●● 疑惑の家族 ●●
70年代に宇津井健・山口百恵主演で絶大な人気を誇った赤いシリーズや、80年代に社会現象を巻き起こした『スクールウォーズ』、『スチュワーデス物語』などで知られる大映ドラマ。
熱い台詞と少々強引ともいえるストーリー展開、独特なオーバーアクションなどの特徴で他のドラマとは一線を画し、70〜80年代に数々の大ヒット作品を生み出しそのジャンルを確立。
その濃く熱〜い作品世界は未だに多くの根強いファンの支持を得ています。
今回の『疑惑の家族』は、そんな大映ドラマがそろそろ連続ドラマ枠では苦しくなってきた1988年秋に、再びかつての栄光を取り戻すべく、風間杜夫さんと富田靖子さん主演で音楽大学を舞台にした
サスペンス含みの人間ドラマとして製作・放送されました。
主役の2人の他には木村一八、伊武雅刀、藤真利子、井森美幸、京本政樹(敬称略)ら個性的なメンバーを揃え、
18年目にして初めて出会った父娘の葛藤を軸に、彼らを取り巻く人々の愛憎劇を描いた力作です。
タイトルの通り、朝倉と冬木両家に絡む家族の疑惑+光夫と貴恵、光夫と幸子、達也と幸子の三角あるいは四角関係、それにまつわる嫉妬・羨望・絶望・怒り・憧れ等さまざまな想いを描きながらストーリーを展開。
朝倉と幸子が徐々に父子としての絆を深めていく一方で、光夫を巡る貴恵と幸子の関係がいよいよ微妙な頃合に差し掛かり面白くなってきたところでとんでもない事件が発生。メイン出演者の降板によるストーリーの変更、放送回数の短縮と
いう憂き目を味わいました。その後、長い間再放送すらされず、2007年CSで初めて約20年ぶりに陽の目を見た曰くつきの作品です。
世界的に有名なピアニスト・朝倉茂(風間杜夫)の前に、ある日突然娘と名乗る少女・幸子(富田靖子)が現れる。彼女は19年前に失踪した朝倉の恋人・友子の娘だという。
最初はまったく取り合わなかった朝倉だったが、幸子の熱意と未だ冷めぬ友子への想いから幸子は朝倉幸子として朝倉のマンションで暮らし始める。
だが、芸術家気質の朝倉と自由奔放な幸子とでは、育った環境のあまりの落差や互いの気性の激しさもあり、連日取っ組み合いの大喧嘩を繰り返してばかり。
一方、幼少の頃から打倒・朝倉に燃えるライバル冬木一郎(伊武雅刀)は、これを機に朝倉の失脚を画策。弟・達也(京本政樹)を使い様々な策略を巡らす。そんな夫を友子の妹でもある妻・百合(藤真利子)は冷ややかに見つめていた。
国澤家に出入りする若手ナンバー1指揮者として名を馳せる鈴木光夫(木村一八)にひと目ぼれした幸子は、彼が朝倉と同じ国澤音楽大学で教鞭をとっている事を知り、ピアニストを目指すことを決意。
朝倉の特訓により国澤音楽大学への編入試験に合格した幸子は、憧れの光夫の言動に一喜一憂する日々を送っていた。しかし、当の光夫の目当ては幸子ではなく、学園のプリンセス的存在である冬木の一人娘・貴恵(井森美幸)。その貴恵は光夫の気持ちを知りながらも、
「私が好きなのは貴方の才能だけ」と素っ気無い。
そんな中、幸子は朝倉の猛特訓のおかげでピアノを腕をめきめきと上達させていく。そんな幸子に脅威を覚える貴恵。
ある日、一郎と達也の会話を偶然聞いてしまった貴恵は、幸子と朝倉が実の親子でないことを知る。ある日、このところ目に見えて冷え切っている父母の様子と裏腹に、仲睦まじい母と朝倉の様子を度々目撃し不安定になっていた貴恵は、幸子に朝倉とは本当の親子でないことを
告げてしまう。傷心の幸子に更に追い討ちをかけるように、一郎の命を受けた達也が決定的な事実を突きつけ、ショックのあまり幸子は家を飛び出してしまう。
果たして幸子の本当の父は誰なのか? また、病魔に蝕まれている朝倉の運命は!?
