もう何というかエイプリルフールとかどうでもいいな。
今日もウソとかひとつもついてないよ。
おシゴトではひとつウソついたな。
それはへまって言うんだよ。
エイプリルフールの語源について語ってた。
エイプリルさんというヒトがいて、ものすごくウソ吐きだったのだ。
でも、不思議と誰にも憎まれずに一生を終えた。
その代わり、死んだ時にも信用してもらえずに誰も集まってこなかった。
それが今日、四月一日だったのだ。
後日、死んだのが事実だと知った村人たちはそれを知って泣き伏した。
その後悔の意味も込めて、後日彼らは命日をエイプリルフールと名付けた。
エイプリルが生涯に一度だけウソを吐かなかった日だ。
せめてその日だけでも、世界をウソで満たしてやろう。
もちろんこのハナシが本当なわけがない。
ボク的にはウソというよりも、どちらかというとネタのつもりで話してた。
相手がどこでそれに気付いたのかは知らない。
多分“ウソ吐きエイプリル”の時点ではまだ信じてたと思うんだよな。
死んだ辺りはもう怪しいな。
うーん、もう少し、せめてエイプリルフールと名付ける辺りまでは信じさせたかった。
くやしい。
思い残しはもちろんある。
四月が、エイプリルの名前からそう名付けられたというエピソードを話し忘れた。
それを話したからどうだってコトもないけど、やっぱり起承転結の結として話すべきだった。
何と言うか、エピローグみたいな感じ?
物語の余韻を深める、ささやかなエピソードだよ。
所詮ウソじゃないかとか言わないの。
まじめなウソで、人生がどれだけ豊かなものになるか。
ウソは吐き通せる方が偉いんだよ。
覚えといた方がいい。
そこまで行く前に、とっくにばれてんじゃねえかとかも言わない。
こっちはホントに言わないで。
お願いだまされて。
春というのは出会いの季節であると同時に、別れの季節でもある。
卒業したりすると、同級生にまとめて会える機会なんてほとんどない。
あって欲しいわけじゃないけど、ないとなるとほのかに寂しい。
わがままだなあ。
もちろんともだちには連絡とればいいし、遊びたければ遊べばいい。
それは単純に、時間のやりくりの問題だろう。
でもそれ以外にともだちはいなかったのかと言われるとそんなコトもないよね。
どこかに切り捨てるためのガイドラインが存在する。
明日の為にその一。
じゃぶじゃぶ、ひっとあんどあうぇい。
高校卒業で地元を離れてしまうと、それまでのともだちは否応なく疎遠になってしまう。
ボクなんか、同窓会のお誘いすら来なくなっちゃったからね。
悲しくなんかないもん。
ないもん。
ないってば。
だから地元で会うともだちも決まってるし、それ以外はその辺ですれ違っても分からない。
もう卒業から15年経っちゃってるからねえ。
分かれば挨拶して、近況の報告くらいはするけどね。
別にどうでもいいでしょ?
だからおざなりに終わらせるのがほとんど。
飲みに行こうとはなかなか言えないねえ、人間関係複雑でさあ。
詳しいやつに、人物相関図作ってもらわないとね。
ヘタに引っ掻き回さないようにしないと。
15年って、そろそろ大きな同窓会を、誰かが企画してもよさそうな時期だよなあ。
20年目を目処に、誰かが考えるかな。
担任の先生とかも呼んでね。
面倒くさそうだなあ。
幹事とかやらされたらたまったもんじゃないな。
しかし呼ばれないよりマシか?
ヤだな、この件について実家の方で口に出すの。
もう終わってたら、どどどどどうしようかな。
きっと暴れても許されるよな。
じゃぶじゃぶ。
あっすりっぷだうん。
どってーん。
うえーん。
昨日同窓会のコトとか考えてて、当時大好きだった女の子を思い出した。
その娘はもう結婚したという話で、全然噂以上は聞こえてこない。
どうもボクの交友関係からたぐるには、よっぽど長くたぐらなければいけないようだ。
実家に帰った時には、彼女の実家の前とかはよく通るんだけどな。
そこで止まって、インターホンを押す度胸はないなあ。
ピンポンダッシュになっちゃうコト請け合いだ。
ちなみにその町には、幼稚園から高校まで、その町の名前が付いていた。
それ以外に学校はなかったから、特別な教育を受けさせたい場合は町から出なければいけなかった。
中学に上がる時にふたりが、全寮制の学校を受験して入学した。
高校に上がる時には、やはりふたりが全寮制の学校に入学した。
さらに十数名が電車通学という範囲内での進学校に進学、町から離脱した。
ボクは町に残った。
彼女は寮に入り、町を出た。
それ以降、彼女の顔は見ていない。
彼女はだから、ボクとは違う高校に行ったのだ。
それがどういうコトかというと、高校の同窓会をいくらやっても彼女には会えないと。
やるなら中学か小学校の会をやらなきゃいけないんだ。
しかしほぼエスカレーターに近いシステムの中で、あえて中学にこだわる必要はなあ。
