【参考文献】
産婦人科の実際 Vol.49. No.3 2000
「抗リン脂質抗体と不育症」
 杉 俊隆 牧野恒久

産婦人科の世界 Vol.49.No.11 1997
「習慣流産抗リン脂質抗体陽性の検査、治療」

 杉 俊隆 牧野恒久

New Epoch 産科外来診療
「不育症妊婦の初期管理」
 杉 俊隆 牧野恒久

青字は私自身が重要と思った箇所、また赤字は注釈です。


 近年、抗リン脂質抗体と反復流産、反復血栓症、血小板減少症との関係はひろく知られており、後天的な血栓傾向の原因としては、もっとも重要なもののひとつであると位置づけられるようになった。thrombophiliaと不育症の関係も解明されつつあり、不育症の病因として免疫だけでなく、免疫・血液凝固学的機序が存在することが明らかになった。本稿では、抗リン脂質抗体の免疫、血液凝固学のなかでの位置づけについて概説し、さらに具体的な検査、治療法などについて解説する。

1.生殖医学における免疫学と血液凝固学の接点

 以前よりSLEをはじめとする自己免疫疾患の患者にpregnancy lossが多いことが知られ、母体の免疫能の異常が妊娠維持に障害を起こす可能性が指摘されてきた。最近になって、それが抗リン脂質抗体という自己抗体によってひき起こされるという説が注目されるようになり、抗リン脂質抗体と関連する不育症、反復血栓症、血小板減少症をまとめて抗リン脂質抗体症候群と称し、ひろく認知されるようになった。不育症とならんで血栓症や血小板減少症などの血栓・止血関係の疾患がその症候群の診断基準案に列挙されたということは、不育症の原因として免疫だけでなく、免疫・血液学的機序が存在する可能性が示唆されたことになる。また、一方で、以前より血栓傾向のある患者に、胎盤血栓によると思われるpregnancy lossが多いことも指摘されており、近年、thrombophiliaと不育症の関係も解明されつつある。thrombophiliaにはおもに先天的血栓傾向を示す疾患と、後天的な抗リン脂質抗体とがある。先天的thrombophiliaのなかには、アンチトロンビン、プロテインC、プロテインSなどの抗凝固因子の先天的欠乏症や、活性化プロテインCに対して抵抗性を示す第5因子Leiden mutationなどがある。
 近年、フランスのグループ(NOHA ; The Nimes Obstetricians and Haematologists)が不育症と血液凝固の関連について大規模な調査を行い、興味深い結果を発表している。(NOHA study)。これによると、妊娠初期流産を繰り返しているタイプの不育症と、妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症では、その血液凝固異常の傾向が異なる。
 妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症では線溶系の低下が多くみられ(約40%)、その内容はおもにplasminogen activator inhibitor1(PAI)活性亢進であった。具体的には、第12因子欠乏症(9.4%)と抗リン脂質抗体(7.4%)が二大原因として報告されており、われわれの不育症外来でも同様の結果が得られている。第12因子はカリクレインーキニン系の一員であり図1、線溶系に重要な役割を果たしている。したがって、第12因子の欠乏は線溶系の低下をひき起こし、血栓症、流産の原因となり得る。また、抗リン脂質抗体に関するわれわれのデータによると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症群ではキニノーゲンを認識する抗フォスファチジルエタノールアミン抗体(抗PE抗体)が多く見いだされた。キニノーゲンもまた第12因子と同様カリクレインーキニン系の蛋白であり、それに対する自己抗体が存在すると線溶系を低下させる可能性がある。以上をまとめると、妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症の血液凝固学的特徴は線溶系の低下とまとめることができる。
 これに対して妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症では、抗リン脂質抗体、プロテインS欠乏症、第5因子Leiden mutationがリスクファクターとして挙げられた。抗リン脂質抗体の病原性はいまだ不明の点が多いが、抗カルジオリピン抗体はプロテインS、プロテインS経路を阻害するという説もあり、妊娠後期のfetal lossを起こすタイプの不育症の血液凝固学的特徴は、トロンボモジュリン/プロテインC/プロテインS/第5因子系の破綻とまとめることができるかもしれない図2
 また単独では不育症のリスクファクターとなり得なかったが、methylenetetrahydrofolatereductase(MTHFR) geneのC677T mutationと上記リスクファクターとの強い相関関係が観察された。MTHFR geneのC677T mutationは高ホモシステイン血症をひき起こし、血栓症のリスクファクターとなることが最近注目されており、妊娠中、葉酸を経口摂取するという簡単なことでリスクを軽減できるといわれている。抗リン脂質抗体などが検出された不育症症例では、血漿中のホモシステインを測定すべきかもしれない。

