知っているヒトにしか分からない話題でイマから恐縮しておこう。
THEE MICHELLE GUN ELEPHANTが解散するコトになった。
十月のツアーファイナルで終了、同時にラスト・シングルをリリース。
綺麗に散っていくのか、それとも違うのか。
部外者にはわからない。
ただ、先だってリリースされた二枚が、彼らのコトバを裏付ける作品なのは確か。
ルースターズからストリート・スライダーズへ、そしてブランキー・ジェット・シティーへ。
バトンを引き継いでJ−ロックを代表してた彼らがいなくなる。
では、次にバトンを受け継ぐのは誰だ?
以前ならロックへ来てた才能が、イマは違う方に流れてる。
野球からサッカーへ流れたように、ヒップホップやテクノに行っている。
それは全然悪いコトじゃなくて、むしろやりたいコトが明確なのは賞賛すべきなのだけれど。
なのだけれど。
やっぱりボクのような、古いロック・ファンとしては、ギターにギャーンと鳴っていて欲しいのだ。
ギター・ベース・ドラムにボーカル。
これがボクの中でのスタンダード。
例えば今年のROCK IN JAPANというフェスの出演者を眺めてみても、それっぽいのは見当たらない。
MO'SOME TONEBENDERがギリギリひっかかるくらい。
でも、まだ早いかなあ。
残りはどれもこれも、陰性のオーラばかりで代表背負わせるにはちょっと。
でもレミオロメン好きー。
この中からなら、smorgasかPOLYSICSが最有力か。
特にPOLYSICSの最近のハジケっぷりはたまらないものがある。
くるりとヘルマンは、次の一手にかかっている。
メンバー脱退を、どう乗り越えてくれるか。
その流れで行くなら、もうひとり忘れてはいけないヒトがいる。
元ナンバーガール、向井秀徳。
彼の次の一手が出るまでは、バトンは保留にしておきたい。
全てを納得させる説得力と、どこまでも広がっていくスケール感。
代表ならこれがないと、ボクは納得しない。
ミシェルガン、すごいバンドだよ。
ちなみにボク的スタジオ盤のベストは「GEAR BLUES」、それにもちろんライヴ盤は必聴。
「CASANOVA SNAKE」以降のスタジオ盤はそれまでと比べると聴かなくなってた。
取っ付きやすさが減ってた気がする。
それを考えると、潮時だったのかとも思う。
ぐだぐだ言ってて誰も分からないだろうけれど、ボクはとても楽しい。
普段はこんなコトばっかり考えてます。
今月号のプレミア(映画雑誌)をペラペラとシゴト場でめくってたら、ばさっと綴じ込み付録が落ちた。
ひょっと見ると「KILL BILL」のポスター。
ああ、もうすぐだもんなー。
観たいよなー。
と、そこにたまに一緒になる二十五才女子が入ってきて、ボクの置いたそのポスターを拾い上げた。
「デップじゃないですか!」
ん?と見ると両面ポスターで、片面は「パイレーツ・オブ・カリビアン」のジョニー・デップ。
ああ、この役かっこよかったよなあ。
「○○さん、おウチでポスターとか貼るんですか?」
ああ、そんな目をキラキラさせながら訊くんじゃありませんよ。
いいよ、あげます、あげますから。
「えー! いいんですかー!?」
最初からそのつもりで訊いたくせに。
デップ好きなの?
「好きですよー、『パイレーツ〜』は二回観ました。」
へぇ。おもしろかったけど、ボクは一回でいいや。
「もー、デップ様とか言いそうな勢いなんですよ。」
ムカシいたよ、ディカプーを“レオくん”って呼んでたヒトが。
「レオくん!?」
そう。“あたしのレオくん”とか言ってんの。
「うわー、他人の話として聞くとイタイですねー。」
でしょー。
「あたしの部屋、「スリーピー・ホロウ」のポスターとか貼ってあるんです。」
デップ尽くし!?
「そうです。だからなんだか部屋全体が暗いんですよね。困っちゃって。」
ちなみにウチには「Wedding Singer」のドリュー・バリモア(これの左側)が貼ってあるよ。
あれと同じ(シゴト場の壁にもある)やつね。
「へぇー、○○さんの部屋って、かわいそうですね。」
かわいそう?