あるとすると、先生に会うっくらいかな。
離脱した、一部の生徒の為にわざわざなあー。
うーむ。
もちろん同窓会がいざ開かれたとしても、出席できるとは限らない。
ただでさえ遠いし、休みが折り合うかどうかわからないし。
そもそも連絡が来るかどうかわからないし。
さすがにそれはないだろうな。
名簿作りとか兼ねてるんだろうから、出欠のハガキくらい来るだろ。
でも実家は知れてるからなあ。
むむむう。
さすがにそれは悲観的過ぎるな。
そもそも噂が正しいとすれば、彼女は遠い街で暮らしているらしい。
中学の同窓会に、わざわざ出席するかどうかが怪しいよ。
しないとは言い切れないけどな。
むしろする可能性は結構高いとも思うけどな。
そして同時に、がっかりする可能性も結構高いと思うよ。
20年の年月を馬鹿にしちゃいけないぞ。
むむむむう。
最近のお笑いブームに対して、吉本がほとんど噛んでないのは知ってた。
それはなぜかというコトも予想はついてた。
善悪を問おうというつもりはないけど、吉本がブームの路線に乗ってくれるといいのにと思ってたよ。
なんだかんだ言っても、やっぱり吉本ってすごいの抱えてるから。
じゃあいったい、お笑いブームと吉本の培ってきた方式とどう違うのか。
これは単純に、“テレビでネタをやらない”って部分に集約される。
イマはテレビにはネタ番組がいくつもあって、そこを中心に広がっている。
そこに吉本の若手が参加するコトはほとんどない。
だから関東でテレビだけ見ていると、吉本若手のネタを見られる機会というのはほとんどない。
これが関西に向かうとそんなコトもないんだけどね。
関東だと、年末年始の特番くらいじゃないかな。
それも吉本主導のやつ。
吉本にテレビからネタを撤退させた原因は、やはりダウンタウンだったと思う。
ガキの使いは、最初は漫才を見せる番組だったのだ。
ところが番組が長期化するにつれてネタのストックは底を突いた。
ところがダウンタウンは、そのコーナーをそのままフリートークにスライドさせた。
その上で、フリートークを“芸”と呼ばれるまでに昇華させた。
これは素直にすごいと思う。
あのクラスで、ふたりっきりのトークのコーナーを持ってるなんて他に例がない。
以前にも言ったような気がするけど、漫才ブームはテレビから漫才師を消し去った。
その地平には、“芸人によるバラエティー”という草が生えた。
イマや大木となったその草は、ダウンタウンやいわゆるBIG3によって各地に広められた。
テレビをいかに効率良く使うか、というコトをずっと吉本は考えてきたのだ。
それができたのは、吉本に芸人を育てるシステムと劇場があったコトが大きい。
ネタを舞台に乗せ、育てていくコトができるのは大切だ。
どの事務所だって、お笑いの舞台はコンスタントに打ってるけどね。
圧倒的に回数が違い過ぎるよ。
だって毎日昼夜でやってんだもん。
ネタは舞台でお客さんの目にさらすコトによって鍛えられていく。
一度ダメでも、どこがダメだったのかがわかればよくするコトができるんだ。
でも、テレビだとそれができないんだよね。
同じネタをやると、“ああ、これ見た”で終わっちゃうから。
完成版を求められちゃうテレビで繰り返すコトを考えるなら、やっぱりフリートークなのだろう。
ここまではよくわかる。
ところがその隙間に現在のお笑いブームが生まれた。
テレビでネタを見たかったヒトは、やっぱり多かったんだろうと思う。
ブームから抜け出るためには、どうしてもフリートークをクリアしなければならないけどね。
残念ながらそこでもおもしろいヒトって見当たらないんだよなあ。
周囲を押しのけてジブンたちの場所を確保しようというやる気が見られない。
かろうじておぎやはぎに見受けられるくらいかな。
吉本だったらどんなとんまな若手でもそれはやるのに。
ブームはもう終わるだろうし、その後も生き残るヒトは少ないだろう。
中途半端なタレントとして生きていくか、それとも舞台中心でやっていくか。
ボキャ天ブーム時代のメンツを考えれば想像つくだろう。
去年か一昨年に観たつぶやきシローは、すんごい面白かったぞ。
多分よっぽど積み上げてきたんだと思うよ。
ボクが積み上げたのは時間だけだなあ。
知らなくてもいいコトばっかり。
昨日ダウンタウンについて書きながら思い出したコトがある。
どうでもいいコトだけど、いちおー言っとく。
お笑いのコンビ名の中心が個人名+個人名からグループ名になったのはこの頃だ。
その前の漫才ブームの時にもいくつかあって、その種はダウンタウン創世記に開花した。
当時にはまだ、ダウンタウンを見て、“どちらがダウンさんですか?”っていうネタもあったのだ。
イマもうそういうコト訊かないからね。
どちらがスピードさんでどちらがワゴンさんですか?
