イチニチ寝てた。
明日起きられるんだろうか。
性生活というものが最近全くないワケだが、人類三大欲求のわりには満たさなくても生きていられる。
それでも三大欲求に数えてしまう辺り、存続がどんなに大切なコトなのかが窺える。
全然貢献してないな。
満たされても存続にはまだ貢献しないけどな。
処女・童貞っていう人種がいる。
具体的にはどうなるとそうじゃなくなるんだろう。
はい、あなたはイマ童貞ではなくなりました!って瞬間があるのだろうか。
オンナノコはなんか分かる気がする。
よく知らないけれど、なんかあるんでしょ?
扉が。
オトコはどうなのか。
したって、してないフリをするのは簡単だよ。
したって証拠は、カラダのどこにもない。
残ってたらビミョーな気分だろうな。
以前友人に聞いたのだけれど、25か6の頃に、学生服を着て風俗に行ったそうだ。
普段から行ってたらしいのだけれど、その日はふと実験をしてみたくなったらしい。
学ランで行って、「初めてなんです・・・」とか言ったらしいのだ。
優しくなったらしいよ。
試すとよい。
この年では試そうにも試せないからボクの代わりに。
そもそも普段そういうトコロに行く習慣がないからなあ。
何でそんな境界線のコトを考えてたのかというと、「ヘルシング」の新刊が出てたのだ。
で、最初から読み返してたのだ。
非処女・非童貞は吸血鬼にはなれないんだよ。
なりたくもないけれど、なれないといわれると何かくやしい。
で、全長の何%まではOKなの?
そういう問題じゃない?
出さなきゃいいの?
ああもう、何でこんなどうでもいいコトほど知りたいんだろう。
“あの娘のホントの気持ちが知りたい”なんてセリフがちょくちょく聞かれる。
この場合、主に片思い中の男子のクチから発される。
分かるワケがないのに、知りたがる。
知っても何もいいコトなんかないのに。
気持ちなんか。
ヒトはウソをつくから。
ジブンでも気付かずにつくから。
“ホントの”気持ちだと思ってヒトに伝える。
でも、それはホントじゃなかったりするから。
ジブンの気持ちさえ分からずに、どうしてヒトの気持ちが分かるだろう。
あなたのココロの地図を見せてよ。
きっとその地図じゃどこにも行けやしないから。
誰を訪ねるコトも叶わないから。
ボクのココロの地図は、きっとジャングルのようだろう。
ボクにはジブンの気持ちが分からないよ。
どこに何があるのか、もののはずみに見つかる気持ち。
あれじゃない、これじゃない、否定するコトしかできないんだ。
たまに肯定したって、それがホントにボクを満足させるコトができるかどうか。
手に入れたら最後、“何か違う”と放り出すんだ。
“何か違う”じゃないだろ。
何でもない、希望。
正体不明の宝の地図。
“宝があるような気がするような”そんな地図。
そんなものを頼りにして、ボクらは世界を渡っていく。
そんなものを頼りにして、ボクはキミと出逢う。
そんなもの頼りの、ボクとキミ。
どこへも辿り着かない。
辿り着くコトが目的なんじゃない。
目的なんてどこにもない。
いいカタチでバトンを渡したい。
次の世代に?
