第3章 地上波 ― 音声 ― |
| こうして大正時代にラジオというものが出現するまで、活字印刷に切り替わった印刷物は、長らく人々の重要かつ唯一の情報入手手段となった。ラジオはそんな文字文化に慣れきった日本人にとって、画期的な面白い情報ツールとなった。大きなガーガー音を立てる真空管ラジオは高価で、誰もが手に入れられる代物ではなかった。ラジオの前に家族が勢ぞろいして、きちんと正座して落語や講談を聴いていたというのだから、その情報ツールへの敬意は大変なものだったのだろう。 人の生の音声がそのまま伝える即時性の強い情報は、高価なラジオや工事費や受信料を払ってもおつりが来るような価値を持っていたということになる。近所の人が、野球や相撲の実況中継を聞きに、座布団と手土産を持って、ラジオのある家に集まる。人々は、目に見えないものに価値を見出し、それに代価を支払っても惜しくないと思える消費活動に大きな魅力を感じたのだろう。 その技術的なものへの敬意や、新物好きの嗜好傾向や、音楽好きの趣味志向だけではなく、明らかに情報の即時性を欲しがる人々、どんな情報であれ、情報そのものへの価値をその代価に替わるだけ或いはそれ以上と考える消費者がいたことを物語っている。これは、ある意味においては、現代のデジタル放送やケーブルテレビなど、地上波以外のメディアまで、その掌中に置きたいという消費者と酷似した現象であったとも言えよう。 |
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