もう鷺沢関連のニュースは消えた。
イラク人質解放のせいではないだろう。
もともと世間にとっては“その程度”のニュースなのだ。
それこそが“芸能人”の宿命だとも言える。
あとは残された作品が語るしかない。
ボクは、自殺を否定するものではない。
当たり前のコトだが、もちろん推称するものでもない。
そりゃ生きてる方がいいに決まっている。
生きていて欲しいに決まっている。
それでもボクは、自殺を否定はしない。
ヒトとして生まれた以上、ここは向きあっていかなければいけない問題だと思う。
地球上にどれだけ生き物がいても、自殺するのはヒトだけなのだ。
レミングの飛び込みは、実は生きる為の行動だそうじゃないか。
ボクらは、大部分が生きるコトを選択し、ごく少数が死ぬコトを選ぶ。
たまに殺すコトを選ぶヒトもいる。
“ヒトがヒトを裁くコトの是非”なんて議論もあった。
ボクは、ヒトを裁くのはヒトであるべきだと思う。
例えばヒトが、生きる為にヒトを殺める。
それは種として考えれば珍しくはない。
神様を含めた他の種から見れば、すこぶるどうでもいい話題だと思う。
口を出したくなんかない。
“ジブンを殺すコト”にはふたつ意味があると思う。
ひとつは現世からの「逃亡」。
もうひとつは現世での「大義」。
ジブンを殺すコトで、より大きなコトを成し遂げられると考える。
効率では計算出来ない、魔法を起こす為の手段。
よく、いじめにあったヒトが、誰に何をされたかの克明なメモを遺書にして死ぬ。
あれも一種の大義だと思う。
生きていてはとても叶えられない告発を、死ぬコトで執り行う。
死ぬコトでやっと、周囲の目をジブンに向けられると思うのだろう。
生きていてもできる気がするけど、こればかりは当事者でないとわからないね。
恐怖に目が眩んでしまったという見方もある。
“死を選ぶ”方が有効に思えただけではないだろう。
禍中にあると、よくわからないんだ。
ジャングルで迷って、空に抜けられたらな、と思わないヒトはきっといない。
ボクらはいつだって道に迷ってるんだ。
上ばかり見てしまう前に、周りをもう一度ゆっくりと見回してみよう。
きっと見知った誰かが、同じように空を見ているから。
そしてもう一度、今度はその誰かと歩き出せるように。
普段は料理をまったくしないのだけれど、たまに唐突に料理欲が巻き起こるコトがある。
ただし忙しかったりスーパーが閉まってるような時間だったりする時が多いのだ。
実現させるコトができるタイミングはほとんどない。
ただしタイミングが合っても、実現するコトはほとんどない。
前述したように、ボクは日常まったく料理をしないのだ。
調味料からして、まず揃わない。
別に男の料理を気取るわけではないし、作ったってたいしてうまくはないのだ。
ちょっとやってみたくなるだけなんだよ、ホントに。
そんなちょっとした気分に任せて、大騒ぎを繰り広げるわけにはいかない。
今日はちょっと早かったので、帰りにスーパーへ寄った。
ちょっとゴーカなつまみを用意して、飲みにかかろうと思ったのだ。
入り口の特売コーナーで高野豆腐を見つけた。
すごく簡単なヤツだ。
だし作って放り込んで、ちょっと煮込むだけ。
おいしーかなあ。
でも、それは買わなかった。
何と言うか、それぐらいは別に料理欲抜きでもやろうよジブン。
シゴトがヒマだった時期は、毎日マメに作ってたのに。
いつのまに、こんなに堕落してしまったのだろう。
で、同時に冷凍してあったネギが切れてたので、買っておこうと思った。
でも、それも買わなかった。
どうしても帰って包丁を握る気分になれなかったから。
こっちはタイミングの問題だし、しょうがないね。
また今度にしよう。
で、結局何を買ったのかというと、出来合いのお惣菜とお豆腐と牛乳。
開けてすぐ食べられるモノ以外買ってないな。
あ、カップ麺買ったよ。
しかも幸楽ラーメンと幸楽焼きそばだ。
これはお湯入れないと食べられないね!
焼きそばなんてお湯入れた挙げ句に、お湯捨てないと食べられないからね!