次のボクに。
まあとどのつまりはカレーを買ってきてもらったら、あまりカレーを食べたい気分じゃなかったと。
食べたいような気がしたのにな。
おかしいな。
めずらしくぬいぐるみショーなんぞのおシゴトをする。
中に結構な人気キャラの着ぐるみが一体。
かぶりたい。
うずうず。
こーゆーのは、昔とった杵柄とかは言わないだろうな。
ただのノスタルジーだな。
初めてよりはマシ程度にしか動けやしないんだ、きっと。
そもそもあれはちょっと小さそうだし。
かぶってた頃は、ボク仕様の着ぐるみが製作されるくらいかぶってたのに。
もう動かないなあ。
特にアクションキャラならなおさらだ。
タイミングも計れないだろ。
控えに置いてあったので触りに行った。
ぺたぺたぺた。
中を覗き込んでる時に、中のヒトが戻って来た。
あっ、すいません。
「いや、いいですよ。好きなんですか?」
昔こーゆーのかぶってたんですよ。懐かしくて。
「へぇー、いつ頃です?」
10年とか前ですか。
「じゃあセーラームーンの頃ですか。」
そうですね、ドラゴンボールとか。
ひゃあ、懐かしい。
かぶったかぶった。
アクション以外は大概やった。
ま、それはつまり、いちばんギャラのいいトコを逃してたというコトなんだけど。
ヒトにはそれぞれ個性があるから、それを尊重してた結果だから仕方ないね。
便利なコトバだなあ、個性。
「これ、かぶってみます?」
えっ! いやーははー、とんでもない。
うずうず。
深夜バスの発着所にて。
「あー、○○行きって、すっごい混むんだねえ。ほら、すごく並んでるよ。」
あんまり見ちゃダメですよ。みんな花の都に負けて疲れ果てて逃げ帰って行くんだから。
「○○さん、それは、多分半分しか合ってないよ。」
へえ? どっちですか、合ってるのは?
「いや、それはどっちでもいいんだけれども。」
いや、あのね、前半が合ってたら同時に後半も合ってると思うよ。
それとも最近は、みんなあきらめいいのかな。
たいして戦わずにドロップしちゃうのかな。
“死にたいくらいに憧れた 花の都大東京”
そんなフレーズもあった。
地方出身者を一撃でノックアウトする伝家の宝刀だ。
イマはどうなんだろう。
地方でもいいのか?
花の都に行かなくてもいいのか?
そんなコトないだろう。
都会に対する憧れはいつだってあるだろう。
何を言っても、情報と現実の差は埋められないんだ。
圧倒的なリアリティーがここにはある。
そして同時に圧倒的なイリュージョン。
そう、東京タワーはきっとフォノグラム。
登っているのは気のせいだ。
高いのも気のせい。
飛んでみれば分かるよ。
責任は取らないよ。
好きにするがいいさ。
さて、ボクも憧れて東京に出てきたクチだ。
でも、憧れた場所にボクはまだ辿りつけずにいる。
死にたいくらいに憧れた花の都は、もっと違う場所にあるようだ。
ヒトは皆、それぞれの都を抱えて東京に現れ、そしてそれぞれの都を見つけようと頑張る。
だけど決して見つかりはしない。
ココロはウソをつくからな。
深夜バスを利用してるヒトが聞いたらきっと怒るな。
たわいない偏見じゃないか。
どうせ遊びの帰りなんだから、おシゴトに疲れたヒトの遊びにくらい寛容になんなさいよ。
遊び?
そっちが偏見かも。
やっぱり負け、いや、その。
間取りとか考えるのが好き。
コドモの頃の友だちに大工の息子がいて、そこに遊びに行くと間取りを組む為のピースがあった。
“六畳の和室”とか“ガレージ”とかのパーツを組み合わせて家を作っていく。
強度とか考えないから、むちゃくちゃな家が建った。
一人暮らしを始めてからは、不動産屋さんの店先を覗き込むのが好きだった。
色んな間取り、色んな条件。
ジブンを最後のピースとして、色々と想像する。
実際に引っ越すとなったら大変である。
イマの部屋を決める時には20軒近い物件を見た。
すごく楽しかった。
すごく楽しかったのはよいのだけれど、絞る時には混じっちゃって大変だった。
だからあれほどメモを取っておけと・・・ぶつぶつ。
ベツに引っ越すワケではなくてもなんともなしに眺めるだけでも楽しい。
でも最近、ちょっと様相が変わってきた。
以前ほど楽しくない。
飽きたのかといえばそうでもない。
ウチのポストに入ってくるヤツは結構楽しんでる。
ならなぜだろう。
どうしてだろう。
多分実現性が薄くなってきたからだろうと思う。
多分もう、ボクは引っ越さない。
次に越すのは、買った時か実家に帰る時だろう。
そう、負けて帰る時だ。
あ! もうひとつ!
