●● 車椅子の花嫁 ●●
もし、幸せの絶頂である日突然、自分の身体が全く動かなくなってしまったら……。あなたならどうしますか?
そんな究極の問いかけをするほどの体験を綴った、元・準ミスインターナショナル、戸沢ひとみさんの著書「一年遅れのウェディングベル」。
これを日本テレビが24時間テレビの企画としてドラマ化。
障害とそれを乗り越えることを通して人間が生きることの尊さ、素晴らしさを描いたこの作品は、当時ものすごい反響を呼び、その後2度に渡り再放送もされました。が、それ以降は特別企画だったこともあり、再放送もピタリと止まり、またその後の京本さんが演じる役の強烈さゆえ(笑)、こんな素敵な役を演じられていたことすら忘れられている感もある、まさに知る人ぞ知る、
幻の名作です。
この作品で京本さんが演じられたのは、戸沢ひとみ(国生さゆり)さんのご主人(ドラマ中では婚約者)鈴木伸行氏。
これが本当に、ここまで人は優しく、1人の人を想うことが出来るのか!?というくらい素敵な青年でした。これ以上にいい役(美味しいという意味ではなく、
純粋に誰が見てもいい役(人)だなと思える)を演じられた京本さんを私は知りません(笑)。もし知ってる方がおられましたら是非ご連絡を、というくらいの役柄です。
撮影に当たり、この作品のモデルとなった鈴木伸行さんご本人にも会われた京本さん。これまでと違い実在の方を演じ、なりきるために普段はかけない眼鏡をかけたり、髪を少し短くされたりと、
演技面のみならず、形の面でも一味違った魅力を堪能できます。
突然の事故、半身不随といった重い事態から立ち直っていく過程を描いたドラマにも関わらず、
この作品では、ひとみ・伸行それぞれの
視点から互いを見つめ、思う姿を、静かに時には淡々とさえ言えるタッチで描きます。
とりたててドラマチックな展開、台詞ではなく、あくまでも自然な、時には一度でいいからこんなことを言われて(言って)みたい!と願いそうな深い愛の言葉で綴られるそれぞれの描写が、見るものの
心に染み渡り、静かであるが故、より深い感動を誘います。
特に絶望のあまり「死にたい」と願い続けるひとみの手を
そっと握り「一緒に死んでやろうか」と語りかけるシーンや、後半、2人が互いの胸のうちを手紙で綴り合うくだりは、バックに流れる「パッヘルベルのカノン」の
優しい調べも手伝って、もう何度見ても胸を打たれます。
現代劇、時代劇問わず、”京本政樹”という役者は、どんな小さな役でも見るものに強烈な印象を与えずにはいられない存在です。京本さんに限らず、どんな役者さんでもある役を演じる際、必ずどこかに自分なりの色を加え役を膨らませることと思います。
けれども、それを敢えて封印したのがこのドラマであり、「鈴木伸行」という役です。ここでは妖艶・妖しいまでの美しさ・強力な目力といった、京本さんならではの色が全くと言っていいほど見られません。もちろん、当時の若さ溢れる、
どこからどう見ても滲み出る、自然な美しさは、共演の国生さんともども隠し様がないですが(笑)。
恋人の突然の事故に戸惑い、苦しむ伸行。けれど彼女の前では
どこまでも優しく、哀しみをじっと堪える姿はあまりに爽やかで。
その自然な声音・口調、抑えた憂いを滲ませながらも穏やかな表情は、ドラマが進み話の内容に引き込まれていくにつれ、ややもするとこれを演じているのが京本さんだということを
忘れそうになるほどです。
しかし、そのことが逆に見るものを惹き付け、京本さん演じる鈴木伸行というその人自身をこれ以上ないくらい、魅力的な人物に見せてくれます。
自分本来の色ではなく、どこまでも「鈴木伸行」という1人の心優しい青年になりきった鈴木=京本さん。
このドラマが見るものに大きな感動を与えたのは、物語そのものの素晴らしさはもちろん、主役2人を演じられた国生さん、京本さんそれぞれの役になりきった、自然な演技によるところが大きかったのではないかと思います。
今では、京本さんといえば超個性派俳優として、特異な役どころを思い浮かべる方も多いでしょう。けれども「役者・京本にはこんな引き出しもある」ということを
知ってもらう意味でも、また改めてこの作品のよさを知ってもらう意味でも、いつかまた再放送などでファンの方にはもちろん、一般の方にも是非ご覧になってほしい作品です。
1987年8月21日
Copyright (c) 2005 shion All rights reserved.