先日シゴト場で健康診断が実施されたのだ。
レントゲン・検尿・身長・体重・視力・問診・・・まだあったよな気も。
身体測定とか言ったよね!
懐かしー。
ずいぶん痩せましたねとか言ってもらってごきげん。
でも、気になるコトがひとつある。
身長が縮んでる。
ダイエットって、横幅を減らすものじゃなかったの?
縦も減るの?
えー。
それも179.9とか出てる。
180cm切ったよ!
もうボクは身長を聞かれても素直に180とは言えないんだな。
ちょっと罪悪感を感じながら180とか言うんだな。
結局言う。
だってボクは181.8かなんかだった時にも180って言ってきたから。
その時の貯蓄があるだろう。
利子付いてないか、利子。
下落を食い止める方法は何かないだろうか。
このままではなくなってしまう。
確かに欲しがってはいたけれど、ジブンがコビトさんになってしまうなんて。
寝てる間に、へい、何いたしやしょう。
誰の注文を受けるのだ。
それでももう止まらない。
まだ縮むような気がしている。
なぜだ何がいけないのだ。
それとも“何か”ではなく“誰か”がいけないのか?
そうなのか。
測ったヒトか。
ボクに苦労させているヒトか。
ボクにおカネを払わせるヒトか。
誰でもいい、小さくなる呪いをかけてやる。
あれ、周りが全部大きくなった。
推察するに平均年齢70歳代のグループが働いていた。
すぐそばでジブンの作業をしていたボクは、何となく向こうの会話を聞いていた。
ひとりが言った。
「あんた、いちばん若いんだから頑張んなさいよ。」
ほほう、その年になっても。
もうボクぐらいの年になると、みっつやよっつはどうでもいいもんだけども。
まあでもボクは、学生の頃からあまり気にしてなかったな。
上に対してはそれなりに気を使ってたけど。
柳沢信吾だったかがよく言う、「お前、俺が小学六年の時いくつだよ!」ってのもある。
確かにその時期考えるとそうだけどさ。
ひとつ上なだけで、あんなに大人に見えてたんだからなあ。
すごいよなあ、いったいどんな魔法がかけられてたんだろう。
自由自在に使えるなら、是非手に入れたい魔法だな。
でも、ボクらにかけられていたその魔法はもうとっくに解けている。
年上だからといって、それだけで尊敬の対象になるコトはもうありえない。
同じように年下だからといって、それだけで侮るようなコトももうありえない。
大事なものを見逃してしまいそうだ。
それで守れるのはジブンの、どうでもいいようなプライドでしかない。
もう捨ててしまおう、そして街に出よう。
新しい価値観を買いに行く。
どこに行けば買えるかな。
マツモトキヨシかドンキホーテか。
100円ショップにゃあないだろうな。
あっても効かなさそう。
ヒトを評価するというコトは、同時にジブンも評価されているというコトだ。
アウトサイダーかインサイダーか、それはここでは関係ない。
ともすればコドモであっても、一切関係ない。
きちんと評価されたいよ、相手がコドモでもオトナでも。
魔法使いになれたらいいのにね。
尊敬されるような魔法をかけて、後からでもいい、その作ったジブンに追い付くように頑張る。
ローンを組むような考え方だな。
追い付けなくて、夜逃げしたりするコトもあるのだろうな。
ご利用は、計画的にね!