「ん? いやいや、えーと、かわいらし、そう! かわいらしそうですよね。」
ちらりと覗いた、それが本音か。
夕立ちすごかったね。
まさか夕立ち如きで電車が止まるとは思わなかった。
台風だったら、なんとなくあきらめもつこうものを。
これがおシゴトの日、とかだと全然気付かないままで過ぎてしまう。
でも、今日はお休みだったのでウチでゴロゴロしてた。
当然全部の窓が開いてる。
ガラガラピッシャーン!!
最近夕立ち多いなあ。
こないだも外でやられた。
あの時は確か、10分くらいでやんだのだけれど。
でも、こういう風に気候の変化を肌で感じられるのは好きだな。
天気予報はほとんど見ないし、出る時に降ってなければ傘も持たない。
それでも降りだした瞬間は、ちょっとワクワクするんだな。
備えがないので憂いもするけどね。
それは自業自得だから。
降り始めをベランダで見てたら、その辺りの部屋からどんどん洗濯物が撤去されていく。
なぜか感じる、同胞意識。
同じ瞬間を、共有しているから?
そんな単純なコトでいいのかな?
世界は平和になるのかな?
たかだか夕立ちひとつで世界平和まで語らなくてもとは思う。
ご近所さんにこういう感情を持ったのは久しぶりだったのでつい、ね。
まあいいじゃない。
雨音はショパンの調べとか言うし。
外に出るのがおっくうになるのは確か。
その中でキャラメルボックスの「ナツヤスミ語辞典」をまた観てきた。
ヒトと約束してなかったら、当日券だったし、行ってなかったと思う。
よかったよかった。
ぼんやりとそんなコトをベランダで考えてたら、玄関からがしゃーん!
すわ何事ぞ、と思ったら風でファンシーケースが倒れてる。
そういえば窓閉めてなかったっけ。
世界平和の前に、この部屋に平和をくれてやろう。
ちょっとはきれいな部屋にする。
そんな公約は果たされた試しがない。
文字の持つ、喚起力みたいなものがある。
喚起するものは映像であったり、イメージであったり、とにかく五感の全てだ。
文章という、ただの文字の羅列のどこにそんな力が潜んでいるものやら。
これが、“行間を読む”というコトなのかな。
この“行間を読む”というコトバに出会ったのは確か中学の頃だった。
さすがに行間には何にも書いてないじゃないかとかは言わなかったけれど、
一行の文章の場合はどうすればいいんだろうとは思ってた。
どっちもどっちだ。
でも特に行間を読まなくても、つまりテキトーに読み流しても喚起されるコトもある。
ホラーを読んでればよく分からなくても恐くなる。
恋愛ものを読んでれば何となく切なくなったりする。
これは喚起力と言うよりも、描写力というべきだろうか。
常人には到底抗えない、文章の魔力。
親子の物語を読んでは両親の顔が見たくなり、忠犬ハチ公を読んではブンタに会いたくなる。
おおよそ実物とは違えども、そういった感情が湧いてくる。
それと同じように、恋にも落ちたくなる。
それと同じように、スポーツもしたくなる。
麻雀放浪記とか読んで、麻雀したくならないヤツがこの世にいるだろうか。
どんなにたわいない文章でも、読んでしまったが最後、読む前のジブンには返れない。
忘れたいと思うコトほど忘れられない。
夜中トイレに行けないのは誰だ?
このように、文章の持つ力に抗うのは大変なコトなわけだ。
ちなみに今日、ボクが帰りの電車の中で読んでた本においしそうなホットドッグが出てきた。
電車を降りて、コンビニでホットドッグを買ってもぐもぐやってしまったのはボクのせいじゃない。
作者の力、おそるべし。
ちなみにイマ、ストーンズの「Sympathy For The Devil」を聴いています。
これで何のどの辺りか分かったらえらい。
ああ、おいしかった。
でぶでぶ。
たまに実家に帰った時に、姪どものハナシを書いてたりするけれど、基本的にはコドモは苦手。
何考えてるか分からないし、すぐ泣くし。
ジブンがコドモだった頃のコトなんて、すっかり忘れてしまったね。
多分、ジブンの視点がもうコドモの視点にはならない、というコトに気付いているからだと思う。
とはいえ、コドモの頃はオトナって恐かったよね。
特に知らないオトナには、何されるか分からなくて恐かった。
普段ジブンがいかに許されながら生きているかってコトに、コドモはコドモなりに気付いてるんだ。
だから一から量らなければならない、そんな時をいやがる。
楽しみにしていればしているほど。
先日ある教室の発表会についたのだ。
そしたら先生のコドモ、多分小学校低学年くらいの男の子が楽屋ではしゃいでいる。
多分普段からレッスンの日なんかにも遊びに行ってたりするんだと思う。
おいおい、みんな今日は大切な日なんだよ?
