6/16

昨日のは、よくわからないなあ。
片桐彩子から膨らませた方がよかったかなあ。
どっちともによく分からないコトに違いないよなあ。

不動産屋のチラシをみていたら、入居拒否条件の中に“特殊な宗教に入信されている方”とあった。
アパートだのの賃貸は、結局のところ持ち主のものなんだからこっちがどうこう言うコトじゃないね。
“美人女性限定”でも別にかまわないよ。
ボクがオーナーになったらそうしようかな。
“水着審査あり”とか。

“神様がいないなら、作り出す必要がある”とは「EASY RIDER」の中の台詞だけれど、
作り出した神様はすぐにぼろが出て、次から次へと新しいのを作っていく。
“特殊な宗教”という言葉にはどうしても違和感を感じてしまう。
宗教って、そもそもが特殊なものじゃないかね。
言ってる意味はとてもよく分かるんだけど、線引きができない条件であるコトも事実。
仏教やキリスト教の傍流にだって怪しげなのはいっぱいあるだろうに。

あとは“外国人お断り”とかね。
日本国籍に限るんじゃなくて、“外国人”なんだ。
幅が広すぎるよ。

ボクは例えば、心底たまちゃんとかどうでもいいヒトなのだけれど、ヤツは選挙権持ってるんだよな。
だったら就労ビザで入国している外国人に選挙権を与えるべきだと思うぞ。
だって直訳するとアザラシ以下ってコトでしょ彼等は。
人道的見地から見てどうなの。

アザラシどうでもいいとまではいわないけど、所詮野生動物じゃないか。
パナウェーブにくれてやればいい。
きっと大事にしてくれるだろ。

同じラインではないけど、愛子様とやらも心底どうでもいい。
あれなら姉のコドモの方が何万倍もかわいい。
何であんなのに“サマ”を付けて呼ぶんだ。
無防備に犬に手を出せば噛まれてあたりまえだろう。
あれで怪我してたら保健所行きは免れなかっただろうと思うと、ホントどうしようもない。

神様がもう少し配慮してくれるなら、あの子がまっすぐ育つようにお祈りするよ。
たまちゃんと全く同じ扱いだなんて、運命とはいえやりきれない、
全てのコドモに平等に愛が注がれていいはずなのに。

でもボクが四歳くらいからやり直すことになっても、あんな愛は欲しくない。
もっと放っといて欲しいと願う。
でも意識的にたまちゃんになるのはおもしろいかもな。

投げ込まれたホタテを投げ返したりすんの。
次から次へと住処を変えて、いくつ市民権が手に入るか数えたり。
選挙日にはちゃんと選挙にも行く。

投票用紙はびしょぬれだけど気にしない。
外国人に襲われそうなのも気にしない。
むしろどうやってそこまで行こうか。

連れてってくれないか、ボクらの約束の場所に。
アザラシだけど。

6/17

整形手術というものに対してのイメージというのは決してプラスではない。
しかしボク的にはマイナスでもない。
プチ整形ひとつでご機嫌になれるなら、やればいいと思う。
結果が周囲に与える影響だって、別に悪ではないだろう。
歯の矯正と似たようなものだ。

天然と養殖の違いのようなイメージもある。
これは周囲からの視線の種類だ。
“いじってない”方が偉くて、“いじってる”方が廉価版。
そんなコトないと思うけどな。

きれいになりたいという希望は誰でも持ってる。
でも、残念ながら誰でもきれいになれるわけじゃない。
残酷なように聞こえるかもしれない。
でも、これは偽らざる事実。
そこから全てを始める。

例えばバンド。
楽器担当は練習次第で腕を上げるコトが出来る。
どんなにへただったバンドでも、練習次第ではツェッペリンも出来るようになるだろ。
でもね、歌はそうはいかないんだ。
“表現力”とかいうものがどんなに磨かれても、出ない声は出ないんだ。
マライア・キャリーの音域が狭かったら、多分ボクらに届くコトはなかったろう。
残酷なまでに限界はすぐそこにある。

きれいも似たようなものだと思う。
でも、そこに向かう努力がヒトを向上させる。
それは決してムダにはならない。
あきらめがヒトをダメにしてしまうのだ。

こんな手垢にまみれた言葉をいくら並べてもどうしようもない。
ボクは整形を肯定する。
カラダにムリを強いて行うなんて言語道断として、ささやかな改造くらいはいいじゃない。
ボクだって理想体型を手に入れたら、いじる部分を考えてみよう。
その前に永久脱毛かなあ、ヒゲ剃るの面倒くさいんだよなあ。