うん、やっぱり訊かないだろ。
イマならおぎやはぎにクワバタオハラ、品川庄司にますだおかだ。
フルネームでの連名コンビはさすがに見当たらない。
まあ長いしね。
しょうがないね。
それに比べて、オシャレなコンビ名が増えたよね。
オシャレつーか、パッと聞きバンド名かと思うような名前ね。
POISON GIRL BANDなんて、POISON GIRL FRIENDのもじりでしょ。
ビミョーにマイナーなところから引っ張ったもんだ。
これって多分、入り口が広がったせいだと思うんだよね。
昔の芸人さんなんてのは、もっと悲愴なバックグラウンド抱えてたもんなんだけど。
だからこそまず個人であるコトにこだわったし、イマよりコンビ別れも目立った。
池脇千鶴のデビュー(?)作の「大阪物語」とか見ると、何となく気分がわかる。
大阪人の強さの源とか。
イマはともだちと何か、っていう感覚でやっちゃうから、グループ名になるんだよ。
バンドやろうよってのと、基本は全く同じなんだよ。
でも、結果なってしまうものは全く違うけどね。
最終的に求められる覚悟は、全然違うと思うんだな。
もしかすると同じなのかもな。
両方で成功しないとわかんないよ。
さすがにそんなヒトは思い付かない。
あって当たり前って世界になると、飛び込みやすくもなるんだな。
ボクが中学生くらいの時のAVなんて、ろくな女優さんいなかったのに。
だんだんと市民権を得るにつれて、キレイな女優さんが増えてきた。
恋愛とか面倒くさいコトをしなくなるのもわかるような気も。
いや、ハナシがずれた。
イマとなっては前例も後例もないのがウッチャンナンチャン。
誰もこれを追うコトはしなかったな。
“ウッチャンさん”とか呼ばれてたのが思い出される。
懐かしいわー。
ちなみに劇団ひとりは、普段は川島さんと呼ばれてる。
以前長井秀和が彼のコトを“劇団がね”って言ってた。
尊重してるんだかしてないんだかわかんないよ。
ああ何もかもが愛だ。
ああ全く愛なんだ。
らぶ。
そろそろプロ野球の開幕ダッシュが見えてきた。
話題はやっぱり楽天が中心だったけど、それはしょうがないね。
ロッテに26点とか取られれば、そりゃあニュースにもなるっつの。
まあ巨人や阪神に取られるよりよかったんじゃないの。
バレンタイン監督は人間ができてるから、そんなコトで大きな顔はしない。
それでもここんとこの巨人の試合はおもしろかったな。
あそこまで放送終了が名残惜しいなんてのは、なかなかないよ。
惜しむらくは、それが審判対巨人の試合だったってコトだろうな。
堀内がわびを入れたってハナシもあるけど、怪しいもんだよね。
ボクとしては、例年通りのスタートダッシュを阪神が決めているのがうれしい。
ああいつも通りの阪神だって感じ。
序盤で稼いで、中盤で使い果たす、そんないつもの阪神の姿。
でも今年は鳥谷の調子がいいのがうれしいな。
中盤のロードを、若さで引っ張ってってくれるといいんだけど。
楽天の今年は、とりあえずダメだろうな。
カードがやっぱり足りないよなあ。
中村ノリが日本に帰ってきて楽天入りとか言うとまた変わってきただろうけどね。
そうは問屋が卸さないぞ。
また来年。
ソフトバンクはさすがに、戦力が変わってないだけに強いなあ。
ついダイエーって言っちゃうのも、一年が終わる頃には直ってるだろうな。
考えてみれば、ダイエーになった時だってそうだったよ。
来年は小久保を買い戻して、さらに磐石な体制を作るのかな。
それもいいな。
西武は危ないなあ。
来年松阪がいなくなって、球団が売却された上に本拠地が移動したりしたらもう大変。
売れればまだいいけど、解体されてまたホリえもんの出番か?
もういいだろ。
買ったって放送してくれるテレビ局なんかないぞ。
はっ、それが狙いか。
とりあえずまたシーズンを楽しませてもらうとしよう。
だいたいみっともないところほどおもしろいんだから不思議。
よく考えると不思議でもなんでもないけどね。
なんだってそうなんだよ。
年中おもしろいヒトにはなりたくないね。
ごねたり文句言ったり言い訳したりしてるのね。
わあ楽しい。
シゴトしながらのどが渇いてきたので、何か買ってこようと思った。
しかし味の付いているものって気分でもなかったので、ミネラルウオーターにした。
ホントは冷たいものな気分でもなかったんだけど、ホットがないんだもの。
それを詰め所に戻って言ったら、「それはただのお湯じゃないのか?」って言われたよ。
そもそもこれはただの水ですがそれが何か?
どうもこう、商品というものに夢を見ているよね。
ウチには浄水器が入っているのだけど、さすがにお風呂にまでは入ってない。
さっきもお風呂に入りながら歯を磨いてて、口を濯ぐとやっぱりおいしくないよ。
おいしい水は商品になるんだよ。
おいしいお湯だって商品になるだろう。
コンビニでカップ麺とか買って、その場でお湯を入れる。
あれは多分、フツーの水道水だ。
150円とか払ってミネラルウオーターを沸かしたヤツで入れてくれれば買うかな?
カップ麺の味だって、正直違うと思うよ。
ウチで作ったらおいしいもん。
ウチで落ち着いて食べてるからおいしいんだというのもあるとは思うけど。
グルメなヒトがやるかとも思ったけど、そもそもそんなヒトはカップ麺食べないか。
下町グルメにもカップ麺は載らないなあ。
カップ麺バイキングとかあったら流行るかな。
最新作からあの名作までを取り揃えてお待ちしております。
うわあちょう行きたい。
当然お水も各地の源泉から汲んできたものを取り揃えている。
取り合わせの人気ランキングも当然ある。
そのうちカップ麺と水のセット販売なんてのもできるかもしれない。
沸かし方まで細かく指定されて、窮屈になるだろうな。
そう考えると、やっぱりバイキングで作ってもらって食べるって贅沢でいいなあ。
頑固おやじ並みにいろいろ指導が入ってもやだけどな。
猫舌のヒトにはつらい修行が待ってるぞ。
指導員の名称はラリスタにしよう。
ラリスタ一級は内袋の破り方までスマートにやるのだ。
初段ならお湯の具合までも見てわかるようになる。
さすがラリスタ。
当然十段になると人間国宝にもなれる。
しかしおシゴトは一生現役。
コンビニ店長。
まあいつの間にやらTシャツ一枚のヒトを見かけるようになったよ。
すごいな、つい一週間前にはまだセーターを着ていたような気がするけどな。
ニュースでもピクニックの映像なんかが流れていたよ。
ピクニックにはドラマがあるなあ。
眺めていると、それがどんな集団なのかが分かってくる。
普段は居酒屋にいるようなグループはあまりおもしろくないんだ。
家族連れとか、普段は閉ざされた空間でくつろいでいるようなのがおもしろい。
内側の顔と外側の顔が、いっぺんに出てくるからおもしろいんだと思う。
周囲の視線を明らかに感じつつも、そこにあるのは家族のだんらん。
観察されているような、ぎこちない状況になってたりはしないだろうか。
お母さんの怒鳴り声にも抑制が加わって、ああドラマティック。
内弁慶というコトバもあるけども、誰でも大きくなるにつれてそうなっていくよね。
というか、多かれ少なかれ、外ではジブンを作るようになっていく。
その代わり、帰ってきたら作らなくてもいいという建前がある。
実際はそんなコトもないんだろうなと思う。
家族とはいえ、油断はできないぞ。
コドモが真似したらどうすんの。
旦那に弱みを握られたらどうすんの。
旦那ならまだしもお姑さんに握られたら?
