ余韻から抜け出せず、トリノはもちろんごそごそと過去の演技を引っ張り出してきて 漁り、ネットの海を彷徨ううち ふつふつと湧き上がってきた様々な思い。
今更・・という思いや、あまりの青さにきっと何年かしたら笑っちゃうような気がするけれど、子供の頃から 大好きで見続けてきたオリンピックの中でも、多分一際思い出深いモノになるであろう、このトリノの記憶をどこかに書き留めておきたくて、ひっそり ここに残しておくことにしました。多分、長文になるので敬称略、いつも以上に偉そうな文章になることをご了承ください。


伊藤みどりに魅せられ、みどりがきっかけで嵌ったフィギュアスケートですが、大手を振って好きと 言えるほどのものではありません。頻繁に競技会に足を運ぶわけでもなく、もっぱらテレビ観戦で簡単な技は見分けられても、複雑なものは解説頼みな 上に、専門的な知識は皆無。遅まきながらトリノ前後から採点方式や規則など詳しくわかりやすい解説をしてくれる、ありがたすぎるサイトで 勉強させてもらい、ようやく採点スコアの見方がわかってきたようなド素人です。なので、これから書く内容も???な部分が 多いと思いますが、ひとつご勘弁願います。

日本人的には荒川静香の金メダルで沸きに沸いたフィギュアスケート。
もちろん私も驚きとそれ以上に大きな喜びを沢山もらい感激しまくり、 今でもふと気がつくとトゥーランドットのあのフレーズを口ずさんでいたりする有様です。
でも、それ以上に嬉しかったのは、やはりプルシェンコの金。これに尽きます。たとえつまらない、手抜きだという批判を受けようとも、 4年前の借りを返し、彼が子供の頃から 見てきた夢を叶えることが出来たことは何よりも嬉しい。

私がプルの存在を知ったのは、8年前の'98NHK杯。
上でテレビ観戦と書きましたが、それもそれほど熱心だったわけではありません。 特にみどり引退以降の数年は、物足りなさを感じてあまり熱心に見ていなかった時期もありました。それが、カート・ブラウニングが史上初めて4回転(クワド) を跳び、夢の4回転時代の扉が開かれてから、一気に女子から男子に鞍替えし特にひいきの選手を設けるわけでなく、その時代時代の上手い選手の 演技をのんびり見ては楽しんでいただけでした。唯一、ひいきというほどではありませんが、本田武史は気になる存在でいつか世界のトップと渡り合えるように なってほしいと思って注目していました。
長野が終わったこの年のNHK杯。五輪後に引退したメダリスト達に代わり、新しい若い選手がやってきた中で一際目を引いた金髪の少年。
華奢で可愛く見るからに小生意気な子供顔なのに、4+3や3A(トリプルアクセル)からのコンビネーションを軽々と跳び、その上男子なのに女子も真っ青な見事なビールマンスピンを 披露し、初めてやってきていきなり優勝をかっさらった姿にびっくり仰天。何なんだこの子は!?と、みどり以降長い間忘れていたワクワク感を 憶えた瞬間、多分ファンになっていたんだと思います。
ファンと書きましたが、N杯後熱を入れあげて行動をしたわけでなく、エフゲニー・プルシェンコという変わった名前だったので珍しく一発で覚え、なんて楽しいんだ!来年もまたこの子の滑りが見たい、と思ったそんなレベルです。(補足をすれば、プルはこの年の春、イリヤ・クーリックの代役でしかも 年齢制限を越え特例で初出場した世界選手権で銅メダルを獲得し、秋から始まったグランプリシリーズでも常に表彰台に名を連ねている、 熱心なフィギュアファンには既に馴染みの選手でした。単に私が知らなかっただけです 汗)
果たして翌年も彼はN杯にやってきて、今度は今ではトレードマークとなった4+3+2のコンビネーションを初披露し、会場とテレビの前の観客の度肝を抜いてくれました。その翌年も、、と繰り返すうちとにかく彼の スケートが楽しみでしょうがないようになっていました。
加えて彼が日本にやって来た頃から男子シングル界はヤグディン、プルの2大スターが凌ぎを削り、それと同時に長野で花開いた4回転が更に身近になり、 誰も彼もが挑戦する空前のクワド時代が到来したのでした。


さて、前置きが長くなりましたが。今回のトリノ五輪、全競技の中で最も金メダルに近い男、と言われていたのがプルです(と思います)。好き嫌いは別として、多くの人が(恐らく闘う選手達でさえ)男子シングルは、よほどのことが ない限りプルが勝つと思っていたはず。実際、私もそう思っていたし、顰蹙覚悟で白状すれば、優勝するならぶっちぎりで、とまで願ってました。

