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9月。まだそこかしこに真夏の香りが漂い、時折髪を揺らして通り過ぎる風が心地よいそんな朝だった。冬樹はまだ睡魔と闘っている二つの瞼を何とかこじ開け、ベッドから滑り降りた。 「!」 何かが違う。そう感じた。何だろう?しかし何事も起こらない。シンとした部屋は冬樹以外の気配を呑み込んでいた。 不意に大きく響くベルの音。目覚まし時計だった。 「なんだ。びっくりした」 時計のアラームを止めて、着替えをした。アラームが鳴る前に目が覚めるなんて。 そう、冬樹はこの9月から独りで生活を始めたばかり。それまではいつも誰かに起こされるのが当たり前の生活だった。 何かが違うと感じたさっきの気配は、この所為だったのだろうか……? 食事もせずに外へ出た。新しいバイトは朝9時から。早めに出社しなければ解雇の対象にされると、斡旋先の上司のアドバイスだった。 朝のまだ涼しい風を切り、自転車で20分の会社へ。こんな朝早く仕事に出るのも初めてだった。 冬樹は予備校に3年も通っていた。さすがに両親もあきれて 「もうどこでもいいから、大学に入ってちょうだい」 と言った。しかし今更志望校を変えろと言われても、自分で納得出来なかったし、それどころか大学に行く事さえ、もうどうでもいいような気分になっていた。9月、急に新しいバイト先を決めて家を出た。 会社の門が見えて来た。早過ぎて人影が見えない。それどころか門もまだ閉じたままだった。 「ちぇ、どうしよう」 中に入れなければここにしばらく立って誰か来るのを待っているしかない。そう冬樹が思った時、 「おはよう!」 と声を掛けて来た者があった。 「……?」 冬樹は今日が初めての出社なのでまだ誰も知り合いはいなかった。振り向くと高校生位の女の子が立っている。 「君、誰?」 どう見てもこの会社で働いているようには見えないので、冬樹は聞き返した。 「私あなたを待っていたの」 そう彼女は言うと冬樹の手を取って歩き出そうとした。 「ちょっと待てよ。俺は今日からここで働くんだぜ?」 「あら、だめよ。今日のあなたの運勢は最悪なの。このままここにいると事故に遭って大怪我するわ。悪くすれば死んじゃうかも」 死ぬ……とは穏やかではない。しかし、 「運勢だか何だか知らないけど、俺は今日から…」 「分からない人ね」 少女はそう言うと、冬樹の手を取り一気に駆け出した。走り出して5メートルも行かないうちに、 バンッ!! と大きな音がすると、会社の塀に車が突っ込んでいた。丁度冬樹が立っていた辺り。 「俺の、愛車!」 「馬鹿ね。自転車ぐらいで済んで良かったじゃない。あなたの身代わりになってくれたのよ」 「馬鹿とは何だ!まだ買ったばかりで…」 冬樹は言いかけて少女の顔を見た。そうだ、自転車どころじゃない。命を助けられたのだ、この少女に。 「救急車を呼んで、早く!」 携帯で119に電話しながら、車まで走った。ガソリンが漏れ出しているので、引火したら危険だ。 車に近づくと、中の運転者は額から血を流してぐったりしていた。ドアを開けて引きずり出すと、彼の意識が戻った。 「大丈夫か?早くここから離れるんだ!」 冬樹は少し離れた所まで連れて行くと、休ませた。 男の怪我はそれ程ひどいようにも見えなかった。 しばらくして近所の人々が事故の音を聞きつけて出てきた。冬樹は取り敢えず男の身柄を任せて警察にも電話を入れた。そしてふと少女の事を思い出した。 少女は人々から少し離れた所でこちらを見ている。冬樹は少女の所へ行った。 「大丈夫か?あんたには礼を言う。よく俺が事故に遭うと分かったな」 少女はふたたび冬樹の手を取って歩き出そうとした。 「一緒に来て。あなたを待ってる人がいるの」 「一緒に…って、ちょっと待てよ。じき警察が来る。俺がいないとまずいだろ?それに今日は初出社なんだ。休む訳には……」 しかし彼女は睨むように冬樹を見た。 「さっきの事で分かったんじゃないの?私の言う通りにしないと」 「分かったよ。でもどこへ…?」 少女はふっと目を細めた。そして虚空を見るように顔を上げた。 「11月までに……」 「11月…?」 「何でもないわ」 少女はそう言うと駆け出した。
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精霊の旅Vol.2へつづく![]() |
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