危険だ!
別にいちいちそんなコトを考えながら眺めてるわけではない。
でも、何となく想像しながら眺めていると、だんだんその集団が立体的になってくる。
それが円柱なのか三角錐なのか、ボクには見えてくるのだ。
意外と球体だったりしてね。
そうれ転がれっ。
ごろごろごろー。
だいたいはコドモを中心にして回ってる。
それにしてもコドモは元気だね。
走り回り転げ回り、汚して濡らして。
着替えとか持っているのかな。
球体家族にはそんなものはない気がする。
もちろん体型のハナシじゃないよ。
体型が球体のヒトは、そんな時こそ居酒屋に行くだろ。
なんたって空いてるからね。
なぜ知ってるかは秘密だ。
コンビニでお弁当とかカップ麺とかを買うと、お箸を付けてくれる。
お弁当の場合、以前は最初から付いていたね。
それが省エネを理由に、必要なヒトだけに付けるようになったのだ。
それはすごくいいコトだと思うよ。
それはいいんだけど、気付くと結局お箸は無言で付けられるようになってしまった。
ボクはジブンのお箸があればそっちを使うので、どんどん割り箸が溜まっていく。
しかも捨てるのはもったいないとか考えてしまうので、いったいいつなくなるのだ?
こまったものだね。
だからお箸はいりませんよと、極力言うようにしている。
それでもちょくちょく、気付かないうちに入れられてしまったりしている。
さすがに袋を受け取った後に気付いたお箸を差し戻すコトはできないなあ。
でも使わないんだけどね。
それもひとつ、クリアしなければいけない壁か。
まあイマとなっては、八割方は成功するのだ。
スプーンとフォークは断らないんだけどね。
特にカップ麺の、いわゆる日清のカップヌードルを買う時には断らない。
お箸を断って、フォークを付けて下さいって言っちゃうからね。
それがCMに出てくるようなヤツだとうれしいんだけどなあ。
まあまあ、贅沢は言うまいよ。
ところがなぜか、ものすごく驚く店員さんがいる。
こっちが“要らない”って言ってるのに、“えっ、大丈夫ですか?”とか訊かれちゃう。
お箸を受け取らなかったボクは、いったいどんな食べ方をするというのだろう。
おーしーえーてーほーしーいー。
しかしお弁当だのカップ麺だのを手づかみで食べるヒトがいないとも限らない。
単純に“そんなばかな”とか言ってしまうのも気が引ける。
何だってそうだけど、ジブンがうまいと思うやり方で食べればいいのだ。
その為に自室まで持って帰るのではないか。
手づかみでいけ手づかみで。
ぼろぼろとこぼしながら、むさぼるように食い尽くせ。
別に口から食べなくたってかまやしないよ。
臍でも尻でも、好きなところから食べればいいじゃないか!
お箸お付けしますか?ってどうして訊けないんだろうなあ。
そんなコトで怒るヒトなんていないでしょ。
だからボクはこれからも、いらないって言い続けるよ。
でもボクを見て、最初っからいれないって判断を下すのはどうかと思うよ。
そこまでは求めない、それがコンビニの距離感だ。
ヒトの顔覚えてるんじゃない。
使用しないにも関わらず、毎日ガソリンスタンドの前は通る。
いつも変わらない姿のように見えていたけど、実はかなり値上げをしていたらしいね。
リッターで30円くらい上がったの?
よく覚えてないけど、そんなもんだよね。
おシゴトで使うヒトには災難なコトだよ。
でもまあ、しょうがないよね。
排ガス規制の頃から雲行きはどんよりしてたよ。
多分この先、もっと厳しくなるんじゃないかなあ。
かわいそうだとは思うんだけど、いくら取っても使うヒトはなくならないから。
そもそも論でいけば、高速道路は減価償却を済ませたら無料になるはずだったのだ。
それが財政の悪化により、“なかったコト”にされてしまった。
考えてみれば恥ずかしいコトだよな。
ウソを吐いたのだから。
でも、私用で使ってるヒトは、自家用車を見直すいい機会なんじゃないの?
田舎ならともかく、都会に住んでて車とか必要ないでしょ。
だったらもうあきらめて処分しちゃえば?
