基本的には英語の一人称は“I”しかない。
でも日本語にはいくつもある。
翻訳者が勝手にフィーリングで“それっぽい”のを選んでいる。
おれ、ぼく、わたし、わし、あちき、おいら、おら、あたい、どれでもいいのだ。
感じが出ていさえすれば。
雑誌のインタヴュー記事なんかでも、このヒトがジブンを俺って言うのかね、とかある。
一度、「以前は彼の一人称は“俺”を使用していましたが、今回からは“私”にします」というのを読んだ。
確かオジー・オズボーンだったと思う。
“私”っていう感じの話し方をするようになったんだって。
ヒトは変わっていくものだから。
でも実際に日本人は、そうそうジブンの一人称を変えないよね。
ボクだって、もう中学の頃からずっと“ボク”だよ。
50になっても“ボク”かなあ。
それはそれで、確かにどうかと思う。
いつかそんなタイミングに気付けば、きっと変わる。
“おいら”だったらヤだね。
映像なり音声なりから起こす場合なら、まだ音で判断付けられるけどねー。
これが小説の翻訳になると、いきなり翻訳者の解釈の比率が多くなる。
登場人物の言い回しやクセまで、全部ジブンで考える。
あんまり突飛なコトはさすがにできないだろうけど、楽しそうで大変そうだ。
だいたいアメリカの農夫のUFO目撃談は「いや〜、おら、びっくりしただよ」なんだよな。
そんなヒトばっかりじゃないと思うけどな。
最初にそういう訳を充てたのは誰なんだろう。
もう死んでるだろうな。
そういうハナシならもっと知りたいのは、最初に中国人に「〜アルよ」と言わせたのは?
ある意味では20世紀流行語大賞をくれてやってもいい。
中国人のイメージに充てたはずのその語尾が、イマや逆にそこから中国人を想像させる。
トルコ風呂も確かにひどいけど、これだって充分にひどいよ。
名誉毀損で訴えられないのが不思議なくらいだ。
ゲイシャガールにスシで日本が語られている場所もきっとまだある。
日本人を描け、と言ったらきっと首からカメラを提げる。
ちょんまげはさすがにないと思いたいな。
ヘタすりゃ弁髪だな。
混じってるよ!
もしもボクが日本人でなくて、ボクのコトバを日本語に訳されたらどうだろう。
ちゃんと“ボク”と充ててくれるだろうか。
“わて”とかいいかなあ。
まあこの場合、何が充てられてもわからないから好きなようにして下さい。
昨日のニッキには、ひとつだけウソが仕込んでありますよ。
ホントでもウソでもどうでもいいようなコトなので、探さなくていいです。
よく芸人さんの間では、“芸の肥やし”というような言い方をする。
つまり、一般人では出来ないような方向に色んなコトを役立てる。
身代つぶすほど遊んでも、芸の肥やしになればそれでいい。
まあフツーのヒトは確かにそういう“芸”では喰ってないからな。
みんなそれぞれの“芸”で喰ってはいるのだけど。
そんな芸なら「浪速恋しぐれ」なんかを聴くとすごい。
芸の為なら 女房も泣かす
それがどうした 文句があるか
いや別にない。
あなたの女房は、別にボクの関係者じゃない。
でも、女房泣かせてどんな芸が出来上がるのかには興味がある。
できたら見せて欲しいなあ。
“女房を質に入れてでも”みたいな言い方もある。
初ものとか、プロ野球とかに使うのか。
ホントに入れられるのかなあ。
ナイトスクープ辺りに調べてもらおうかな。
女房が入るなら、旦那も入れられそうだけどな。
どっちが高いかなあ。
“女房を吉原に売ってでも”という方が現実的だよね。
いくらなんでも、いくらかにはなっただろう。
世の中色んなヒトいるし。
いっそ芸人さんも、やるならそこまでやってくれればいいのにね。
芸の為なら 女房も売るぜ
それがどうした 文句があるか
まあ確かにあるにはあるが、お互い同意ならいいのかな。
でもきっとあの歌の主人公はそんなコトしないな。
泣かせても着いてくると信じられるからこそであって、そうでないならできはしない。
つーか寂しいんだろ?