あーめんどくさい。
だって主役はビールだから。
ビールの為にこのごはんはあるのだ。
だから余計なエネルギーを食べるものに費やすなんてもったいないのだ。
ビールうまー。
この為だけにでも生きていける。
ではもう一杯ぐび。
早起きがキライ。
不得意ではないけど、キライなのはキライ。
そもそも好きなヒトがいるなかっちゅうハナシだが、いなくはないんじゃないの?
ボクは、ジブンが年を取っても早起きになりそうな気がしないよ。
休日に遊びに行くといって、うきうきと早起きしてしまったりなんかしない。
よくいるじゃない、ゴルフだの釣りだのと、朝も早くから起きだしちゃうヒト。
ゴルフだの釣りだのが楽しくないと言ってるわけじゃないよ。
ただ、その為にわくわくして起きだしてしまうのが信じられないと言ってるのだ。
すごいなー。
コドモの頃だって、遠足だの運動会だのといっては朝から落ち着かないヒトがいた。
ボクはいつだってグーグー寝てた。
楽しみじゃないわけじゃないよ。
ちゃんとそれなりに楽しみにはしてたし、起きてしまえば楽しいのだ。
でもそれは眠りには持ち込まない!
その割には恐いテレビ番組とかは眠りにまで持ち込んでたな。
何だろうなあ。
その日に何があっても、わくわくして眠れないなんてコトはないなあ。
あるのは単に、寝過ごしたらどうしようという恐怖心だけだ。
大事な約束や遅れられないおシゴトなんか。
そんな気が張ってる時は、だいたい目覚ましの鳴るちょっと前に目が覚める。
しかもちょっと焦りながらだから、心臓に良くない起き方だ。
これはやっぱり寝てるのがいちばん楽しいというコトだろうか。
どうもそうではないような気がするなあ。
寝てるのが楽しいのなら、こうやってニッキなんか付けずにとっとと寝てるよな。
うむーうむー、きっと始めるのが面倒なだけなんだな。
って、ころんと転がってうにょっとふとんかぶるだけじゃん。
それだけで夢の世界にダイブさ!
シュノーケルも忘れるな!
何に使うんだろう、むしろビデオカメラを持ってってもらいたいもんだが。
朝の五分は貴重とか言うけど、ボクはあまりそうは思わない。
あれはただ単に、家を出るまでの時間を持て余しちゃうからだと思う。
だから目覚ましが鳴るまでは起きたくないのだろう。
起きちゃえば一緒だよ、五分やそこら。
夢の続きが見たくてもう一度眠りたい、とかならあるなあ。
でも、それが叶う環境だったとしてもうまくいったコトってないような気がする。
うまくいったとしても、気に入るような続きとは限らないもんね。
手の届かない葡萄は酸っぱいんだ。
そうだよ、ワクワクして日の出とともに起きちゃうなんて楽しいわけがないね。
ふーんだ。
ああやっぱり春は眠いなあ。
と、春のせいにしてみる。
もちろん実際は春夏秋冬いつだって眠い。
“春眠”とか言うけど、いったい何のコトだろうか。
“夏眠”“秋眠”“冬眠”・・・どうもヒトに使わないのも混じってるよね。
ヒトに対しての意味もあるのかなあ。
やっぱりふとんから出てこないとかかしら。
それとも文字どおり、冬眠できたのかな。
そうだよな、熊にできて、ヒトにできないわけがない。
やってたとすると、やっぱり北国の農村だろうか。
冬の間は内職とかをやるにしても、それはせめてものマイナスの補填に過ぎない。
だったら冬の間は寝てればよいのだな。
家族全員、寄り添って眠る。
いいよねえ、すごく効率的でさあ。
よく眠って、春になったらまた田んぼに向かう。
一年交代で、村の半分ずつが見張りでもいい。
悪いヤツが冬の間に荒しに来るかもしれないから。
コールド・スリープみたいなもんだから、犯行は春になるまで発覚しない。
恋敵を亡き者にするなら、イマがチャンスだ!
夜ばいしても寝てるから気付かれないね。
それでいいのかどうかは気にしないコトにして。
お正月がないのは気になるけど、そんなものは別になくてもいい。
出稼ぎにも行かなくていいし、娘を売らなくてもいい。
お年玉だってクリスマスだってバレンタインだってやらなくてもいい。
おカネを使ってしまいそうなイベントは軒並みスルーだ。
つまんないかな。
そういえば冬眠するサイトはいっぱいあるね。
そのほとんどは戻ってこないよね。
よっぽど冬眠って気持ちいいんだよ。
ボクも今度やってみよう。
そんな気持ちのいい冬眠は、本人たちにしてみればすぐに終わるだろう。
お腹が空いて目覚めるのか、それとも春一番が起こしにくるのか。
元気ですかー!
