映画を観てて、本編が終わるとエンドロールがある。
先日それを観ながら「えんろどーる・・・」とか呟いてしまった。
しかも意外と気に入っている。
エンロドール。
“遠路ドール”がいいかな。
母を訪ねて三千里みたいな感じでね。
どうでもいいけど、日本のハナシでもないのに“里”で訳したのは誰だ。
例えるならば家族旅行。
途中で立ち寄った行楽地に少女が置き忘れてきた人形。
少女は帰り着くまでそれに気付かず、人形はそのまま置き去りにされてしまう。
“これはいけない・・・”
一念発起した人形は、御主人様に会うために旅に出るコトを決意する。
立ち上がって呟く、“おうちはどっち・・・?”
家族が立ち去った方角に、やみくもに歩き出す。
忘れ物として処理されるのを待っていればよかったのに。
それは外から見た理屈。
その瞬間の人形の想いが、その瞬間に人形を動かした。
とことことこ。
家に帰った少女は、大事な人形の不在をついに知った。
泣きながら訴えたが、その訴えは退けられた。
“悪いのはあたしなのだ”、そう気付いた彼女は神様に祈った。
それまでにないほど、彼女は真剣に願った。
どうか無事でいますように。
どうかまた会えますように。
どうかまた。
そんな感じの遠路ドール。
少女の胸にたどり着いた瞬間に物語は終わり。
もともとがエンドロールが化けたものだから、ここにはエンドロールはない。
エンドマークがあるだけだ。
閻魔ドーク。
ドークという閻魔様が、裁くべき悪人に惚れてしまって煩悶する物語。
元がマークだからあっという間に終わる。
かわいそうな閻魔ドーク。
この世界で、果てまで行こうと決めている。
果てがどこにあるのかが分からないのが困りものだけれど、どこかにはあるだろう。
そこらじゅう果てだらけだと言えなくもない。
あからさまに果てなく見える場所ほど、意外とすぐにどんづまるものだ。
何もなさそうに見える場所ほどよく探さなくてはいけない。
それはロールプレイングゲームの鉄則。
通路はとりあえず先まで行く。
誰かいればとりあえず話しかける。
おおよそ現実ではそんなにアクティブじゃないけどね。
良くも悪くもこのボクらにはこの世界しかない。
はず。
多分ね。
意外とそうでないかもね。
誰か隠してないかな?
ボクの目の届かないところに?
ボクの目は節穴だから、それは簡単なコトのはずだ。
でも、何のメリットがあるのか分からない。
そこには理由があるのだろう。
ボクには知られたくない、その理由は何だ。
きっとボクは、ジブンでも気付いていないけど正義の味方なのだろう。
そのボクを覚醒させないために、いろんなものから目を逸らそうとしている。
そしてボクは逸らしてしまっている。
思うつぼで。
正義の味方のくせに。
そんな大変にふがいない正義の味方なわけだが、それでも恐れられてはいる。
ボクが目覚めるのを、必死になって阻止しようとしている一団がいるのだ。
当然悪なのかと思いきや、意外とそうではないかも知れない。
ライバルになるであろう、正義の味方。
キミのシリーズはそろそろ終わりだよ。
次はボクの出番だ。
ワンクールで終わらないように、何か考えないと。
あっ次の。
いやいやいやいやいや。
ウチの近所にわりとうまいラーメン屋があった。
それがちょっと前になくなった。
ちょっと残念だった。
今日そこを通りがかったので、跡はどうなったのかと思って行ってみた。
そしたらまたラーメン屋ができてた。
しかも同じとんこつ系だ。
名前は違うけど、同じ系列?
よし、食べてみようつるつる。
しょぼーん。
なんでこう、美容室とラーメン屋にみんななりたがるのかね。
脱サラなんてコトバもあったよなあ。
イマでもあるのだろうとは思うけど、やむを得ずというコトもあるだろうなあ。
それにしたって、うまくもないラーメン作って客が入ると思うのがどうかしてるよ。
ただでさえラーメンは控えているのに、まずいのを食べるのは腹立たしい。
だからといっていつもの店でだけ食べるというのは、ちょっと勘弁だ。
たまには開拓していかないと、充実したラーメンライフを送れないじゃないか。
それでもまずいラーメンで太るのはどうなのかなあ。
ああ残せない貧乏性のジブンが恨めしい。
新し開拓したラーメン屋さんに入る時に、何を頼む?