寂しいから手放すなんてできないんだろ?
素直になってそう言わなくてもいいけど、ボクはもうそう決めた。
やーい。
そう考えると何が芸の肥やしなんだかわからなくなる。
そもそもボクらみたいな一般人だって、会話の引き出しは多い方がいい。
それって芸に通じるものがあるよね。
直接じゃなくても、おシゴトの潤滑油にはなってるしね。
まあつるつるつるつる、よくスベるコト。
「白い巨塔」も終了したようだ。
ろくすっぽ観てないけど、それなりにストーリーは知ってる。
古いのも、新しいのと同じ分くらい観た。
両方合わせれば、半分くらいにはなるだろうか。
原作者の山崎豊子が、今回のが製作される前に言ったらしいヒトコト。
まだこの物語が通用してしまうコトが悲しいと。
改善されているにしても、基本構造は変わっていないのだろう。
困ったもんだね、お医者さん。
それで思い出したヒトがいる。
以前、おもいっきりテレビに出てたお医者さん。
確か内科医で、それなりに偉いヒトだった。
カウンセリングか何かをやってたらしく、明確な論旨と押し付けない口調。
コメンテーターとしてはかなりいい。
年の頃は、確か40後半〜50前半くらいかな。
その先生が何かというと、医学界でも珍しい、おそらく片手で足りてしまうヒトなのだ。
それも日本だけじゃない、世界広しといえども片手で足りる。
彼は落語家。
それも“落語のできる”医者じゃない。
きちんと“落語家”という肩書きを持っている。
しかも、どうも談志の孫弟子に当たるのだそうな。
というコトは、あの談志がOKを出したというコトか。
うわあすげえ。
医者としてはどこぞのお山の大将らしいので、副業を持つコトには問題はないのだろうな。
しかしジブン家の大将がそんな副業持ってたら、問題はなくても困るだろうな。
シゴト場でトラブルが起きて、うわあ社長どこ行ったの?
どっかで高座に上がってます。
もっともっとそんなヒトが増えると、医学会も変わる気がするね。
その代わり、それがいい方向なのか悪い方向なのかはよくわからないね。
回診で病室に入ると、患者は拍手しなきゃいけなかったりする。
先生も次から次へとやってくるから、めくりが看護婦さんによってめくられる。
おもしろいと白衣が増えていく。
もちろんよく笑う患者の方が治りが早い。
それは多分えこひいきじゃないよね。
なかなか笑わない患者が手術室に入る時には、きっとみんながドキドキしているよ。
そんな時にミスとかしようものなら、まったく医療過誤を疑われてしまうよ。
その辺りの区分はすごく珍しいものだね。
裁判にはきっと山田君がいるな。
白衣取っちゃいなさい。
いい日付けですね。(もういい)
ヒトを形作るのには、それなりの時間がいる。
誰かに会って、そのヒトを知る為の時間。
どれくらい経てば、ともだちと呼べる?
一年? 二年? 三年?
学生の頃ならそんなにかからなかったけどな。
ボクを理解してもらう為に、ボクは何を伝えよう。
そうすると、意外と一般の出会いでも履歴書って有効かもしれないなあ。
名刺代わりに履歴書を出す男。
学歴と同時に、女歴とかも並んでる。
いついつ、誰それと付き合いだす、翌年何月に別れる、とか書いてあるの。
理由は“一身上の都合につき”とかでよい?