誰かと住む時だ。
いちばん忘れちゃいけないヤツを。
マンションのチラシが好きなのは、ジブンの予算も含めて考えるからだろうと思う。
実現させる可能性を加味して想像できる方が楽しいね。
ビンボーなのにね。
とは言え、買ってしまうと後戻りができない。
決めるなら早いウチがいいのだが、どうにも責任が重くなりそうで恐い。
重いのキライ。
体重とか。
三連休?
何ですかそれ。
でも今日はお昼に金兵衛のシャケ弁もらったからちょっとごきげん。
金兵衛のお弁当好き。
お魚のおいしいお弁当って貴重。
コンビニ弁当も良いのだけれど、お魚があまりおいしくない。
ダイエット中の身には揚げ物は辛いし。
ま、辛いのは精神的にであって、買えばうまうまと平らげるのだけれど。
でも、年が明けてから多分、10食も食べてないな。
おにぎりは食べてるけどな。
さかなさかなさかなーさかなーをーたべーるとー、って書いてみる。
魚魚魚ー魚ーをー食べーるとー、とも書いてみる。
おんなじなのに、どうしてこんなにお経みたいになってしまうのか。
日本語って不思議。
小さい頃には木魚がどうしてもお魚に見えなくて困ったものだが、アレ何でお魚なのかね。
恨みでもあるのか、それとも何かベツの理由があるのか。
お魚を叩くとお経の利き目がアップする念みたいなものが放出されるのか。
で、不漁の時代にせめてもと木彫りのお魚を叩いたのだ。
それが定着したのか、そのまま今に至る、と。
北海道の方ではお魚じゃなくて熊だったらしい。
生きてる熊を叩く叩く。
お坊さんは一流の猟師がするおシゴトだったのだろうな。
でもやっぱり不猟の時代に木彫りになって、その後、江戸時代に内地から木魚が伝わった。
コンパクトさが受けたのか、内地におもねったのか、木魚が主流になった。
折衷案として、熊にお魚をくわえさせたものもある。
よく目にするアレである。
ちなみにヒトを叩きながらお経を読んだ地区もたくさんあるらしい。
偉いお坊さんがやめさせるよう説得して歩いた。
代わりに、と木彫りを置いて回った。
そうか、アレにはそんな歴史が。
電動っていうのは、きっとリアリティーの為だ。
いやあ違うと思うよ。
今年に入ってからずっとダイエットを続けてきて、最近やっと10kg落ちた。
月内はその前後をキープするコトを目標にして、それから続きをやろう。
まだ目標まで10kg以上残ってる。
あー、ボクも女子高生あたりとおつき合いして、その心労でヤセたりとかしたい。
目標到達しても、止まらなかったりしてな。
ヤセたら嫌われたりしてね。
どうしようもない。
そんなこんなで10kg落ちたワケだが、不思議なほどに誰にも気付かれない。
おシゴトをしていても、全く気付かれない。
ダイエットをしているのは内緒にしているから、気付くとしたら見かけか食事内容だと思う。
あきらかにその辺正月を境に変わっていると思うのだが、全く気付かれない。
きっと誰もボクのコトなんか気にしてないのだと思う。
いいんだいいんだ、こっちだってヒトのコトは言えないから。
そもそも何の為にヤセようとしてたんだっけ。
特に目的なんてなかったっけ。
どうしよう、目標達成したら何かしよう。
何かおいしいもの食べようかな。
元の木阿弥だ。
なぜ木阿弥がこんなトコロに。
これがフィクションなら、“目標達成=憧れの彼女に告白”というシナリオが用意されてるだろう。
でも、これはフィクションじゃない。
目標は、ただ単に目標としてそこにある。
現実は厳しいね。
夢も希望もあるけれど、道はどこにも見当たらない。
でもまだ言いたいコトを言える分、この場所はマシな場所だ。
ここから道を作りたい。
フィクションじゃないコトは、ベツに残念じゃない。
だってフィクションの中で、ボクにいい役が振られるとは思えないから。
いったい監督は誰だ。
メガホンをボクに!