で、終了して後片付けも進みもうすぐ終わり。
先生とその息子がしゃべってる。
「ねえお父さん、打ち上げスタッフの人も来るの?」
「ん? もちろん来るさ。」
「ええー、ホントにぃ?」
うわあめっちゃイヤそう。
そんなにイヤかなあ?
そうだよなあ、イヤだよなあ。
覚えてるよ、ちゃんと覚えてる。
ジブンがせっかくかわいがってもらえる席だったのにな。
とはいえ、打ち上げという席での主役はやっぱり出演者。
決してスタッフじゃないんだよね。
だからといってさあ・・・
ボク的に言わせてもらうと、いちばん打ち上げに関係ないのはキミだと思うがな。
ほら、ここでヤツは多分泣く。
これは“泣く”というより“泣かせる”だな。
さすがにクチには出さないけど、こんなコトを思ってしまうボクがコドモ好きになる日なんて来るんだろうか。
来てくれないと困る? こっ、こっ困るよ! きっと! きっとコドモができる日が!
テレビで鳥人間コンテストを見てた。
と言っても、アタマの30分くらいだけね、おシゴト中だったので。
でも、いいトコ見られたよ。
あの、骨組みとパイロットだけの、動力の何もないヒコーキがすい〜っと。
いちばん飛んだのが(飛んだと言うか、保ったのが)420mという、信じられない記録。
飛ぶ動きがすごいキレー。
ホント、カモメが低滑空してるみたいなの。
ヒトってすごいね。
あんなのできちゃうんだ。
もうひとつ憶えてるのがある。
上の競技は当然、パイロットは軽い方が有利。
なのになぜかパイロットがふたりいるチームがあったのだ。
なぜだ? なぜだ?
疑問はつのる。
で、いざ発進! うまく離陸に成功して、すいーっと飛んで行く。
あー、落ちてく落ちてく、もうすぐどぼんだ、あっ!とその時!
パイロットがひとり落ちたのだ。
しかも落ちる間際に機体を蹴りあげながら落ちた。
すごいコトには、それで機体は再度浮き上がった。
うわー、すげー。
こんなのありか。
と思ったらなしだった。
ルールに曰く、「機体から何ものも落としてはならない」と。
知らないはずないよね、そんな大事なコト。
思い出すのは高校の運動会。
クラブ対抗リレーに出たボクたち演劇部はまともに走る気なんかなく。
部室にあった衣装を各自着込んで走ったのだ。
当時“記録より記憶”とかほざいたかどうかは覚えてないが、目的はまさにそれ。
そして今日のあのチームの目的もまさに。
二位のチームは霞んでしまった。
でも一位のチームは霞んでないよ。
まっすぐいくコトは間違ってないから、どんと進め。
さて来年は何やってくれるだろうなあ。
わくわく。
ドーはドンタコスのドー。
レーはレッツゴー三匹のレー。
ミーはみんなのゴルフー。
ファーはフェイクファー。
ソーはそんなのってありですか?
ラーは意外とないー。
シーはシッカロールー。
ドーはうもいいんだっけ。
さあ歌いましょー。
へーはへべれけーのへー。
昨日のひどいなあ。
ひとつひとつ直したいくらいだな。
選び方にセンスというものがまるで感じられない。
例えばドンタコスならドン小西だろう。
まったくどうしようもない。
そしてどうでもいい。
ぶつぶつ。
酔って無くした記憶が、ふとした拍子に出現するコトがある。
あれって、なんであんなに恥ずかしいんだろう。
大抵は普段のジブンなんだけど、なぜか無闇に恥ずかしい。
もしかすると、ジブンのものまねをしているヒトを見る気恥ずかしさかも知れない。
それとも記録機能に欠陥があるゆえに、ジブンはヒトとして正常でないなどと思うからかも。
ヒトは機械じゃないんだから、多少は古びて故障もするさ。
ちょっと早くないかい?