ダメかなあ。
資格とかも書いた方がよいかな。
免許を書いて、クルマを持っていれば何に乗っているのかも書く。
きっと「趣味」の欄は、フツーの履歴書より大きい。
相手に対する希望も書き込まれているといいかも。
しかしこれは結婚相談所の用紙とどう違うのか。
資格というものがもてはやされ始めて随分経つ。
“スキルワーカー”というコトバも随分と定着した。
腕に覚えがあるヒトは資格を毛嫌いする傾向があるけれど、履歴書には向いてるよな。
おシゴトの場合なら、雇ってもらわないと腕の見せ所がそもそもないから。
雇ってもらう為に資格が必要なら、そりゃあ持っておいた方がいいよな。
あればジブンをわかりやすく説明するコトができるよね。
一か所でずっと働けるに越したコトはないけれど、経験はそんなところにはない。
“スキル”はきっと、“どこでも働ける”を意味しているだろうから。
ボクを知ってもらう為にはやっぱりたくさんの時間がかかるだろうけどね。
雇ってもらう為には時間はたいしてかけられないんだ。
資格が多少なりとも目くらましになるのなら、積み上げておけばいい。
つぶてになるのは、この場合は何だろうか。
やっぱりそれは人当たりの良さかな。
意外なところで正攻法。
つか資格だって充分正攻法だと思うけどね。
正攻法というか、むしろ成功法。
宗教開こうかな。
宗教をするなら、むしろボクのコトなんか知られたくないなあ。
履歴書は破棄して、新しいボクで行きたいなあ。
でも信者には出してもらう。
恋人はいない方がいいから。
憧れの職業というものが、みんなそれぞれあると思う。
ジブンがなるんでもいいし、パートナーに望むんでもいい。
結婚相手にお医者さんとか、そういうハナシはあるじゃない。
“医者の妻”になりたいのか、それとも単純に収入の問題かはさておく。
白衣フェチとかでもいい。
コドモの頃は、歌を歌うヒトになりたかった。
ベストテンとか出たかった。
特に実現に向けた動きがあったわけじゃないな。
歌の教室があったのかどうかも定かではない。
あっても通わなかっただろうけどね。
恥ずかしがりやさんだったからね。
イマでもそうだが。
憧れの職業に向かって邁進できるヒトっていうのは強いなあとつくづく思う。
フツーは現実を優先させてしまって、夢はどうしてもあきらめられてしまう。
あきらめるというか、なかったコトにされてしまう。
コドモのたわごとで片付けられてしまうのだ。
そこであきらめるからたわごとになってしまうのに。
ちなみにボクならパートナーには、やっぱり働いてるコトを望む。
おシゴトは何でもいいけど、女優さんとかはヤだな。
きっとキスシーンとか撮るの知ったら、とても冷静ではいられないだろうから。
ボク以外にそんなカオ見せるなんて!
もちろんイマでも憧れの職業はある。
政治家とかの、権力のありそうなおシゴトがいいな。
出世欲はあんまりないけど、権力は一度振り回してみたい。
夜中の三時にドナルドポテト食べたいとか言いたい。
政治家って秘書にそんなコト言ってそうじゃない?
さすがにポテトではないにしてもさ。
オンナノコでも、オトナになってなおステュワーデスに憧れたりしている。
いったいステュワーデスの何が、彼女らのココロを引き付けるのだろう。
だってパイロットは結局運転手だし、ステュワーデスは世話係でしょ。
お空の上、っていうだけで、スーパーの店員と何が違うのか。
でも誰もスーパーの店員には憧れないよね。
不公平だよ。
ステュワーデスはやっぱり、あの制服と空の上とという状況がよく見せるのだろうな。
いちおー一流企業のOLだし、芸能人がよく結婚するのも、人気の一因かもしれない。
そういえばGTOの冬月先生も最後ステュワーデスになってたね。
しかも鬼塚が迎えに行ってヒコーキ止めてたな。
笑いゴトじゃないぞそれ。
でも将来GTOに憧れて先生になりましたというヒトが現れるのは笑いゴト。
いいコトだ。
言いたいコトくらいはきっと言えるコドモが。
新入社員のみなさまー、電車の中でじゃまですよー。
とりあえず隣のヒトが動いたら一緒に動くくらいのコトはして下さい。
おにいさんからのお願いでした。
街でじゃまなのはまだがまんするからさ。
今日久しぶりにスタバでコーヒーを買った。
いつも決まってるのを買うのだ。
“今日のコーヒー”の上の段のを買う。
控えに持ち帰って、ゆっくり飲むのだ。
帰りながら、コーヒーいれるヒトって何て言うんだっけとか考えてた。
パティシエ? レジデント? インターン? モルモット? レスタト?
きっと何もかもが違うね。
しかもだんだんと暗い方向へ行ってるのはなぜだ。
ちなみにスタバ店内でコーヒーを飲んだコトはない。
だってあそこ何だか落ち着かなくない?
