● 刑事鬼貫八郎(6)十六年目の殺人  ●

鮎川哲也氏の短・長編にて活躍する架空の警部・鬼貫(おにつら)を主人公にしたシリーズ第六弾。テレビドラマ化にあたり、所属を警視庁刑事部捜査一課から東中野警察署刑事課へと異動、八郎という下の名前がつけられたり、 とある事情により独身だった彼に愛する妻と娘という家族がいる、という若干の変更が加えられました。
数多くの人気シリーズを抱える火サスの中でも、大地康雄扮する鬼貫が毎回挑む謎解きの面白さと視聴者の共感を呼ぶ鬼貫一家の言動が好評を博し、1993年の初登場以来、2005年に火サス自体が終了するまでの13年間で18本ものシリーズが制作された人気長寿シリーズです。
今回は1966年に刊行された『準急ながら』を題材に、運命の糸に操られた一組のカップルの悲劇を描いた力作です。尚、この『準急ながら』は2004年の第17作・炎の記憶で再ドラマ化されました。


ある日、斉藤功一なるバーテンが殺される事件が発生。現場から斉藤が服部香織(金久美子)という女性の身辺調査を行っていたことから、鬼貫は香織に会うため、清水刑事(宍戸開)とともに女性評論家・野上恭子(高畑淳子)の 講演会会場に赴く。
鬼貫が香織に声をかけようとした、その時、斉藤の勤め先だったバーのママ・エミコ(水木薫)が香織に切りかかる。鬼貫と清水によりエミコは取り押さえられるが、「この女が悪いのよ」と叫ぶエミコに香織は全く面識がないという。
やがて、殺された斉藤が偽名を使っていたこと、本名の久道肇は16年前に神戸で起きた殺人事件の容疑者であったことが明らかになる。

16年前、神戸の金融業者・岩坂善次郎が殺され、当初は久道が疑われたが、当時中学教師をしていた海里明子が事件当日のアリバイを証言。一転して岩坂の運転手だった柏木が犯人とされ、捜査の途中で犯行を認めた柏木は獄死していた。
そして香織はその事件で殺された金融業者・岩坂善次郎の娘であり、その香織が襲われた際に手当てをした医師・柏木常雄(京本政樹)が獄死した柏木の息子であったことが判明。 更に海里明子が久道殺害の1ヶ月前に事故死していたことから、鬼貫たちは香織と柏木を最重要人物としてマークし始める。
ところが、香織には事件当日のアリバイがある上に、捜査に対しても全く動揺のそぶりが見られず、当日のアリバイが曖昧な柏木から 落とそうと一計を案じたその日、柏木が自殺したとの連絡が入った。遺書には柏木本人の直筆で自分の犯行を認める記述があり、事件は一件落着したかに見えたのだが・・・。


役者として数多くの作品に出演している京本さんですが、その中でも2時間ドラマ(サスペンス)は主役からお付き合いの顔見せまでかなりの数をこなしています。
そんな30本を軽く越える2時間ドラマ作品の中でも、個人的にとりわけ気に入っているのがこの鬼貫・十六年目の殺人です。
2時間サスペンスにありがちな、思わず目を覆いたくなるような凄惨なシーンや過剰なお色気などがなく、それでいてしっかりしたストーリーで飽きさせず謎解きの面白さはバッチリ。
また、このシリーズの特徴でもある、主人公である鬼貫の家族とのやりとりが とてもリアリティーに溢れた言動で、思わず「あ、こういうことウチでもあるなー。わかるわかる」と共感したり、わが身を振り返って反省したり、と登場人物にとても感情移入しやすい点も 見ていてほっとさせてくれる部分です。

この作品で京本さんが演じたのは、殺人犯の汚名を着せられ獄死した父を持つ、大学病院に勤める医師・柏木常雄。殺人犯の息子という冷たい視線をバネに、必死で這い上がり、夢の欠片と失った幸せを掴みかけた矢先に 過去の事件の渦に再び巻き込まれてしまった挙句、自ら命を絶つ男を熱演しています。
友情出演ながら、かなり重要な役柄な上に意外と出番も多く、色々見どころいっぱいですが、 その中でも今回のお気に入りは、迷惑きわまりないから、さっさとあっちへ行ってくれ、と言わんばかりの不機嫌な態度と表情、これです。
他の作品でもけっこう不機嫌オーラを発することが多い京本さんですが、その時々により嫌味たっぷりだったり、ごく普通の人が戸惑いの果てにうんざり、だったりと役柄や状況に応じた微妙な使い分けは、見ていて 惚れ惚れするくらい見事です。


どんな場合でも、人を殺めるというのは許されることではありません。けれど、何度見てもこの作品の主人公(真犯人)が取った行動を、どうしても責めきることは出来ません。
昔の歌で”男の愛は横に広く、女の愛は縦に深いもの”、ということを歌ったモノがありました。子供の頃に初めて聴いた時はわかるような、わからないようなそんな感じでしたが、 初めてこの作品を見たとき、ぽろぽろ涙を零しながら、何故かこの歌詞が頭に浮かび、あれはもしかしたら、こういうことだったのか、と思いました。
お互いがお互いを思いやりながら、思いが強すぎて相手を破滅させてしまった彼女。その彼女の思いを和らげるため自ら死を選んだ彼。
あまりといえばあまりな結末が、どうしようもなくやるせなく、しかし、もし自分が彼女だったら・・・、きっと同じ過ちを犯してしまったのではないか、そんな気がしてなりません。
この作品では全体的に印象的な台詞が多い中、「変わったのは年月のせいではなく、自分の意思で変わった」という台詞が特に胸に刺さります。
彼女に限らず、強いと言われる人は、もちろん自らの意思でそうなった場合が殆どですが、そこにはそうせざる(ならざる)を得なかったモノがある。 もし、貴方の身近にとても強い(強く見える)人がいるのなら、このドラマで鬼貫がしたように、たまにはその鎧を緩めてあげてほしい、そう思います。

何だか妙に熱く湿っぽくなってしまいましたが。物語の中盤、鬼貫と清水が松本に向かう電車を見て、ちっ残念「あずさ2号」じゃないのね、とちょっとがっかり したのは私だけじゃないはず、と思いたいです(苦笑)。

1996年8月13日

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