それはそれとして魔法使いになれたらいいのに。
色々と便利だろうにね。
しまった、一気に下世話な話になってしまった。
おシゴトでへまをしてしまったので、ちょっとブルー入ってる。
普段は何色が入ってるんだろ。
ご機嫌な時は何色なのだ。
やってしまったものはしょうがない。
シゴト柄、どうしても一般客の目にそのままさらされてしまう。
ああ、あなたが今怪訝な目で見ているそれはボクのせいなんです。
恥ずかしくてひとり悶絶している。
いかんなあ、油断したか。
いや、甘く見たな。
何が起こっても不思議ではないんだと、きちんと転ぶ前に考えておくんだ。
それができないなら、フツーのコトしかできないんだ。
それじゃダメなんだ。
誰だって、何もできなくても、何だってできる。
その想像力さえあればいい。
カタチにするのは誰でもできるさ。
周りをがっちり巻き込めれば。
でも、それに手を貸すヒトは何だってできなきゃダメだろ。
実現させるために、知恵を振り絞り、腕を振るう。
そこでへまするなんて、ありえないだろ。
うまくいくのが、当たり前だろ。
何のためにカネ取ってんだ。
さあもういいだろ。
一度したらもうしないよな。
みんなよかったね、もう起こらない。
ホントかよ、それ。
ところで冒頭の疑問について考えよう。
むしろブルーっていうのは普段の、落ち着いている時の色のような気がする。
実際の青っていう色と、このブルーっていうコトバは関係ないのかもしれないね。
人生バラ色っていうと、バラの色とりどりな感じでしょ?
でも、ほっといたカレー鍋の中がバラ色になっても全然うれしくない。
色とりどりなんてむしろ、ラリってるような感じじゃない。
混乱した瞬間とか。
ちょうど今日、へまをどう処置しようと考えてた時はそんな感じだった。
そうか、あれはカレー鍋だったんだ。
ああ、人生バラ色。
先日より過去ログを整理している。
体裁もちょっといじってる。
いいのか悪いのかわからないな。
ソースはずいぶんとシンプルになったけれども。
問題は、その為に全部読み返したコトだ。
つまらない日、多いなあ。
でも消すなら全部消したいなあとかでちょっと悶絶してた。
いるいらないで言えば、どうでもいいものなんだからいらないんだよな。
でも、ないとさみしいよね。
なんとなくね。
抜粋版を作ろうかとも思ったけれど、選択基準がわからないよ。
どれがいいのか悪いのか。
ボクが決めていいものじゃないでしょ?
これもなんとなくそう思う。
ニッキ以外のものはもうしばらく更新されないかなあ。
でも、時間かけて書いてる感じがするのが多かった。
あわただしいよね、このニッキは。
ゆっくり書きたいな、色々と。
でも、しばらくはニッキに全部放り込んでいこうと決めている。
想うコトも感想も、愛憎取り混ぜてぶち込んでいこうと。
毎日記すから日記なのであって、いわゆるその日のコトを書く場所じゃない。
だいたいヒトに読んでもらうために書く時点で日記ではあり得ない。
だから“ニッキ”なのだ。
ザクとは違うのだよ、ザクとは。
そう考えるとずいぶんと方向が変わったなあ。
過去ログのどこかには「週に一本、テキストを書ければいいなあ」とか書いてあった。
ニッキなんかついでだったのだな。
それが今やこのていたらく。
ヒトは思った方向には歩けない生き物だね。
ただ、だんだんとどこから読んでいいのかわからないサイトになりつつある気がするのも確か。
もっと取っ付きやすいサイトにしたいなあ。
やっぱり過去ログを選抜するべきか。
確かにボクはザクとは違うコトは違うが、それでもそれは。
一度くらいザクになってみたい。
ザクになって過去ログ整理。
正座がいやに似合う。
しっ、しびれが。
ごろん。
がしゃーん。
ぼかーん。
・・・・。
ああ。
夕べから見なれないものがトップに貼られた。
詳細は説明を読んでもらえれば分かると思う。
要するに、具体的に感想を伝えるコトで反応するのではなく、ただ拍手を伝えるボタン。
こうやってサイトをやってると、閲覧者とのコミュニケーションが取りたくなる。
カウンターやアクセス解析、メールフォームに掲示板などが代表的なツールだろうか。
単にメールアドレスをさらすよりも、確かにフォームの方が送りやすいかもね。
カウンターは回っているのを見ると、ああ、見てもらってるんだな、と感じるし。
ボクは、これは個人的な考え方なのだけれど、アクセス解析はトゥー・マッチだと思う。
どこから来たのかを問うようなマネはしたくないんだ。
どこからでもいいじゃない、結果は一緒。
来てくれたヒトは、詮索せずにいらっしゃいと迎えたい。
いや、すんごい興味はあるんだけど。
掲示板を導入したのは、もちろん感想をもらう場所が欲しかったからだ。
メールフォームじゃなかったのは、ヒトんちの掲示板とかに好きな場所があったから。
あんな場所になればいいな、と思って掲示板にした。
みんなで共有していきたかったんだ。
今でもヒトんちの掲示板にはよく出没する。
何となく顔見知りがいたりする。
好意的な横レスが入るとうれしかったり。
でも、読んですごくよかったりしても、何も伝えるコトが浮かばない場合もある。
“すごくよかった”と伝えるコトもあるけれど、時と場合によるかな。
何かこの気分をささやかにでも伝えるコトはできないだろうか。
そんな時にはこれ!