どうせたいして乗らないんだし。
これはタバコの時と同じ論理だな。
レンタカーで十分じゃないかってコトだ。
そういうもんじゃないってコトは承知してるけどさ。
だったら値上げに文句言うない。
なんかそれなりに無茶言ってるから、代案を考えてみる。
業務車にはちょっとサービスが、とかそういうのはないのだろうか。
何リットルまでだったら一割引で買えますよ、とか言ってくれればいいのに。
あんまりたくさん買えるようにすると、そこから個人に分けられるからね。
適正な配分を心掛けなければ。
しかしこれでまたハイブリッドカーが生まれるな。
まだまだ普及にはほど遠いハイブリッドカー。
そしてきっと、電気でのみ走る車も生まれるだろう。
充電器はコンビニでも売られるし、いつか単三でも走るようになる。
ボタン電池とか時代遅れだよね。
時代はやっぱり単三だよ。
そうなるとやっぱり、単三電池の値上げが懸念される。
一本あたり五円とか上がると、10本のパックで50円上がる。
そうなるとやっぱり、車が必要なのかどうなのか。
ああ、そこに返ってきたか。
夕べ、ドラえもんを観た。
ビデオに録っておいて、帰ってから観た。
声優さんが交代して、初めての本放送だからね。
イマまでCMだのなんだので耳にしたコトはあったけど、まあそれは忘れるコトにする。
オープニングに歌がないなあと思ったら、女子十二楽坊だった。
でも、歌詞のテロップは出るんだな。
新しくドラえもんを見始めるヒトは、どう考えればいいんだろ。
知らない曲をカラオケ屋で歌えないだろう。
カラオケで思い出したけど、十二楽坊の曲はいっぱいカラオケにあるね。
あれを入れて、いったいどうしようっていうんだろう。
歌い疲れてBGMか。
それともアカペラで各パートを演奏するのか。
なんて高度な技を。
ハナシは戻るけど、今回のドラえもん、メインのヒトだけじゃなくて全員変わってる。
そりゃまあ、メインが全員違うのに脇役だけ残しとか理由がない。
こうして見ると、色んなヒトがやってるよなあ。
エヴァンゲリオンのミサトさんがのび太ママになってたよ。
びっくりした。
メインの五人で、以前のイメージにいちばん近いのはスネ夫。
以下、ジャイアン→しずかちゃん→のび太の順かな。
個人的には、ジャイアンママと担任の先生の声が聞きたい。
出来杉も出てこなかったしな。
しかし総合的に見ればよくできてたとは思うよ。
すでにでき上がってるイメージを極力損なわないように、すごく気を使ってたと思う。
本人たちの味はまだまだ出ていないような気がするけれども、それはまだまだこれからだろう。
ネタがとっくのムカシに使用されたものであるコトから見ても、もう一度やり直すつもりなのだろう。
さすがに原作の一話目をいきなりやるほどには、厚顔無恥ではなかったようだけど。
でもそのうちにはやるんじゃないの。
もうリリースされてる劇場版ビデオにも、吹替え版を作ってしまうかもしれない。
ひどいなあ。
アニメーションもずいぶんと変わったよ。
これが21世紀なのかなあ。
CGとか、ああいう使い方はどうなのかなあ。
どうも違和感が拭えない。
いったい何があったのか。
ところでここまで述べてない一点については、もうしばらく放置する。
違和感とかそんなレベルじゃない。
Fならいったいどう思うか。
どうでもいいと言えばどうでもいいんだけどね。
しかしどうでもよくはないのだ!
ああもう、代替え機ですっていっそねえそう言ってくれないだろうか。
そろそろ暖かくなってきたので、またゴキ対策を始めなければならない。
殺虫剤の新しいのを用意して、コンバットとホイホイを置くのだ。
もう何年も懸案事項になってたんだけど、ハエたたきがひとつ欲しいな。
気に入ったのがなかなか見つからないんだ。
なくてもいいものってのは、ことほどさようにあきらめがつかないもんだね。
>
しかしホイホイは目立つしな。
蹴飛ばしたり、荷物で潰したりするしなあ。
自分の足が捕まったりしてね。
よくあることだよ。
冤罪だよ!
そもそも罪なんかないんだけど。
文明がどれだけ進歩しても、ヤツらを地球上からたたき出すことはできない。
神様の愛的にはOKなのだろうか。
あんまりアメリカ人とかがゴキ見てキャーとか言ってんのって見ない。
あっちにもいるよねえきっと。
いないんだったらアメリカに住んでもいい。
ここまで言ってから何だけど、クリープショーのコトを思い出した。
スティーブン・キングが監督したB級ホラー。
オチでカラダ中の穴という穴からゴキが出てくんの。
いちばん恐かったホラー映画だ。
どんなんだったか、確認とかはしない。
もう二度と観ないんだから。
ああいう映画ができる以上、アメリカ人もヤツらのコトは嫌いだろう。
ホント、もっと国家予算枠で対抗すべきだと思うよ。
絶滅したっていいじゃないか。
もっと空気読んでくれるといいのにな。
もちろんヒトにも空気を読めるヤツと読めないヤツがいる。
同じように、読めるヤツらと読めないヤツらがいるのだな。
そう考えると、普段ボクらにみつかって始末されてるのは、読めない連中ってコトだな。
あいつらの社会にとってはいいコトなんじゃないか。
だって、シゴト場に空気の読めないヤツがいたら、邪魔だなあ、って思うでしょ。
きっとそう思われているよ。
ゆえに出てくる連中を始末すれば始末するほど、ヤツらの社会とは仲良くできるのだ。
しかも幸いなコトに、誰も食べてないと思うしね。
私利私欲のためじゃないよ!
社会の安寧のためにやったのだ!