この作品で京本さんが演じたのは、異常なまでに朝倉の追い落としに燃える国澤音楽大学教授・冬木一郎の弟達也。
私の美貌に参らない女性はいない、と自負するシティーボーイな自称・モテ男。一応国澤音大事務局長の地位についてはいるものの、どう見てもあまり頭が切れるようには見えず、女学生からは女癖が悪いと総スカンを食らい、あの手この手で落とそうとした幸子には
「恋愛対象外」と言い切られてしまうかなりトホホなキャラクター。常に兄には頭が上がらないように見えて、時折とても的を得た鋭い突っ込みを入れたり、幸子の手作りお握りに本気で感動するあたり、根はそれなりによかったのに育ち方を間違えてしまった
感が窺えます。
事務長という役職柄か、常にスーツ姿でお気に入りはネイビー地に白のピンストライブの三つ揃えスタイル。しかも毎回ネクタイと胸のポケットチーフを変えるお洒落さんな面も。この時代を象徴させるスーツスタイル、その配色は・・・と思う回もありますが、概ね
どれもよく似合っていてかなり楽しめます。
しかし、何と言ってもこの作品の見所は、おでこ全開オールバック風な短髪の京本さん、これに尽きます。87年からの数年間は常に長髪の京本さんが珍しくすっきりとした髪型にした貴重な時期ですが、ここまですっきりとした
ヘアスタイルはなかなかお目にかかれません。
更に毎回のように見られる髪を櫛でセットするシーンや爪を磨く仕草、これが実に様になっていて、ふっと爪に息を吹きかける仕草等、細かな動きで楽しませてくれます。
同じく毎回お約束のように登場する、冬木兄弟による掛け合い漫才のような会話も見逃せません。吉本も真っ青な伊武さんとのコテコテなやりとりが楽しく、いつしかクセになってしまうほど。全くの邪推ですが、この時の伊武さんとの共演が数年後の新さんと白壁さまの絶妙とも言えるやりとりにつながったのでは?
と思います。
また、このドラマにおけるお笑い担当のかなりの部分を担っていたらしく、身体を張ったギャグでも度々楽しませてくれます。
特に、移動ベッドにうつぶせの状態で足をばたつかせながら暴走、ゴミ箱に頭から突っ込む、というドリフのコントばりなシーンは必見。
と、何気に色んな意味で見所が多いこのドラマにあって、個人的に一番お薦めなシーンはココ。第三話の冒頭。学内の芝生の上で持参した特大おにぎりを食べる幸子を咎めるシーン。
諌めたものの、何故それがいけないのか明確な答えを返せないまま逆に幸子お手製のお握りを頬張ることになった達也。
頬や口の周りにご飯粒をくっつけたまま、「これ、美味しい」とお握りにむしゃぶりつく様子がとにかく可愛いです。少々カマっぽくちょこんと正座した仕草も笑いを誘いますが、そんな状況でもびしっと伸びた背筋の美しさは流石です。このシーン他にも色々ちょこちょこ細かな芝居をしているのが窺えるのに、画面はじゃれ合う
幸子と光夫ばかりが映っているのが実に残念です。
お世辞にもカッコイイとは言えない役ですが、初回から最終回まで出番はかなり多く、決して他では見られない姿ばかり、という点でも意外とお薦めです。
大映らしいストーリ展開やクラシック音楽を題材にしたドラマにありがちな、音と指が明らかに合っていない等演奏面での矛盾や、編入試験やコンクールの課題曲がどれもリストの難曲(ハンガリー狂詩曲第2番とラ・カンパネラ)ってあり得ないよ、という
突っ込みはかなりありますがその辺は軽く流しましょう。
ちなみに演奏面については中盤以降はかなり改善され、朝倉役の風間さんと貴恵役の井森さんの鬼気迫る弾きっぷりには、役者魂の凄さを実感させられました。
それよりも「ひとつの時代に天才は2人いらない」「人が後悔するのは真剣さが足りない時だ。好きなものくらいとことんまで頑張ってやれ」等、当たり前だけれど思わずハッとさせられる台詞が多く、それぞれの熱演ぶりもあっていつの間にか
かなり惹き込まれていきます。
京本さんとは関係ないですが、最終回で冬木の異常なまでの行動が朝倉への深い友愛の裏返しであったことが明かされるシーンでの伊武さんの演技は必見。これぞ大映作品、と思わせるコテコテさなのにほろりとさせられて
しまう名シーンです。
内容の割にやけに熱くなってしまいました。この辺も大映ドラマのなせる業かも(^^ゞ。熱い気持ちのまま最後にもうひとつだけ。
毎回朝倉が狂ったように弾いていた『テンペスト』3楽章(ベートーヴェン)。
朝倉自身の葛藤や様々な心の揺れ
を表現するのにこの曲を選曲したスタッフに拍手を!
1988年10月12日〜12月7日(全9話)
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