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洋子のサンクト・ペテルブルグ通信:28
5月9日戦勝記念日
2008/05/17
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石井です 皆さんは5月の連休の疲れはとれましたか。 ロシアは5月は1,2,3日と9,10,11日が連休でした。 9日はロシアがドイツに勝った日で、ロシアでは9日を「大祖国戦争勝利の日」と呼んで祭日です。 ![]() 20080517_005最高の見物席 今年はロシアになって初めての戦勝パレードが行われました。また、今年は大統領交代ということもあって、この戦勝記念日に向けてロシアは大々的に早い時期からパレードを宣伝していました。たとえば、3月8日の国際婦人デーとマースリニツァが終わった次の日から、赤の広場が閉鎖になり広場のレンガが全部新しくひきなおされました。そして、4月に入ってからはテレビなどで軍隊パレードの練習風景などが放映さえるようになりました。末からはテレビ映画に戦争ものが増え、戦争経験者のレポート、未だに戦死した親の最後を探している人の話や、探し当て、お墓参りをした人たちのニュースも増えていきました。メーデーの連休はパレードや大規模な集会などはなく、ただ休日を楽しんでいました。しかし、9日が近づくにつれ街中では「ゲオルギーのリボン」と呼ばれる黒とオレンジのリボンを胸に飾ったり車につけたり、カバンにつけたりしている人たちが目立つようになりました。
![]() 046若葉のきれいな大厩通り さて9日は夫が一応どんなものか見たいのでということで、朝から出かけました。9時過ぎに出かけたのですが、街は人であふれていて、ネフスキー通りの舗道は両方とも車道へ出なければ歩けないほどの人出でした。お巡りさんが車道へ出ないようにと注意をしても出てしまうというような状態でした。もっと、びっくりしたのは宮殿広場に着いてからでした、人、人、人、また人、というようにどこから来たのかしらというぐらい人々が集まっていました。どこからでもいいから少しでもパレードを見ようとエルミタージュ美術館のネバ川沿いを回ってネフスキー通りのと反対側の宮殿の入口へ行きました。そこも橋の上にはもう欄干まで人でいっぱいだったのですが、車んで入口の辺りが空いていたのでそこ見ることにしました。広場は見えないのですが、待機中の戦車や弾道ミサイルなどが見れました。パレードは結局音楽隊の音楽と兵隊さんの「ウラー、ウラ」聞こえて、見れずじまいでしたが、雰囲気を味わって帰りました。帰り道ファンタンカ川通りからネフスキー通りにはでないで、もう少し遠回りをして大厩通りを通って帰りました。そしてネフスキー通りへ出てみると通りは歩行者天国になっていて人でいっぱいでした。 夜テレビを見て知ったのですが、朝の式典の後ネフスキー通りをかっての英雄たちが歩いてパレードをしたのです。お子さん、お孫さん、親戚の人たちに贈られた花を持ってかっての若者たちが胸にたくさんの勲章をつけて意気揚々と歩いていました。彼ら、彼女たちにとってとても華れやか日となったことでしょう。 こういう催し物はモスクワ、サンクトだけでなくロシア各地で行われたみたいです。テレビでは、今はもうロシアではないのですが、当時の激戦地であった、セヴァストーポリや、ターリンなど祭日にはなっていないのですが、関係者が記念碑に詣でている姿をレポートしていました。 町はすっかり春の様相で冬に植えられたチューリップがたくさん咲いていました。花壇というとなぜかチューリップが植えられています。ロシア人の好きな花なのかもしれませんね。
石井 洋子
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