だから伝えて下さい。
その努力を、ボクには伝えておいて下さい。
コドモの顔が誰にも似てないコトでどぎまぎするなんて、そんなコトでキミを疑ってしまうなんて。
そんな未来予想図は悲しくて切なくって、ちゃんちゃらおかしくって。

まあもっと恐いのはマイケル・ジャクソン級に崩れ果てるコト。
決してムリだけはしないでおくれ。
キミだけにはいつも笑っていて欲しいんだ。
ボクのためにも崩れないでおくれ。

今夜あたり想像でうなされそうな気が。

6/18

そろそろ「きみはペット」も大詰めだ。
とか言って一度も観たコトないけどね。
荒唐無稽な物語らしいという評判は聞いてるよ。

でも、彼女とかって、ある意味ペットみたいなものだよね。
見て癒されるとか、接して癒されるとか以上に、相手のご機嫌を気にするとかいう部分。
だって一緒にいる時って、相手をご機嫌にしておくコトはかなり重要なファクターじゃないか。
いつだって笑っていて欲しいじゃないか。

“ペット”が“愛玩動物”という意味なら、確実にその側面はあると思う。
それはもう男女問わず、確実にあると思う。
だって、そばにいる相手が笑ってないなんていやじゃない。
そのための努力ならするじゃない。
それでボクも笑えるんだ。
むしろボクが笑うために笑ってよ。
ボクはボクのために努力する。

散歩にもつれていく。
しつけもする。
エサもあげるよ。
芸も覚えるかな?

むろんすべて逆もある。
ボクが相手好みにカスタマイズされていく。
ボクが変わっていく。
むしろ望むところ。
ある程度まではね。

残念ながらどうしても譲れない部分は確かにある。
SMのMのヒトを強いなあと思う由縁はこの辺にある。
全てを相手にゆだねるコトのできる強さ。
ボクも、それくらいの度量を持ちたいな。
同時に、相手にそう思わせるコトができるくらいのヒトになりたい。

イマまでできてないからそう思うのだな。
ボクがボクでなくちゃいけないなんてコトはないはずなんだけどな。
どんどん変わっていっていい、この程度のジブン、引っくり返してしまってもいい。
なぜそれができないか。

まあね、そのままのキミに惚れたとも言える。
相手にも言えるわけで。
変えようなんて傲慢でしかない。
変わってしまうなんてもったいない。
自慢じゃないけど「沖田」のたろすけといったら、日本中でボクひとりだから。

たぶん。

6/19

ヘリコプターに乗ってみたい。
で、高層ビルの屋上に降り立ちたい。
ないしは縄梯子で降りるのもいい。
ちょう怖そう。

のりものに対する憧れって、まあそれなりにコドモの頃から持ってた。
でも、将来の夢が“運転手さん”だったコトはないような気がする。
フォークリフトとか運転してはみたかったなあ。
あとオート三輪とかね。

コドモ時代、あまり頻繁に乗るというコトがなかったので、電車に対してもそれなりにある。
でも、電車というと長距離移動の象徴だったので、あまりイメージが良くないね。
ひたすらしんどかったような。

覚えてないのだけど、ある時家族で三時間半電車に揺られて目的地に着いたらしい。
で、うつらうつらしていたボクを起こして、「着いたよ」と言ったらボクがこう言ったと。
「着いたん? じゃあ帰ろうよ。」
待て待て待て。

家族は脱力したらしい。
そりゃそうだろう。
ボクだってする。

疲れてたんだろうなあ、きっと。
いや、三時間半電車に揺られれば誰だって疲れるよ。
そんな機会、めったにないけど、というか、極力無くそうとしてるけど。

目的が何だったのかにもよるけど、多分ボクはあまり楽しみにしてなかったのではないか。
でも、コドモの頃ってあまり目的って優先されないよね。
どんなに疲れててもオトナは目的を優先させるのに。

多分コドモは目的達成のための努力をしてないからだろうな。
いや、コドモ的にはやってるんだろうけど、それは捨ててもいいようなレベル。
コドモに怒られるかな。

運転手さんならもっと疲れるだろうなあ。
平均でどれくらい連続運転するんだろう。
人命を預かるんだから、あんまりシビアな労働条件であって欲しくはないものだ。
ミスったら、いっぱい死ぬものね。
救いは自分も死ぬコトくらいか。
先頭だし、かなりの確率で死ぬだろ。
後始末は頼んだぜ。