いちばんオーソドックスな“ラーメン”を頼むのかそれともその時の気分か。
ボクはいちばんの売りメニューを頼むかな。
店の名前とか入ってるヤツ。
そうでなければメニュー見て判断する。
これ食ってまずいと思ったら、もう二度と来なくていい、っていうメニューはどれだ?
最近はチェーンが増えたけれど、チェーンにも二種類ある。
味・メニューに統一感のある店と、ばらつきのある店。
同じお店でも、支店によって全然味が違ったりするのでうかうか入れなかったりするのだ。
それ言っちゃえば、ヒトというチェーンだって同じようなものだけどね。
たろすけ支店と小泉純一郎支店は同じ系列のはずなんだが。
今日のラーメン屋を出る際に、「またどうぞいらして下さい」とか言われた。
でもボクは“いや、もうこののれんはくぐらないだろうなあ”と思ってた。
ボクも普段そう思われているんだろうなあと思うと。
何とかたろすけ支店をレベルアップせねば!
あれ?
店長の交代ですか?
えーと。
先日スティングの新作“SACRED LOVE”がリリースされた。
ボクは、彼のやってたポリスというバンドが大好きだったのだ。
当然解散してからもソロを追いかけてた。
それなりにリリースからは間を開けずに。
でも、ここ二枚くらいはそのアクションが鈍っている。
前作もまだ買ってない。
中古屋で手頃な値段で見かけたら買おうと思ってはや幾年。
また日本盤にボーナストラック付いてるし。
だから今作もまだ買わない。
買えばそれなりに気に入って聴くのは想像できるのに。
それでも平気でこうやって先送りにしてしまう。
スティングが変わってしまったわけではないのに。
それが問題なのだろうと思う。
中身が想像できる、そして聴いたジブンの気分も想像できる。
飽きたというのとはちょっと違うけど、ハタから見るときっと似ている。
スティングもそれは分かっているようで、今作は目先を変えようとしているみたい。
何曲かにゲストを迎えたり、リミックスを入れてみたり。
日本盤のボーナストラックは、corneliusがやっている。
流行りものに遅い反応を示す、典型的オヤジイズムだ。
頑張れスティング。
まあまだ買わないけどな。
地震があったじゃない。
恐かったねー。
地震が恐くないヒトってのもそうそういないとは思う。
でも、慣れてるヒトは確実にいる。
具体的にいうと、東京都内に生まれ育ったヒトは地震に慣れている。
ボクはほとんど揺れない地域に生まれ育ったので、いまだに揺れ慣れない。
ボク自身はしょっちゅう揺れているのだけど、それはこの際関係ない。
多分。
いまだに覚えてる、二度目の東京。
それはお受験の時だ。
観光がてら付いてきた父親は、その一日だけ同じ宿に泊まらせてくれた。
メトロポリタンの高層階。
うわー高ーい。
で、ぐらぐらっ。
高いから余計に揺れたのかもしれないけど、恐かったー。
きつい洗礼を受けた気分だった。
そりゃあわざわざボクひとりのためにそんなコトはしないだろうけども。
翌日以降、安い宿に移ってからは全然揺れなかった。
でも、あの揺れのおかげで気持ちが引き締まったと言えなくもない。
人生万事塞翁が馬と言うコトかな。
そうかなあ。
そうやって東京に来たボクは、結構地震のハナシとかきっかけにした覚えがある。
東京出身のヒトは、やっぱり慣れてたなあ。
うらやましいと見せかけつつ、あまりうらやましくもない。
恐がるコトこそ助かるための第一歩だ!