寝不足は確かに眠いけど、眠り過ぎてもまた眠い。
そりゃあ三ヶ月も眠れば眠り過ぎだろう。
春眠って、本来はこういう眠りに使う言葉なんではないのかな。
さ、トイレ行ってご飯食べてビール飲んだら二度寝。
春だねい。
探偵に、ひとつだけ何でも調査してもらえるとしたら何を頼むかな。
何が知りたい?
誰かの秘密が知りたいかな。
誰の秘密も知りたくないかな。
困ったもんだね。
でも、ほじくりだしてまで知りたい秘密なんてないよ。
考古学上の秘密とか、警察の追いかける謎とかか?
フツーは興信所に頼むのって、ペットがいなくなったとか、旦那の浮気調査とか。
推理小説みたいな、ハデな調査を頼まれることってあるのかなあ。
だいたい推理小説だって結果として巻き込まれるのが基本で、最初はフツーの調査だよ。
ボクのまわりにはそんなミステリーは、多分転がってない。
そういえば上京して間もない頃、コンビニでお弁当あっためてもらったのだ。
レジの前で待ってたんだけど、気付いたら誰かに持って行かれてた。
そのちょっと前に「お弁当お待ちのお客さまー」とか言われて受け取ったヒトがいた。
ありー?
その時には他に温めてたものはなかったから、明らかに盗まれたのね。
いやあもう何と言うか、そこまでしてもごはんが食べたかったのならいいよ。
あきらめもつこうというもんさ。
むしろあのヒトがいまどうしているのかを知りたい。
これで見つかったら感動するな。
場所は覚えてるけど、もう季節すらも覚えてない。
ものはチキンカツ弁当だった。
おお、根に持っている。
ジブンについて調べてもらうヒトなんてのもいるらしいね。
それはそれでおもしろいかもしれない。
ジブンが周辺からどう思われているのかを調べてもらう。
知りたくない?
知りたいけど、知るのが恐い。
むちゃくちゃに嫌われているのを知って、何事もなかったように生きていけるか。
特に理由に納得がいかないままならなおさらだ。
ボクはボクなりに精一杯生きてきたのに、イマさらどうすればいいのか分からない。
それでもまあ、やりなおすチャンスだと思って勇気を振り絞るしかないのだろう。
生まれ変わりたいとか、色々と言ってたじゃないか。
ちょうどいいタイミングでしょ?
そんなのいやだー。
空気読めよ!
気を利かせろよ!
ちょっとはいいようにして持ってこいよ、別に調べなくてもいいから!
結局調べてもらうコトはないらしいなでももったいないなそうだキ○ヤを脅すネタを。
ボクはだいたい夜にはビールを飲む。
時には昼間にも飲むが、まあそれはさておく。
いつもは一番搾りと黒ラベルを基本に、あとは色々と取り混ぜて飲むのだ。
ただ最近、一番搾りの味が変わったので、それをクラシックラガーに入れ替えた。
甘くなっちゃったんだもの。
で、最近モルツもお気に入り。
タンブラーが当たるというので、昨日六本パックを買ってきた。
そしたらそのキャンペーン以前の入荷だったりしてがっくし。
まあまあ、と気を取り直して飲み始める。
珍しく12:00にはニッキもお風呂も終わっている。
ゆっくり飲めるなあ、くぴくぴ。
ちなみに普段はだいたい500mlで4本くらい。
それくらいで、さあ寝ようかな、となるのだ。
あんまり体力を消耗してないからか、飲まないと寝つきが悪い。
ビデオかなんか観ながら、ゆっくりと飲んでいく。
あ、ヘップバーンだ。
気付くとあっさり五本目の缶の蓋が開いた。
あり? 全然四本飲んだ気がしないぞ?
おかしいなあくぴ。
普段なら、それなりに朦朧としている頃なのになあくぴ。
ああ、そろそろいつもの状態。
今日はもうちょっと飲もうかな。
結局六本目も開けて、ここからはいつも以上の量だなあ。
モルツって、アルコール分はどれだけだい?