人生五十年、なんて歌があった。
織田信長が本能寺で舞ったヤツだ。
イマでもたまに舞うヒトがいるが、そういうヒトが軒並み60オーバーなのには何か憤りが。
その当時なら、ボクはもう半分以上生きているコトになる。
まだ何にもやってないのに!
定年すら迎えてないよ。
それとも、生まれた時から余生かな。
ボクはあまりものそのものですかな。
人生を本生と余生に分けた時に、どちらにより魅力があるか。
そんなもの余生に決まっている。
充実した余生を過ごすための本生に他ならない。
世界でいちばん魅力的な余り物だ。
誰かおすそ分けしてくれないかな。
しかしその頃には、ボクの記録機能は完全に故障しているかも知れない。
それはボケか、ボケなのか。
ボクはジブンのコトを、どちらかというとツッコミタイプだと思っているのに。
そんな年になって転向して、新しい相方を探さないといけないなんて。
ピーンチ!
何の意味もないんだけど、こうやってキリのいい日付けってうれしいよね。
時計なんかでも、ふと見た時にぞろ目とか出てるとうれしい。
12:34とか大好き。
9/9って何かの日なのかなあと思ったら、救急の日だった。
フツーに意味が分からない。
いつもより余計に運ぶのか。
そういう、意味の分からない語呂だけの記念日はどうかと思う。
誕生日とか、明確じゃない。
でも、ひとし君が11月4日を記念日にされても困るでしょ。
ボクはそんな語呂のいい日付けを持ってないけどさ、別にいらないよ、そんな記念日。
しかし記念日より、むしろ時間に与えた方がいい気がする。
午後三時、っていうとみんなおやつでしょ。
そんな感じで時間に意味付けしていく。
お昼の十二時は、タモリの時間かみのの時間か。
一触即発だ。
限定する理由が分からない日付けとかある。
ゴミの日とか、限定しなくても毎日でもいいじゃないか。
日付けじゃないけど、シルバーシートとかもそうだな。
いいんだよ、全車両の全座席がシルバーシートで。
そんな露骨さが必要なんじゃないかなあ。
あとね、いつも思うんだけど、運賃が体重別になってないのはおかしいと思う。
どんなに荷物があっても、どんなに太ってても同じ運賃っておかしいんじゃないのかな。
命は等価かも知れないけれど、エネルギー消費量は明らかに違うでしょ。
ボクが痩せてきたから言うわけじゃない。
ボクの体重が目標値に達したって、その辺のオンナノコと比べれば明らかに重いよ。
これが施行されて金銭的に得をするのは、圧倒的に女性だろう。
でも、反対は圧倒的に女性からの方が多そうな気がする。
そりゃそうだよな、体重丸分かりだもんな。
痩せてくると駅員から心配されちゃったりして。
太ってくるとカモフラージュに荷物を多くしちゃったりして。
施行されたらその日を“体重の日”にしよう。
何か語呂のいい日付けがいいなあ。
あっ、こうやって記念日が。
昨日の重量課金制度について、案の定、女性から反対をくらった。
“なぜ”という部分には触れられてはいなかったが、そこは推して知るべしだろう。
“体重を計る”という行為は、ある意味では密室のひめごと。
女性が体重計に乗っているフェチなんてのもいるのかもしれない。
それで思い出したけど、あの、ノゾキのビデオってあるじゃない。
ただ単に女風呂とか、女子トイレとか、女子更衣室とかを撮ってるヤツ。
あれの存在価値が分からないんだ。
何が楽しいんだろうね、あんなもの見てさ。
“覗きたい”気分は否定しないけど、ビデオで見たって覗いてる気分にはまるでならない。
電車で痴漢したいな、と本気で思ってるヒトはイメクラに行かないと思う。
・・・多分。
ヒトがいちばん魅力的に見えるのは、やっぱりヒトの目を意識している瞬間だと思うのだ。
誰でもやっぱり人前にいると緊張するじゃない。
きっとその緊張感がいいのだ。
ぐでっとなってるトコを覗いて面白いのは、あとから本人に色々とツッコミを入れられる時かな。
つまり知ってるヒトを覗くのは楽しいと。
そうか、だから修学旅行の時とかいっぱい出撃してったのか。
でも本人にばれたら怒られちゃうしツッコミなんか入れられないよな。
ああジレンマだ。
まあ緊張してないならしてないでもいい。
その理由がボクがそばにいるとかなら、それはそれでうれしい。
ボクだけに見せる顏があるなら、もっと見せてよ。
度を越すとイライラするコトもあるけど、そこはそれ、お互い様だろうし。
キミといるボクは、いつも緊張してる。
ちょっとでもマシなジブンを見せたくって、ちょっとでも、もっと好きになってもらいたくて。
ボクはキミに向けて、大風呂敷を広げてみせる。
千切れんばかりに腕を伸ばして。
そしてキミを包み込もう。
キミの全てを包み込もう。
いいところも、悪いところも、好きなところも、ヤなところも、全部この腕の中に。
ボクはキミにとってだけ、世界一の男になりたいんだ。
信じられるかい?
