● 黒の回廊  ●

日本テレビが開局50周年を記念し、松本清張ドラマスペシャルとして2夜連続で清張作品を放映。その目玉となったこの作品は、 豪華な出演陣を擁しフランス・スペインロケを敢行。首都圏などでは放送に先立ち、メイキング映像を盛り込んだ特番を組むほどの 熱の入れようでした。

小さな旅行代理店に務める門田良平(船越英一郎)は、マダムに人気の旅行ジャーナリスト・江木奈岐子(島田陽子)とともに南仏、スペインを周る、という社運をかけた豪華セレブ・ツアーの添乗員を任される。 ところが、ツアー直前に目玉である奈岐子から旅行のキャンセルを申し入れられ、良平の説得により最終日に合流することを取り付けたものの、旅行中のガイドは、奈岐子の強い推薦により秘書の土方悦子(賀来千香子)が務めることに。しかし、何ともそそっかしい様子の悦子に良平は先が思いやられる。
そんな不安な幕開けで始まった豪華ツアー。120万円もの大金を投じて参加したのは、欲と見栄を剥き出しにした中高年女性7人。 元看護婦の未亡人・梶原澄子(酒井和歌子)、ヘアーサロン経営者・藤野由美(野川由美子)と共同経営者・多田マリ子(丘みつ子)、弁当屋の女将・金森幸恵(浅茅陽子)、資産家・星野加根子(根岸季衣)、料理研究家・大島茜(岡本麗)、一流企業OL・松村郁子(清水由貴子)。それぞれ一癖も二癖もあるマダム達のワガママに振り回される良平と悦子。

ある日、観光先のヴァロリスの陶芸工房でマリ子が何者かにより火の入った窯に閉じ込められる事件が発生。その翌日、ニースの市場で大道芸を披露していた新聞記者の鈴木道夫(京本政樹)が、タチの悪い男に絡まれたマリ子と茜の窮地を救ったことがきっかけでこのツアーに同行することに。強引ともいえる手でいきなりツアーに割込み、その風貌と絶妙な気配りで、あっという間に手のかかるマダム達を虜にしてしまった道夫が、良平と悦子は面白くない。
そんな中、由美がホテルの自室で変死しているのを従業員が発見、不安に駆られる一同。しかし、どうやら突然死らしいとの見解に ツアーは続行されることに。
ところがスペインはミハスに到着した途端、インターポールのジョン・トンプソン・山田(宝田明)が現れ、由美の死は毒物によるものと判明。各人が事情徴収を受けることに。次第に互いに対する疑心暗鬼の芽が大きくなる中、第二の事件が発生。
恐怖に怯えながらも、事件の謎を解きほぐしていく悦子は、ツアー参加者の中に隠されたとある秘密に気づく。果たして犯人は誰なのか、その目的は!?


ニース、グラナダの美しい景色をバックに、随所に観光ガイドを盛り込みつつ、次々と巻き起こる事件の目まぐるしさ、浮かび上がる事実による謎解き等など、2時間超の物語にも関わらず、芸達者なベテラン陣による迫真の演技と先の読めない展開に最初から最後まで飽きることなく楽しませてくれます。
特に今回の目玉でもある、南仏、スペインのガイドブックさながらの名所スポット紹介の数々には、現地ならではの風景の美しさに目を奪われます。

この作品で京本さんが演じたのは、事件のキーパーソンともなる謎の新聞記者・鈴木道夫。
原作では髭面で風采の上がらない印象が強く、京本さんご本人も最初に話を受けたときはイメージの違いを感じた そうですが、物語全体が現代風にアレンジされるとともに道夫像も一変。派手なスーツが一際似合う、一目でマダムを虜にする 妖しげな魅力に満ち溢れた中に、醒めた心を覗かせる瞳が印象的な人物へと様変わり。
2時間ドラマで京本政樹、といえば犯人に違いない!という視聴者の期待を裏切ることなく、思わせぶりな言動で 怪しさを撒き散らしつつ、中間の洒落たカフェのシーンなどで見せる、京本さん特有の柔らかで小悪魔的な笑顔 にほっこりとした気持ちにさせてくれます。