2.抗リン脂質抗体とは
 抗リン脂質抗体とは、リン脂質に対する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジン酸)や、電気的中性のリン脂質(フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン)に対する抗体である。フォスファチジルエタノールアミンはセファリン、フォスファチジルコリンはレシチンとよばれることもある。
 歴史的には、抗リン脂質抗体は梅毒血清反応陽性として検出されてきた。梅毒血清反応では、抗原としてカルジオリピンとレシチンが使用されており、したがって陽性とはカルジオリピンやフォスファチジルコリンに対する抗体の存在を示している。フォスファチジルコリンに対する抗体はまれなので、一般的に梅毒血清反応陽性とは、抗カルジオリピン抗体陽性ととらえられている。梅毒ではないのに抗カルジオリピン抗体をもつ患者の場合、梅毒血清反応の生物学的偽陽性として抗リン脂質抗体が検出されたわけである。
 近年、抗リン脂質抗体と反復流産、反復血栓症、血小板減少症との関係はひろく知られており、注目を浴びている。とくに、後天的な血栓傾向の原因としては、最も重要なもののひとつであると位置づけられるようになった。抗リン脂質抗体症候群は、関連する全身疾患をもたないprimary抗リン脂質抗体症候群と、SLEやその他の膠原病をともなうsecondary抗リン脂質抗体症候群に分けられる。
 抗リン脂質抗体と一言でいっても、その実体は単純ではない。従来は名前どおりリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、病原性のある抗体の多くは、実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であるということが分かってきた。いちばん最初に発見された抗原は、β-glycoproteinI(βGPI)であり、当初はコファクターと称されたが、その後は事実上の抗カルジオリピン抗体の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。次いで、プロトロンビンが報告された。これらは、カルジオリピンやフォスファチジルセリンなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である。その後われわれは、中性のリン脂質であるフォスファチジルエタノールアミンに対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノーゲンであることを同定した。このように、抗リン脂質抗体といっても実は全く異なる抗体の総称であり、共通点はリン脂質に結合する蛋白を認識するということだけである。したがって、それぞれの病原性は認識するリン脂質結合蛋白によって異なると考えられる。ちなみに、梅毒患者のもつ抗カルジオリピン抗体はカルジオリピンそのものを認識する抗体であり、血栓症などの病原性は報告されていない。

3.スクリーニング法
 抗リン脂質抗体の測定はその方法から分類すると、Lupus anticoagulant(LAC)とELISA法に分けられる。LACはin vitroの血液凝固時間の延長としてとらえられる。しかしながら、LACはin vivoでは出血傾向ではなく、血栓傾向を示す。長い間標準的なLACのスクリーニング法はaPTTであったが、感度がわるいために最近では希釈Russell viper venom time(dRVVT)やKaolin clotting time(KCT)なども行われている。しかしながら、LACとして検出される抗リン脂質抗体もその対応抗原によって種類があり、これらの各測定方法は、それぞれ異なる抗原(すなわちβGPIやプロトロンビン)を認識するLACを検出するという報告もあり、偽陽性をなくすためにはすべての方法を併用するのが望ましい。また、確認試験としては過剰のリン脂質を加えることによって中和されるかどうかを確かめる。以上のように、LACの測定系は新鮮な血漿を用いて凝固時間を測定するので、より生理的状態に近い測定法とはいえ、これによって見いだされた抗体はかなりの信頼性で血液凝固系に影響を与え得るといえるが、感度の問題や、血清では測定できないなどの問題もある。そこで、ELISA法が開発された。ELISA法は感度もよく、精製したリン脂質やリン脂質結合蛋白を使用することにより、より特異的な抗体のみを測定することも可能である。たとえば、抗カルジオリピン抗体なども、ELISA系に精製またはリコビナントのβGPIを加えることにより、βGPI依存性の抗カルジオリピン抗体のみを測定することが可能である。
 現在当院(東海大学病院のこと)で測定している抗リン脂質抗体は14種類である表1)。このなかで保険が適応されるのはMBL社の抗カルジオリピン抗体IgG(Mesacup)、dRVVTと、ヤマサ社の抗カルジオリピンーβGPI複合体抗体IgGのみである。MBL社のMesacupキットはβGPI以外のカルジオリピン結合蛋白を認識する抗体も検出でき、スクリーニングには適している。しかしながら、抗カルジオリピン抗体のなかでも病原性の指摘されているのはβGPIを認識するものであり、それを確認するヤマサのキットが適している。これらキットに共通する大きな欠点は、IgGしか測定できないことである。IgM、IgAの陽性率は無視できず、これらを測定しないということは多くの偽陽性を生むことになる。自費にはなるが、最低IgMの測定は必須と思われる。
 血栓症や妊娠後期子宮内胎児死亡のリスクがいちばん高いのは、抗カルジオリピンーβGPI複合体抗体と希釈ラッセル蛇毒時間(dRVVT)で測定したLACが両者とも陽性の場合であるといわれている。一般病院でわれわれと同様の多種類の抗リン脂質抗体のスクリーニングをするのは不可能であるので、最低この2種類の測定は押さえたいものである。dRVVTはMBL社よりキットが市販されており、一般病院の検査室で測定可能である。
 妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症患者は、オーソドックスな抗カルジオリピン抗体やLACが陽性のことは少なく、むしろ抗フォスファチジルエタノールアミン抗体(抗PE抗体)をもつことが多い。したがって、この抗体の測定も重要である。抗PE抗体IgGはSRL社で測定が可能である。
 流産、子宮内胎児死亡以外にも抗リン脂質抗体のスクリーニングを考慮すべき疾患は表2に示したとおりである。これらに該当する症例は、抗リン脂質抗体症候群の可能性を念頭において管理する必要がある。