ちょっとビミョーな雰囲気だよね。
禁煙なのはうれしいんだけどなあ。
落ち着くだけならドトールの方が落ち着くよなあ。
なぜだろう。
あんなにもくもくしてるのに。
ドトールの方が食べるものおいしいよねえ。
それに、客を選ばない親しみやすさがあるよね。
実際喫煙者のヒトって、スタバをどう見てるの?
冬場に、意地になってるとしか思えない姿で外でコーヒー飲んでるのってなんなの?
もっと暖かい場所がきっとあろうに。
禁煙ブームは、うん、正直ありがたいな。
でもコーヒー屋さんよりむしろ、ごはん屋さんを禁煙にしてもらいたい。
吉野家とかね、おまいらいったい豚丼喰うのに何分かけるつもりなのかと。
そういえば喫茶店のコーヒーをちょっとだけ残すヒトっているよね。
なくなると下げられて、居づらくなるからね。
吉野家でやってるのは見たコトないなあ。
理屈は同じなのに、どうしてだろうか。
冷えきってかちんかちんになった豚丼とか、確かに食べたくはないけれども。
スタバってそういう風に使われるのをどう思ってるんだろう。
冷えたコーヒーでスタバを語るな!とか考えてないのかな。
この俺サマが入れたコーヒーを、70度以下になるまで放置するな!とか考えてないのかな。
ねえその辺は、レスタト的にはどうなの?
はあはあ、とりあえず血中のカフェイン濃度が高いのは苦手だと。
うん、眠れなくなったりするからね。
消費税表記が統一されて一週間。
そろそろどの店舗も慣れてきたコトだろう。
新人さんは、きっと最初からそれだからこんがらがったりしないだろう。
まあ消費税導入時ほどの混乱はなかったと思う。
二重取りもあったみたいだけど、気付かなかった方だって悪いよな。
いや、悪くはないけど、気付かなかったんだから別にいいじゃない。
悪気があったわけじゃなし。
シゴト場の近所のお蕎麦屋さんで張り紙が出てた。
ほほうなになに?と覗き込むと、こう書いてあった。
「当店では消費税表記変更に伴い、定価を据え置き事実上の値下げを行いました。」
ははあ、値段表の価格が変わるのを嫌っての策か。
吉野家が消費税導入時にとった策と同じだ。
ふーん、で、この店はおいしいのかなあ。
食べたコトないしなあ。
しかしこの“事実上”ってコトバはどうもネガティブなイメージを与えるね。
何か誤魔化してるんじゃないの?みたいなね。
“事実上”っていうのはつまり、“突き詰めれば違うんだけどね”っていうコトでしょ。
もちろん以前は消費税は取ってたんだろうなあ。
ちゃんとそれ納めてた?
いやもう、言いがかりに近いコトは重々承知の上で訊いてます。
どうも文面からはネガティブなイメージが。
もう少し柔らかければいいのかな。
口語で書いてみよう。
「い、ま、ま、でぇー、定価にしょーひぜーだったんだけどぉー、
今月、か、らー、おんなじ定価にもうしょーひぜー入ってる、か、らー。
ちょーお得じゃーん? も、食べるっきゃなー、いって、か、ん、じー。」
時代が感じられるなあ。
いやでも、確かにそうだけど、よっぽど押し付けがましさは減ってない?
やっぱ理論上正しくてもヒトは付いてこないんだよ。
だから例えば今年のケンタは、60%も利益が減ってしまったんだよ。
イメージって、やっぱり大切だと思うなあ。
明日はケンタ食べようかな。
コトバを正しく、誤解のないように伝えるのは確かに大切なコトだけれど。
モノのイメージを正しく、いいカタチで伝える方が遥かに大変なコトなんだ。
理屈でやり込めても、ココロには何も伝わらない。
伝える為にいちばん必要なのは、コトバではないんだ。
とはいえ女子高生にあんな感じで言われてもココロには響かないと思う。
だって援助交際の値段にはきっと消費税は入ってないし。
誰か消費税ももらって、しかも納めてるってヒトはいるのかしら。
左官さんの日らしい。
何が理由でそうなったのやら。
さてジブンを責めるのはもう終わり。
これからは未来を見つめて生きていかねば。
だってそもそも誰か死んだわけじゃないし。
笑いバナシ以外のものにはなりようないじゃん。
10年もやってりゃ一回くらいやるさ!