そうして迎えたSP。4年前の悪夢を完全に払拭する圧倒的な滑りで、ファンもびっくりの高得点を叩き出し、ぶっちぎりのトップに立った彼。 フリーを待たずして金確定。後はフリーでどれくらいの演技を見せるか、人々の関心はそこに絞られたように思います。
そして2日後・・。早朝から朝食作りそっちのけでテレビの前に正座して緊張(苦笑)する中、最終グループ1番滑走で登場した彼は、冒頭であっさり大技のクワドからの3連発と3Aからのコンビネーションジャンプ2発を決め、その後もフリップがダブルになった 以外はジャンプを全てクリーンに降り、SPよりはスピードがないものの素人目にもやたら難しそうなステップをこなし、明らかにいつもよりかなり遅いコンビネーションスピンを決め、最後の音を待たずして「終わった」と安堵したように 両手を広げてフィニッシュした。
ほんの少しの違和感はあったものの、無事終わったことにものすごくホッとし、よほどのことがない限り金メダル間違いなし。後は高橋くんガンバレと思いながら観戦。金メダルが決まった瞬間は、本当に嬉しかった。

夜に録画したビデオを再び見て、本当に金メダルを取ったんだなーと思うと嬉しさがこみあげてきて。でも、何となく物足りない気もちょっとだけするな、なんて思ってネットの海を彷徨ってみたら・・。
メダル獲得直後からちらほら聞こえていた、強いけどつまらない、手抜きだ、ライバル不在から来るモチベーションの低下?等等、色んな感想というよりは殆ど批判に近い声が、日に日に大きくなりフィギュアファンだけでなく、マスコミからも”孤高の金”と評されるに至り、 最初はうんうんと頷いていたのが、あまりの言われようにちょっと待って !と思ってしまいました。

当時ブログにも書いたとおり、私自身もあのフリー演技に満足はしてません。でも、そこまで言われるほど酷いものだったのだろうか? と何度も繰り返し見て、遂にあまり見たくはないけれどソルトレイクの映像と見比べ、更に過去の演技も引っ張り出してきて 見る羽目になってしまいました。

ところで、ソルトレイクは残念だったけれど、個人的にはヤグの優勝でよかったという気もしています。
当時プルはまだ19歳。今負けても4年後に勝てばいいと思っていたし、何よりファンにあるまじきことかもしれませんが、ここでヤグディンが負けたらあまりにも可哀想すぎると いう思いもありました。2人のというよりはミーシンとヤグの争いは、詳しいことは当人たちしかわからないけれど、多分どちらも正しくて間違っていて、でも1人のコーチが2人の有り余る才能を持つ教え子に同じ愛情を注ぐことは出来ないというのは理解できるし、 ヤグがタラソワの元に行った気持ちもわかります。
ただ、いくらプルよりは年上で大人びて見えるとはいえ、彼がアメリカに渡った当時は20そこそこ。言葉、食べ物、習慣何から何まで違うロシアとアメリカでは、間違いなく一言では言えない苦労が沢山あったと 思います。だから、SPの失敗はショックだったけれど、ヤグが優勝を決めたときは素直によかったなと思ったし(実際、あの演技をされたら適わないなと思うくらい素晴らしいものでした)、銀メダルおめでとう!とも思いました。
金メダルしか眼中になかったプルとミーシンにとっては、とてつもないショックだったろうけれど、 お気楽ないち日本人ファンから見れば、あの状況でフリーであれだけの演技(怪我もあったのに)を見せての銀獲得は立派としか言いようがありません。
伊藤みどりだって、SPでまさかの転倒→フリーで奇跡の3Aを決めて銀、だったのだから。
(ちなみに世間ではけっこう誤解されているようなので、名誉のために言うと失敗した3ルッツはみどりの得意なジャンプで、それまでアルベールビル以外で失敗したことはありません。あの普段の明るいみどりからは想像もつかない般若のような面からも、オリンピックという舞台がいかに大変で普通ではないかがわかると思います。)
それに、メダルには手が届かなかったけれど、本田の最高の演技(だと思います。今見ても惹き込まれてしまうくらい大好き)が見られたことの嬉しさが大きく、ショックを幾分和らげてくれた気がします。