ほほう、5%ですか。
例えば一番搾りは5.5%だから、ちょっと低いんだね。
まあ黒ラベルと同じだし、たいした差じゃないや。
さあそろそろ寝ようぐう。
ところが今日になってから考えた。
0.5%も違えば、2l飲むうちに随分と違ってくるよね。
予想では、五本目の半分くらいで5.5の4本分かな。
何か損した気分だなあ。
アルコール分の高さ別にクラス分けしてもらえないかな。
同じ銘柄でも、色々とあればもっと楽しいじゃない。
味は好きなんだけど、ちょっと濃いよねってヒトが、絶対いると思うんだけど。
そうすれば、もっとその日の気分によって使い分けられるのに。
いやまあ、0.5の差で損した気分になってるうちは関係ないかもしれないけどさ。
ほら、10%が出れば、一日二本ですむし。
そろそろ夏服をいくつか仕入れに行こうかなあ。
とは言っても、Tシャツだけ2〜3枚あればいいよな。
んで、そろそろ首周りの延びたヤツは捨てよう。
いや、パジャマと入れ替えようか。
どんなの買おうかな。
ユニクロのTシャツばっかり10枚くらい買ってみるというのも、ネタとしてはありか。
でも、先々のコトを考えると、そんな危険な橋は渡れないよ。
そもそも最近のユニクロTってあんまり好きじゃない。
以前のは、それなりに好きなのもあったんだけどなあ。
たまーに魅力的なデザインが見つかってたのだ。
それとも今年はポロシャツにしてみようかな。
嫌いじゃないんだけど、随分と買ってないなあポロ。
体を鍛えてタンクトップとかは遠慮しておく。
しかしこの時期にして7月上旬の陽気とか言われても。
しかもしばらく続かれた日には。
もういいの?
毛布もジャンバーも、しまっちゃっていいの?
特に毛布は、クリーニングに出しちゃうぞー。
このままどんどん暑くなっていって、8月にはもう海が蒸発してしまうよ。
地球温暖化って恐いねぇ、海水浴も行けなくなってしまう。
ボクらは蒸し風呂に耐えられるだろうか。
肉まんの蒸し器は、売り上げが落ちるだろうか。
夏の肉まんもおいしーのに。
冬の冷やし中華もおいしーけどね。
ゴールデンなウィークが終わったら、買い物に行くか。
Tシャツか何か買って、冷やし中華食べようかな。
その場で買った服に着替えたりとかして、ちょっとうきうきしてみよう。
春だものね、それくらいのコトは。
とはいえ、その頃にはもう7月下旬の陽気だったりして。
もう夏になっちゃったよ。
今月は結局花見もしなかったし、一日にウソも付かなかった。
春はいつの間に、こんなに窮屈になってしまったんだ。
失敗だけが四月を彩る。
もう、いっそのコト、四月まるごとすっとばしてしまおうか。
そう思ったのはボクだけじゃない。
今年ついた、ある専門学校の入学式、理事長は挨拶の締めにこう言った。
「卒業おめでとう」
二年もトばしたよあのヒトは。
それに比べればまだまだボクは志しが低いなあがんばろう。
何と言うか、どうしてみんな黙っていられないんだろう。
余計なコトばっかり、伝えるべきじゃない相手にストレートに伝えてしまうんだろう。
言わ猿のマスコットでも連れて歩けばいいのに。
でっかいヤツね、どうしてもうっかり忘れられないように。
“伝えるべき誰か”が誰にでもいるはずなのだ。
そうでないヒトが伝える必要はないんだ。
なら、ボクは伝えるべきヒトじゃない。
知りもしないヒトに直接何かを伝えようなんて、おこがましいにも程があるよ。
だから温かく見守ろう。
それだけでいいじやない。
結果はいずれ出るのだ。
でもとりあえずブッシュは、ヴェトナムの記録を読み返すべきだと思うなあ。
“言わ猿”は口に手を当てて、ジブンの意思で喋らないようにしている。
ちゃんと見てるし、ちゃんと聞いているのに、何も言わないんだ。
あの猿が口を開く時、全員が耳を傾けるだろう。
それくらい価値のある一言を、吐いたことがあるかい?