肝臓を痛めつけた挙げ句に開き直りました。
というか、落ち込むの飽きた。
飲んでる際中だって、途中からは飲んでるジブンに興味が移ってた。
どこまで飲めるかなあ。
しかしもう繰り返さないと誓った夜なのでありました。
あんなひどいミスは久しぶりだったし。
いつぶりだろう。
思い返して計算してみたら、二回目だった。
そういえばあんなミスもあった。
ああ、思い出さなければよかった。
いやしかし、あれはどうなんだいったい。
悪いのは、ホントにボクだったのか?
多分そう。
考えてみればあの時もボクは飲んでたな。
何ひとつ成長してないのかなあ。
今回の方がたくさん飲めたとか、そんな成長ヤだな。
そこはむしろ減ってて欲しい。
でも実際どうなのかはちょっと興味ある。
まあいい、過ぎたコトだ。
忘れればいい。
忘れちゃいけないコトはひとつだけ。
あれは、不運なんかじゃなかったってコトだけ。
まぎれもなくボクがやったのだ。
例えば欠陥住宅の多くは、欠陥職人によってそうさせられている。
材料が悪い場合もあるだろうけど、それよりもヒトが悪い。
失敗をしない、という誇りは職人が持つべきだろう。
ジブンがそれほどの職人だとは思ってないけど、誇りは叩けばきちんと出る。
あのミスが、イヤだとボクが言ったから、4/8は君が代記念日。
ちなみにホントは忠犬ハチ公の日。
ついでに言うとヴィーナスの日。
すまぬみんなー。
旅に出たいなあ、そう思うコトがほとんどない。
いつぞや唐突に新潟へ行ったけど、別に行きたくて行ったんじゃなかった。
むしろ“ジブンがどう思うのか”の方に興味があった。
何だかジブン大好きみたいだね。
実際そうなのかもしれない。
知ってるかもしれないけど、ボクは18まで田舎で育った。
それからひとりで東京に出てきて、もうかれこれ15年が経とうとしている。
東京のボクは、もうすぐ田舎のボクを追い抜いてしまう。
それなのに、ここは全然ボクの場所じゃない気がするのだ。
ボクは多分、イマは旅に出ているのだと思う。
それはとても長い、長い旅。
田舎を巣立つヒトには二種類あるのだと思う。
田舎にジブンを置いてくるヒトと、連れてくるヒト。
これは意識的に決められるものじゃなく、多分色々な要素が絡みあって導きだされる。
気楽なのはそりゃ、連れてくる方だね。
ボクは長男というのもあり、いつかは帰ろうと思ってる。
生活を再構築するのなら、そろそろリミットだろうとも思ってる。
田舎に置いてきた半分と、そろそろ合体しておかなきゃ。
イヤも応も、ジブンで決めるコトだしね。
それも原因のひとつと睨んでいるのだけど、最近リセットというコトバの登場頻度が高い。
ヒトに指摘されるまで気付かなかったな。
近いリミットを気にして、イマまでの全部をチャラにしたがっているのではないだろうか。
ボクというオトコは、そんな臆病なヤツだったんだろうか。
ああ、それは思い当たる節があるな。
キレて何かをしでかしてしまう、という事件にも、きっとこのリセット感が関係している。
多分みんな、ホントはリセットできると思ってる。
だから思わずやってしまうのだ。
うまくいかなかったらリセットボタンを押して、何度でもやり直せると思ってるのだ。
ホントなら、転んでしまったら怪我が治るまで再チャレンジはできない。
ヘタすれば、もう走れなくなってしまうかもしれない。
そんな危機感を積み重ねて、ヒトは自己制御をするようになるのだ。
そこにボタンはないし、やったコトはなかったコトにはならない。
ボクのこれまでの人生も、決してそうはならない。
リセットできるなんて思ってはいないよ。
ただ、ちょっと環境を変えてみたいだけなんだ。
イマの暮らしに不満があればむしろ変えやすいのに。
そうではないからむしろ理性で押しとどめてしまう。
そして高まった危機感だけが行き場所をなくしてしまった。
そして年齢だけがいたずらに上がっていやーもういいだろう。
交通手段はどれも時間がかかるねえ。
もっと時間のかからない移動手段はないかなあ。
単にスピードを上げると色々と問題があるんだろうね。
キケンキケン。
例えば電気のコンセントから電線を電流に乗って移動するのはどうだろう。
物質を電気信号に変換して、部屋のコンセントから入り込むのだ。
そうすると職場のコンセントから出てくる。
にょろりん。
問題としては、コンセントに空きがないと出られないというコト。
ブレーカーの許容範囲を越えてしまうとブレーカーが落ちてしまう。
ゆえにオフピーク通勤推奨。
あとは断線には気をつけるように。
静電気体質のヒトは、こういうのには強いだろうか弱いだろうか。
家の扉がどこでもドアだったらいいねえ。
あれは電気関係ないのかな?