4.抗リン脂質抗体の病原性
 抗リン脂質抗体は、その名前ほど単純ではない。リン脂質の種類もカルジオリピンだけではなく、抗カルジオリピン抗体の事実上の目標抗原もβGPIだけではない。また、βGPIを認識する抗体ですら、さらにLAC活性をもつものともたないものに分けられ、これはβGPIを認識する抗体も一種類ではなく、βGPI上の異なるエピトープを認識しているためと考えられる。抗リン脂質抗体症候群では、患者の病状と抗体価が相関しないことがしばしばあるが、それはこのように測定系がいまだ確立していないためと思われる。それでは、現時点では一般臨床医はどのように抗リン脂質抗体の病原性を評価すればよいのであろうか。もちろんβGPIを認識する抗体やLACが強陽性であった場合は子宮内胎児死亡や血栓症のもっとも有力な免疫学的予知因子であるが、SLE患者群では、抗リン脂質抗体の有無よりはむしろ過去の流産、子宮内胎児死亡の有無の方が次回妊娠の有力な予後予知因子である。また、流産歴のある抗リン脂質抗体陽性患者の次回妊娠不成功率は70〜80%であるのに対し、抗リン脂質抗体陽性正常女性の次回妊娠流産率はわずか16%であると報告されている。
 以上のように、残念ながら現時点では抗リン脂質抗体のみではその予後や病原性、治療方針を語ることはできない。既往歴が重要であり、過去の流産、子宮内胎児死亡だけでなく、妊娠中毒症、子宮内胎児発育遅延、早産なども考慮するべきである。また、不育症のなかでも妊娠初期流産を繰り返しているタイプと、中期以降の子宮内胎児死亡の既往のあるタイプは異なる症候群と考えるべきであろう。

