●● 市長死す ●●
推理小説から歴史・時代小説、ドキュメンタリーや近現代史等幅広い作品で昭和を代表する小説家・松本清張が亡くなったのは1982年8月。生誕100年であった2009年には、様々な記念事業が行われましたが、今年2012年は没後20年ということで様々な企画が予定されています。
その一環として製作されたのが今回取り上げる「市長死す」です。
清張と言えば「砂の器」や「ゼロの焦点」「点と線」といった長編推理小説が有名ですが、清張自身は短編小説を執筆することを好み多くの名作を残しています。
「市長死す」は1956年に刊行された短編集『顔』の一遍として発表されました。尚、この短編集には、何度も映像化され、一般にも馴染みが深い「張込み」も収録されています。
横川市市長・田山与太郎(イッセー尾形)は、公務で出かけた音楽会の途中から行方不明となった。突然の市長不在で議会は紛糾、マスコミも騒ぐ中、数日後に田山の死体が志摩川温泉にて発見された。
現場の状況から足を滑らせての転落事故という見方が強まる。しかし、田山の甥で花屋を営む市会議員・笠木公蔵(反町隆史)は田山の行動に疑問を抱く。
笠木は早くに父を亡くし、幼い頃から実の息子のように可愛がってくれた、真面目な中にも優しさを持ち人一倍責任感の強い伯父が、公務の途中で仕事を放り出し温泉に行くとは信じがたいものだった。秘書の矢崎すすむ(春海四方)によると、田山は志摩川温泉には馴染みがなく、
音楽会の休憩後に不意に行く旨を告げられたのだという。
やがて、田山の家で日記を見つけた笠木は、かつて田山が商社マンとして中東に勤務していた頃に思いを寄せていた女性・藤島芳子(木村多江)がいたことを知る。あの堅物で不器用な伯父が恋をしていたのだ。
驚く笠木の前に更なる驚愕の事実が浮かび上がる。
伯父がサラリーマンを辞したのは、中東在任時に目をかけていた部下・山下が会社の金を横領した
責任を取ってのことだったのだ。芳子の消息を辿るうち、その山下が芳子と結婚したことを知った笠木は、伯父は山下を追って志摩川へ行ったのではないかと推測する。田山家の家政婦をしていた手塚スミ子(倍賞美津子)と
ともに再び志摩川温泉を訪れた笠木は、旅館「臨碧楼」の支配人である浜本繁雄(石黒賢)に協力を得て、調査を開始したのだが……。
清張作品は、戦中〜戦後の混乱期に起因する出来事を巡る人間模様を描いたものが多く、この「市長死す」も原作の設定は昭和30年代です。
が、今回のドラマ化に当たり、設定を現代に変更。殺人の動機そのものも新たに書き換えられましたが、清張独特の世界観を壊すことなく現代のドラマに
仕上がっています。
ストーリーの鍵となる田山や芳子を始めとする各キャストがそれぞれの持ち味を存分に発揮し、役者の顔触れから原作を知らずとも、
自ずと犯人の目星がついてしまうきらいがあるものの、二転三転する展開に最後まで飽きることなく
惹き込まれてしまいます。
今回、当初は予定になかった出演でしたが、『あんみつ姫』以来、懇意にされている製作スタッフの某氏からの要請で
急きょ友情出演することになりました。出演依頼にあたり非常に申し訳なさそうに(?)切り出された役柄は、芳子がかつて勤めていた創作料理店「桜良(さくら)」の板前・望月。
そう、なんと板前。これには当の京本さんも驚かれたようですが、製作側の普段の京本さんらしさを出来る限りなくそう、という計らいで顔はもちろん手や首にもドーランを塗りたくった
地黒な板前さんが出来あがりました。
2時間ドラマで京本政樹、といえば犯人に違いない!というひと頃定着した視聴者の期待を真っ向から裏切るかのように、怪しさを微塵も感じさせない
優しく、肉じゃが等の家庭的なメニューを得意とする望月さん。
笠木に請われるまま、彼が知る芳子を語る物腰は柔らかく、芳子への深い労りに溢れています。
友情出演なので、ほんの1カットかと思いきや、意外にも5分強の出演、台詞も多く、また事件の核心に関わる事柄を話すため、出番の短さの割に
非常に印象に残る出演となったのが嬉しい限りです。
現代劇での京本さんと言えば、な高速まばたきも随所に見られるのも嬉しく。個人的には田山と芳子の関係を語るくだりで、「おじさん、切り干し大根苦手なんです」と言う笠木に
「そりゃ、仕方ないよ。田山さん芳子に惚れちゃったんだもん」と返すシーンの笑いを含んだしょうがないよ、という表情がたまりません。
あと、話している時の左手の動きというか、指の開きにも注目です。
出番はこれきり、と思いきやラストに再び回想シーンで登場するのも嬉しい誤算でした。
騙した女が悪いのか、騙された男が情けないのか。
したたかな女と実直な男に纏わる永遠のテーマとも言える問いですが。回想シーンでのはきはきした、しっかりものな「勝気な女に見える」芳子象と、旅館の女将として
頼りなく見えるほどの儚げな芳子の違いには、空恐ろしさを感じずにはいられません。
「伯父を愛していたのですか?」全ての真相を知った笠木の必死な問いかけに対し、芳子が放った強烈な一言が胸に突き刺さります。
しかし、それ以上にスミ子が漏らした何気ない一言「可哀想と思わせた方が勝ちなのよね」。この物語だけでなく、今生きているこの世界、過去の歴史を振り返ってみても非常に真理を突いた言葉で
あることをしみじみと実感させられます。
おまけ。田山が中座した演奏会で演奏されていたのは、ベルリオーズの幻想交響曲。実直そのもので生きて来た男が老いらくの恋に溺れるあまり、自らの破滅を招いてしまった田山の
人生を暗示するかのような選曲が心憎いです。
2012年4月3日
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