と、またまた話が逸れましたが、ソルトレイクの演技。改めて見返してみて、、失敗はあるけれど何より攻めまくりの姿勢が気持ちよく、特に後半のダンスシーンは今見てもやっぱりいいなと思います。SP、フリーともにとても楽しいです。特にフリーは当時初披露だったのもあって、 次は何が来るんだろう?とワクワクしながら見ていたことを思い出します。ステップアウトがあったものの、4+3+3を降りて、4T、3A+ハーフL+3F、3Aという怒涛の前半ジャンプ。解説の五十嵐さんも思わず「いや〜凄かったですねぇ」と嬉しそうに漏らした くらい、若さ爆発!多彩な表情と彼ならではの決めポーズを交えてリンクを所狭しと滑る様子は、これぞプル!という感じです。フィニッシュのカルメンのあの有名な前奏曲の軽快な調べに乗ってのスピンコンビネーションなどワクワクするくらい楽しく(見慣れているのに^^A)、改めてどっちも好きなプログラムだったなと思いました。

ソルトレイクを体験したモノにとっては、今回の五輪は確かに物足りなく感じられるかもしれません。疑惑の判定やら数年前から続いていたヤグVSプル対決が遂に決着、など良くも悪くも話題が多い上に、フリーでは上位5人は小さなミスはあったものの、クワドを跳びまくった上でほぼ全員が完璧に近い 演技をする、という今から考えると物凄い戦いだったのだから。確かにあれを見てしまうと、今回のボロボロさ加減はどうなのよ、、と思ってしまうし、実際リアルタイムで観戦しながら、いくら五輪とはいえ・・と思ったのは事実です。

しかし、見ているモノがそうであるように、氷上で戦う選手達もまた4年前とは激しく違います。
加えて新採点導入後初の五輪。それなりに対策をしてきてるとはいえ、まだまだ不慣れな選手が多く、それぞれが不安を抱えて迎えたのではないかと思います。
そして、プルに関して言えば、手術からの復活という肉体的な問題の上に、何よりも4年前と今回とでは背負っているものの重さが全く違う。4年前はヤグとの戦いにのみ専心すればよく、結果は自ずとついてくる、という心境だったと思います。これはプルだけでなく、ヤグも同様だったはず。ロシアのために、という思いよりは互いに相手を打ち負かしたい、それしかなかったのでは?
ロシアとすれば、どちらが勝っても金は確実、上手くいけばワンツーフィニィッシュ。そして実際その通りになった上に、3人目の選手アブトも5位入賞、という凄まじい充実ぶりでした。

ヤグが引退したソルトレイク以降。男子シングル界はプルの1人舞台と言われ、実際に殆どの試合で彼は勝利を手にしてきました。
傍目には楽勝に見えるかもしれません。けれど、本当に楽をして勝った試合、というのは片手で余るくらいなのではないかと思います。
フィギュアに限らず、どんなスポーツでも勝負は挑むより守るほうが大変、です。しかも、絶対強者は最初こそ歓迎されますが、それが長く続けば続くほど 表向きは尊敬されながらも疎んじられる傾向にあります。
かつての西武ライオンズやイチローしかり、松井しかり。「ケンジがいるとコンバインドがつまらない」と言われ、ルールさえ変えられた荻原。
確かに彼らはある部分においては天才だと思います。けれど、天才とは1%の才能と99%の努力と言われるように、才能の上に常人には計り知れない練習の積み重ねがあってこそ、のあの姿です。
イチローが練習の鬼なのは周知の事実だし、健司ファンだった私は、かつて彼の練習量を聞いて絶句したくらいです。
更に一度目が肥えたモノは我侭です。クワドの次は4+3、4+3+2、4+3+3、4Tだけでなく、4S、4Lzもと挑戦は限りなく続きます。ジャンプだけでなく、ステップもスピンも、プログラムの 内容もより高度で芸術性に優れたモノを、と。
”フィギュアを前に推し進めたい”、が信条の彼は、10代での衝撃デビュー以来、常に高度な技術に挑戦し、それを試合で披露し、練習ではもっと難しい技を こなしてきました。そうした積み重ねは徐々に身体を蝕んでいき、彼自身スケートを始めてから健康だったことはない、というくらい常時怪我と闘い、それでも試合やショーをこなし続けています。

怪我のため、技の難易度を下げて勝利をすれば、手抜きだ、なめていると非難され、休むことも許されず、でも常に勝つことを要求される辛さを想像することができますか?
それも勝てば勝ったで、またかよという声があがるのです。”もう僕の演技に飽きて他の選手が勝つことを望んでいる人がたくさんいる”、とジョーク交じりに語る姿は、かつて”(勝っても)いいことを書かないじゃないか!” と記者に噛み付いた石毛宏典の姿と重なります。

