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万里江と喜江のバルセロナ通信:94
医師の品格
2008/07/17
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前回の「通信」、間違いがありました。 ‘午後6時半過ぎに夫の「あんどうが死んでいる」という声に跳び起きました。’は‘午後’ではなく、‘午前’でした。落ち着いたつもりでいたけれど、だめですね。 あんどうの死は突然で、衝撃が大きく、感情が麻痺したような感じです。パールの死は、人間にたとえれば不治の病の末期にどう対処すべきだったのか。残ったものは後悔、無念。 あんどうをごみのように捨てることなどできないので、動物墓地或いは火葬場があるのか聞くために、土曜日、診察開始後すぐの時間に電話をしました。「ウサギが死んだので」と言うと、受付の人はびっくりしたように息を吸い込んで、私が名前を言う前に私の名前を確認してきました。調べてもらった結果、動物墓地はここから遠く、行けそうになかったので、病院を通して火葬業者に渡すことにしました。 あんどうを持って病院に行くと、この受付の人が、「手術が長引いたので、昨日の晩ウサギを家に帰すのはどうかとエバ(担当医)に言ったんだけれど」と言うのを聞いて、はっとしました。もし、病院に一晩置いて、容態が急変した場合に対応してもらっていたら?でも、病院からの連絡で死を告げられたら、どう思っただろう? もともとあんどうの担当医は別の人でした。私はこの別の獣医を信頼していました。彼女は哺乳類専門で、診察の様子、話し方から経験があることが感じられました。今回あんどうの担当になったエバは彼女より若く、以前は救急、往診担当で、哺乳類専門というわけではありません。パールの担当もエバでした。 先週月曜日あんどうを連れていった時に、「パールはどう?」と聞かれたので、「死にました」と答えると、「ああ」とだけの返事。「残念でした」の一言もありませんでした。お役に立てなくてと言って欲しかったわけではありません。職業柄多くの死に接しているかもしれず、ハムスター1匹くらい何でもないのかもしれない。それにしても何?と思ったのは事実です。 あんどうを受け取った後、受付の人が気の毒がって、「エバが月曜日に出勤したら伝えておくし、疑問があったら何でも聞いてね」と言ってくれましたが、あんどうの死を伝えたところで「ああ」で終わるんじゃないかとぼんやり考えていました。 あんどうと最後に乗ったタクシーの運転手は、降りる時に「早くよくなるようにね」と 声をかけてくれました。定年まであと1年、定年後は小さな土地を買って犬を飼いたい、自分は動物が好きだ(だから座席にケージを置いていいよと言われ、置きました。大抵はトランク行きです)と話していたので、本当にそう思って言葉にしたのだと思います。 対象が人間であれ動物であれ、場合によっては命にかかわる事態を扱う職業に就く人は、身内或いは飼い主の思いを感じてくれたら・・・。 佐藤 喜江
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