ボクもできるだけそうしようと思ってはいるんだけど、なかなかそうはいかないね。
ボクの口から出てくるうちの90%は言っても言わなくてもいいコトだ。
いまさら寡黙な男にはなれないけどさ、余計なコトは言わないようにしたい。
ホントに聞いてほしいコトまで、聞いてもらえなくなっちゃうよ。
見ざる、聞かざる、言わざる、って言うけれども、最初のふたつはちょっと違う。
見てないコトにする、聞いてないコトにする、ってコトだろう。
これは主義主張というよりも、生活の知恵に近いものだ。
共同生活を円滑に運ぶ為の、妥協と言ってもいい思いやり。
色々な、気に触ることの90%を赦して、残りの10%で成長していく。
突き詰めるのは、あまりいいことじゃない。
ちなみに猿が4匹並ぶ場合、もう一匹は股間を押さえている。
出さざる、というコトだろうか。
これも共同生活を円滑に運ぶ為の知恵だな。
余計なトラブルを起こさない。
人間関係を破壊するからなあ、困ったもんだ。
例えばあの3匹の猿が、ホントにそういう障害を持っていたなら?
当然3匹で協力しあって生きていくだろう。
聞いたら聞こえない猿にちゃんと伝える、見たら見えない猿にちゃんと伝える。
言えない猿に言いたいコトがあるなら、ちゃんと代弁する。
これぞチームワーク、別の名を持ちつ持たれつ。
きちんとお互いのコトを理解して思いやろうよ。
ところでエイズが流行った時に出た5匹目のお尻を押えた猿はいくらなんでも。
ひとりでお弁当をもそもそやりながら気付いた。
最近大人数で食卓囲んでないなあ。
飲み屋ではあるけれど、あれは食卓とは言わない。
ところで飲食店というとどうしても「注文の多い料理店」が浮かぶ。
食べるのか、それとも食べられるのか。
“飲み屋”というより“飲ませ屋”の方が適切だと思う。
例えば、“殴られ屋”っていうじゃない。
あれ、“殴り屋”って書いてあったら、誰も「ああ、殴らせてくれるんだ」とは思わない。
いやまあ確かに“飲み屋”とはどこにも書いてないかもしれないけど。
そんで食卓の続き。
こういうもののイメージは、やっぱりコドモの頃に囲んだそれだと思う。
座卓だったのか、イスでテーブルだったのか、はたまたカウンターだったのか。
産まれた瞬間からひとり、なんてヒトはいくら何でもいないだろう。
小学生くらいからなら、ひとりにもなるかな。
かわいそうに。
ボクがコドモの頃は、テーブルだった覚えがある。
ある程度大きくなった、予想では小学生くらいの頃に、そのテーブルの足が折れた。
いや、折れたというか、最初からそういう仕様になっていたのだ。
半分にして座卓になって、おざぶで正座だ。
しっ、しびれが。
その食卓は、真ん中にフタがしてあって、外すとコンロが付いていた。
ガス管にホースを繋ぐと、そのままなべができた。
ちなみにおかまもガスだったな。
炊き込みご飯のおこげがおいしかった。
食卓には家族がいて、そして会話があった。
家族揃って、いただきます。
それぞれのペースで、ごちそうさま。
色々なコトを、あの場所で学んだのだなあ。
食卓というか、囲まれたテーブルにふと訪れた沈黙を“天使が通り過ぎた瞬間”という。
渋谷の交差点並みに天使が行き交う食卓だってあるだろう。
しかし天使、フツーはテーブルの上は通らないだろう。
気分としても、脇を通るだろう。
お前たちのしつけはいったいどうなってるんだ。
まさにしつけが行われているその場所を横切るなんて。
じゃあ天使の食卓に訪れる沈黙のコトはなんというのだろう。
天使が通ったのが理由なら、きっと口をあんぐりさせているのだ。
一瞬、何が起こったのかわからないままに、通り過ぎた天使を見送る。
こらっ。
イマさらだけど、島田荘司の「ネジ式ザゼツキー」を読んだ。
すごくおもしろかった。
読んでる途中でシリーズだというコトを知ったので、初期作を買ってきておいた。
ザゼツキーだと、主人公は頭の回転が速いだけのフツーのヒトだけど、どうだろうなあ。
で、今日その御手洗シリーズの初期の一本、「斜め屋敷の犯罪」を読み終わった。
ザゼツキーはおもしろかったけど、中でも特段におもしろかった部分があった。
作中人物が書いた童話が掲載されていたのだ。
ボクがあまりミステリ好きではないというのもあるだろうけど、あれは好きだったな。
物語の進行もさておき、そっちの続きは出てこないかなあとか思ってた。
いや、本編もおもしろかったけどね。
ただ、どちらでも主人公・御手洗には感情移入は一切できない。
恥ずかしながら、彼の頭の回転の速さには着いていけない。
古今東西、どんな探偵でも読者と一緒に謎を解いていくものだ。
でも、彼は謎を解く姿をボクらには見せない。
ひとりだけわかった状態で、謎の解明シーンに突入するのだ。
周囲の登場人物は必要なのか?