そこまでして生きたいか。
そろそろ都内に大地震があってもいいと思うんだけどな。
ウチなんか築40年の六階だからひとたまりもないだろうな。
ふとんにくるまれて六階分落下かあ。
助かるかなあ。
何かごそごそ起き出してそのままシゴトに行きそうな気もしている。
まさに現実逃避。
ある“時代”に思い入れがあるヒトは多い。
個人であれ、団体であれ、ヒトが生きた“時代”というものには魅力がある。
わりと多いのは、日本なら幕末や戦国時代、海外なら三国志とかナポレオンとかか。
イマという時代に、後年魅力を感じるヒトはいるのだろうか。
いないとしたら、それはボクたちのせいだろう。
逆に、いるとしたらそれはボクたちのチカラだ。
どうもいるとも思えないけど。
事件は記録されてるだろうな。
阪神大震災やテロとか。
どうも辛気くさい時代だね。
いい事件はなかったかなあ。
でもやっぱりヒトは、事象じゃなくて人物に魅力を感じるものだと思いたい。
江戸時代だって、いちばん好かれているのは忠臣蔵だ。
あれは、言ってみれば226と同じなんだけどね。
きっとイマは、ああいう“忠誠を誓う”みたいなのが見えづらい時代なんだな。
近代なら、忠犬ハチ公くらいしか思い付かない。
あとは、第二次世界大戦中の天皇崇拝くらいかな。
いまいち美しくない。
ヒトがヒトを信じるコトの難しさを教えてくれているような気がしている。
ウソを突き通す覚悟が、もっとも必要とされいる時代なのかもしれない。
ウソを暴くコトが簡単な時代だからこそ、ウソをマコトに変えていくのだ。
言いたいコトも言えないこんな世の中じゃ、ってえーそれはいくらなんでも。
ちなみにボクはアメリカの入植の頃とか好き。
ゴールドラッシュの浮ついた感じとか、大好き。
先住民族との軋轢とか、アメリカ人のあさはかさを象徴しているかのようだ。
そもそもが夢を追って渡っちゃうヒトたちの子孫なんだから、浮ついてるのはしょうがないか。
別に悪口じゃないよ。
ポ、ポイズン?
いやいやいやいや。
そんなアメリカ入植よりも古いネタで落とされても。
寒いよ。
おかしいなあ。
もう少し、せめて九月中はTシャツで頑張るつもりだったのに。
今朝、あまりの寒さにシャツを引っ張り出してしまった。
何だか敗北気分だ。
台風に、負けたっ。
そりゃあまあ、台風に勝とうってのに無理があるコトは先刻承知だ。
しかしガチンコでなければ勝ち目があるかもしれないじゃないか。
そうだなあ、トランプなんかどうだろう。
もちろんカードを飛ばしたら負けね。
日本だと台風は〜号でしか呼ばないからあり親しみが沸かない。
まるで囚人のような扱いだな。
アメリカのように、オンナノコの名前を付けてみてはどうだろうか。
多少のわがままは許せるような気がしないかい?
懐が、もっと大きくなるよきっと。
つまり、例えばこうなるわけだ。
「九州から朝鮮半島に抜けると予想されていた台風今日子は、
今朝になって進路を変え、本州に上陸しました。
近畿地方では土砂崩れのため、行方不明者が多数出ています。」
「しょぅがないですねえ、今日子は。」
「全くしょうがないですねえ。では、次のニュース。」
何人死んでても、きっとそこにはほんわかした空気が流れるだろう。
それとも全国の学校で今日子ちゃんがいじめられるだろうか。
アメリカでは、そういういじめは起きてないのかな?
体育でボールをぶつけられたり、トイレで水をかけられたり、机に腐ったパンを入れられたりとか。
コドモって陰湿だなあ。
で、記録的な台風が来るとその名前は欠番となる。
つまり、“室戸台風”のように固有名詞になるわけだ。
“何年の”という冠詞はもう必要ない。
“台風今日子”といえばあの年のあの台風。
もう今日子とは名付けない。
当然だんだん名前が減ってくる。
そのウチにオトコの名前でもいいか、というコトになる。
「台風太郎が進路を変えて北上してきました。」
「ふざけんな。」
「追い返せ。」
「殺せ。」
こっ、殺される。
コドモの頃って、やたらと泥まみれだった気がする。
いつから、土に触れなくなってしまったのだろう。
都会に住んでいると、土の上を歩くコトすら困難だし。
未舗装の駐車場くらいじゃないかしら。
落とし穴とか、掘ったコトのあるヒトも多いと思う。
少なくともボクは掘った。
掘って塞いでカモフラージュ。
誰かを落としたかったわけではなく、うまく作るコトだけが目的だったのに。
いやあ怒られた怒られた。
でも実際に落ちたんだから、うまく出来てたってコトだよな。
ほのかに満足感。
以前、友人のペットを預かったコトがあった。
そのペットの訃報を受けて、埋葬に行ってきた。
埋められる場所を探して、スコップで掘っていく。
ざくりざくり。
泣きそうになりながら、掘り進める。
「こんなもんかな?」
どれ?