まあ確かに間違ってない。
間違ってはいないがしかし、最終的には全滅させておきたいところだ。
しかし戦ったとして、ホントにあれと白兵戦を繰り広げなければならないとしたら。
!!!
やっぱり仲良くしなきゃダメだよ。
飛び道具を入手するまでは。
ばさばさいやーこっちこないでー。
最近あの、ウエストポーチみたいなヤツが流行ってるじゃない。
携帯だのたばこだの、持って歩くものが増えてるからだと思うけどさ。
今日、あれから文庫本を取り出してるのを見たよ。
もちろんいわゆるウエストポーチじゃないよ。
もっとイマっぽいやつ。
ボクはおシゴトをする上で、よくガチ袋というものを使う。
大道具さんがよく使ってる、金づちとかが入ってる腰に結んでおく袋のコトだ。
色々なものがその袋の中には入る。
うかうか手を突っ込むと釘が刺さる。
あいたたた。
今日、その文庫本が入っているのを見た時にそんな感じがしたのだ。
もちろんいいとか悪いとかじゃないので、これはただの感想なんだけど。
まあ、なんだかな、って思ったのも事実。
要はセカンドバッグなんだもんな。
置き忘れたりはしないだろうけどさ。
かっこがいいとか悪いとかって、あんまり考えてないんだろうな。
あーでも若い子はかっこつけてるのかも知れないな。
30過ぎてたりすると、ただ単に便利だから使ってるに過ぎないなあ。
ファッションセンスとか、あんまり感じられない。
まあそれはそれでいいんじゃないの。
もうしばらくは。
ボクなんかから見ると、かっこいいのは荷物が少ない方なんだけどね。
身から離せないものが多いって、あんまりかっこよくないよ。
財布にタバコ、携帯にウォークマン、それに文庫本かい?
いっそカバン持とうよ。
財布といえば、ボクのもそうだけど、ポイントカード多いよね!
リモコンなんかひとつにまとめるよりも、ポイントカードを一枚にできんもんかなあ。
全部とかムリだから、選抜して財布に入れてある。
残りは必要な時だけ、引っ張り出して持っていく。
美容院のカードとか、家賃振り込みのカードとか。
月に一度は確実に使うのに補欠だ。
まあ使用頻度だけでレギュラーになるわけじゃないからな。
財布の太り具合に、それもその割に必要な肉は付いていないという太り具合に目をつぶってもらったとしたら。
ボクはまあ、何とかポケットだけで遊びに出られるな。
もちろん携帯もウォークマンも置いて出ちゃう。
おシゴトを思い起こさせるようなものは持たないのだ。
持たないったら持たないの。
そこまでセーブしてても、ちょっとした待ち時間に文庫本が欲しくなるんだよね。
持ってないからって考えゴトをしてると、なんだか携帯が鳴ってるような気がするんだよね。
もちろん帰ってもそんな記録は残ってなくて。
じゃあいっそ、全部持ち歩けってカバンに詰めて家を出るなんてコトもあるよ。
あえてそこでガチ袋か。
おお全部入った。
どれどれ。
あいたー。
おシゴトで買うものを考えている。
必要と思うものをリストアップして、それを使ってシミュレーションする。
あれがあったらどうなるか、どんなコトができるようになるか。
いちばん問題なのは、それがいくら稼ぐのか、というコトだ。
むしろ買わずにレンタルで済ませた方がいいだろうものもたくさんある。
しかしそれをあえて買った場合、いったいどうなるかというコトも考える。
おシゴトの幅が広がるようなコトはないだろうかとか。
そのまま倉庫の肥やしになってしまうようなコトはないだろうか。
ムダになってしまった時の戦犯にはなりたくないので、みんなそこはきちんと考える。
あるいは考えているように見える。
何考えてるんだか。
そもそも最初に考えなきゃいけないのは消えものなんだな。
その後、時代についていくコトを考えるわけだ。
古いものを捨てるわけではなく、新しいものを積み上げていく。
いくら新しくったって、古いものを理解してなきゃ何も知らないのと同じだよ。
もちろん古いだけでもダメ。
両方きちんと積み上げておかなきゃ。
使ってるPCのプリンタが壊れて数カ月。
そろそろデータを持出してプリントするのにも飽きた。
だから新しいのを買おうと思ってヨドバシカメラに行ってきた。
おお、いっぱいあるなあ。
どーれーにーしーよーうーかーなー。
ところがどっこい、古いOSには対応してないのがすごく多い。
そんな難しいコトをするわけじゃないし、選択肢が少ないのはまあ許す。
許すというか、逆にありがたいな。
いっぱいあると決められないよ。
使える材料が値段しかない。
古きは捨てられるなあと思いながら、カタログをもらってきた。
わからないながら、なんとなく眺めてみる。
どれでもいいよもう。
できれば印刷ができるやつがいいな。
10年先を見据えてものを買うのはむつかしいよね。
要はギャンブルなんだよなあ。
株買うのとおんなじだ。
明日の行方もわからないのに、10年後の日本なんかわからないよ。
しかし必要になった時には用意しておきたいものだ。
必要になってから手に入れる算段をするのでは遅いのだ。
いかに必要を生むか、ってのもひとつの能だとは思うけどさ。
それは古きを捨てていくコトに直結しやしないか。
しかし古い機材の大半はゴミにしかならんし。
古いヒトの大半もゴミにしかならんし。
むろんいずれボクも。
誰だもうとっくにって言ったのは。
かがみアタック!