このボタンを押すだけで拍手を送るコトができるんです。
しかもこちらが誰なのかは一切伝わらないので、ちょっと気後れする相手にでもダイジョーブ。
さらに ちょっとしたメッセージを送るコトもできてとても便利です!
さて気になるお値段は、と続けたいところだけれどもこれは無料。
見て、そのまま申し込んでしまった。
さっそく物珍しげにクリックしてもらったりした。
まあ二、三日はそうだろね。
で、なぜこれを貼ったのかというと、具体的に反応が欲しいなあ、と思ったから。
ここは、最近は一日だいたい20〜30くらいのアクセスをもらっている。
掲示板には平均すると二、三日に一回の書き込みをもらってる。
メールは、単純な感想メールというものに限定すれば、開設以来もらったコトがない。
まあこれはホラ、掲示板を推奨してる部分もあるし。
ん?
やめてその哀れむような目は。
もうすぐレッド・ツェッペリンの現役の頃のライブ盤とライブDVDが出る。
まだツェッペリンで稼ぐのかあいつらは。
そんなコトを考えてしまう程に、解散してからはぱっとしたシゴトをしていない。
誰ひとりとして。
解散したのが1980年前後で、実質の活動期間は10年ちょっと。
高校の頃に、FOREVER YOUNG SERIESでちまちまと買った。
初期のアルバムはホントによく聴いたっけ。
もちろん全部後追い。
いくらボクがじじいだからってそんな、ねえ。
小学校低学年、ツェッペリン聴かないだろ。
どんなバンドでも、解散した後、一枚くらいは誰かが残る一枚を作ってるものだけどね。
ビートルズならジョンの「IMAGINE」、ポールの「BAND ON THE RUN」なんか。
作るのは中心人物か、解散のきっかけになったヒトのどちらか。
それができなきゃ、先日のドアーズのように再結成というコトになる。
例えば、正直ボクには、ジュンスカが再結成しない理由がわからないのだ。
まだそんなに時間が経ってないからおカネがあるのだろう。
まずドラマー[POTSHOT]はジュンスカをメインにはしないだろうし。
でも、今のまんまじゃぱっとしないコトおびただしいよ。
そのうちする、絶対する。
そこで勝負を賭けてくる。
背水の陣だ。
ツェッペリンの遺産がでかすぎて、彼等には勝負を賭ける必要がなかった。
一見ツェッペリンに見えるユニットでも、内容は全然ツェッペリンじゃなかった。
インタヴューでも、言葉巧みに逃げ回っている。
何から逃げるのか、それはつまり過去の自分との対決から逃げているのだ。
過去の遺産で食えてはいるけれど、逆にその伝説を守れない自分を隠さざるをえない。
結局何かというと伝説をフラッシュバックさせて小金を稼ぐ。
リマスターだの紙ジャケだのBBCライブだのと。
あー、BBCは良かったなあ。
リマスターはそれなりに違ってはいたけど、多少の違いでどうでもいいレベル。
紙ジャケは手にも取らなかった。
で、新アイテムが冒頭のライブであるが、DVDは短く編集されたものを観た。
正直両方欲しい。
思うつぼなのは分かっているのに。
ボクのこのカネは、今のお前に払うんじゃないからな!
悔しかったら、ちょっとはまともなものを作りやがれ!