謎と、御手洗だけでいいじゃないか。
斜め屋敷は、ホントわからなかった。
犯人の予想は途中で付くけど、トリックと動機が全然わからない。
それどころか、ポイントであるはずの“斜め屋敷”自体がきちんと形作れない。
模型でいいから、もう少し理解しやすいようなものを付けてくれればよかったのに。
そうすればもう少し。
ホント、謎を作って伏線を張って、全部やったとしか考えられない。
探偵というか、作者自身だろうこれは。
そりゃあんたは全部わかってるだろうさ。
ミステリの部分はさておいても、ドラマの部分に不満が残る。
誰かに感情移入をしながら読む、といういつものやり方がまるで通用しない。
“数学の問題とその解き方”みたいだ。
ザゼツキーはおもしろかったから、そういう意味では単に外れを引いたのだと思うけど。
それと不満がもうひとつ。
この二作、さっきから言っているように謎を解くのは同一人物だ。
というか、同一人物のはずだ。
全くそうは思えないけど、というか別人としか思えないけど。
フツーはもう少し、共通点があるだろうよー。
名前が違ってたら全然気付かないよー。
成長というにはあまりに激しい変化。
いったいシリーズ中盤の彼に何が起こったのか!
そんな興味の引かれ方っていったい。
尾崎豊の13回忌と言われても、感慨はほとんどない。
ボクよりも6つ上だった彼は、イマ現在は6つ下だ。
後は離れていく一方で、決して彼はもう歌わない。
歌うコトで自由になろうとしていた彼は、結局自由になるコトができたのか。
大きな一歩を踏み出させてくれたシェリーは、まだどこかで誰かの背中を押しているのだ。
そう思いたい。
もうボクには彼の歌は必要ないのだなあ。
そんなコトをふと考えたりもする。
高校生の頃は、確かに必要だったな。
自分の足で歩け!というのが彼のメッセージだったと思うので、これでいいのだとも思う。
彼に教わったコトは、きちんとジブンに仕込めたと思うよ。
恩はもう返せないけれど、彼のコトはずっと忘れない。
ボクの人生を変えた一曲は、と訊かれたら、いつだってシェリーと答えよう。
いつでもボクに還ってくるその歌は、いつでも誰かの為にある。
それにしても何と言うか、ぶざまな死に方だったと思う。
ホントの意味で活きようともがき続けた彼は、結局ヒトのかっこ悪さを体現して死んだ。
それが、イマ考えるととんでもなくリアルに思える。
生きるコトはかっこ悪いもんで、かっこ悪いコトはなんてかっこいいんだろう。
そんな風に考えられるようになったボクは、あの頃よりもオトナなのだろう。
それとも違うかい?
かっこ悪いはかっこ悪いでしかなくて、かっこいいにしかかっこいいは使われないんかい?
人生って、そんな狭義なもんかい。
そうじゃないよな。
ボクの人生を定義付けるのはボクで、誰かの人生を定義付けるのはその誰かがやればいい。
関係ないなら、関わらないだけだ。
否定はいらない。
肯定もいらない。
ただ、もっと考えて欲しいんだ。
ボクのコトを、誰かのコトを。
わがままだよね?
わかってるよ。
どうも最近色々なヒトが死んでいる気がするんだ。
今日も元ドナルドの藤田田さんが死んでた。
まだドナルドがイケイケだった頃に会ってて、もう自信に満ちあふれた感じだったのだ。
その後の失墜は悲しくなるほどだった。
それでもまともな暮らしはできてたんだろうけどね。
ただしこれは年功序列で片付けられる問題。
いつまでも生きていられるヒトなんて、いやしないんだ。
次はいったい誰だろう。
ボクの知ってるヒトの中で死にそうなのは誰だろうか。
まあ死にそうなヒトほど死ななくて、死ななさそうなヒトほど死んでしまうのだ。
決して油断してはならない。
まずボクから。
先週の土曜日辺りから、GW映画が始まってる。
ボク的な目玉はやっぱり「KILL BILL 2」「コールド・マウンテン」「永遠のモータウン」
「パッション」「スクール・オブ・ロック」「アタック・ナンバーハーフ2」等々。
後、「扉の向こう」も観たいなあ。
しかし、とりあえず今回の一押しは「スクール・オブ・ロック」なのだ。
試写で観たけど、もうこういうの大好き。
公開されたらもう一回観に行こうと思っている。
でっかいスクリーンで、でっかい音で観たいのだ。
で、カラオケとか行きたい。
ああここが人気サイトなら、オフに仕立て上げるのに!