やあ春だねえ。
眠いったらないよ。
スティーヴン・キングの「ザ・スタンド」を読んだ。
文庫で五巻、足すと10cmもある。
それをちまちまと読みはじめた。
後半三冊は、二日で読んだ。
もう、次が気になって気になって。
もともとキング好きなので、おもしろいのは間違いないだろうとは思ってた。
いやーでもやっぱり、長編のカタルシスってのは特別だなあ。
キングは時々こうやって長いのを書くんだけど、外したコトがないからすごい。
「ダーク・タワー」の続きが待ち遠しい。
長編なら、日本には栗本薫のグイン・サーガがある。
1979年、開幕の際に100巻完結を掲げ、先日とうとう第100巻を発表した。
残念ながら作者の思惑どおりにはいかなかったらしく、完結はしてないようだ。
長ければ偉いというものではないけど、四半世紀も魅力的でいられる世界は偉いだろう。
こんなコトを言ってるわりに、ボクはもうずっと読んでない。
具体的にいうと、30巻くらいから全く読んでない。
高校の時に、当時出てたやつを一気に読んではまったのだ。
ところがそこまでを一気に読んでしまったもので、リリースの待ち時間の辛いコト。
だからまた、溜まるのを待つコトにした。
そのうち、“100巻まとめて一気に読もうかな”に変わった。
もちろん読んだ巻も読み直すのだ。
ちまちま。
ところが100巻で完結してない。
あの作者のコトだから、広げられる風呂敷は全部広げてると思う。
それが100冊分あるんだと思うと、あーそりゃ完結とかムリかも。
そう思うけど、それは期待しちゃうね。
だって正直、100巻目が出るなんて信じてなかったからね。
その前に死ぬんじゃないかと思ってた。
まあ完結してない以上、その疑惑はまだ払拭されてないわけだが。
シリーズで長いのはいくらもある。
特に海外のシリーズは作者がたくさんいるし。
でも、ひとりの人間から生み出された世界を純粋培養する楽しみはそこにはないね。
世界が育っていく様をこの目で確認したいのだ。
長ければ長いほど楽しみだ。
もちろん完結しなかったら論外。
空に放り出されて、ただ落下してしまうのはまっぴら。
ぜってー読まねー。
先日の列車事故の原因究明が、着々と進んでいるようだ。
もちろん機械には、故障と操作ミスが付きもの。
それがたまたまひどかっただけ、そそう言ってしまうのは簡単なのだけれど。
どうもそれでは片付かない痛みがある。
最近の痛みは、どうしようもないものも多かった。
具体的にいうと、イラク人質事件と震災被害。
今回の事件は、このふたつの間に位置するものだと思う。
つまり、可避と不可避の間。
振り切れているわけではない、どこまでも日常の延長。
例えばイラクの人質なら、本人たちの自業自得と思えた。
出発する段階で、ああなる可能性は十分にあったのだから、覚悟があったと信じたい。
また震災なら、天災である以上あきらめざるを得ない。
責任の所在どころか、責任自体がどこにもない。
ため息ひとつで、また歩き出せるのだ。
だけど電車に乗ってて死ぬなんて誰も想定してないだろ。
サリン以降、確かに乗車に対する危機意識は上がったとは思うよ。
だけどそれは、あくまでも“他者”からもたらされる災厄のハナシ。
まさか電車にただ乗ってて死ぬなんてなあ。
ただ単にレールの上を走る乗り物だと思ってたのに。
意外とあなどれない。
これまでの常識なら、電車に乗って遭う不運はせいぜい“閉じ込められる”程度だったはず。
それが、たかだか運転ミスで脱線しちゃうってわかってしまった。
もっとたわいない乗り物だと思って安心してたら、そうでもなかったんだね。
これからは運転士の名前を確認してから乗らなくちゃ。
そんなコトになるなんて。
ショックだ。
事故の当事者にしてみれば、今後の電車使用は大変なストレスだろう。
だけど、電車を使用せずに生活するのは大変だよね。
時間的にも、金銭的にも大変なロスだ。
生活基盤としてきっちりそびえ立っちゃってる以上、勤め先だって困るだろう。
だからといってムリに乗らせるわけにもいかずああもうどうしたらよいやら。
腕が悪かろうが何だろうが、ある程度までは乗車させないとならないのもわかる。
会社なんだからね、やっぱり育てるコトを考えなくちゃ。
免許制度にして、外部委託にするのも手だな。
まあそれはゆっくり考えてもらえればよいのだ。
今日言って明日直るものじゃない。
乗ってたヒトたちには、何の責任もないのにね。
近親者はやりきれないだろうな。
でも、今回は責めるべき明確な対象があるから。
責めても責めても倒れそうにない、でっかい敵がいるから。
がんばって。
ボクは東京都で、最近建設された地下鉄を使用してる。
最近というのがどういうコトか、つまり他の路線の邪魔にならない場所なのだ。
えらく地下。
以前より、天変地異には弱そうだなあと思ってはいた。
ホームにいる時ならまだしも、乗ってる時に止まったら脱出できないよ。
鉄砲水とかも恐いなあ。
これは台風が来てる時に考えたのだ。
今回の事故でまた色々なコトを考えながら乗った。
ぼんやりしてたら恐くなってきた。
ボクは何の根拠もなく、あの地下街道を走るあいつを信用し過ぎてたんじゃないか。
信用してても信用してなくても、ボクにできるコトは何もない。
信用せずに乗ったら何か変わるのか?
