●● 探偵事務所V哀しき逃亡者 ●●
元警視庁捜査一課の室生一喜(水谷豊)が、自身の経営するアイワ探偵事務所に舞い込む難事件を解決する人気シリーズ第五弾。
原作は時代小説で活躍する鳥羽亮の『探偵事務所』。但し、前4シリーズまでは原作が存在しましたが、最終話である本作は原作を元に
ドラマ用に全くの新作として制作されました。
安心・親切・丁寧がモットーのアイワ探偵事務所は、所長である元エリート警察官・室井と、浮気調査専門の稼ぎ頭で、自分の離婚届を自身で処理してしまった
哀れな元区役所員・松井健次(段田安則)、いつの間にかいついてしまった元暴走族の浅田麻衣(井上晴美)の従業員3人が、野村多美 (野村昭子)が
経営する焼き鳥やの2階に間借りする、年中暇な貧乏探偵事務所。
室井の元にかつての部下桜庭の妻・佐野和歌子(筒井真理子)が訪ねてきたある夜、松井が1人の少女を連れ「しばらく預かってくれ」と
やって来る。
その翌日、レストラン経営者・松山美帆(舟木幸)が殺害され、1人娘・亜紀が連れ去られたと報じるニュースで、
松井が容疑者として指名手配されていることを知る。驚く室井が松井に真相をただすが、憶えていないの一言を残し、亜紀を連れそのまま逃走してしまう。
状況証拠は松井の犯行を認めるものばかりだが、彼の人柄をよく知る室井や麻衣は真犯人は他にいるに違いないと判断。
室井は事件の真相を探るべく、松井とともに亜紀を連れ逃避行を開始する。
麻衣と自らも警察の目をかいくぐり、独自の調査を進めるうち、
美帆を巡り松井とある男が三角関係であったこと、また、今回の事件が5年前に起きた桜庭の事件とも関わりがあることが浮かび上がってくる。やがて、事件の核心に
近づいたとき、彼らの前にとある人物が立ち塞がる!?
若い頃から憧れ、尊敬し、兄貴として公私ともに深いお付き合いの水谷豊さんへの友情出演となったこの作品で京本さんが演じたのは、
室井の元上司である、エリート警視庁官房次長・高田龍一。
黒いスーツをパリッと着こなし、銀縁メガネに眉間の皺がくっきり刻まれた
冷たい風貌は、まさに絵に描いたようなエリート官僚そのものなのですが、なんとこの高田官房次長、耳掛けヘアーの真ん中分けでオデコ丸出し、
という恐ろしく貴重なスタイルなのです。リアルタイムや再放送でご覧になり、登場した瞬間びっくりした方も多いのでは?
さて、2時間サスペンスで京本さんが演じる役柄といえば、大きく分けて3通りに分類されます。
1.そのものズバリ、犯人。凶悪犯から思わず視聴者の同情をひく可哀相な役まで実に様々な犯人をこなしています。
2.犯人と見せかけて実は違う、いわゆる”かませ犬”的存在。ちなみに、このケースでは犯人を脅し、逆に殺されてしまう
というパターンが多く、犯人以上に印象に残ることもしばしば。
3.友情出演などに多く見られる、刑事や医者など事件には直接関係しない、いわゆる顔見世的出演。
もちろんこれに当て嵌まらない役も多く演じているのですが、一般的には1と2のイメージが強く、2時間ドラマで京本政樹といえば、犯人か殺される役、という印象が広まっているようです(苦笑)。
で、今回のケースはというと。。
思いっきりネタバレですが1番の犯人。しかも、数ある犯人の中でもこれほど冷酷非道なヤツはいないのでは?というくらい、同情の余地がない役どころ。
あの『高校教師』直後に放映された『法医学教室の事件ファイル・スペシャル』、サントリーミステリー大賞作品『時の渚』と並ぶ、2時間サスペンス3大悪役のひとつと言えるでしょう。
普段は、手腕に優れた仕事に厳しい高官の反面、部下思いの上司として、室井を始めとする多くの部下からの尊敬を集めるエリート官僚の仮面を被る高田龍一。
しかし、その素顔は子供の頃に受けたトラウマが原因の、女性に対し歪んだ感情を持つ精神異常者。
己が嗜好をひた隠し、親のコネを利用し罪から逃れエリートコースまっしぐら、果ては親の地盤を
引継ぎ今度は政治の世界でのしあがろうと企む野心家。
ファンとしては、まさにもうトホホホ・・・、な役なのですが、ひとつ目線を変えて見ると、どうしてなかなか、かなり見ごたえのある役どころです。
前半のいかにもエリート然とした様子のカッコよさはもちろん、中盤の室井に何食わぬ顔で美帆への愛を語る場面での、細かな表情の動きなどは
バックの美しい自然溢れる別府の情景ともども必見です。
そして、物語が進行していくにつれ、本性を現していく過程は、思わず目を背けたくなりながらも、
幅広い表情・声音が堪能できる、まさに京本ワールド。特に無表情のまま口元だけが微かに笑った表情の怖さは見逃せません。また、手袋をはめた指先や草を踏みしめる靴先だけで、見るものにじわじわと恐怖を植えつける存在感には
ただただ圧倒されます。
いちばんの見どころはやはり、クライマックスでの山頂で亜紀ちゃんを人質に松井・室生と対峙するシーン。余裕ある態度から、徐々に歪んでいく表情、最後の絶叫へと変化していくくだり。水谷さんとの息詰まる対峙を是非、堪能してください。
哀しき逃亡者、というタイトルが示すように、重く哀しい物語であるにも関わらず、テンポのよい展開で、このシリーズの特徴でもある室生、松井、麻衣に多美を加えた面々での軽妙なやりとりや、軽快な音楽と全篇に映し出される
別府を中心とした大分の豊かな自然に見るものを飽きさせない作品に仕上がっています。
それにしても、これだけシリアスな物語の裏側で、敵同士であるはずの3人が毎晩ホテルの一室で仲良く語り合っている図を想像すると(このエピソードについては京本さん著『苦悩』に詳しく掲載されています)、
そのギャップの大きさに笑いを禁じえないとともに、何とも微笑ましい気持ちにさせてくれます。
1999年6月12日
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