ドラえもんの道具って、ほとんど電源出てないんだよね。
単純にバッテリー駆動なのか、それとも電気はいらないのか。
ドラえもんだってたまには充電しに帰ってるもんね。
停電になったら、どこにも行けないなあ。
でも電車だって地下鉄だって、停電したら動かないよね。
考えてみると、随分と脆弱な基盤の上に立ってるなあ。
電池をいっぱい買っておこう。
やっぱりこの場合は単一だろうか。
どこでもドアって、すごく電気喰いそうだけど、何本必要なんだろか。
しかしどこでもドアは、大きな荷物が入らないね。
オプションでスモールライトを買い求めないとならないな。
壊れた時の為に、隣のヒトとは仲良くなっておきたい。
ところで朝のゴミ出しの時間が早まって困っている。
夜中に出そうと思っても、たいがいは面倒くさくなっちゃうし。
だって酔っぱらってるのに、わざわざ階段で六階降りられないよ!
特に燃えるゴミは、夜中だとネット出てないし。
これこそコンセントで出したいよなー。
何なら出口にスイッチが付いてて、回収のヒトがコンセントを差せば自動的にぎゅいーん。
自動的に燃えないゴミを分別してくれて、まあ便利。
しかし停電になったら出せないなあ。
この電気案は、実現したらすごくいいような気がしてきた。
生きてるものには問題あっても、ただの物質にならさして問題ないんじゃないか。
ハエが混じったりするようなら、出前のラーメンがどんぶりと混じって出てくるわ。
つーか出前のラーメンにハエが混じってたら別の意味でまず問題だから。
例えばボクのともだちがイラクへ行くと言ったなら。
ボクはそのヒトに“死ぬ覚悟はできたのか”と問うだろう。
できているなら、何も言わずに肩を叩いて酒でも飲もうと言うだろう。
後から泣くのはボクたちだけでいい。
でも、そのヒトが“ジブンは死なない”と思っている節が見受けられれば。
ボクは何とかして行かせまいとするだろう。
ボクらが泣くだけでは済まない、本人までが泣くコトになるのなら行く甲斐がない。
ともだちの覚悟の為になら、ボクの涙なんて枯れ果ててもかまわないのに。
イマ現在、イラクで人質になっている3人はどうだったんだろう。
誘拐したのが誰であれ、国を脅そうと言うのだからそうそう引くとは思えないよ。
そして国家がその要求を飲むとは思えない。
前門の虎、後門の狼。
動きたくとも動けないだろ。
生きて無事に解放されるといいなとは思う。
でも、正直言ってそれはムリだろう。
生きてメディアに現れるのは、逃げ出せたか救出されたかのどちらかしかない。
自衛隊での救出はムリだろうし、米軍は手を貸さないだろう。
本人たちに期待をするしかない。
ボクには何もできない。
したい気はあっても、する気はない。
ひどい言い方なのはわかっているけどね。
最悪の結末はもちろん、自衛隊撤退の後に3人の死体が発見されるコト。
自衛隊を撤退させずに3人を救出する方策を、多分色々と画策してるんだろう。
ボクの浅知恵なんか飛び越して、鮮やかに救出してくれるといいな。
助けて! キートン先生!
まる子にナレーション付けてる場合じゃないよ!