手を突っ込んで、さらに土を掻き出す。
充分だろう。
埋葬し、上を均す。
終えて気付く。
手が泥だらけだ。
ジブンなら、このまま洗い落としてしまうのに、その中にいるこいつのコトを考える。
これがいちばんいいはずなのに、こうでなきゃいけないはずなのに。
手を洗って、献杯する。
帰って飲み直す。
寝る前に気付いた。
爪の中に、まだ土が。
なんとなくほっとしたのを覚えてる。
これにずっと触れられているのも、悪くないのかもしれない。
そう思えたんだ。
さよなら。
久しぶりにジュディマリを聴いている。
ファーストとインディーズ盤を聴くと、そういやこんなバンドだったよな、と思う。
最後まで駆け抜けたジュディー・アンド・マリー。
何事にも最初はある。
シングルの一枚一枚まで丹念に聴いてきたわけではなかった。
でも、アルバムだけはきちんと追いかけてきたのだ。
メジャー以降、ライヴは見てなかったし、そもそもすぐに見られなくなってたし。
プラチナチケット。
人気が出るのは嬉しいけれど、そうやってライヴに行けなくなるのは困るよなあ。
スピッツだってそうだったよ。
聴きはじめた頃は、まだフツーにライヴ行けたのに。
“ロビンソン”以降はこれもプラチナチケットだ。
観たくても観られない。
ボクが観たジュディマリのライヴは、まだギターがTAKUYAに代わる前だったと思う。
インディーズ盤のレコ発か何かだった。
うわあ懐かしい。
ちなみにいちばん好きなアルバムは3rdの「MIRACLE DIVING」。
ギターのTAKUYAが、 「もうあの作り方はしたくない」と言った作品だ。
ボク的には、あれをやめて以降ちょっと単調になったような気がする。
つまり、他のメンバーの作った曲をバンドアレンジしていく作業が嫌だったと。
だったらジブンの曲をやりたいと。
まあ気持ちは分からなくもないが。
楽曲至上主義は最後まで貫かれていた。
それだけに解散後どうなるのかは気になっていた。
YUKIのソロはおもしろいなあとは思うけど、いつまで保つかなあ。
むしろ恩田の復活を願う部分の方がでかいかなあ。
KINKIのバックやってる場合じゃないだろ。
いちばん好きなのは、何だろうな。
「クラシック」かなあ。
改めて聴き通せばまた違うかもしれないけど、今の記憶ではそうかな。
つってファーストのリリースを見ると1994とか書いてある。
もう社会人だったの!?
いつもとは別の意味で年を感じてしまった。
ああ・・・
歯ブラシを選ぶポイントは何だろう。
歯磨き粉もそうだけど、CMでのあのつかみ所のないウリは何なんだ。
しかし“歯磨き粉”って、実際に見たコトあるヒトはいるのかな。
だって練り歯磨きって言いづらいんだもの。
ちなみにボクはまだ“レコード屋”って言います。
“記録”という本来の意味でいけば正しい。
でもそんなコト考えて言ってないけど。
歯ブラシってほら、毛先が丸くなってたり細くなってたり、ネックが長かったりするじゃない?