いやでもね、ほうきをギターに見立てたコトがあるようなヒトは観るべきだよ。
そうでないヒトでも、そういうのを観て微笑ましく思ったコトがあるなら観るべきだ。
観ると、その頃の気持ちが帰って来るよ。
現にあれを観て以降、ボクの部屋でAC/DCが鳴らなかった日はない。
我ながら単純だなあとは思うけど、しょうがないねこればっかしは。
鳴ってしまったら、決して逆らえないんだ。
それが音楽、それがロック。
ところでボクがロックって言ったら、それは音楽の一ジャンルのコトではない。
ロックとは、ヒトの生き様のコトだ。
意志のチカラで何かを変えようという思いのパワーをロックと呼ぶ。
ウソがあると存在からしてウソになる。
そんな危うさがロックだ。
ギターを握ったなら、あるいはマイクを掴んだなら世界最強になれる。
そんな愛すべき誇大妄想狂の物語だ。
正にロング・ウェイ・トゥ・ザ・トップ。
正にレット・ゼア・ビー・ロック。
ボクの神は、“ロックあれ!”と確かに唱えたのだ────────
でもそんなAC/DCは同時に“I'm on the Highway to Hell”とも歌ってる。
神から与えられたロックを全うするコトによって、彼らは地獄へとまっすぐに進む。
ボクは、どこへ行こう?
それともこのまま地獄へ行こうか。
この道は、いつか来た道。
ああ、そうかもしれないね。
そうなら、変更できるのか?
行きたくもない道に?
ああ、そうやって今回も地獄行き。
年金未納、やってるねぇ。
こういう時は、ホントみんなウソつきだなあと思う。
ウソじゃなければ、タテマエ主義だなあとね。
菅の言い種とか、ホントひどい。
江角がまるでわざとやったみたいじゃないか。
ホントにね、わざと払ってなかったヒトって、ほとんどいないと思うのよ。
仮にも国会に出てる議員が、そんなはした金をケチるとは考えたくないし。
それなりなギャラを取ってるもんだと思いたいし。
国会議員に老後の年金が必要だとは、誰も思ってないでしょ。
一国の舵取りをさせましょうかってヒトが、老後の小遣いに困るだなんてみっともない。
ボクは言っておくけど払ってるよ。
会社員なもんで勝手に引いておいてくれるけど、そうでなくても払うだろ。
日本という、小さな船に乗り合わせてるんじゃないか。
運賃は、きちんと支払うよ。
電車の運賃の行き先をいちいち気にしないように、税金の行方も気にしないくらいになる。
それくらい安心して乗っていられる船にしてほしい。
イマのままじゃ無理だ。
要するにこう、みんなが攻撃するコトばっかり考えているように見えるのだな。
ヒトがいやがるコトを進んでする、の意味を取り違えてるんじゃないか。
しかも政治家本人に一般からツッコミが入るコトってほとんどない。
うるさい、おまえらうるさいからちょっと黙ってろ。
例えば国会中継を民放でやって、スタジオで一般観客を100人揃えてみよう。
で、司会者から「今の応答についてどう思いますか?」と尋ねさせる。
それで札を上げてもらうのだ。
A 的を得ている
B 質問の意味が分からない
C 回答者がごまかしている
D ていうか、あの質問をそういう風に解釈しちゃうって、バカとしか言えない
E マジ白痴
多分これ、ホントに面白い番組になる。
一般視聴者も、もう少し政治家の顔を覚える。
で、Eの札を上げられる率の高い人は、そもそも国会から外されるシステム。
司会者に御贔屓がいない、というのが大前提だけど、それは何とかなるだろう。
そもそも誰もやりたがらないような気もするけどな。
ダウンタウンとかにやってもらいたいなあ。
新司会者、過去に赤旗を配達!とか、学生時代の友人、政治家に!とか困るかな。
そもそも投票をするという行動がまずいかな?
あなたは五年前に一度、投票に行ったことがありますね?
うっかりしてました。
今年の日本映画、最終的な話題作はやっぱり「キャシャーン」で決まりなのだろうか。
それは勘弁してほしい。
あれにはやっぱり、盛大にこけてほしいのだがどうだろう。
ボクも、おカネを出しそうになる誘惑と必死に戦っているのだ。
いや、出さないぞう!
