Vol.2

 気がつくと、冬樹は古い街並みを見下ろす小高い丘の上に立っていた。無論見た事のない街だ。どこか映画のセットのような気もするが、取って付けたような印象はなく、どちらかといえば古都の趣すら感じさせた。

「ここはどこだろう?」

とは言ったものの、どこか懐かしい初めて見るような気はしなかった。デ・ジャ・ヴュだろうか?

 案内して来たはずの少女の姿はすでになく、いつの間にか冬樹は一人になっていた。丘を下り街へ入って行くと、通りを歩く人々の姿が妙に古めかしい感じがする。そう、人々の着ている衣服が着物なのだ。洋服の人もいるがほとんどが着物だった。

「……?」

現代の日本にこんな街があるのだろうか?例えどんな田舎の街に行っても、まさか着物姿でいる人ばかりという事もないだろう。それにこの街はそんなに田舎という感じはしなかった。

「君、君は高田君だろう?何でそんな格好をしている?」

声を掛けられ、冬樹は振り向いた。そこには白シャツに袴という出で立ちの若者が立っていた。歳の頃は冬樹と同世代らしいが…。

「いや、僕は…」

Tシャツにジーンズ姿の冬樹は、着物姿が多いこの街では目立ってしまうらしい。

「まあ、いい。それより幕田先生の講義は拝聴出来たのか?私も行きたかったが…」

どうやら高田という人物もこの青年も学生らしい。

「知らない。第一僕は高田じゃない」

「え?違うのか?じゃ…他人の空似って奴かぁ」

青年は笑って失敬、失敬と言いながら頭を掻いた。

「ところでここは何処なんですか?」

冬樹の質問に青年は目を丸くした。

「君はおのぼりさんか?ここは東京だよ。新宿」

「……新宿?」

高層ビルもネオンもない。おおよそ冬樹の知っている新宿ではない。…どういう事だ?

「君、これも何かの縁だ。どこに行くのかね?案内してあげよう。私も家に帰る途中だし」

青年はそう言うと手を差し出した。

「私の名は木村(きむら)(さとる)。君は?」

「僕は伊藤冬樹。でも行く当ては…」

冬樹の知っている東京なら知り合いもいるし、親戚だってある。電話すればすぐにでも迎えにだって来てくれるはずだ。しかし…

「そうだ、俺の携帯…」

冬樹は思い出してポケットを探り、携帯を取り出した。しかし街の真ん中にいるのに圏外の表示。しかも何処を押しても繋がらず、雑音がするばかりだった。

「それ、何?新型の携帯カイロか?」

「何って、携帯…電話だよ」

「電話!?まさか、君冗談言うなよ。そんな小さいのがあるか」

木村と名乗った男はあきれたように笑った。…冗談言っているのはそっちじゃないのか?冬樹は今時携帯も知らない奴がいるなんて…と思ったが、ありうる事だと考え直した。そうだここは現代じゃない。

「タイムスリップ…?まさか…?それとも俺は担がれているのか?誰かが俺を騙して、影でこっそり覗いているんじゃ…」

しかし木村は不思議そうに冬樹の手の中を覗き込んでいたが、決して他人を担いだり、騙したりしているようには見えなかった。街並みも映画のセットやどこかのテーマパークとは違うようだし、もしこれがタイムスリップなら、冬樹はたった一人で見知らぬ世界に放り出された事になる。

 木村は冬樹の茫然自失とした表情を読み取ったらしく

「ま、どんな事情があるのか分からんが、私で良ければ力になる。金はないが夜露をしのげる場所ぐらいなら提供するが?」

「……ああ、すまん…」

これも何かの縁だから…と言いながら木村は歩き出した。

「そうだ、高田の所へ寄って行くがいいか?彼に用事があるんだ」

「別に…」

冬樹は成り行きに任せるしかないと思った。…いつか元の世界に戻れるだろう。…確証はないが。

 

高田の家に着くまでかなり歩いたような気がした。木村は電車やバスにも乗らず、ただひたすら歩いたからだ。

「この時代は不便だな…」

冬樹は独り言を言った。…もっとも彼も自転車愛好家なので、普段あまり電車やバスには乗っていなかったが。

 高田の家はこぢんまりとした平屋の一戸建てで、生垣を巡らせてあった。小さな庭には桔梗の花が風に揺れている。木村が声を掛けると、中から若い女の声がした。

「細君がおいでか」

「サイクン?」

玄関に現れたのは189歳位の娘だった。冬樹の顔を見て一瞬目を疑ったようだったが、すぐ気を取り直して、

「木村様…」

と言った。

「早苗さん、ご主人はおられるか?」

「生憎、主人は留守を致しております。もうじき戻ると思いますが…」

三つ指をついて木村を見上げたこの早苗という娘の姿は、まるで時代劇を見ているようだ。

「やっぱりどこかの映画村にでも迷い込んだのかな…?」

冬樹は狐にでもつままれたような気分になった。

「では中で待たせてもらっても良いか?…ああ、こちらは私の知り合い、伊藤君だ。どうだ、高田君に良く似ているだろう。私も初めはびっくりしたよ」

木村がそう言うと、早苗は笑って

「ええ、どうぞ」

と言った。

二人は部屋へ通され、高田を待つことになった。どうやら高田なる人物は結婚しているらしい。

「高田って奴はかなり若い嫁さんと結婚したんだな。もしかして出来ちゃった婚ってやつ?」

「若い?そんな事もなかろう。女は1718位が適齢期らしい。20歳過ぎたら貰い手もなくなるし」

「…うそ…?」

「ところで出来ちゃった何とかというのは何だ?」

「…べっ、別に…」

冬樹は少なからずカルチャーショックを受けた。21世紀なら高校生が適齢期という事になる。

精霊の旅Vol.3へつづく トップページへ戻る