登場自体は、ドラマ開始後30分くらいからですが、それからはほぼ出ずっぱりのため見どころは沢山。 調子が良すぎるとも思えるマダム達とのやりとりや、密かにお薦めなのが由美の変死後、ツアーを抜けると言い張っていたマリ子が何故か続行しほっと安堵の息を漏らす良平を揶揄するシーン。
「保身だな」と侮蔑の流し目を送り、「自分が可愛いのはわかるけどさ」と良平が掛けている椅子の縁に腰掛け「君も大変だな」と左手で肩をポンポンと叩く道夫。このポンポンと叩く時の仕草、目つきが 何とも気障で嫌味ったらしく、彼に好感を持っていない良平でなくとも「くぅぅぅ〜ヤな奴!」となります。 このポンポンと肩を叩く仕草は、『高校教師』を始めとする他の現代劇でもよく見られるのですが、その叩き方が京本さんならではの 嫌らしさというか、こんな味を出せるのは貴方しかいません、という雰囲気に溢れていて大好きです。って毎度のことながら、 変なポイント好きですみません。
もっと普通のポイントでは、やはりココ。フラメンコダンスに見惚れる一同をよそに、情熱的な音楽と踊りの中、奈岐子と視線を交し合うシーン。あの瞳だけで様々な思いを共有する2人を見事に表現したお2人の目力の凄さには、ただただ圧倒されます。
実は奈岐子役は当初、他の方が候補に挙がっていたのが、諸事情で島田陽子さんに決定したいきさつがあるそうですが、 このシーンと、クライマックスでの奈岐子の胸を衝かれずにはいられない涙を見た時、島田さんでよかった!としみじみ思いました。
また、個人的に心配していた、監督との話し合いで急遽入れられることになった、市場での立ち回りのシーンも違和感なく物語りに溶け込み、いいアクセントになっています。 相変わらず惚れ惚れするような力強い刀捌きと、しなやかな手首の動きは必見です。


このドラマは、清張スペシャルの冠どおり、昭和を象徴する大作家・松本清張氏の同名小説が初めて映像化された作品です。 膨大な氏の作品の中でも、かなり地味な色合いが強いこの小説。今回のドラマ化で初めてその名を知った方も多いことでしょう。
放送直後は、清張ファンからはあまりの改変ぶりに、多少なりとも批判の声があがったことも事実です。 かくいう私も正直に言うと、リアルタイムで見た時は、ショックの大きさに長い間見返すことも苦痛な1本でした。
ですが、小説は小説、ドラマは別物と割り切って見れば、2時間サスペンスとしては全体にメリハリが利いてわかりやすく、 もつれた糸をほぐしていく様に謎が解明されていく様、遂に明らかになる主人公の心情など、なかなか見ごたえがある作品です。

ただ、ここまで色々練り直したのであれば、何故キーとなる設定を沖縄に限定してしまったのか、そこがとても残念です。
『黒の回廊』は、『ゼロの焦点』や『砂の器』など、一般に馴染みの深い清張作品と同じく、自分ではどうしようもない 過去を背負った人物が、止むに止まれぬ事情から殺人へと走ってしまう人間の業の深さ、哀しみが根底にある作品です。
初めて『ゼロの焦点』に触れたとき、戦争と戦後の混乱期を知らない私から見れば、何故そんなことくらいで・・・と思った動機が、 実際にその時代の空気を知っている方には大きな共感を呼ぶものであることを、その疑問を身近な家族にぶつけたときに 知りました。
清張氏が色んな作品で描いていることからも推察できるように、あの時代特有のどこにぶつければ よいのかわからない怒りを通り越した負の感情、というものは、恐らく何としてでも後世に語り継ぎたいものだったのでは ないかと思います。
けれども、このドラマや先年話題になった中居くん版の『砂の器』を見ると、終戦から60年がたち、戦争そのものを知らない世代が大勢を占める現代では、そういった言葉に出来ないものを映像化するのは難しくなってきたことを実感せざるを得ません。
未だに根強い人気を誇る清張作品ですが、今後どのような形でドラマ化されていくのか、そんなことも考えさせてくれる 作品です。

何だか偉そうなことを長々と書き不快に思われた方もおられるかと思いますが、清張好きの戯言と流してくだされば幸いです。

ラストに流れる「夜曲」の優しい調べが、やるせなさとともに微かな希望も感じさせる、何ともホロリと した味のあるエンディングです。

尚、この作品はバップより2005年1月にDVDとして発売されていますので、見逃した方は購入やレンタル(あるのかな?)で視聴できます。

2004年3月23日

Copyright (c) 2005 shion All rights reserved.