なんだかんだジミー・ペイジに、まだ期待を捨てられない。
報われるコトは、多分ない。
それでもいい、できればホンキの音を響かせて。
逃げないで。
人類は、どんどん進歩していると言われている。
それは手放しで歓迎するべきコトなのだろうかと思う。
ただのエゴの結果としての進歩。
進歩を望んだワケじゃない、エゴを満たしたかっただけなんてコトもある。
例えばダイナマイトや原子爆弾。
平和利用?
想像力不足!
それが天才の限界。
というか、天才があえて目をつむる部分。
作りたいから作るんだ。
何に使うのかなんて考えないんだ。
カネを引っ張り出すのに理由がいるから、そこで初めてうんちく語る。
そんなコト、どうでもいいくせに。
この病気を治せれば、何万人が助かるよなんて、人体実験を行えるヒト。
ナチスや関東軍731部隊のおかげでどれだけ世界の医療が進歩したのか知ってるの?
恥じるべき過去として、封印された過去に寄りかかってボクらは進化してきたのだ。
ボクらは彼等に寄りかかって生きている。
忘れてはいけないコトは確かにある。
「浪速恋しぐれ」の夫婦みたいに、他に迷惑のかからないところでやっててくれればいいんだけれど。
幸せなんてヒトそれぞれだね。
常軌を逸した行動を、全てを賭けて行えるなんてうらやましいけどうらやましくない。
周りの不幸がジブンのせいだなんて、ボクには耐えられない。
みんな笑っていたいんだ。
書きたいから書く、言いたいから言う。
でも、それを人目にさらすのなら、そこから先が必要でしょ。
どういう気分にさせたいの。
天才でなくても、それくらいは考える。
いや、天才でないからこそ考えなきゃいけないのだ。
最初に宇宙へ行こうと考えて実行に移したヒト。
最初にナマコを食べたヒト。
最初に注射したヒト。
ボクも書きたいから書いてるはずだけど、今日は何が言いたいのかさっぱり分からない。
天才だったらそんなコトないのかな?
酒や酒や、酒持ってこーいっ。
はーい。(どっこいしょ)
一億円あったら、何するかなあ。
書いてみると、思ったより夢が広がるね。
一億円で叶う夢なんて、安いもんだけどさあ。
期限付きだったら、どうだろう。
一週間だけ、ボクの手元にある一億円。
とっ、とりあえず銀行?
一気に夢が。
だからといってギャンブルには行きたくないし。
下手に手元に置いといて盗まれたらいやだし。
だったらいっそ、目の届かない安全なところへってそれ、預かってるだけじゃないか。
まあそもそも条件がそうなんだけど。
何かしたいね。
すんごい高級貴金属店とか行って、それもちょー小汚いカッコして行って。
よりにもよって一番高いやつを指して、「これ、見せてくれない?」って言う。
何か言われたら、一億円のはいったリュックを開ける。
何か文句ある?
服とかもさんざっぱら試着して、結局何も買わずに帰ってくる。
カーディーラーにも行くし、高級マンションにも行く。
さすがに料亭は無理だな。
ハイヤーも呼べないなあ。
定期で移動。
やなヤツだな。
でも、アルマーニのスーツとか次から次へと試着してみたいよね。
スーツ嫌いだけどさ。
やなヤツだなあ。
諭吉を全員笑わせたり泣かせたりするのも楽しいかも。
でも、一億円というコトは、諭吉一万人いるんだな。
笑った諭吉と泣いた諭吉が五千人ずつ。
さぞかし壮観。
稲造をひとりづつ混ぜとくのも面白い。
稲造を探せ!
見つかったら次はどっちの諭吉が多いのか当てろ!