結局フィクションにするのか。
しかも出演してないし。
ごはんとおかずが一緒にある風景に違和感を感じるヒトはいないと思う。
日本人であればなおさらだろう。
白いごはんがほかほかとゆげを立てているのは幸せだ。
おかずはベツに何でもいい。
必ずしもメインになるようなものがなくてもいい。
ビンボーな学生生活の名残りだろうか。
当時もお米だけは切らさないように努力してたっけ。
ごばんをごはんだけで食べるヒトは少ないと思う。
多分みんなおかずとバランス良く食べていく。
さあそこだ。
バランスの黄金比はいったい。
ヒトそれぞれ、ベストの配分があるだろう。
おかずが多めのヒト、ごはんが多めのヒト。
お茶漬けにするヒト、おかずをつまみにビールを飲むヒト。
それぞれだ。
ちなみにボクはごはんが多い。
いちばんおいしいバランスで食べると、例えば定食屋さんで大盛りをもらっても、おかずが余る。
いいのか悪いのか。
でも最近は胃が縮んできたみたいであまり食べられない。
だからちょっとずつバランスを変えていっている。
多分フツーにもらったごはんとおかずの量が黄金比だろう。
それにチャレンジしていく。
今日はわりとうまくいった。
最後に残ったお味噌汁を啜る。
黄金比から逸脱した部分で泣き言は言わないけれど、それぞれの好みはハッキリある。
おかずは少なくてもいいのだ。
カレーを除いては。
カレーのルーって、おかずなの?
アカデミー賞が発表された。
ボクの3/13日のニッキでの予想は、「戦場のピアニスト」の作品賞・監督賞・主演男優賞の三冠。
結果は二冠に留まった。
いちばん重要な作品賞を逃して。
作品賞は「シカゴ」だ。
うん、いいんじゃないかな。
素直に作品のパワーが評価されたと思いたいな。
トータルの勝利とでも呼ぶべきアンサンブルの高まりをみんな観るべきだ。
ただ、「シカゴ」は役者が軒並み逃している。
唯一、キャサリン・ゼタ・ジョーンズが助演女優賞を獲得したに留まった。
主演女優賞は、ニコール・キッドマンが持ってった。
未見なのでノーコメント。
でもこのヒトは、「Eyes Wide Shut」あたりからホントに凄みが出てきてるからな。
まあこれであの担当さんも一息ついたコトだろう。
何冠とったかで箔は付けられないけれど、いいじゃないいちばん重要なトコなんだから。
ナインボールで九番しか落とせなかったみたいなもんだな。
勝ちは勝ちだ。
主演男優賞のエイドリアン・ブロディのスピーチはすごかったな。
訴えられて裁判ざたとかにならなきゃいいんだけど。
再放送ではカットされてる可能性もあるな。
思いきったもんだ。
アニメーション賞に「千と千尋の神隠し」とは、正直、遅えとしか思えない。
「もののけ姫」によこしておくべきだったんだ。
何の為にクレア・デーンズが声を当てたのだ。
少なくともアカデミー賞獲得の為じゃない。
知ってるよ。
ちなみに勘定してみたら、「シカゴ」は合計で六冠取ってる。
重要なトコをことごとく逃してるから目立たないだけで、そんだけ取ってれば充分じゃない。
ボクも人生ではそれくらいは取りたいものだ。
とりわけいちばん重要なところだけは。
どこだろう、それ。
雨が降っているのにこんなに暖かいなんて。
何だろう、もう完全に春なのか。
もう一回くらい寒さが戻るだろうか。
いくらなんでも雪までは降らないだろうなあ。
今冬はあまり雪が降らなかった。
いつもの冬みたいに記憶に残る降り方をしてない。
地球温暖化現象か。
そうだそれに備えてボクは六階に住んでいるのだ。
さあ沈め。
ウチが飛び込み台になるくらい水位が上がれば、ボクは泳いでおシゴトに行こう。
そんな時に行って何をするんだろ。
春の証拠はもうひとつあって、ここのところやたらと眠い。
今日の帰りの電車の中でもうつらうつらしてた。
立ったまま。
寝ぼけて倒れそうになったよ。
電車が揺れてよろけたフリをしてみたよ。
気付かれてたかな。
そろそろフリースだと暑いし、お風呂のあとの汗が引くまでの時間が伸びてきてる。
きっとこのまま夏になる。
桜の咲いたヒトもそうでなかったヒトも一緒に夏へと連れていかれる。
ボクらは同じ電車に乗っている。
決して止まらない。
涼しいカオして季節から季節へ移ろう。
ボクらが何をしても関係ない。
何もしなくても関係ない。
世界がどうなろうと、例えボクらがいなくても。
ならボクも季節に流されずに生きていこうか。
でもそれは想像するにつまらない生き方だな。
色々と楽しんで生きていきたいよね。
春には春を、夏には夏を、秋には秋を、そして冬には冬を。
全部揃ってる?
