お話の部屋

精霊の旅

Vol.3

 1時間程して高田が帰って来た。木村が言っていた、幕田とかいう教授の講義を聴講して来たらしい。

「やあ、すまん。君が来ていると分かっていたら寄り道などせずに真っ直ぐ帰ったものを…」

「いや、こちらこそ突然押しかけて…」

「ところでそちらは…?」

高田が冬樹に気付いて声を掛けると、二人の目が合った。

「ほう!!

「な、良く似ているだろう?私も最初君と間違えたくらいだ。他人の空似とはよく言ったものだ」

「ふ〜む…。成る程ねえ…。君、生まれは…?」

「アメリカ」

「えっ!?

二人は一様に驚いた。冬樹はどうせ何を言ってもこの世界では通じないだろうから、いっそ知らない所の方がいいかもしれないと思ってそう言った。しかし二人は意外にも話に乗って来た。

「アメリカの何処?ニューヨーク?ワシントン?それとも…?」

「ハリウッド」

「ハリウッド…?知らないなあ。木村君聞いた事あるかい?」

「いや…?初めて聞いた。さすがはアメリカ、すごいなぁ」

何がすごいのか良く分からないが、どうやら二人を煙にまいたと冬樹はほっと胸を撫で下ろした。

これ以上突っ込まれるとボロが出てしまう。

「赤ん坊の頃に日本に戻ったから、英語は話せないけど」

冷や汗たらたらで、何とかその場を誤魔化した。二人はその後受講した講義の内容で盛り上がり、冬樹の事には触れなかった。

「ところで、君はいつ出征するんだい?」

「出征…?」

「ああ、来月さ。7日」

高田は遠くを見るような目をした。…そうだあの時。

「俺に会いたいって、もしかしてあんたか…?」

あの少女の言っていた言葉。…あなたを待っている人がいる…

「…?何の事かな?私は今日初めて君に会ったんだが…」

「ああ…いや、失礼」

違うのか…?それにしては俺と良く似ているし、そういえば…出征って確か…

「出征って戦争か何かに行くって事か…?」

「ん…?馬鹿だな、出征は出征だろう。戦地に赴く事に決まっている」

「馬鹿とは何だ。俺の世界じゃ戦争なんてないんだよ。第一…」

真っ赤になって反論したが、はっと気付いた。戦争がないわけじゃない。たまたま冬樹のいた時代の日本では戦争をしていなかっただけで、地球上から戦争や紛争の火種が消えた訳ではなかった。

「ほう、戦争のない世界か。住んでみたいものだな、そんな世界に…」

「ああ、そうすれば君も大学を途中でやめる事も、可愛い細君を置いて遠くへ行く事もなかったな」

冬樹は黙り込んでしまった。来月、この男はすべてを捨てて戦場へ行くのだ。ゲームなんかではない、死と隣り合わせの地獄の場所に…。

「君はいいな。そんな世界が本当にあるのなら私も行ってみたいものだ。出来ないならせめて早苗だけでも連れて行ってほしい」

「早苗…?」

「ああ、妻だ」

まだ18歳位の幼い妻。戦場へ行くという理由で大学をやめたのなら、何故結婚したのだろう?

「君、君は本当に何も知らないんだな。親の願いさ。戦地に行ってしまう息子に妻をめとらせ、せめて人として生まれた幸せを味わわせてやろうという…」

「しかし…残された奥さんは…」

二人は顔を見合わせた。

「そんな事考えもしなかった。君は変わっているな。女の幸せも一緒だろう?」

結婚がすべてじゃない。少なくとも冬樹はそう思っている。形にこだわるより互いの気持ちの方が大事なんじゃないのか?結婚はずっと先の事だ。それまでは二人で楽しく過ごして、嫌になったらいつでも別れればいいのではないか?結婚なんてものは子供が出来たとか、何か理由があって仕方なくするものだろう。

「君はいくつだ?」

不意に高田が聞いた。

「21」

「私と同じ歳だ。それならもう大人としての責任を待たねばならん。妻帯して家庭を持つのも、戦場に赴くのも、国を守り、家を守るためだ。好きだから嫌いだからなどという単純な事じゃない。責任のある立場にある者としての努めを果たさねばならん」

冬樹は心を見透かされた気がした。しかし

「俺の住む世界じゃ、戦争なんてないし、結婚もしたい者同士が勝手にするだけさ。責任なんて面倒なものもない。自由に生きられる世界なんだ」

高田はあきれたような顔をした。木村も同様に冬樹を見る。言って後悔したが後の祭り。

「君の言う平和な世界とはそんなものか。無責任な自由など本当の自由ではない。人々が勝手気儘にやりたい放題やっていたら、この世は目茶苦茶になってしまうだろう」

ちぇ、言いたい事言いやがって。親父じゃあるまいし。こんなところで説教されるとは…。

 急に静かになったので顔を上げると、高田は遠い目をして笑った。

「すまんな、初対面の君にきついこと言って。顔が似ているせいか他人のような気がしない。それに同い年のわりに君はまだ子供のようだ。私は来月には戦地に行かねばならんから、どこか醒めているのかもしれない。君のように駄々をこねていられる身分ではないのだ」

悪かったな、駄々っ子で。冬樹は決まり悪そうにそっぽを向いた。…昔の奴は皆こんな風に若いうちから醒めて、いや物分りが良かったのだろうか?

「じゃあ、また。細君によろしく」

精霊の旅Vol.4へつづく トップページへ戻る