何か違う。
冗談はさておき、マジで傭兵とかの経験豊富なヒトを呼ぶべきだと思う。
何だか裏取り引きとかが計画されていそうで恐い。
舞台裏は覗くべき場所ではないけれど、みんな隠すのヘタだしな。
もう少し、政治家サイドもそういうトコをキチンとしてくれないと。
掴まった3人の、それに対する覚悟はできていたものと信じたい。
それ以上に、自衛隊や政治家の上層部での覚悟ができていたものと信じたい。
すごく裏切られそうな気がする。
それも両方とも。
死んでもかまわないという覚悟ができたなら、ボクに言えるコトは何もない。
でも、そうではないのなら。
そうではなかったのなら。
それは自業自得とは、言えやしまいか。
公共の場所でガムをその辺になすり付けるヤツは滅びてしまえと、割と真剣に思う。
そんなヤツには、ガムを噛む資格がない。
自動車の免許を取る前に、ガム免許を取ってこい。
ロッテの社員の家族は、無条件で交付されるよ。
ちなみに煙草にも免許がいる。
二十歳になったら煙草学校に通って取得する。
葉巻きを吸うには二種免許がいる。
シガレットチョコはだいじょうぶ。
キャラメルとハイチュウも、別にガム免許はいらないのだ。
あれ? キャラメルって、噛むよねえ?
何かとマナーを守らないヒトには守らせたくなるものだ。
ジブン家でも同じようにするのなら、許してもいいかな。
いやでも、ジブン家でもジブンで掃除してるとは限らないよな。
家族なり、パートナーなりがやってるとしたら、許すわけにはいかないなあ。
まあボクに許されなくても、痛くも痒くもないのだろうけどね。
成敗してくれるわ、あたたた、返り討たれた。
不良のずるいなあと思うのは、例えば彼らは100あるうちの一桁しか守ってないわけだ。
で、優等生が九割以上守ってるとする。
でも、守ってるコトに関する誉められ方は、絶対に不良の方が上だよね。
あの不良の○○君も、これは守ってるのね!
まあ素敵!
例えばクラスの不良が、雨の中で子犬を抱き上げたとしよう。
それを目撃したあなたは、きっと彼を見直すだろう。
優等生がそれをやっても、たいして見直さないだろう。
不良には「ポッ」とかなって優等生には「ポッ」とかならないその理由はなんだ。
そんなにお前ら不良が好きか。
ええどうなんだその辺。
あの、愛を手に入れる効率の良さは見習うべきだろうなあ。
委員長の愛が手に入れば、ボクから許されないコトなんか何でもないよな。
委員長でなくてもいいよ、クラスの内気な眼鏡のコとか。
いやまあ、そりゃあボクにはもうクラスとかないけれどもさ。
恋愛に免許が必要になったら困るね。
告白する時には、免許証提示・確認作業が必須とされるの。
やたらと点数が引かれてるヒトとかもいるし、ゴールドのヒトもむろんいる。
ゴールドだからといってオンナノコの受けがいいわけではない。
若葉マークなら、別途狙うヒトもいるだろうけどな。
もちろん枯れ葉マークもあるけど、こっちは誰か狙うかしら。
結婚すると、免許は取り消しになる。
けど結婚するのに、免許は必要じゃない。
でもボク、そもそも試験に受かる気がしないよー。
さてもうすぐ「KILL BILL Vol.2」が公開される。
今週中には1のDVDが出て、24日には2が観られるようになる。
ワクワクするかい?
ボクはそうでもないよ。
きっとこうやってうむーうむー言いながら、結局観に行っちゃうんだろうな。
何だかんだと、ボクはタランティーノを見捨てられない。
心のどこかでは、2を観終わった時こそタラに詫びを入れる時だという期待がある。
理性は、その期待にブレーキをかけているんだけどなあ。
“かつて惚れ込んだヒト”というのは、ことほどさように罪深いものか。
これを信者というのかな?