そして天国列車の運転手さん。
やっぱり事故を起こした運転手さんの役目なの?
よっぽど好きでないとやってられないね。
好きならそんなありがたいコトないだろうけどね。

やりたかったら好きなだけ事故っていいよ。
大丈夫だよ。
もう誰も死なないから。

その代わり、天国に着いたら、また帰してね。
疲れたから。

6/20

月内目標まであと1kgだ。
せめて一週間くらいは余して達成しておかないと、冷却期間がとれないなあ。
そうなったらちょっと困る。

おなかのすいた状態にもすっかり慣れた。
おなかがすいたから何か食べたいというよりも、何かを口に入れてもぐもぐやりたいという方が強い。
もぐもぐやって飲み下したい。
やばい、そんな気分になってきた。

胃はそんなに縮んでないみたいだ。
たまに食べても、そんなに早くおなかいっぱいになるなんてコトはない。
変わったのは、吸収力。
ウイスパーじゃなくて、カラダへの浸透力が違う。
何一つ逃さずに吸収しようとしているみたいだ。
リバウンドしはじめたらあっという間だろうなあ。
こわいなあ、全くジブンが恐い。

でもヘンなもので、おなかがすいているとうれしいのだ。
その時間が長ければ長いほど、痩せられるわけだから。
カラダの貯えを食いつぶしていっているわけだから。

さらに水飲んでど、んどんカラダを浄化していく。
反比例するようにココロは雑音だらけになっていく。
すげえな修行僧とか。
即心仏とか、雑念の固まりみたいな気がするよ。

しかしわからない。
ホントにボクはこのまま68kgになってしまうのだろうか。
憧れるよなあと、高校の頃から思ってた体重である。
こうやってなんとなく近付いてきてみると、まるで現実味がない。
夢かSFか?って感じで。

SFは勘弁してほしい。
夢オチはさらに勘弁だなあ。
一炊の夢とはよくいったものだ。
こわいこわいやめてやめて。
起こさないで。

出来るコトは分かったとはいえ、同じ努力をまた一から繰り返すなんてまっぴらだ。
意外と目覚めるとボクはちょうスマートな美男子だという可能性も確かにある。
誰か確認してくれないかなあ。
そうしたら安心して起きられるのに。

あっ。
イマまでの努力が水の泡だ。
起きるのは達成してからにする。
結局起きるの?

だって美男子だし。

6/21

最近の長いよね。
ぐだぐだととりとめがないよ。
もっとシンプルにいこう。

またバリカン病にかかっている。
坊主頭にして、帽子をかぶりたいな。
帽子似合わないんだけど。

基本はキャップなんだけど、麦わら帽子とかも好き。
主に手触りが好き。
もっと色々なカタチがあればいいのに。
キャップとか。

何で麦わら帽子の基本形はテンガロンハットなの?
どっちが先だったんだろう。
どちらかが真似をした。
ちくしょう、カウボーイどもめ。
こらしめてや、あたたたた、やめてロープをかけるのは。

ボク的にはカウボーイを象徴するものといえば、あの、何て言うのか忘れちゃった。
靴の後ろにくっ付いてるちっちゃい車輪。
初めて見た時は、ローラースケートかと思ったよ。
あんなもので滑れるわけがない。
何に使うのか知らないけれど、きっと重要なパーツ。
きっとあれが外れると、カウボーイじゃなくなっちゃうよ!

カウボーイじゃなくなってしまった彼等に馬に乗るコトは許されない。
もちろんテンガロンハットをかぶるコトも許されない。
壊れたブーツでどこへ行くのか、それは誰にもわからない。
もちろんボクにも知らされない。
他でもない、このボクにすら。

誰が許さないのかというと、全米カウボーイ協会が許さない。
主にテキサス支部が許さない。
無視すると、夜歩いてる時に背中からテンガロン手裏剣がしゅしゅしゅしゅしゅっ。
でかい。

きっと日本麦わら連盟でも同じようなコトが起こっているのだろうな。
同じものを起源に持っているのだろう。
渓谷に消えていった麦わらは、いったい誰を狙ったのだろうか。