変わりはしない。
だからと言って懐中電灯を持って乗るってのもぶさいくなもんだ。
コドモが黄色いカッパ着させられてるのとは違うからなあ。
オトナなんだから、色んなリスクを承知の上で格好を決めてもいいのだ。
具体的に言うと、雨が降りそうなんだけど傘を持たずに家を出る、とか。
降られたっていいじゃないか、春雨じゃ、濡れて行こう。
ちゅるちゅるちゅる。
そんなこんなで、ボクは明日もフツーの格好で地下鉄に乗るだろう。
そのかわり、ボクは車内に閉じ込められて窒息して死ぬコトを想定しながら乗るだろう。
嫌だなあ。
死にたくないなあ。
電車賃を上げればもっとよくなるかなあ。
そうなると、みんなきっとひと駅やふた駅は歩くようになるよ。
あれ、全てを解決する手段がそこに。
そうなんだよ、ボクの場合自転車でも通勤は可能なんだよ。
雨だったりする時にだけ、電車を使えばいいんだよな。
でも、それがいちばん危ない時でもあるよね。
システム的に、さすがに水は避けるべきだろう。
水難の相ありなんて、誰も教えてくれないよ。
教えられても信じないよ。
ああ信じないとも。
古いまま変わらずに同じ機械が動くわけがない。
メンテナンスでは追いかけきれない場面が必ず来る。
そして水は溢れ、ボクは水没する。
水も滴るいい男。
死んでからっくらい、いい男になってもバチは当たるまい。
それでも選べるのなら、死なずにいい男じゃない方を選ぶけどね。
通勤の途中で死ぬなんて冗談じゃないな。
考えれば考えるほど嫌だな。
あんなとこじゃ化石になっちゃうよ。
せめていい男止まりで。
暑いなあ。
もうこのまま夏なのかい。
ちょっと早いんじゃないのかい。
とりあえずそろそろ冬物の整理を始めようと思う。
去年はあんまりまじめにやらなかったから、今年はまじめにやろう。
一度手持ちの服を並べてみたいな。
というか、この部屋にある手持ちのもの全てを一度並べてみたい。
どこかの体育館でも借り切らないとムリだな。
そんでもう一度詰め直して、また持って帰る。
もちろん荷物はその時点で半分くらいになっている。
もちろん部屋は掃除されてバルサンが焚かれている。
なんだか新しく引っ越してきたみたいだよ。
新鮮な気持ちで日々を過ごそう。
暑くなったら冬物は全部捨てる。
寒くなったら夏物は全部捨てる。
クリスマスが終わったらモミの木を焚き付けにして。
何も持ち越さないで、毎回新調すればいいじゃない。
省スペース化と経済の活性化の両方を満たす、まさにミクロとマクロの桃源郷。
しかしもちろんそんなコトはできはしない。
ゼニカネの問題じゃない。
ものには愛着というものがあるのだよ。
この冬を一緒に過ごしてくれた、ボクをずっと暖めてくれたフリースを!
なんで捨てられるものかね。
しかし来るべき夏に向けて一度仕舞い込まなければならないんだ。
かわいそうだけれど、また寒くなるまでさよならだ。
どうせあっという間。
だからやらなくてもなんとかなっちゃうんだけど、落ち着いて休めるようにしてあげないとね。
ぐっすり寝て、また冬になったらボクを暖めておくれ。
ちゃんと虫に食われないようにするからね。
洗濯して、ちゃんとくるんでしまいこむ。
夏が来る前には終わらせよう。
もうしばらく、涼しいのが続くといいなあ。
気付くとまた寒くなってたりしてね。
いやーそれはいやー。
ワールドカップ予選、北朝鮮には厳しい処分が下った。
日本でも北朝鮮でもない場所で、観客を一切入れずに行うという。
おまけに罰金もあるみたい。
金額はわからないけど、大小の問題じゃないね。
課されたコト自体が問題なのだ。
まだボクは、北朝鮮のコメントは見ていない。
J−リーグでプレイしてる選手は、残念とか何とか言ったらしいけどね。
多分悩んでるんじゃないかなあ。
ボクはボイコットもありえると思うよ。
しかしFIFAはガツンと決めてきたねえ。
国連にもあれくらいの決断とか求めたいよなあ。
無理かぁ。
そもそもFIFAがどの国に対してでも同じ態度をとれるかどうかってのもわかんないもんな。
うん、評価を下すのは時期尚早かも知れない。
勝手に上げたり下げたり、色々と忙しいのだ。
そういえば先日、J−リーグのスタジアムでも乱闘、というか暴行事件があった。
あれは結果、サポーターズクラブの取りまとめで決着を見たのかな。
確か、一年程度の観覧禁止が言い渡されたんだった。
それって、どうやってチェックするんだろ。
黙って来ててもわかんないんじゃないの。
もし、ブラックリスト的な物が介在するんだとしたら、そこにはリンチが生まれかねないし。
いやあスポーツは恐い。
J−リーグとサポーターズクラブの決着はついたとしても、確かひとり、被害届を出してたはず。
警察はサポーターズクラブには協力してもらってるのかな。
まだ捕まってないんだとすると、それは犯人の隠匿に当たるんじゃないかなあ。
それとも取り下げられてるのかな。
分かんないけど、乱闘だの何だのがサッカーの一部だとしたら、ボクは行きたくない。
もちろんボクの関係者にも行かせたくない。
まあ旅行会社には残念な処分だったね。
その代わり、おもしろい中継になるんじゃないかな。
監督の指示もピッチ内の声も全部聞こえる。
選手も勝手が違うだろうなあ。
スタジアムの外とかもおもしろいと思うな。
乱闘も生中継だ。
誰も止めない。