あれそれぞれに理由があるのだ。
CM曰く、そうなのだ。
しかも“歯医者さんが考えた歯ブラシ”なんてのもある。
それでいいなら、メーカーの開発部なんていらないだろう。
ボクたちはそうやって、CMを見て判断するわけだ。
いちばん説得力を感じるものを手にするわけだ。
あるいは何かの付録で付いてきたヤツかな。
それはそれで、ありだよな。
ボクはジブンで買いはじめてからは、ずっと同じのを使っている。
ビトウィ〜ンというやつだ。
山切りカットで、歯に密着。
これのCMだって、うさん臭いコトこの上ないが、それでも他のよりはマシだろう。
あくまでもボク内でのチャートでしかないのだが、No.1はこいつだ。
15年も出続けているというのは、それがひとつの答えといってもいいと思う。
他にもあるだろうし、最新技術を無視もできないけど。
歯ブラシを“選ぶ”というコト自体があまりあるコトではない。
歯ブラシよりもパッケージデザインなどが優先されているコトだって多いだろう。
お泊まりセットの歯ブラシパックとかね。
機能二の次で、そこにビトウィ〜ンが入り込む余地はない。
もっとそういうところへも食い込むべきだと思うんだけどなあ。
漂白機能と虫歯治癒機能を合わせ持つ歯磨き粉と歯並び矯正機能を持つ歯ブラシ。
多分出来てると思うんだけどなあ。
歯医者連合会が出さないんだ、きっと。
なんてわがままな。
シゴト場でユーレイが出るだのなんだのと言うハナシが出ている。
ミョーなラップ音がするのだそうだ。
それはあれですか、やたらマイクチェックするやつですか、とか言ったら怒られた。
何だyo!
古い建物なので、確かにそんなハナシはいくらもある。
多分どんな建物にでもあるだろう。
ない方がおかしいよな。
何でみんなそんなにユーレイ好きなのさ。
そもそもユーレイって、元はヒトだったはずなのに何でそんなに恐いんだろう。
ボクだって、きっとなるよ。
温かく迎えてよ。
ダメなの?
あるいは、ヒトだから恐いのかもしれないね。
確かにいちばん何をするか分からないのはヒトだ。
ヒトがいちばん信用していないのはヒトだろう。
それでいいのか、ヒト。
悲しくはないのかね。
ユーレイって、だいたい変な音をさせるものだよね。
音楽室でピアノ弾いたりだとか、工事現場でとんかんさせたりとか。
その場にあって、全然おかしくない音じゃない。
何で不思議なんだ。
柳の下にヒトが立ってて何がおかしいと言うのか。
なんにもおかしくない。
フツーに立つだろ、そんなとこ。
なんでユーレイとして見たがるの。
おかしいよ。
しかもだいたい建物にまつわるユーレイは以前その場所にいたヒトなんだよね。
同僚じゃないか!
温かくむかえてやれよ!
そんなわけにはいかないのかな。
ていうかさあ!
ユーレイなんかいるわけないじゃん!
(持ってるビール缶をプルプルふるわせながら)
例えば、好きなオンナノコと一晩一緒にいられるとしてだ。
ヤれるけど、一緒には眠れないよ、っていうのと、ヤれないけど、一緒に寝ていいですよ、っていうのと。
どっちがいい?
ボクは迷うコトなく、一緒に眠る方を選ぶだろう。
手を繋いで、一緒に眠りたいよ。
キミと一緒に。
みんなそうだと思っていたのだけど、今日シゴトで一緒になったヒトと話してたら違った。
ためらわずに「ヤれる方」と答えられた。
しかもふたりともに。
なんだお前ら、そんなにシたいのか。
いや、そりゃあしたかろうさ。
ボクだってシたいさ。
でも、終わったらふたりは離ればなれなんだよ!?
それでもいいのか。
そこまでしてしたいのか。
重要なコトだと一応理解はしてるつもりなんだけど、どうなんだろう。
オンナノコも、そうだろうか。
シたいのはオトコだけじゃないよな。
オンナノコだって、同じようにシたいはずだ。
じゃあ、スる方を取るのかな。
ボクは、オンナノコに夢を見過ぎているのかな。
きっとそうなんだろうとも。
そのうちに出会うコトもあるだろう、夢で見たキミに。
その時は、決してためらわない。
キミに伝えなきゃいけないコトがあるんだ。
ボクを伝えたい。
ボクの想い。
ボクの体温。
ちょっとカタチ良く仕立てて、キミに届けるよ。
しかし、ヤった後、ホントにどうするつもりなんだろう。
じゃっ、って言って別の部屋に移動するの?