6/22

今日、こんなハナシを聞いた。

付き合っている結婚適齢期の男女。
女性はかねてより結婚式に憧れており、こんな式あんな式と夢は尽きなかったらしい。
それはもちろんそのつど彼氏にも話されて。

ところがいざプロポーズされてその時期を待っていたら、彼氏には結婚式をあげるつもりがなかった。
その分のお金で、豪華な新婚旅行に行こうというのだそうな。
提案ではなく、決定事項として。

正直ありえない。
その彼女は別れるコトにしたそうだが、それが当然だと思う。
だって、ねえ、彼女の夢を知っててそれを無惨に踏みにじれるなんて結婚生活の先が知れるよ。
ジブンのコトしか考えられないのなら、共同生活なんてしない方がいいんだ。

ところが世間の反応はそうでもないようで、特に男性からの反応は芳しくないらしい。
そんなコトで別れるなんて、と否定的な意見も多々あったようだ。
何考えてるの。
相手の幸せを考えられない男が、相手に幸せにしてもらえると思ってるの?
情けはヒトのためならず、っていうじゃない。

ていうか、相手が喜ぶとわかっている手段をあえて選択しない理由はなんだろう。
例えば彼女が誕生日の前に「これ、いいよねー」とか言ってたらそれプレゼントにするじゃない。
そうしない理由がないじゃない。
そりゃ、よっぽど他にプレゼントしたいものがあれば別だけど。

理屈で攻めるならどうでもいいんだけど、理屈でヒトに惚れるわけじゃないよね。
数値化された未来には、魅力を感じないよ。
キミと積み上げていきたいんだ。
お互いの笑顔を、ひとつひとつていねいに。
まわりの笑顔も、ひとつひとつ。

正直ボクもあまり結婚式というものに魅力を感じていない。
でも、あれはそもそもがオンナノコのものでしょう。
オトコは添え物として必要なだけでしょ。
パセリみたいなものか。

パセリにすらなれないボクっていったい。

6/23

時間の感じ方が違うのはジブンのせい。
だけど時には実際に違う。
あきらかに早かったり遅かったり。
誰かがいじってる。

長くしたり、短くしたり自由自在。
ジブンの心持ち次第で、どうにでもなる。
そう、いじってるのはジブン自身だ。

覚えているだろうか、あの長い夏休みを。
永遠に続くかのように思われた40日は、あっという間に終わりを告げた。
ボクらが永遠を願ったコトによって、時間は速度を増していった。
誰の罪でもなく、ただ望んだだけで。

ボクの時間をいじれるのはボクだけだ。
ボクが望むと望まざるとに関わらず時間は流れていくけれど、その速度は一定ではない。
時間が飛ぶ瞬間もある。
それは時間泥棒にしわざだ。
きちんとココロには鍵をかけて。

あまのじゃくな時間の神様によって、ボクらのそれはあべこべになった。
早く過ぎて欲しい時間はゆっくりと流れる。
望めば望むほど、スピードは落ちる。
そのあせりが時間泥棒を呼ぶ。
そして消える。

キミに逢うまではただただつらい時間があるだけだ。
よっぽど速く過ぎていくコトを望んでいるのだ。
せいぜい20代なかばくらいな気がしているのは、そのせいか。

これはボクに課された罰。
時間の檻に捕われたボクと、ボクの時間。
解放してあげたいのに。
解放されたいのに。

ボクらが人生が永遠のように感じられた時期はもう過ぎた。
コップの水をいちいちもったいなく感じながらちびちびと飲んでいく。
当然時間は速く流れていく。
そのコトには目を瞑り、今日もボクはキミに逢うコトを夢見ている。

ボクを解放してくれないか。
ボクの時間なんか全部キミにあげる。
どうせキミに逢えた瞬間に消えてしまうから。

そしてさよならだ。
サイテー。

6/24

スパイ・ゾルゲ」を観た。
監督・篠田正浩の引退作といわれてる作品。
でも、例えば「写楽」や「梟の城」などといった近作路線を突き詰めたものではない。
ああいった、エンターテインメントとしての“物語”を閉じ込めた作品ではない。

おそらくは“物語”へのこだわりよりも、“最後に伝えたいコト”へのそれの方が大きかった。
物語は徹底的に練られてはいながらも、どこかたんたんと流れていく。
ある意味では、この物語は破綻している。
そう言ってしまってもいいくらい、伝えたい思いがスクリーンから溢れ出してくる。
ただ、物語には不要と言ってしまってもいい。

