● 苦悩〜peine〜  ●

2003年12月に行われた恒例のイベントAct Against Aids(AAA)がきっかけで進行した、シンガーソングライター京本政樹復活プロジェクト。
その第一弾として、6年ぶりに発売されたのがこのアルバムです。京本さん自身がセレクトしたという、過去の作品から選び抜かれた10曲に新たに書き下ろした新曲3曲を加えた 計13曲からなる豪華版。
京本さんの中では、’88年の『一億の恋』以来との印象が強いのか、 発売キャンペーン中もしきりと「16年ぶり」と言われてましたが、正確には’98年にひっそりと発売された『Love is ALL』以来となった フルアルバムは、満を持しての音楽活動再開を祝うかのように、幅広い交友関係を物語る豪華ゲストがずらり。

TMNの宇都宮隆、木根尚登(M2)、スターダストレビューの根本 要(M11,13)、同じくスタレビのレコーディング・ツアーサポートメンバーとして お馴染みの岡崎昌幸(M11)。そしてこのアルバムの要とも言える、大谷和夫バンドの面々。
またボーナストラックのDVDには、上記ミュージシャンに加え、唐沢寿明、柳沢慎吾、藤木直人、船越英一郎、岸谷五郎の俳優仲間。更にジャケットでは、雨宮慶太、モンキーパンチの両氏が 題字とイラストを担当と、これでもか!?というほどの力の入った1枚となりました。


そんな豪華ゲスト陣の強力バックアップを得たこのアルバムは、アルバムと連動して夏に行われたライブを想定して作られた、 というだけあって従来のアルバムとは打って変わり、全体的にバンドサウンドが色濃く現れた1枚です。
ロック、ポップス系でバンドサウンドというと、ギターを中心にしたものが多いですが、この作品ではドラムス、ギター、ベースで 土台を作り、ピアノ(キーボード)がバンドの華的役割を果たす、というサウンド作りが特徴です。
京本さんの歌声はもちろん、大谷さんの華麗で変幻自在なタッチが存分に味わえる、2重の楽しみに溢れた1枚です。


トップを飾るのは、往年の名曲の中でも特に人気が高い『LADY』。原曲では、重いビートがズシリとくるハードなナンバーでしたが、 新アレンジでは、情熱の国・スペインの香り漂う、フラメンコ風のギターの調べに乗り、艶やかに時に絡みつくように過ぎ去った恋心を 歌い上げます。

全体的に80年代を意識したというこのアルバムの中で、最も80年代らしさを感じさせるのが2曲目『風のセーラ』。
リードギターのフレーズ、イントロや間奏、サビなどでさりげなく入れられるハイハット、TMNの面々によるコーラスが もうたまらなく80年代!で、思わず嬉しくなってしまいます。また、以前と一部歌詞が変わっている点にも注目です。

1、2曲目と南国アンダルシアの風に吹かれていたのから一転、タイトル通り木枯らしが吹く冬の街角を連想させる 『冬の迷路』。その昔、コンサートでは毎回のように歌われていた軽快なナンバーが、しっとりと20年の歳月を感じさせる 落ち着いた大人のポップスとして生まれ変わりました。

このアルバム用に新たにレコーディングされた『黄昏色の街』。京本さんらしい、マイナーコードを基調とした ミディアムテンポのバラードに、やや甘みがかかった柔らかな声がすっと耳に馴染みます。

アルバム「Party」では煌びやかな印象だった『Yes,Truly Love』。このアルバムでは、ボサノバ調のけだるいアレンジが 心地よく、軽いピアノのタッチに、全体的に抜いた感じのヴォーカルが嵌ります。ラストの♪Yes Truly Love での ビブラートのかかり具合が絶妙。

大谷さんの繊細なピアノと情感たっぷりな京本さんの歌声のアンサンブルに酔いしれる極上のバラード『LOVE IS AFTERNOON』。 切ない歌詞はもちろん、ストリングスと生ピアノを活かしたアレンジが改めてメロディーの美しさを際立たせます。
ノアさんの透明感溢れるファルセットの余韻にも是非、酔いしれてください。