いつの頃からか、滑ることが楽しい、楽しんで滑りました、ということを選手自身がよく言うようになりました。見ている側も選手が本当に心からの笑顔で滑っているときは楽しく、 幸せな気持ちになります。
例えば、カナダのジェフリー・バトルを見ていると、いつも笑顔で、(調子が悪いときはさすがに暗いときもあるけどね)ホントにこの子は滑るのが楽しいんだろうな、と思います。先日のワールドの フリーでのランビエールも後半は笑みがこぼれていて、それだけ充実しているんだなーと頼もしく思いました。
でも、私はプルがそういう心から楽しそうに滑っているのを見た記憶が殆どありません。もちろん、かなりぬるいファンなので、見ていない演技も沢山ありますが、 ここ数年はワールドで勝っても、まれに渾身のガッツポーズを見せることはあっても、バトルのように満面の笑みで滑る、ということはまずなく。笑顔があっても、あくまでそれは2分半ないし4分半の演技の 中で演じているものであり、無邪気な笑顔というのでは決してありません。それはきっと育った環境や性格によるところも大きいとは思いますが、 無邪気に笑っている姿を見せられる、というのはそれだけ恵まれている、というと語弊があるなら、色んなしがらみや背負わなければいけないもののない、自由な世界に生きていることの証、そんな気がします。
スケートが大好き、滑ることも勝つことも好き、ファンの為に滑りたい、と公言しているけれど、この人は誰のために滑っているのだろう、本当に心から楽しんで滑ることがない(できない)んじゃ ないか、とさえ思えて、彼の演技をもっともっと見たいと思う反面、いたたまれない気持ちになったこともありました。

今回の演技に対し、フリーでは手を抜いた、あるいは”こんな演技でも勝てる”という新採点への抗議だったのではないか? という意見も聞かれました。確かにそういう見方もあるでしょう。
でも、私はファンの欲目かもしれないけれど、去年モスクワで100%どころか200%出場は狂気の沙汰と思えるくらいの身体を抱えて出場、結局途中棄権(それでも最後まで出ると言い張ったらしい)した彼が、ワールド以上に世界中の人々(ファン)が待ち望む オリンピックの舞台で手を抜くなんてことは考えられないし、この4年間どんな犠牲を払ってでも手に入れたかったモノを前にして、 無言の抗議をする、なんてそこまでの余裕があったのか? という気がします。どんなに強くたって、彼も1人の人間。緊張だってするし、色んな重圧の中とにかくクリーンに滑る、それだけで精一杯だったのかもしれません。
プルは確かに凄いし、実力も抜きん出ているけれど、手を抜いたり自身の状態が悪ければすぐにライバル達に足元をすくわれてしまう、というのは彼自身が一番よく 知っているはず。
金メダルを取るのに必要なことをしただけ、というのは傲慢に聞こえるかもしれませんが、それで充分これはショーではなく、オリンピックなのだから。
必要以上のことをやり失敗しても、後の責任を取るわけではないのに、それ以上を求めるのは見ている側のエゴ。コタツやストーブの前に 座って見ているだけの私達が、「感動できなかった。つまらなくした」と文句を垂れる方がもっと傲慢なんじゃないかと思います。
確かに感動、という点ではもっといい演技は過去に沢山ありました。私もプログラム的には2年前の「ニジンスキーに捧ぐ」の方が好きです(汗)。
でも、トリノで4年前とは確かに違う、言い知れぬ苦労の末身に着けた、明らかに成長した姿を見せてもらい、金メダルを手にした。それを見ることが出来た、それだけで 充分です。
ワガママなファンのケチな違和感なら、エキシビでお釣りがくるくらい返してもらったんだから。
まぁでも、フリーの後あれだけのものを魅せられる(準備していた)というのは、試合の緊張感とは別のところでやっぱり余裕があった、 ということになるんだろうけれど。それくらいは許されるだろうしやってもらわないとね。
だってトリノは彼のモノだったんだから。
"4years ago・・because not my olympic games, this olympic game is mine"


この先、彼がアマに残るのかプロに転向するのかはわかりません。答えが出るのは多分夏ごろ。。
もし、、もしもこの先彼が競技者として残り、次のバンクーバーを目指すのなら。
実現することはものすごく難しいけれど、その時は、これで本当に最後の五輪での姿を、勝っても負けても会場で体感したいと思います。



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