あの唐沢ちょっと見たい。
そんな風に思ってて、後は時代劇が何本かと決まり物でおしまいかと思ってた。
ところが、伏兵はちゃんといたね!
正に日本のポップを体現するかのような傑作が来たよ!
その名は「下妻物語」だー!
ロリータ深田恭子とヤンキー土屋アンナを看板に据えて、それなりに話題にはのぼってた。
それでもここまでの傑作とは、正直想像もしてなかった。
ポップとか、キッチュとか、そんなうさん臭い形容詞が良く似合う。
石井克人の「パーティー7」にも共通するうさん臭い雰囲気。
物語自体はあんなにひねってない、ストレートな友情物語なのだけどね。
ホント泣きそうになる。
監督は中島哲也。
黒ラベルのCMで、山崎努と豊川悦司のシリーズを撮ったヒトだ。
というか、ヒト“らしい”よ。
CMディレクターまでいちいちチェックしてないっつの。
劇場用映画も撮ったらしいけど、観てないな−。
完璧にノーチェックだった。
土屋アンナ、映画初めてらしいけど、結構いい役者になるかもなあ。
深田恭子がいい役者だなんてのは分かってたけど、今回のは今までとは違う感じでいい。
相変わらず目に押されるなあ。
あの目で見据えられると、ちょっとびびり入るよなー。
脇は結構、ホントに脇なんだけど、その中でも印象的なのは樹木希林だ。
でも、どれも配役うまいなあ、この篠原涼子とかありなんだもんな。
それでも全員がしょせん脇なコトには変わりない。
メインはどこまでいってもあのふたり。
それと編集。
これだけテンポよくネタが詰め込まれた映画はなかなかない。
日本のギャグ映画はだいたいが、すべるネタも詰め込まれまくっている。
ところがこいつは隅から隅まで、すべてがきちんと活かされている。
エンドロールでも、席は立てない。
でも、この映画色々とネタが出てくるけど、多分監督はどれもホントには愛してない。
全ては笑いとばす為に選ばれた、その距離感が傑作にしたんだと思う。
別にキャシャーンがやらなくったってロリータ&ヤンキーがやってくれるから。
オフピーク通勤とか推奨してるくせに、オフピーク休日は推奨してくんないのね。
こんな時こそおシゴトしてたいのになあ、どうもうまくいかない。
だからGWは、おうちの整理整頓をしようと思う。
毎年言ってるけど、実行はあまりされてないな。
今年こそは。
まずは玄関口にあるもので要るものと要らないものを分ける。
台所にあるものを、同じように分ける。
最終的には要るものだけを玄関口に据える。
で、どんどん捨てると。
それと雑誌のバックナンバーカタログを作る。
一年毎にまとめて、梱包する準備。
調べた内容をヤフオクに出品する。
売れるかなあ、売れなかったら捨てるしかないしな。
本のカタログも作りたいけど、それは欲張り過ぎだな。
できればちょっとは古本屋へ持っていきたいところだ。
そうできなくても、部屋の各所に散乱する本の段ボールを一ケ所になんとか。
そうだ、また新しい段ボール用意しなきゃ。
要らないものって、思っているよりいっぱいあるはず。
たんすの中身をひっくり返せば、多分半分がた捨てられるはずだ。
でもまあ、そこまでやるつもりはないけどね。
いやまあ、やる気がないわけじゃないけどね。
ないわけではないんだけれど、限りなくゼロに近い気がしないでもないかな。
うん、ないわけじゃないんだよ。
ゼロにいくつ掛けても、ゼロだから。
まだ期待は捨ててないよ。
ふとんも干したいな。
いい天気の日には、シーツ洗濯して干し倒そう。
ばふんばふんと、ほこりをたたき出すのだ。
干されたおふとんとシーツで部屋の中を薄暗くしてビールを飲もう。
で、取り入れたふとんでひとねいりしよう。
すやー。
映画も一本くらい観に行きたいなあ。
「KILL BILL Vol.2」が意外と空いてるらしいんだよな。
土日でも満員になってないとか聞いたぞ。
どこで観るのかにもよるだろうけどな。
おとなしくウチでビデオでも観ようかな。
さて、いっぱい希望を並べ立ててみた。
どれくらい叶うかは、まだわからない。
ひとつくらいは何とか叶えたいなあぐびりぷはー。