ネット・コミュニケーション

 ・・・とかってヤツについて少し。

 基本的には否定はしない。普及したことで便利にもなったし、出会いの場もあるイミ広がったと思う。ボクも使う。ロープレ感覚で、会ったこともないヒトにメッセージを発信したりも出来る。

 画期的なコミュニケーション・ツールとして世界的に認知されたモノだけれど、どうも周辺にいるヒト(たち)を無視、あるいは軽視するような気がしている。二人でいるのに、PCに向かってチャット、とかやられたりするととても悲しい。それは目の前にいる友人、あるいは仲間を無視してまで話したいことなの?

 逆にコミュニケーション不全になっている気がするんだ、カオを見て話さないツールって。自分のコミュニケーションって、コトバだけじゃ完結しないし、手ぶり身ぶりに表情とか。相手にもそこまで求めたいな。どんなカオしてるの? どんな話し方をするの? うまく言えないなら、カオを見せてよ。そこから読み取れるものはきっとコトバに負けないから。

 たとえば(笑)とか(怒)とかを使っても、そんなもん、実際の気分を読み取るのには何の役にも立たない。ああ、まだ余裕があるんだなぐらいなもので。顔文字も同様。イイですよ、使うのは。全然否定はしませんよ、ネタとしては。でもコミュニケーションの場に於いて、実際に自分の感情として使うヒトはいないでしょ。

 別にチャットも否定はしない。冒頭にも書いたけど、ロープレ感覚で他人とコミュニケーションがとれるのはとても楽しいと思う。でも、あなたの側には、あなたを見ているヒトは本当に誰もいないの? あなたが帰ってくるのを待っているヒトは? ネットは、うまく使われてはくれても、あなたを受け止めてはくれないよ。うまくバランスを取ろう。

 ネットって、確かに“世界”なんだよね。でも、そこにホントの居場所はないよね。いわゆるヴァーチャル。とても魅力的な世界だけれど、酒は飲んでも飲まれるな、みたいな感覚って必要だと思う。まあ、ほとんどのヒトはうまくやってるんだろうけど。

 

 

2001/9/6

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