予告はものすごくドラマティックだっただけに。
あれを期待するとちょっと肩すかしだ。

物語を伝えるコトだけなら誰でも出来る。
それに付加価値を添えたり、うまくまとめたりするのが監督のシゴトである。
そこで色々とタイプの違う監督が必要になる。

例えばパトリス・ルコントというヒトがこう言っていた。
「最近は作家性の強い監督が多くてどうしようもない。」
確かリュック・ベッソンが台頭してきた時期の発言だったと思う。
職業監督として、どんな映画でも撮ってきた彼にしてみれば、確かにそう言いたいかも知れない。

ただ、そういった作家性の強い映画がおもしろいのも事実。
そして旬が短いのも。
リュック・ベッソンの旬はもう過ぎた。

つまりボクは、できのいい作品よりも、もっといびつでも情熱に溢れた作品に接したいのだ。
音楽でもそうだし、お芝居でもそう。
多分「千と千尋の神隠し」よりも「もののけ姫」が好きなのも同じ理由だと思う。
“表現者”としての核のような部分が観たい。

そこに準じれば、かなりいけてる作品だった。
ただ、物語の圧縮率が高すぎて、ちょっと資料的な補足が必要。
テレビの連ドラサイズでちょうどいいくらいかな。
しばらくゾルゲ本を探してみよう。

メッセージは確かに伝わった。
物語は伝わりきってない。
チケット代は充分に返してもらった。
ああ、こういうコトを書く時ほど、アクセスの少なさが悲しい時ってない。

6/25

昨日から松屋の焼肉定食が食べたかったので今日の晩ご飯は松屋。
時間はあるし、お店で食べよう。
るんるん。

お店に着くと何か新作が出てる。
ほほう、焼肉とハンバーグが半分ずつ。
じゃあそれを。

しばらく待つ。
水とか飲む。
浄水器を家に入れてから特に思うのだけど、どうして定食屋の水はまずいんだろう。
こういうトコで差を付けるべきじゃないかな?

さらに待ってると、その内にサラダだけ出てきた。
まあこういうコトはままあるし。
忘れられてないのがわかっただけでも。

で、サラダをもぐもぐやってると、「お待たせしましたー」とお盆がやってきた。
おお、お盆だ、すごいなあ。
あれ? サラダが載ってる?
ボク食べてるよ?

姉さんにも見えてないはずないんだけどなあ。
姉さんはボクがサラダを除けないとお盆を置けないので、お客さま?とか言う。
はいはい。
きっと引き上げ・・・なかったね。
これどうすれば。

結局全部食べてしまった。
はらいっぺ。
帰りに写真を確認したけど、やっぱりサラダはひとつだった。
誰かサラダもらってないヒトいるんじゃないの?
でもそんな声はどこにも挙がってなかったなあ。
なんか納得がいかないや。

それはそうと、食べてる間に来たひとりのおじさんが、ネギだくを頼んだ。
カウンターから厨房へ向けて「並・ネギだく一丁」の声が飛ぶ。

「ネギだく?」
「はーい」
ぼそっと「松屋なのに」

それはそうだけど。

6/26

昨日からひと駅ウォーキングをやめてジョギングに切り替えた。
ウチに帰ってきてから着替えて、その隣の駅までえっちらおっちらと走る。
ゆっくりとだけど、それでも20分ちょっとくらいかな。
あせあせあせ。

ところでまだ二日しかやってないのに、ほのかに左ひざが痛い。
ちょうど古傷に当たるので、ちょっと気になっている。
まあ明日からちょっとスピード落として、ゆっくりやっていこう。
速く走りたいわけじゃないし。

ボクはいったいどうしてしまったのだろう。
以前の自堕落で怠け者なボクはどこにいってしまったのだろう。
イマのボクと、以前のボクとは、まるで別人のようだ。

まあそんなコトもなく。
以前の自堕落なボクはちゃんといる。
皮一枚隔てたところで様子をうかがっている。
隙あらば乗っ取って、また90kgにしようともくろんでいる。
許さないぞ!
どうもできないけどさ。

いっそ完全にDNAを書き換えて別人になってしまえれば楽かもしれない。
悪い子は、コドモのうちにDNAに手を入れる。
犯罪者、いなくなるね。
なぜか長生きするヒトもいなくなったりしてね。

DNAが変わると、記憶も失われるだろうか。
キミのコトも忘れてしまうだろうか。
それならそれでいい。
また、キミと恋に落ちるコトができるさ。

記憶をなくしてしまっても、それこそアルツハイマーになってしまっても。
ボクはきっとキミを見つけるよ。
そしてまたボクはキミに恋をする。
キミはボクを見て、笑ってくれるかな?