一週間じゃ足りないな。
もー、いったい何のために貸してくれたんだか。
一万人の諭吉などと景気のいい話の後に何なのだけれど、最近めっきりおカネがない。
先月の散財のおかげだと思う。
いや、思うというか、そう。
でも、ダイエットのおかげで食費はかからないし、その気になればあまり使わずに済む。
一日千円使わない。
一か月で三万円か。
おとーさんのおこづかいだね。
少ないなあ。
ペットボトルの新作とかももうずいぶん買ってない。
でも、先日JINROのペットボトルを買った。
ベランダに出て、何となく腰を振ってみた。
バカみたいだ。
みたい。
そのせいか、それ以降焼酎ブームが巻き起こっている。
ほとんどはロックだけど、たまにお湯を沸かしてみたりもする。
お茶で割るのも好き。
梅干しはNG。
おかげでビールの消費量が減っている。
お風呂上がりに一本飲むのと、あと一本。
普段は四本飲むのに。
いいコトだろな、きっと。
家の整理も遅々とではあるけど、ちゃんと進んでる。
ダイエットも月内目標は達成されてる。
おシゴトのやる気だけが、見当たらない。
整理が進めば発見されるだろうか。
それとも最初からなかったか。
なんだかんだ昼間から飲んだりしてる休日は、まとまらない思考とともに過ぎていく。
音楽だけが止まらずに流れ続ける。
洗濯機が止まったら、外に出よう。
おカネはないけれど。
町の空気はボクの味方。
今日の高い空もボクの味方。
お店はボクの敵。
たまにはそういうのもいい。
マッタリング・デイ、アイ・ラブ・イット。
なぜ英語。
ドーナツの穴は何なんだろうか。
ちくわの穴は分かるんだ。
バームクーヘンも分かるよ。
マカロニは分からないね。
穴の空いた食べ物はいっぱいあるけれども、理由の分かるものと分からないものがある。
ちくわやレンコンの穴なんて、有効活用できてるじゃないか。
でもマカロニの穴に何か詰めたなんてハナシは聞いたコトがないよ。
ドーナツにいたっては、何なんだよあの、むしろ主役を主張する穴は。
おかしなもので、確かに想像上のドーナツにはいつも穴が空いているのだ。
製造工程を考えたら、穴を空ける理由なんかないはずなのに。
でも、ボクらにとっては、いつだってドーナツとは“穴”のコトなのだな。
なんて理不尽なコトだろうか。
理不尽といえば、トウモロコシもそうだ。
食べない部分多すぎるよ。
あの軸は、何かに使えないものだろうかね。
おいしくいただく方法はないものか。
ホントに食べられないの?
梅干しの種みたいに、中にさらに食べられるものが潜んでたりはしないのかな。
あの中身はどうなってるんだろう。
そういえば中って見たコトないなあ。
何か隠されてたりするんじゃないのかな。
国家機密とか。
ドーナツの穴の有効利用法はどうだろう。
塞いでしまうとドーナツじゃなくなっちゃうから、塞ぐわけにはいかないんだ。
何か詰めてみようかな。
ドーナツ巻きと呼ぶコトにする。
ご飯でも野菜でもお肉でも、この際何でも詰めてみる。
それ用のドーナツが開発されたりもする。
別のドーナツも詰めてみる。
ひとつで二度おいしい。
是非各ドーナツショップで導入してもらいたい。
飲茶とか作ってる場合じゃない。
ドーナツ屋の本分を全うするためにもここはひとつ。
ならマカロニ屋とバームクーヘン屋にも頑張ってもらわなきゃいけないな。
バームクーヘンは使う軸を細くすれば済むハナシだよな。
それとも世界バームクーヘン連盟で軸の太さが決められてたりするのだろうか。
連盟の会報とか読んでみたい。
マカロニはまあ、中身はスパゲッティーになるワケだからいいのかな。
別に分けなくてもいいと思うんだけど。
「恋愛冩眞」を観た。
ずっと気付いてなかったけど、実はボクは、広末好きかもしれない。
知らなかった。
松田龍平もずいぶん見られるようになった。
「御法度」は立ってるだけだったもんな。
