七年ぶりに母校の学校祭に行った。ひとりで散歩がてらに行った。多少緊張しながら裏門をくぐり、メイン会場の方に移動する。とたんに足が止まる。
思い知らされる。ここはもうボクの場所ではないのだ。学校祭を観に来たはずなのだが、そんな余裕はもうどこにもない。油断すると足が震えそうだ。なのでとりあえず屋上にあがる。なじみの場所を、ひとりの場所を見つけよう。
学生時代の景色とはいろいろな点で違う風景が広がっている。でも、だんだんと落ち着いてくる。その違いを楽しめるジブン。浮き上がっているジブンの中のジブン自身。しばし変化を楽しんでみた。
地上に降り、散歩する。やはり落ち着かない。学校祭なんか観ていない。学校と生徒たちしか見えない。空きを見つけて座り込んでみたけれど、完全にヒトゴトだ。中途半端な知り合いに会うのがいちばん恐い。屋台で何か、という気にもならない。勧誘の学生からも目を逸らしてしまう。
どうなんだ、コレは。この場所で過ごした五年間はなんだったんだ。こんなに楽しそうだったのか、当時のジブンは。楽しかったけれどね。チカラ一杯遊ばせてもらったけれど。
普段のボクは、カルチャー・ギャップはともかくとして、ジェネレーション・ギャップをあまり感じないヒトなのだ。だけど、ここにあったのは、圧倒的なジェネレーション・ギャップだった。圧倒的なマイノリティー、ひとり対大多数の構図。仲間がいれば、こちらも対抗してフィールド・バリアを張れたのだろうけれど。
彼らの“イマ”はボクの“カコ”だ。おそらくそこの認識の違いがギャップに繋がっているのだと思う。むろん、こんなコトをボクが考えていても、彼らには関係ない。同じようにボクがひとりで寂しくなってても彼らの責任ではない。彼らはよくやってたと思う。というのはつまり、よく遊べていたと思う。一生懸命に。えらそうだが、そう言うコトだ。
ピーターパン・シンドローム。気付いてしまった。もう、ボクはここには戻れない。
2001/11/2