誰だいあざ笑ってるのは。

6/27

政治関係のおシゴトとかすると政治に何も期待できなくなる。
何でみんなヒトのハナシ聞かないんだ。
正しいのはジブンだけか、おらっ。
まあいいや(よくない)。

コドモはわりとオトナのハナシは聞くもんだけどなあ。
以前フラメンコに付いた時、出演者に六つか七つくらいのコドモがいたのだ。
フラメンコなので床にコンパネ(1cmくらいのベニヤみたいなもの)を敷き詰めてあって、
180cm×90cmのそれはガムテープで止められていた。
終わった後、片付けに来ないなあと思ってたらその子がひとりでやってきてガムテープを剥がしはじめた。
ああ、先発部隊かな、すぐオトナも来るんだろう。

ところがその子がガムテープを剥がし終わる頃になっても、誰も来ない。
誰も来ないのが当然であるかのように、その子はコンパネを持ち上げ始めた。
まあ待て、ちょっと待て。
手伝うから。

結局ジブンのやってた作業を放り出して、その子とコンパネ運び。
どう考えたてってムリだろ、それ。
しかも最後の一枚残したところでオトナがひとり来たし。
どっかで見てたんじゃないのあんたら。

オトナの顏をしてるだけでコドモはコドモに過ぎないのに、オトナの仮面は強力なガードだね。
きっと知恵の輪みたいな鍵が付いてて、理詰めでひとつひとつはずさなきゃいけないんだ。
だからみんな理屈っぽくなっちゃうのか。
久しくやってない、知恵の輪。
しかし、あれってホントに知恵で外すのか。
むしろ、反射神経で外すんじゃないの。

コドモはもっと反射神経の生き物だね。
あの黙々とした作業っぷりは、いったいどうしたもんだろう。
カオで笑ってココロで泣いて、反射神経でいちばん傷付かない道を選び取ったのか。
鮮やかにコドモの仮面を装着してても、中が笑ってないコトなんてわかる。
オトナの中身は仮面に食われちゃうから、ホントの部分なんてきっと残らないよ。
イマのうちに泣いておけ。

いつまでコドモでいられるかな?
さあどうだろう。
30過ぎてもまだ泣いてる。

6/28

鷺沢萠のトークライブを見てきた。
そのコト自体は当日のおシゴトの終わり具合で決めたので、全然準備をしてなかった。
しまったなあ、本持って行けばサインしてもらえたのに。
忘れてたんだよなあ。

その会場は、わりとネットのイベントなんかでも使われている“ロフトプラスワン”。
トークイベント専用スペースという、そういえばあまりなかったかもな、という場所だ。
中はいちおーステージに向けてイスとテーブルが置かれている。
のだが、居酒屋スタイルで飲み食いしながら見るコトができる。

ところが急に決めたせいでボクはひとり。
事前に決めていたとしても、鷺沢萠好きなヒトってボクの回りにいない。
ひとりで居酒屋スタイルかあ、とちょっとブルー入りながら出かける。
到着は開演15分前、もうステージがまともに見える場所は開いてない。
でも、もう帰れない。

場所を見つけて座り込んでみたら、ちょうどステージの真横だった。
でも、視線の途中には二階への階段があった。
ギリギリでモニターが目に入るので、なんとか何がなされているのかは確認できる。
だからもうあきらめた。
この中で席を探して回るなんて、そんなエネルギーはない。

で、ヘタにはじっこの奥まった席を取っちゃったもので、店員さんがちっとも捕まらない。
二、三回捕まえ損ねて、こっちもあきらめた。
トークが始まっちゃった中で、声出して呼べない。
そんなハレンチになれない。
何だハレンチ。

ライブ自体は、サイトの再現みたいな感じで重いハナシは一切なし。
ぎゃーぎゃー騒いで終わった感じ。
まあ現物見たし、それでいいや。

ご飯食べて、さあ帰ってひとっぱしりしようと思ったら、ぽつぽつっ。
・・・タイミング悪いなあ。
今日の締めくくりにふさわしいかもな。
まあこんな日もあるさ。
も、ね。