キミがいなかったら、ボクはきっとろくでなしのぐーたらだ。
ボクはキミを理由にして、やっと努力ができるんだ。
だからボクを見てよ。
そして微笑んでよ。
逃げちゃダメだ。
って、なんでやねん。
昨日のを書きはじめた時には、オチは“男性ばかりじゃ不公平だから女性が男性を”の予定だった。
どこでああなってしまったのだろう。
女性による女性のためのAVってのが出たコトがあった。
確か女優上がりの監督が撮って、リリースされたんだった。
お店でも見たコトないね。
その後続きが出たのかどうかも定かでない。
オンナノコは、ああいうのキライなのかな。
嫌悪感を感じるのは分かる。
でも、それは“こんな同性がいる”コトへの嫌悪でしょ。
ボクだってAV女優と付き合いたいかって言われたらそりゃあヤよ。
でもさ、それとこれとは別じゃない。
同じようにAV女優と付き合った二人の男性の言い分。
・オレ、AV女優と付き合ってるんだぜ。
・オレの彼女、AV女優だったんだ。
どこかで見たネタなのだけれど、こういうのおもしろい。
最初っからAV女優と分かってて、誰もまじめには付き合わないよな。
そんな同族嫌悪はわかるけど、ネタとしてのハナシをしてるんだ。
オンナノコが、彼氏と一緒に見たなんてハナシはたまに聞くね。
彼氏の置いてったビデオ、一人でこっそり見たりしてないかい?
で、ネタにしたりしてないの?
うわあ知りたい。
でもそんなヒトでも、男性を盗撮したビデオとか見るかなあ。
需要あるのかなあ。
ウォーターボーイズの着替え盗み撮りのビデオとかなら需要ある?
でも、そういうのを死んだ後とかに発掘されると恥ずかしいだろうね。
ボクも、ちゃんと捨ててから死ななくっちゃ。
でもさあ、無人島に一本だけビデオテープ持ってっていいって言われたらどうする?
どう考えたってハリポタよりお気に入りのAV持ってくでしょ。
いや確かに無人島には電気もビデオデッキもないだろうけどもそんなコト言うな。
昨日でテロ二周年だったのだ。
正直もう記憶は薄い。
イベントでもないと、思い出さないかもしれない。
でも、アメリカ人は決して忘れないだろう。
それは記念日うんぬんではなく、9月11日という、実行日の悪趣味さ加減によってだ。
ボクらはこのまま忘れていくだろう。
友達が死んだわけでもない。
思い出の場所がなくなったわけでもない。
きっとこのまま忘れていくだろう。
そしてテレビが毎年思い出させてくれる。
テレビが取り上げなくなって、ボクらは本格的に“忘れる”コトを許される。
誰も憶えてないんだという、免罪符を与えられるのだ。
はやり廃りと同じように、飽きられた芸人を使い捨てるようにボクらはあれをも忘れていく。
正しくなんかない。
それは決して正しいコトではない。
物覚えのいい悪いはこの場合関係ないんだよな。
覚えてたって思い出さなきゃ同じコトなのだ。
記憶よりも、関心が薄れていく。
対岸の火事。
それがたとえ自分のコトであっても、関心がなければ忘れていく。
もちろん忘れてもいいコトもある。
忘れた方がいいコトもある。
同じコトでもヒトによって違うのだ。
酒はそれを明確にしてくれる。
覚えているべきコト、忘れるべきコト。
それらをきれいに分別してくれる。
その時、希望は決して聞き届けられない。
覚えていたいコトほど忘れていく。
この際みんなでお酒を飲もうと思う。
世界が酔っぱらえば、“べき”コトがハッキリする。
そして世界はボクを忘れるだろう。
ボクも忘れるだろうか。
ジブンが誰かも全部忘れそうな気も。
で、今日も忘れるべきコトと忘れてはいけないコトの分別にいそしんでいたわけですが。
最近火星が地球に接近してるじゃない。
ボクは全然見てないんだけど、どうも噂によれば接近してる。
そのうちぶつかる日もあろう。
星の動きは同じはずなのに、ぶつからなければOKでぶつかったらNGだ。
喜ぶも喜ばないも、完全にこちらの都合。
星的には、知ったコトじゃないね。
400年に一回のハレー彗星が、100回に一回は地球にぶつかるって言ったらどうする?