でも、1まで六年も空いてなければ、こんなにビミョーな気分にはなってないと思う。
せめて三年で出てれば、もっとフラットな気持ちで楽しめただろう。
しかもこれ、キルビルサーガの始まりとか言ってるもんな。
絶対テレビシリーズの方がよかったよなー。
「ツイン・ピークス」や「ダーク・エンジェル」みたいなパターンでいけたんじゃないの。
それはそれで問題ありか。
アメリカンお茶の間に日本語をまき散らすわけにもいくまい。
ボクは割とリンチ信者だけど、思い返してみると「ツイン・ピークス」には冷たかったな。
あれはわけがわからなさ過ぎたんだよなー。
謎が謎を呼ぶ、というよりも、謎の為に謎、って感じで、どうしようもなかった。
きちんとまとめるつもりなんかなかったんじゃないのかな。
でもあれのおかげで彼は第一線に帰ってきたのだ。
それだけでも意味がある。
もう最初から最後まで見返すコトなんてないだろうな。
そもそも手元にないし。
リンチの映画は画がきれいなので、BGVみたいに使ってもよい。
「エレファント・マン」とかすごくきれい。
ただしグロテスクなのがイヤなヒトは拒否反応示すかもな。
ドブネズミみたいに、美しくなりたい。
タランティーノはこの先「KILL BILL」をどうするつもりなんだろう。
マジであれを育てていくつもりなのだろうか。
どうもそこまでする必要の感じられない作品だよな。
いっそのコト、ひとり殺す毎に一本の映画を作れば本気なんだと思えるのに。
何かチョーシん乗ってるとしか思えないんだよ!
というコトで、2で終わりだと仮定して、その上でつまらなかったらボクはあきらめる。
その時点で、もうキルビルシリーズを観に行くのはやめる。
つか、ウマ・サーマンが返り討ちにあって、ソニー千葉が敵を討ちに行くというのもあり。
ビルの傍には、ショー・コスギ。
ヤバい、ワクワクしてきた。
昨日の夜、ネットに訃報が出回ったのだが、作家の鷺沢萠が死んだらしい。
その時は、死因は心不全であるという風に言われていて、実際今朝の新聞にもそう出てた。
ところが今日になって、なんと自殺であるという報道が出ている。
ホントかどうか、実はまだ生きているのではないか、色々なコトがわからないままだ。
ボクはこの十年来、彼女のファンだった。
著作は欠かさず読んでたし、サイトにもよく行ってた。
それどころかトークショーに行ったコトもある。
ああ、あの時にやっぱり並んででも握手してもらえばよかったかな。
サインもしてもらえばよかった。
繊細なヒトなのは、本を読めばわかる。
彼女の繊細さが、どのページからも溢れ出てくる。
でもそれが、自殺に繋がるかというと、ボクの中ではまるで繋がらないのだ。
以前にも同じような感覚を抱いたコトがある。
元Xのhideが死んだ時だ。
彼はドアノブに、タオルで輪を作って首を吊った。
ボクはあの時にも、全然自殺の理由がわからなかった。
ただ、そのまぬけな状況からボクは、ちょっとやってみたらホントに死んでしまったと仮定した。
そういったバカな遊びは、いかにも好みそうなヒトだったから。
でも今回の現場は、報道によればトイレの中だ。
遊びでできる場所じゃないし、おそらくは“死のうとして”首を吊ったのだろう。
報道には出てこなかったけど、室内で飼ってた犬はどうしたんだ?
逃がしてから死んだのなら、計画的な面が見える。
単に犬の目を嫌ってトイレで吊ったのなら、突発的な面が見える。
どっちなのだろう。
どっちにしても、もう彼女の新作は読めない。
彼女のサイトの日記が更新されるコトもない。
ちなみに最終更新は4月9日で、死んだと予想される日は11日。
ボクには彼女の日記から、予兆は読み取れない。
例えばボクがある日自殺したら、ここを訪れているヒトは驚くと思う。
いや、予定はないけどさ。
ふとそう思うコトもあろうじゃないか。
そうなったら遺族によってyahooが解約されてここは消える。
掲示板は払い込みが止まった時点で消える。
もう沖田が更新されるコトはなくなるんだ。
そしてみんなボクを忘れる。
でも、これからもボクは彼女の残した本を幾度となく読むだろう。
忘れるコトもできないままに、彼女に時々会うだろう。
死んでから会うコトがあったら、説教してやろうと思う。
さよならなんて、言わない。
まだ、言ってやらないんだ。
ふざけんな。