● 渡された場面  ●

1976年〜1980年に渡り”週刊新潮”にて連載された松本清張の長編小説、禁忌の連歌シリーズ。『渡された場面』を皮切りに『状況曲線』、『天才画の女』『黒皮の手帖』の4作品が次々と発表され、新潮社より刊行。 現在までにすべて映像化されています。
今回紹介する『渡された場面』は、火曜サスペンス劇場・松本清張スペシャルとして製作され、前・後編の2週に渡り放映されました。
今回のドラマ化にあたり、舞台を四国から埼玉県へと移し、主人公を捜査一課課長から警部補の越智へ、時代設定を現在(1986年)にする等様々な改変が行われましたが、 過剰な演出を加えることもなく、越智の視点から一連の事件を追うという展開で各登場人物を丁寧に描いた作品に仕上がっています。


真野信子(坂口良子)は、佐賀の呼子にある金丸旅館で住み込みの仲居として働いていた。旅館に長逗留していた作家の小寺康司(長門裕之)の世話をしていた信子は、小寺が書きかけた原稿の素晴らしさに作家として 成功することを夢見る恋人・下坂一夫(京本政樹)の参考になれば、と思い彼が外出中に書き写してしまう。しかし、信子から原稿を受け取った下坂は、文章が古臭い陳腐だと酷評し、自分はもっと新しい文学を目指すのだと豪語する。

埼玉県警捜査一課・警部補の越智達雄(古谷一行)は若い頃から文学を好み、かつては小説家を志したこともあったが、警察官となった現在は仕事の傍らに県警が発行する同人誌に自作を寄稿することを趣味としていた。
ある日、秩父で貸金を営む未亡人の山根スエ子(松尾嘉代)が殺される事件が発生。駆けだしの頃に世話になった、門野順三(下川辰平)とともに捜査に当たることになった越智は、やがて小池製剤工業で働く鈴木(春田純一) に容疑の目を向けた。鈴木は取り調べで犯行を自供し、事件は解決したかに思われた。
ところが数ヶ月後に行われた裁判で鈴木は強盗については認めたものの、スエ子を殺したことは否認。
取り調べに行き過ぎがあったのでは? と心配する妻(結城しのぶ)に犯人が裁判になると否認するのはよくあることだ、鈴木の容疑は動かし難いとしていた越智だったが……。
数ヶ月後、「文学界」という文芸誌に掲載されている同人雑誌評を見て愕然とする。描写が秀逸として抜粋された下坂一夫なるものの手によって書かれた場面が、山根スエ子殺しの現状にあまりに類似していたのだ。 もし、ここに書かれていることが実際に起きたことであるのならば、鈴木の無実を証明する大きな手掛かりになると踏んだ越智と加藤は、下坂に確認をとるために佐賀へと飛ぶ。だが、下坂は自分は秩父へは 行ったこともなく、そこに書かれている事柄はすべてフィクションだと言う。
下坂が書いた小説の全文を読んだ越智は、雑誌で激賞された部分と前後の文章にあまりに落差があることから、この部分は彼の手になるものではなく、プロの作家が書いた物を盗用したのでは? との疑いを抱く。
やがて、捜査を続ける越智と加藤の前に、思いがけないもうひとつの事件を浮かび上がってくることに……。


この作品で京本さんが演じたのは、唐津で同人誌”海峡文学”を主催し、作家として大成することを目指す下坂一夫。と書くと、とても真面目で一途な文学青年な 印象を受けますが、実際は唐津では名の知られた焼き物店・鏡山窯の次男坊で店を手伝いつつ、二人の女性を弄んだ挙句……という極めて自己中心的な人物。
当時、事務所独立の影響でバラエティーなどの役者以外の仕事を必死でこなす中、ようやく舞い込んで来た大役。初めての火サスでの犯人役という ことで、非常に意気込んで撮影に臨んだ京本さん。全編を通して、とても丁寧に演じているのが伝わってきます。
初の悪役のため、後に京本さん=犯人、もしくは犯人を強請って殺される怪しい人、と言われるほど悪役が板につく前の爽やかさが漂う悪人っぷりが新鮮です。ですが、一方で犬に石を投げつけるシーンや、 ラスト近くの取調室での薄目から瞼が開いていく表情など、既にその片鱗を覗かせている点に注目です。

この作品での見どころは、初々しい犯人役もさることながら、何と言っても佐賀弁を話す京本さんが堪能できることです。 関西から上京してすぐに、あっさりと東京弁をマスターした京本さんらしく、その耳の良さを活かして難しい佐賀の言葉を爽やかに操る様は必見です。
また、全編に渡りカジュアルな装いが多いのも特徴です。少しふっくらとした頬に卵色、グレーと白の細ボーダー、紺と言った明るいカラーのシャツやプルオーバーが映え、普段の作品では あまりお目にかかる機会のないファッションが楽しめます。

尚、余談ですがドラマにおいて、信子が働いている呼子の金丸旅館(実際は旅館金丸)は、内田康夫の浅見光彦シリーズ「作用姫(さよひめ)伝説殺人事件」にも同名で登場し、一躍有名になった老舗旅館です。

清張作品=暗い、というイメージが一般的ですが、この作品も決して明るいとは言えませんが、救いのない展開ではなく。生まれて来る子供と信子の為にも、罪を償いこの先の人生をやり直してほしい、と 思わせる作品に仕上がっています。

1987年7月7日、14日

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