も、だからね。
よろしく。

6/29

最近どうもムラムラしていけない。
久しぶりにそっち系の本なぞを買ってみたりしたものの、全然おさまらない。
何だろう、この感じは。
どうしたんだろう、いったい。

たまにこういう時期がある。
たいていしばらくすると治まってくるのだけれど、それまでがちょっとどうもよくない。
ヘタにおシゴトでかわいいオンナノコとか会おうものならたいへん。
一生懸命考えないようにしてみたり。

性欲から解放される日はいつか来るのだろうか。
どうも80のじいさんになっても解放されるような気がしない。
絶対イマの80歳だって、20前後の芸能人とか見ながら想像してたりすると思う。
ただ問題は、それが何%かってコトだけだ。
かなりいるんじゃないかなあ。

その辺の年になるともう立たないんじゃないかなあとは思うけれど、きっとその方がねちっこい。
想像するに美しい図じゃないけれど、風俗行けば珍しくはないだろうな。
制限時間いっぱい使って、オンナノコといちゃいちゃするおじいちゃん。
逆の図は、もっと想像したくない。
ホストに入れあげる80のおばあちゃんとか。

当たり前だけれど、女性だって性欲はある。
だろう、多分、な。
なったコトがないもので、言い切るのがためらわれたりもするが。

ヒトはいくつになっても好ましい異性から抱きしめられたいなあと思うだろう。
それ以上を望まなくなる日は来るのだろうか。
服を脱がせたくなくなる日は、いつか来るのだろうか。
正直来て欲しくない。
かわいいオンナノコ見て、愛玩動物程度の視線しか送れなくなるなんて寂しすぎる。
一個の女性として、いくつになってもきちんと見たい。
エロじじいとか言われるだろうか。
年をとっただけで、そんな扱いか。
ああいやだ。

解放されたら、楽は楽だろうけどなあ。
そこで楽はしたくないんだよなあ。
立たなくなったら、ものすごく悲しいだろうな。
たとえ使い道がなくても、とても悲しいだろう。

イマだって、別に立たなくたって困りゃしないんだけど。
いつかキミに会う日のために、コンディションは整えておかなくちゃ。

「あたしのカラダが目当てだったのね!」

カラダも、ね。
も。

二日つづけてこれか。

6/30

チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」を観た。
デミ・ムーアがオジー・オズボーンにしか見えないのはなんでだろう。
まあそれはそれとして。

もう! バカ! 
調子乗んな!
大好き!

前作が好きだったなら、間違いなく楽しめる一作。
相変わらずのおバカっぷりが堪能できる。
泣きと自虐ギャグのドリュー節全開。

ドリュー・バリモアが「E.T.」でブレイクし、その後堕ちていったコトはわりとよく知られてる。
拳銃に絡む事件を起こしていたりもする。
コドモが持ち上げられるとろくなコトにならないという、見本のような存在だ。
本人もそれをわかっているのか、「チャーリーズ・エンジェル」シリーズで決して銃を持たない。
スピルバーグが「E.T.」の20周年版で銃を引き上げたのに影響されたのか?
誰もそんなコト気にしてないと思うのだけれどなあ。

過去のジブンの悪行は、と思ってもたいしてない。
ないと思ってる方がたちが悪い気もするが。
親の財布から小銭をちょろまかすくらいしか思い出せない。
いや、充分に悪いけどさ。

当時はガンプラのブームの最中だったから、ほとんどがプラモデル代になった。
ほとんどとは言っても、すぐにばれて怒られた。
悲しそうな親を見て、ああ、と思ったのはよく覚えてる。
買ったプラモデルのコトはあまりよく覚えてない。

当時のガンプラ、予約制だったのもあるけど、店頭に並んでても万引きという手段は取らなかったろう。
きっとボクはジブンの中で、リスクの大小を計算していたんだと思う。
発覚した時に、学校にも、警察にも連絡がいかないコトをちゃんと理解していたんだと。
なんて嫌なガキだろう。

だからかな、ボクはコドモってそんなもんだと思ってる。
天使のような、なんて冗談じゃない。
打算とわがままの固まり、それがコドモ。
多分ドリューもそれを知ってる。

だから彼女は天使になろうとしたのだと。
失われたコドモ時代を取り戻すために。
ムダなコトだと知りながら、友達と一緒に理想の“あの時代”を追い求める。
ああ何て美しき刹那。

 

 

六月前半へ 七月前半へ

戻ろ?