困るよね。
そんな当たり前のコトを言うだけで、別にそんな時でも困らなくなる方法があるわけじゃない。
でも、そんな時はめったにないので、むしろ困っておくべきかな。
長かろうが短かろうが人生の最後だから、困り抜いておこうかな。
それともあっさり逝くべきかな。
死んだコトすら気付かないくらい。
星は当たりたいのかな。
ボクらが誰かと出会いたいように、星も誰かと出会いたいのかな。
ヒトより摩擦が多いから、どうしても爆発する可能性が高いけれど、
たまには融合して、より大きな星になるコトもあるんじゃないのかな。
時には別れるコトもある。
そんな宇宙にとっては当たり前の一挙手一投足に、ボクたちはどきどきしたりする。
もともとのスケールが違うと言ってしまえばそれまでだ。
ヒトの窺い知れない、神秘の世界。
近付いても近付ききれない、近くても決して手の届かない。
まるでキミといる時のようじゃないか。
小さな噂に右往左往、チョットしたヒトコトにアップダウンして日々を過ごす。
それでいて過ぎた日々を顧みれば、そこには充実した日々がある。
キミの中の神秘、決して手の届かない。
ボクの中の神秘、決して手を伸ばしてはもらえない。
誰のせいでもなく。
近付くべき時は、確かに来るだろう。
どがしゃーん。
お盆でもない限り、「踊りに行こうよ」はディスコやクラブであろう。
ディスコってまだあるのかな。
みんなの持ってたあの羽根扇子やボディコン服は、まだしまわれているのだろうか。
また活躍する日は来るのだろうか。
夏になると、ふたつの踊りが浮上してくる。
盆踊りとフラである。
フラって、ハワイの民族舞踊ね。
手を横に出して、海藻みたいにふらふらするヤツ。
盆踊りは多分みんな知ってる。
櫓のまわりをぐるぐるまわる。
きっと、ペアならフォークダンスだな。
いいじゃん、櫓のまわりでオクラホマミキサー。
もちろん和風で。
このふたつの踊りには共通点がある。
どちらともに、老若男女関係なく踊れる。
ご老体に応えない踊りは、多分これだけだろう。
間違っても老人ホームで武富士ダンスは踊られない。
でも、年をとったって踊りたい時もあるだろう。
そんな時、いくら武富士を踊りたくても踊れない彼らはフラを踊るのだ。
スティールギターの音色に乗って、ふらふらとフラを踊るのだ。
もちろん気持ちは武富士。
でも動きはフラ。
ココロとカラダは、こうやって分離していく。
ココロはカラダに幻想を求め、カラダはココロに信用を要求する。
何だか恋愛に似てる。
バランスが取れるか取れないかは、そのヒトによって違う。
取れるといいね、そう思うよ。
盆踊りをどう踊るのかだって、ボクは何年かに一回くらいは参加してるのに分からない。
見よう見まねで、とりあえず回るだけだ。
あってなきが如し振り付けも、きっと高齢化に一役買っている。
テキトーに踊れ! どこまでも行け! どうせ先はたいして長くないぜ!
以上のコトバを老人になったボクに送ります。
もう武富士はあきらめろ。
ああ、もうあきらめてたか。
正直今日はニッキを付けるよりも、一杯でも多く阪神にかんぱいしたいと思います。
試合前、甲子園に並んでいたファンにインタヴューしたひとこまから。
「いつ頃からお待ちなんですか?」
「18年前からです!」
いやまあそうなんだけれども。
しかしホントに優勝しちゃうとはねえ。
きつねにつままれたような気分とは、こういうコトをいうんだろうなあ。
イマでも正直疑ってる。
決まってるっつの。
ではみなさん、ご一緒に。
かんぱーい。