どうでもいい映画、それが最初の印象だった。最初は「ハリー・ポッター」を観るつもりで出かけた。もう公開からずいぶん経ったし、休日でも空いてるんじゃないかと。ところが劇場前の列と係員の「立ち見になりまーす」の声にやられて、ボクは、じゃあ何を観ようかなあ、と考えていた。
幸いここは歌舞伎町。映画館なんかいくらでもある。ベツに一度観たヤツでもいいや、くらいの気分で探したが、ちょうどはざまの時間だったらしく全部中途半端。そこらにあった唯一すぐに始まる映画がコレだったのだ。
「O」。タイトルは知ってたし、主役の名前も知ってた。でも、中身は知らない。全然知らない。そんな予備知識が一切ない状態で映画を観るなんてひさしぶりなので、ちょっとわくわく。もう予告は始まっていたので、中に急ぐ。
中はガラガラ。ハリーもジョシュも同じ素材でできたプリントに刻み込まれているのだが、この差はいったい。これがアートのチカラなのだなぁ、などとひとりごちながら席につく。
物語が始まって気付いたのは、主役たるジョシュ・ハートネットのカオがわからないコト。「パール・ハーバー」での評判ぐらいは聞いてたけれど、アレで評判よくたって観てないしわからない。どうでもイイや、と開き直って物語に入り込む。
物語はどこにでもあるたぐいの、と思ったらシェイクスピアの「オセロー」を現代に翻案したらしい。どおりで知ってると思った。要約すると、つまりは父親の愛情受けたさに、父の愛するモノを破滅に導いていく、という筋なのだけれど、その鬱屈さ加減がよく出ていた。正直もっとやってもよかったと思うけれど、あれ以上いやらしくなると主役として客が共感しなくなる。ちなみにこの部分はネタバレではない。前提条件として最初の段階で出てくるので。
ワナを仕掛け、獲物を狩る。その獲物に当たるのがMekhi Phifer(読み方がわからない)扮するバスケットのスタープレーヤー。ジョシュのチームメイトであり、チームのコーチであるジョシュの父親の愛を一身に受ける男。しかもこの男、なんと校長の娘ジュリア・スタイルズと付き合っている。考えてみると前作「セイブ・ザ・ラスト・ダンス」でも黒人と付き合ってたな。アメリカのこれくらいの女優で黒人とのカラミを承知するヒトはいないのだろうか。と、そんなコトはさておき。
細かいごまかし・まやかしから思いきった行動まで、次から次へと繰り出すジョシュ。でも、自分を鍛えることにも余念ないジョシュ。そんな彼に引き回される人々。
その結末は決して幸福なものではなく、そこから先の苦難が思い遣られた。でも、同時にそこにはジョシュ・ハートネットという役者の明るい未来があったのだ。もちろんジュリア・スタイルズのも。
2002/1/14