「育児は育自なのだ
其の壱
〜菫の1歳の誕生日に寄せて〜


朝、ベットの上で目覚めてダンナと歌いました。

Happy birthday to you
Happy birthday to you
Happy birthday Dear すみれ
Happy birthday to you

「すみれ、おたんじょうびおめでとう!」
(パチパチパチパチパチ)


菫は歌の間中うれしそうに首を左右に揺らし
歌い終わると私たちと一緒にその小さな手を合わせました。
(パチパチパチパチパチ)

そのとびきりの笑顔に眠気をさらわれた朝でした。

ついつい「育児は大変だ」と口にしてしまいます。
育児を「お世話」と考えていた頃はとりわけそうでした。
三度の食事、着替え、排泄、入浴、就寝・・・
次から次へと片付けるべきことがあり
自分のことが何ひとつ手につかない
イライラ・・・・・
時に私に差し伸べた両手を振り払ったこともありました。
自分の時間が欲しくてテレビに子守りをさせたこともありました。

ある午後、テレビをつけるのをやめ、夕食までの数時間
菫とじっくり遊んでみました。
そんなことが1週間続きました。
歌ったり、絵本をめくったり、ぬいぐるみのワンワンと遊んだり・・・
求められるままに同じことを繰り返す。
非常にゆるやかな時間の流れのなかで
菫と気持ちが通いあったような気がしました。

きっとSmileやぎが菫やぎの手紙を読まずに食べていたのね。

その時から「お世話をする」という感覚は失せていきました。
一緒にご飯をおいしく食べる
一緒に服を選び着替える
一緒に健康的な排泄を喜ぶ
一緒に身体をきれいにする
一緒に眠る
気持ちひとつで、すごく楽になりました。
そこにいつも屈託のない笑顔があれば
それでシアワセなのです。