●● 箱根湯河原温泉交番・義経の涙 ●●
亡き父の後を継ぎ、故郷である神奈川県湯河原町の駐在勤務になった堤 梅太郎(船越英一郎)は、しっかりものの妻・鈴子(榊原郁恵)と1人息子、母・さち(五月みどり)の4人とともに、のどかな山間の町並みを
自転車を漕ぎながら、町の人とのふれあいを楽しむ日々を送っていた。
この湯河原は温泉街として知られ、未だに昔ながらの近所づきあいが残る古い町で、さちは夫の遺志を
継ぐ息子を嬉しく思いつつも、かつての部下が出世していく姿に、息子にももっと大きく羽ばたいてほしいという思いも抱えていた。
ある日、刀鍛冶師・藤原武雄(長門裕之)が工房で割腹死体となって発見される事件が発生。
武雄は町の名物医者・赤ひげこと平泉治郎(田村高廣)とは武雄の妻の死を巡って犬猿の仲であり、それぞれの息子・娘が恋仲にも
関わらず親の不仲が原因で結ばれぬことは周知の事実だった。
武雄が末期の肝臓ガンであったことから、当初は病苦の末の自殺との見方が有力だったが、武雄が義経の涙を超える刀を作ることに執念を燃やしていたこと、武雄が所有する名刀・義経の涙が事件直後になくなっている事から一気に他殺の線が強まる。
武雄の息子・貞夫(松村雄基)は、かつての弟子で今は箱根で刃物店を営む丹下均(京本政樹)の仕業と睨むが
決め手がなく、逆に貞夫と治郎の娘・友美(石野真子)に事件当夜のアリバイがないことから、疑いの目を向けられてしまう。
そんな中、有力容疑者と目されていた丹下の変死体が自害水で見つかる。丹下が盗まれた義経の涙を握り締めていたことから、
自責の念に耐えかねての自殺、と思われたが刀から武雄の血痕が見つかり事件は更に混迷を深めていく。
2時間ドラマの帝王・船越英一郎さんの火曜サスペンス主演初登板となった湯河原温泉交番シリーズ第一話。
初登板を祝し、田村・長門両名の大御所を始め、日頃ドラマをあまり見ない方でも、名前を見ただけで顔が
すぐに浮かぶベテラン、有名どころがズラリと顔を揃えました。あまりに豪華なラインナップは、大河ドラマやお正月の特番でもなかなか、というほどでこのシリーズにかける
製作者側の意気込みがひしひしと伝わってきます。
ちなみに舞台となった湯河原町は船越さんの故郷でもあり、船越さん
にとっては念願の火サスデビューが故郷に凱旋、とダブルで嬉しい船出となりました。
放映スケジュールの関係で、ここ2年ほどの間に撮影された2時間サスペンスが、土曜ワイド劇場「警視庁女性捜査班4」を皮切りに
2週間の間になんと一気に4本も放映される、という京様ウィークのトリを飾ることになった
この作品で京本さんが演じたのは刀鍛冶を目指す刃物店主・丹下均。
こんな役をお願いするのは心苦しいけれど、どうしてもこの役は京本さんに是非に、と請われ忙しい合間を縫っての出演となりました。
上にあげたあらすじからもわかるとおり、この作品では2時間ドラマの中では犯人役と並んで多い、犯人に見せかけて
犯人をゆすった挙句、殺されてしまうというあまりといえばあまりな役。制作サイドが恐縮するのも頷けますが、しかし、
今回ばかりはその設定が逆に実に美味しい役に早代わり。
京本さんが登場した時点で犯人に違いない、と視聴者に思い込ませるよう制作サイドが狙ったとおり、
作務衣姿で焼入れを見せて欲しい、と工房に現れ土下座する登場シーンから、何やら曰くありげな雰囲気が漂いまくります。
更に、武雄の通夜では焼香をあげる手つき、立ち居振る舞いの美しさ、事件の真相について話し合う梅太郎たちにちらりと送る流し目