そんなのあり得ないよー。
いや確かに設問自体がありえないんだけどさ。
そんな設定したヤツにこう言おう。
寝て起きるまでがセックスですと。
高校生くらいのカップルを見た。
手をつないで、コンビニに入ってった。
笑顔がまぶしい。
あんな時代もあったねとか考えてて気付いた。
ボクにはあんな時代はなかった。
ボクの高校生活は、きっと彼らのとは比べるべくもないだろう。
取り替えてくれないかなあ。
一週間でいいからさ。
また高校生になってみたい。
もちろん授業はもうわからないだろう。
でも、先生を煙にまく自信だったらあるぞ。
だからなんだ。
ただテスト期間中は外してもらいたいなあ。
夏休み中もかんべんだな。
フツーの高校生活をこの手に!
そうしたらあの時とは違って、オンナノコとフツーに遊べたりするだろうか。
仲良くなって、調子に乗って告白したりできるだろうか。
断られてブルーになったり、ヤケ酒をあおったりするだろうか。
最後だけやけにリアルだな。
ジブンの気持ちをハッキリと表明するコトに積極的なヒトと及び腰なヒトがいる。
ボクなどは、完璧に後者に分類される。
東京に出てきて以降マシにはなったけど、当時の曖昧さったらなかった。
何考えてたんだ。
でも、告白するコトがプラス面ばかりだとは限らない。
“する側”からではなく“される側”から見れば、それはほど近い友人をひとり無くしてしまう行為だ。
要するにジブンを恋人にするか、友人をひとり失うか選べと言うのだから。
ひとりよがりな行為だと思うよ。
それでもボクらはそれを恐れちゃいけないんだ。
まっすぐに未来を見て進んでいかなきゃいけないんだ。
高校生に戻れたら、ためらわずに彼女に伝えよう。
うまくいってもいかなくてもいいさ。
そりゃうまくいった方がいいだろうけど、何の努力もしなかった高校生のジブンにいい思いをさせるのはシャク。
まずそれを気にしないくらいのスケール感をボクが手に入れてからえーとそれはいつだ。
まだTシャツでおシゴトに行く。
いつまでできるかなあ。
8日に書いた“するか眠るか”の問いかけに、意外なほどの回答が集まった。
多分全部女性からの回答というのがまたなんとも。
このサイトの男性読者は無口だなあ。
いるよね? ね? ね?
結果は見事なほどに“眠る方”の勝利。
そうだよね!
そうじゃなきゃいけないよ!
何がいけないのかはよく分からないけれど、何となくそう思うよ。
中には“オンナノコは絶対に一緒に眠る方を選ぶ”と言う方などもいてとてもうれしい。
こうしてボクはまた、オンナノコに対して夢見がちなヒトになっていくのだな。
現実を見つめなきゃ。
きっと類は友を呼んでるよ。
でもするだけして帰るんじゃあ、デリヘルじゃないか。
さすがにおカネは取らないだろうけど、ものたりなーい。
デリヘルのオンナノコは、どんな気分なんだろうね。
一対一で相手の家なコトも多いだろうから、疑似恋愛っぽくなるコトとかないのかな。
もっと醒めてるかなあ。
これもヒトによる。
ちなみにボクの手元にデリヘルのチラシが二枚ある。
両方ともにオンナノコのコメントが書いてある。
その1「私達、燃えるような恋がしたいの」
まずデリヘルをやめるコトから始めよう。
その2「チョット恐いけど、社会勉強がしてみたいナ!」
危なすぎです。死んでも知りませんよ。
このチラシ、ボクはこのまま捨ててしまうけれど、どうしてもしたくて呼んじゃうヒトがいるのだろうな。
武士は食わねど高楊枝というじゃない。
それはつまり、意味もなくゴミの日にゴムを目立つように捨てろというコトだろうか。
武士じゃなくてよかった。