それに比べれば全く以て格段の進歩だ。
小池栄子はどうでもいいや。
監督は堤幸彦。
「ケイゾク」に「トリック」とテレビドラマの印象が強い。
でもボクはほとんどこの監督の作品を見てない。
「溺れる魚」っくらいかな。
興味を引く作品をあまり撮ってなかったからなあ。
あ、いや、あくまでもボクにとってはというコトで。
でも、今回はストレートな恋愛ドラマ。
主役は松田龍平だけれど、監督が見せたいのは間違いなく広末涼子。
劇中、ダントツで魅力的。
スクリーンサイズできっちり魅力を発揮できるヒトって、いるようでいないのだ。
動く広末も魅力的だけれど、今回はタイトルにもあるように“冩眞”がポイント。
写真に写った広末もとてもいい。
ホント、ありえないくらい絵になるよなあ。
劇中、写真と舞台は、日本からニューヨークへと移っていく。
写真にはそれぞれ風景なども写っている。
風景だけではなく、人物・静物などもある。
そのどれもがいいのだな。
物語を味わう際、中のパーツを受け手が勝手にふさわしいカタチに矯正するコトがあるが、
これはそんな劇中効果なのか、それとも違うのか。
ふたりの撮る冩眞にココロを動かされた二時間弱。
なぜ英語なのかという疑問は最後まで付きまとうが、ラストでやっと解消する。
字幕前提なんだから、もうちょっとシャレた字幕を作れば良かったのに。
フツーの字幕じゃないか、つまんない。
しかし広末かわいいなあ。
彼女のやる役はいつも、実際にそばにいると疲れそうなオンナノコだ。
おまけにちょっと前までの奇行のイメージもあって、すっかり重なっている。
映画のヒロインとしてはいい感じだけど、友人/彼女としてはどうか。
ありえないから気にすんな。
いつものようにひと駅ウォーキングをしていると、前からものすごいスピードでヒトが走ってきた。
ボクは、どうしよう、足をひっかけるか、体当たりするか、と迷いはじめた。
すぐ気付いた。
なぜ、その必要が。
彼がなぜ走っていたのかは分からないけど、別にいいじゃないか走ったって。
町中で爆走してはしてはいけないなんて決まりはないだろ。
悪いコトをして逃げているヒトだけが全力疾走するなんてのは、ボクの思い込みに過ぎない。
そうだよね?
またそのヒトが、よくわからないんだけど、ものすごい笑顔で駆けてきたのだ。
はっきりと言えば気持ち悪いくらいの笑顔で。
うわあ、大丈夫かなあ、関わりたくないなあ、と思いながらやりすごした。
ボクは悪いコトをして町中を全力疾走したコトはない。
そうでなくてもずいぶんとしてないな、全力疾走。
うそ! ダッシュをしてないって?
何だかショックだ。
ダッシュくらいどこかでしてるだろうとか思ったけど、ホントに思い付かない。
がーん。
学生の頃、飲み会の後に店の前で溜まってると、ひとりがいきなり走り出したコトがある。
もちろん全力疾走だ。
仕方がないので追いかけた。
酔っ払いの追いかけっこだ。
あの時にすれ違おうとしているヒトから足を引っかけられたら、どうしていただろうか。
きっと怒り狂っていたに違いない。
もしかしたらあの時のボクも、ものすごい笑顔だったのかもしれないのに。
でも、あのシチュエーションならボクが被害者だろう、追いかけてるんだから。
よく考えてから引っ掛けやがれ。
ある行動が背後のシチュエーションを浮き彫りにするのは悪いコトじゃないと思う。
ある格好が背後に職種を感じさせるのも悪いコトじゃない。
ある表情が背後の感情を感じさせたりも。
でも、そこに頼り過ぎるときっと危険。
冒頭で走ってきた彼だが、やり過ごした後、もうひとり走ってきたのだ。
うわあ、やっぱり!と思ったらその彼もものすごい笑顔だったのだ。
しかもふたりともジーパンとか穿いてたし。
方程式に従うと、あのふたりの答えが出ないよ。
ヒトはこうやってヒトにキ印の印象を持つようになるのだな。