個人的に、今回のリメイクで最もお洒落に生まれ変わったと思うのが次の『ファッショナブル・スキャンダル』。
イントロの左と右で微妙にずらして音階を上がっていく奏法から、トレモロ、派手なグリッサンドetcを織り交ぜた ファッショナブルな和音で展開される大谷ワールド全開なピアノがたまりません。女性コーラスから、隠し味的に 入れられるギター、一段と艶っぽい歌い方まで、全篇に妖しげな色気が漂うまさにスキャンダラスな1曲です。

発売当時ファンは元より、音楽仲間からも高い評価を受けていた『密会』。原曲ではディキシー・ジャズ風な 味付けが何ともいい味を出していましたが、今回はロカビリー風なアレンジで一段と大人っぽく仕上がりました。 どことなく甘えたような歌い方と、女性コーラスを含めたnoaさんとのハーモニーの妙は必聴です。

ドラムス、ベース、ギターと順番に重なっていくイントロからわくわくさせられる『陽炎の街〜Peine〜』。
思わず踊りだしたくなってしまうベースラインと、要所要所で決めてくれるカッティングギター、一際派手なピアノが絡み合いサビに向かって盛り上がっていく様 が最高に気持ちよく、これぞバンドサウンドの醍醐味とにんまり。また、他の曲でもたびたび聴かせてくれるグリッサンドですが、この曲でのカッコよさはもう絶品。
♪俺もきっかり… で一瞬抜いて ♪辛いよ〜 と声音を変えて歌い直す部分が特にお気に入りです。

唯一の90年代のアルバムである「LOVE IS ALL」から収録された『友愛』。ややテンポを落とし、ピアノを中心とした ライトジャズ風なサウンドが現在の京本さんの雰囲気によく合います。

今回のアルバム発売を聞き、恐らくファン・京本さん双方がこれだけは絶対に外せない、と思ったであろうのがこの曲。ライブでの 定番中の定番『Still in Love〜奇跡を信じて〜』。
〜奇跡を信じて〜という以前はなかった副題からもわかるように、新たにフレーズが書き足され、より温かで壮大なバラードへと生まれ変わりました。 ♪あの時は強がり言えたけど… 語りかけるように歌声と、柔らかく包み込むようなピアノの優しいフレーズが 心に沁みます。根本 要さんの♪say forever〜の掛け合いから始まる、ラストに向かっての重厚なコーラスによる高揚感は、 まさにアルバムやコンサートのフィナーレを飾るに相応しいナンバー。

元々は全12曲の構想だったため、ラストはコンサートのアンコールの感覚でひっそりと静かに、と書き下ろされた 『三日月のエチュード』。
京本さんらしい、美しくもちょっぴり不思議なメロディーが アコースティックギターのみというシンプルなバックに良く映え、高音を活かしたサビが耳に残ります。 名残を惜しむかのように、ラストにひっそりと入れられたスキャットが、とても心地よく、何とも言えない余韻を加えています。



ボーナストラックのつもりで入れたはずが、いつの間にかこのアルバムのメインとなってしまった、京本さん自らが 10年に一度出会えるかどうかの名曲と公言した『薄桜記』。
「苦悩〜peine〜本編」とは一線を画す意味合いで入れられた間と波の音が、この曲が持つイメージに逆にとてもよく嵌り、 その波の間からつま弾くように始まるアコースティックギターと、それに被さるように奏でられるストリングスの 音色の柔らかさがたまりません。一度聴いたら忘れられない♪何故に何故に〜 のサビのメロディーはもちろん、 聴きながら自然とその情景が目に浮かんでくるAメロの良さも取り上げずにはいられません。
また、11曲目同様、要さんとの絶妙すぎるコーラスは是非、一度生で聴きたいものです。


1Lady
2風のセーラ
3冬の迷路
4黄昏色の街
5Yes,Truly Love
6Love Is Afternoon
7ファッショナブル・スキャンダル
8密会
9陽炎の街〜Peine〜
10友愛
11Still in Love〜奇跡を信じて〜
12三日月のエチュード
13薄桜記(さくらうた)

作詞作曲:京本政樹 編曲:大谷和夫

2004年5月26日

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