5.治療

 いまだ不明な点の多い症候群であり、治療方法も定まってはいないが、治療の奏効性は約70〜80%と報告されている。とくにヘパリンが有効であり、スタンダードな治療法になりつつある。
 動脈血栓は血流が早い場所に形成され、主に血小板凝集塊とそれを結合する細かいフィブリン繊維からできている。動脈血栓症の予防と治療には抗凝固薬と抗血小板薬の両者が有効と考えられ、臨床試験においてそれらの有用性が証明されている。一方、静脈血栓は血流の遅い部位に形成され、おもに赤血球とそのあいだに散在する大量のフィブリンからなっており、血小板は比較的少ない。静脈血栓症の発生には血液凝固の活性化が必須であり、血小板活性化の重要度は低い。したがって、静脈血栓の予防と治療には当然、抗凝固薬が非常に有効で、抗血小板薬による利益は小さい。抗リン脂質抗体が胎盤に血栓を起こし、子宮内胎児死亡を惹き起こすと想定すると、後者の静脈血栓に相当し、アスピリンなどの抗血小板薬よりはヘパリンなどの抗凝固薬が有効であると考えられ、ヘパリンがスタンダードな治療法になりつつあるということは合理的である。
 最初の抗リン脂質抗体の治療法はステロイドによる免疫抑制療法であった。大量のプレドニゾロンが必要であるが、有効性が報告されている。ある報告によると、ヘパリン療法に匹敵するプレドニゾロンの量は40mg/日である。しかしながら、プレドニゾロンはヘパリンに比べて副作用が多いので注意が必要である。とくに、プレドニゾロンとヘパリンを同時に使用すると、おのおの単独で使った場合に比べて有益性に差がないにもかかわらず骨粗鬆症による骨折の危険が劇的に高まるので、併用するべきではない。また、プレドニゾロン療法は早産、低出生体重児、妊娠中毒症、妊娠糖尿病などの率が高くなると報告されている。とくに最近、自己抗体陽性の原因不明反復流産患者に対してプレドニゾロンと低用量アスピリン併用療法を施行したところ、妊娠成功率に差を認めなかったにもかかわらず早産、妊娠性高血圧、糖尿病などの副作用が治療群で有意に多かったという報告があり、注目されている。抗リン脂質抗体だけでなく、抗核抗体などの病原性の確認されていない自己抗体が陽性というだけでアスピリンやプレドニゾロンを処方する臨床医を最近多く見かけるが、根拠のない治療をしてもなんの効果もないうえに、副作用も報告されたとなると、このような安易な治療は厳重に慎まなければならない。
 抗リン脂質抗体陽性患者における妊娠中の低用量アスピリン療法の役割は依然として不明である。たしかにその抗血小板作用は動脈血栓を予防するかもしれないが、妊娠中における低用量アスピリン療法が不育症に対して臨床的に有効かというデータはほとんどない。ある報告によると、アスピリン単独療法を受けた不育症群の生児獲得率は44%であったのに対し、ヘパリンとアスピリンの併用療法群では78%であった。この報告には無治療対照群がないため、44%という数字が効果ありといえるかは不明である。しかしながら、アスピリンは患者と胎児に比較的危険が少ないので依然としてひろく処方されているのが現実である。アスピリンを妊娠初期に投与する場合は、小児用バファリンを1日1錠(81mg)排卵日の頃より開始し、妊娠中をとおして35週頃まで投与するのが一般的である。
 ヘパリン療法の有効性は多く報告されており、抗リン脂質抗体症候群の不育症の治療としてはスタンダードになりつつある。また、最近は低分子ヘパリンの使用例も多く報告され、海外では低分子ヘパリンがスタンダードな治療法になりつつある。今年になって、妊娠中の低分子ヘパリンの安全性が総説としてまとめられたが、なぜか日本では低分子ヘパリンの妊娠中の投与は禁忌であり、境の流れに逆行した決定に首を傾げざるを得ない。へパリンがなぜ不育症に有効なのかはいまだ不明な点も多いが、抗凝固活性以下の用量で有効なことから、その抗凝固作用よりは、陰性荷電を介する作用など別の作用機序も示唆されている。ヘパリンの投与方法としては、ほとんどの海外の報告が5,000単位を12時間ごとに皮下注となっているが、われわれはその半分の2,500単位を1日2回皮下注射している。現在日本では皮下注用ヘパリンは三井製薬のカプロシンだけであるが、カプロシン皮下注用は20,000単位/0,8mlであるので、1回わずか0.1mlですむ。ヘパリン投与開始時期は妊娠反応で妊娠確認出来次第であるが、過去の流産歴が妊娠6週以降の場合はまず低用量アスピリン療法を行い、超音波検査で子宮外妊娠を否定した後、ヘパリンを開始するべきという意見もある。ヘパリンは妊娠をとおして投与し、分娩の1日前には中止する。もし緊急帝王切開など、ヘパリン投与中に分娩の必要がある場合、硫酸プロタミン(ヘパリン1,000単位に対し2.5mg)を希釈して10分以上かけて静注し、中和する(50mgを超えてはならない)ことが可能である。ヘパリンの副作用としては骨粗鬆症が重要である。平均して骨密度は1ヶ月で1%失われるといわれている。ヘパリン投与量が15,000単位/日を超した場合は炭酸カルシウム1.5g/日を投与するべきである。ヘパリンのもうひとつの重要な副作用はヘパリン惹起性血小板減少症であるが、その頻度は1%未満であると報告されている。