単にジブンの限定された想像力のせいなのに。
危険はちゃんと第六感で察知するのだ。
死んでからじゃ遅いけど。
月にはうさぎがいるのだと、そう信じなくなってずいぶん経つ。
幼い頃に見た、月面に宇宙飛行士が立っていた写真は、ボクに死の世界を示した。
岩がゴロゴロしているだけの、何もない世界。
うさぎも何も、生きていられるような気がしなかった。
唯一、クレーターがうすのように見えなくもないという部分がだけがうさぎへの夢をつないだ。
でも、そんなコトはありえないコトにも気付いてた。
ぺったんぺったんと聞こえるとしたらきっと地下からだ。
月面カモフラージュ。
きっと月面地下室は、地球のどこかとつながっている。
その“どこか”はまだ発見されないままになっている。
「世界不思議発見」があと千年くらい続けば、ミステリーハンターが発見するだろうか。
地球のうさぎが先にあったんじゃなく、月から来たうさぎが地球で繁殖したという仮説。
謎は謎のまま、ミステリーはミステリーのまま取っておきたい。
謎は解くためだけにあるんじゃない。
闇は照らし出されるためにあるんじゃない。
まだ見ぬ新大陸、どこかにあると信じたい。
探検家も、もうネタには詰まっているだろう。
音楽家も、ストーリーテラーも、デザイナーも、みんな“新しいコト”を探している。
いきおい技術者だけが気を吐くコトになる。
幾千もの実験の夜の果てに、たった一度の発見の朝を迎える。
先人よりも、一歩だけ前へ。
技術革新は、それ自体は否定されるべきではないにせよ、手段=目的に思える。
過去を積み重ねた上に、少しだけジブンの現在を重ねるコト。
それはジブンを刻むコト?
それとも未来へとつなぐコト?
ボクも技術者のはしくれとして言わせてもらう。
目的設定とそのクリアを繰り返すコトがあなたの人生なのですか。
技術の目的はヒトを支えるコトなのに、ヒトはいつだっておいてきぼりだ。
夢なんか見たくない。
愛なんかいらない。
実験の日々だけ積み上げていく。
そう言えればどんなにいいか。
“想像してごらん、天国なんかないんだと”
想像はボクらをオトナにして、ついでにバチ当たりにもする。
月の記憶を残したうさぎは、そんなボクらを見て笑う。
重力からも固定観念からも、さらには未来からも自由に飛び跳ねながら。
性格診断と言うものを昨日やってみた。
結果をメモで発表したのだが、らしいのからしくないのかよくわからない。
もらった反応もそれぞれだし。
納得いかないのは、恋愛・結婚に関するコメントである。
“異性に対して抱く夢は盛り沢山でしょう”とか言われてる。
どうしても納得がいかないんだ。
そうじゃないというわけじゃない。
逆だよ。
みんなそうじゃないの?
恋愛って、そうじゃないの?
テキトーに合いそうな相手と付き合って、たいしたコトも期待せずに過ごすの?
だって付き合うって言ったら、それなりに期間長いでしょう。
短い人生のそれなりなパーセンテージを、そんな相手に捧げちゃうの?
もっと考えた方がいいよ。
だって、会うだけならまだしも、キスしたりカラダ合わせたり何時間も話したりするでしょう?
そんなテキトーな相手としたくないじゃない、そんなコト。
ホントにそう思える相手としたいじゃない。
いや確かに相手に関わらずしたい時はあるけどもさ。
それは“誰か”としたいわけじゃなくて、誰でもいい時だから。
期待はでかい。
それもとてつもなくでかい。
多分相手に知られたら重荷になるくらいでかい。
でも、ボクが選んだ相手なんだから、という期待もある。
そして相手もボクに対して同じ期待を持ってるものだと思ってた。
もしかして、違ったのかな。
て言うかさ、ジブンが選ぶ最大のものじゃない、恋愛ってさ。
そこで妥協してどうするのさ。
結婚までいくならなおさらだよ。
それがあなたの理想なの?
相手に責任押し付けてない?
