壊れた扉から / 尾崎豊
Sony Records SRCL1912

 

 尾崎豊が好きなのだ。

 意表でも何でもない。彼の歌がなかったら、もっとフツーの人生を歩んでいたかも知れない、というハナシもある。ウチのオヤが信用するかどうかはさておき、高校生の頃には、将来は国語のセンセイに、というユメもあったのだ。お芝居がどうしてもやりたくて、そっちへ行ってしまったが、国語のセンセイは、今でもちょっとユメ。教職は単位が足りなくて挫折、ってどうでもいい、そんなコト。要するに純真な高校生の尻っぺたを蹴飛ばしてくれたのが尾崎の唄だったのだ、というコトでいいだろう。

 彼は最終的には自分を破滅させてしまったわけだけれど、この頃にはまったくそんな気配はない。学生生活を切り捨てたこのアルバムでも、彼は自分はどうあるべきなのか、を問い続けている。学生でなくなった自分とは? おそらく永遠に、卒業まぎわの学生たちが自分に問い続けるべきテーマだ。

 アルバムの帯にあったキャッチは「あくせく流す汗と音楽だけは止むことがなかった」だった。かなり適確なキャッチだと思う。「路上のルール」からの抜粋だけれど、かなりこのアルバムの本質を突いている。

 尾崎というヒトは、あまりそういうイメージはないけれど、基本的に音楽至上主義者だ。当時のインタヴューや何かでピックアップされていた好きなアーティストには、あまり言葉を主義主張に使うヒトはいなかった。ビリー・ジョエルなんかが選ばれているのを見て、へえーっと思った覚えがあるのだ。

 そんな彼だからこそ、歌うべきコトを見失った中でも音楽を続けるコトが出来たのだと思う。そしてこのアルバムを完成させることが出来たのだと思う。そしてボクはイマでもこのアルバムをたまに取り出してみたりするのだと。

 ちなみに出たのは中学生の時。姉の友人にダビングしてもらった一、二枚目を一生懸命聴いていた。先行で出た12インチ・シングル「Driving All Night」を買い、それを聴きながらアルバムを待ってたのを憶えてる。初めて手に入れた尾崎のアルバム。もう当時はCDだったっけか。イエー!と盛り上がりながらプレイヤーに乗っけて再生ボタンを押す。一回目からしばらくはピンとこなかった。今考えるとわかる。中学生だもの。回数聴いてやっとしみる部分を見つけられた、という感じだったのだ。とっつきの悪さはナンバー・ワンだな。

 好きなのは、「Driving All Night」とか「ドーナツ・ショップ」とか。先行に切られただけあって、「よくわからないけれど、いくぜ!」というイキオイが大好き。「ドーナツ・ショップ」はホントに好きになったのは多分大学に入ってからだと思う。カラオケかなんかで唄って、体中にこのうたが行き渡った。尾崎のやさしさとせつなさが体中に染み入り、そこには全然力強くはない彼がいた。

 尾崎を“鬱陶しい”と感じているヒトは多いようだ。でも、そのヒトたちはおそらくこのアルバムとマトモに向かい合ったコトがないのだと思う。この尾崎を、ゼヒ知ってほしい。暗闇の中、目隠しをされてでも“あるはずの光”にむけて走ろうとチャレンジする彼は、誰でもが陥ってしまう落とし穴にはまってしまっていたにすぎないのだから。

 

 

2001/10/21

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