に加え、貞夫に詰め寄られた際のふてぶてしいまでの落ち着き払った態度など怪しげな魅力が満載。
さて、京本さん本人も喜ばれたとおり、丹下は世俗の欲に目がくらみ刀鍛冶の夢を捨て刃物店を営んだものの
未だに義経の涙を超える刀を、と願う、つまり日常的に刀を扱う役です。
刀といえば常日頃から慣れ親しんでいる京本さん。丹下刃物店を訪ねてきた、梅太郎と岡林(六平直政)を相手に自分の
ことを語りながら、慣れた手つきですいっと鞘から刀を抜き白刃を見つめる堂に入った仕草は必見です。
実はこのシーンは、たまたまロケで使用した刃物店に本物の日本刀が置いてあった
ことから、これを使用してというアドリブでしたが、事故を危惧するスタッフに、共演の船越さん、六平さんが
口を揃えて「京本さんなら大丈夫です」の太鼓判を押してくださっての実現となりました。
また、この作品への出演の快諾・高視聴率を受けて、翌年の開局50周年スペシャル『黒の回廊』への出演が決まる
嬉しいおまけがつきましたが、その中でも印象的なフランスの広場で立ち回りを披露するきっかけにもなりました。
悪役ながら美味しい見どころ満載なこの作品での一番の見どころは何と言ってもココ。自害水で頚動脈を切り、義経の涙を
握り締めたまま水死体となって発見されるシーン。
刀を握り締めた指の美しさはもちろん、まるで眠っているかのような
横顔に光があたり、ゆらゆらと水面が映る死に顔の美しさには
ただただ唖然、絶句するしかありません。色んな作品で数々の死に姿を晒して来た京本さんですが、その中でも
ピカ一といえる死に顔です。
放送直後にHPでも告白されていたように、気心の知れた役者同士ならではの信頼に基づくぶつかり合いに
いい意味で刺激を受け、シリアスな役どころながら、いつにも増してのびのびと
京本さんらしさを披露されている様子が嬉しく、すっかり引き込まれてしまいます。
また、ちょっとしたシーンに意外な人が登場していたり、京本政樹、石野眞子、松村雄基と2時間ドラマでの
犯人といえば、、な3人が共演した上にそれぞれが持ち味を生かした充分に犯人臭い部分を見せ付けてくれる、という贅沢な気分を
味わえたり、クライマックスでの田村・長門両名の大ベテランに
よる迫力溢れる対峙など、京本さん以外でも見どころが沢山。
ベテラン勢の熱のこもった迫力溢れる確かな演技と、最後の最後まで真相が見えない展開で
時間いっぱいしっかり楽しませてくれる、かなり見ごたえのある一本です。
土曜ワイド劇場と並ぶ2時間サスペンスの老舗である火曜サスペンス劇場はも2005年9月をもって終了、24年の歴史にピリオドを打ちました。
柳沢慎吾さんのネタにもなっている、大谷和夫さんが手がけたあの独特なテーマや、「聖母たちのララバイ」、「ごめんね…」
などのヒット曲を始め、それぞれの時代を感じさせる主題歌など目と耳の両方で視聴者を楽しませ、2時間サスペンスをお茶の間に
浸透・定着させるなど大きな功績を残しました。
京本さんがらみでも、初の悪役、2時間サスペンスデビューとなった『渡された場面』を皮切りに、
2ヶ月連続の主演となった『L特急さざなみ7号で出会った女』、『六月の花嫁・花婿は殺人者』、密かな名作『刑事鬼貫八郎6・十六年目の殺人』等印象的な役柄が多く、いつかシリーズモノが持てたら、、と願っていただけに、突然の打ち切りが残念です。
数年に一度のスペシャルという形でもいいから、あのテーマとともに登場する姿をもう一度見たいものです。
2003年11月11日
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