世界でいちばんかわいいオンナノコじゃないと付き合いたくなんかない。
そのコのために、ボクは世界一になりたい。
われなべにとじぶたなのかもしれないけれど、キミとボクなら無敵だと思えるさ。
どこにいたって、ドラマの主役はボクらなんだ。
何を言っても、いないものの強がりに見られるコトは承知している。
でも、そう思えない相手と付き合うより百万倍マシだと思う。
ドラマの中で、ボクがどういう役回りなのかもだいたい想像つく。
それでもいい、ボクは探し続けるよ。
まだ見ぬキミを。
先日「新世紀エヴァンゲリオン」の絵コンテ集を買った。
非常に今さら感のただよう買い物で、ちょっとレジに持っていくの恥ずかしかった。
勢いでビデオを観返している。
やっぱおもしろいなあ。
リアルタイムでは観てなかった。
そもそもテレビアニメを観る習慣がなかった。
アニメーションは映画とテレビでお金の掛け方が全く違う。
台本も含めたテレビアニメの質の悪さに観る気がしてなかったのだ。
結局ビデオリリース後、後追いで観てはまった。
テレビアニメにはまったのはものすごくひさしぶりだった。
オリジナルガンダム以来かな。
いちばん好きなのはアスカ。
あの強がりなところとか大好き。
物語の中ではひどい扱いを受けているけれど、確かにサディズムを刺激するようなところがある。
そして同時に守ってやりたくもなる。
“アヤナミスト”なんて言葉もあったね。
劇場版が公開される頃には社会現象っぽくなってた。
多分もっと前からだったのだろうけど、ボクのアンテナには引っかかってなかったから。
引っかかってればテレビで観てただろうか。
そこまでしてたかどうかは分からないけど、一気に観られたのは助かったな。
待つ身の楽しさもあるんだろうけどね。
物語は、後半に入って制作が間に合わなくなりはじめた辺りからおかしくなりはじめる。
劇場版は、正直キライと言ってもいい。
隔週にしてもいい、放映期間を伸ばしてもいい。
あれはテレビアニメという枠の中で、物語として完結させてほしかった。
特に劇場版で実写が混じった瞬間、ボクの中の物語を期待する部分は無惨にも裏切られた。
多分庵野秀明もちょっとおかしくなってたんだと思う。
世界を救う使命を持たされた14歳。
“逃げちゃダメだ”と繰り返しつぶやきながら日々、死と向かい合う。
おかしくならない方がどうかしている。
一緒に沈んでいってしまったのだ。
そんなエヴァンゲリオン、来月DVDのボックスが出る。
買っちゃおうかなあ、中古で出回るのを待とうかなあ。
来月の財布と相談しよう。
しかし絵コンテ集の今さら感も確かに相当なものだが、それよりもこのニッキの今さら感はどうだ。
ま、まあボックス発売記念というコトで。
結果オーライ。
オーライ?
あんまりー。
海が見たいな。
水平線まで何もないような、そんな海。
地平線も見たいな。
どこまでもまっすぐな。
海のない県や国に住んでるヒトは、黙ってると一生海に出会うコトはない。
修学旅行で海とか行くのだろうか。
遠足で他県は遠いし、臨海学校とかあるの?
学校で海を見せるための企画があったりはしないの?
歩いて100mで海、という場所で育ったボクには、海なんて目新しくも何ともない。
でも、こっちへ出てきてからはそう簡単に海には出られない。
意識的に動かないと決して見られないんだ。
別にさみしくもないけれど。
先日、砂漠が舞台になってる映画を観た。
フツーにヒトとかを撮ってるとそうでもないけれど、俯瞰の映像になると海!って感じがする。
砂の海、どこまでも続く。
沈んでしまいそうな。
沈んでしまうコトを考えると、いちばん恐いのはヒトの海。
おシゴトでたまにヒトの海に遭遇するのだけど、その中に落ちるコトを想像する。
誰でもない一部になって、ジブンが失われてしまう。
まさに埋没、大海の一滴に成り果ててしまう。
そんな気がするだけなのだけれども。
ジブンがジブンでなくなってしまうなんて時は、生活する中でもたまにある。
ホントならしない選択をせざるを得ない時なんかは、そうやってジブンをごまかしたりしてる。
これは誰か別のヒトが選んだコト、それを引き受けただけ、なんて。
なんて自己欺瞞、どうしようもないね。
雨はもうやんで、ここが海になる可能性はなくなった。
真水だから湖か沼か。
どうでもいいか。
ヒトの海も砂の海も、恐い。
でもいちばん恐いのはボクが“たろの海”とかになってしまうコト。
そしてもちろんどうでもいい。