ボクらはみんな、どうせ世界の上で踊ってるだけなんだから、いいじゃない難しいコトは。
どうしてわざわざ悲しもうとするの。
どうしてわざわざ悲しませようとするの。
誰ひとり泣きたくなんかないのに、誰も逃げられない。
ほら、世界が呆れてる。
世界に愛想をつかされたボクらは、きっとそれでも生きていくよ。
毎日ビール飲んで、毎日カオを洗うよ。
何も変わらないよ。
こんなコトを書き散らしているボクもきっと呆れられてるな。
まあいい、何も変わらない。
そう? いや、ちょっとは。
お芝居見物をしてきた。
お芝居を観た、と言うよりもこう言った方が物見遊山的な雰囲気があるね。
花のお江戸の物語みたいだ。
欠落感を持って日々を送るヒトは多い。
それを何らかの代償を以て、ごまかしながら生きるヒトも多い。
でも、ごまかしはごまかし。
決して代わりになんかならないんだ。
だいたいは“愛”に関する問題。
お金に関する問題は、“感”じゃなくて明解に欠落。
どうしようもない。
ヘタに代わりになるものに手を出すと大変だ。
“愛”の代わりを埋める商売は、この世界にごまんとある。
ホントに五万あるかどうかは数えたコトがない。
でも、そういっても決して誇張じゃないくらいあるのは確か。
なくてはならない商売なのだろう。
でも、“愛”の代償品なんてありはしないのだ。
世界中にある代償品を全部合わせても、ホントの愛にはならないんだ。
いくら払ったって、ホントの愛には化けないのだ。
多分皆は、それに気付いていながらも愛を求めてカネを払う。
そこには何もないと知っていながらもそのイミありげな空洞に足を踏み入れる。
そして愛を得たような気分になる。
それじゃあ一生ホントの愛は手に入らない。
欠落を欠落のままに受け入れるんだ。
そして欠落と向かい合うのだ。
欠落は積み上げられるものじゃない、掘り下げられるものだ。
布で覆っても、全然減ってない。
落とし穴を作ってごまかした気分になるのはやめろよ。
いつかジブンではまり込むぞ。
そしてボクの穴はそのままもう五年以上深まり続けてる。
ごまかしたくなる気分も良く分かる。
頑張れボク、もう少しの辛抱だ。
なんだその根拠のない励ましは。
先送りにするだけじゃ何にもならない。
ホントの愛を手にする為に走り出すんだ。
ダーッシュ!
ズボ。
ジタバタジタバタ。
こう見えていちおー毎日更新している。
というコトは、毎日ネットしているというコトだ。
それはいかがなものかというツッコミもあるが、ここでは無視する。
ネット時間のほとんどはテキスト系である。
ネットにはまったきっかけがテキストサイトだった。
それまでは何だかよく分からないままに漂っていたという感じだったのだ。
だったらTV観たりしてる方が楽しかったかな。
ジャンルとして好きなのもあるけれど、単純に重いサイトをあまり見ないのだ。
ISDNとかを導入とかのハナシも当時あったのだが、断ってきた。
理由は、どうせ軽いところしか見ないんだから、だった。
だったらナローバンドでいい。
そう、考えた。
実際さして困ってなかった。
ところが最近は個人テキストサイトでも重いのね。
それに何だかナローバンドを重いところを避ける口実にしているような気がする。
重いサイトにぶつかると、待ちもしないで、確認もしないですぐ停止させる。
しょうがないじゃん、ダイヤルアップなんだから。
そんな風に考えてしまっている気がするのだ。
どうせイマのがヤバくなっているので、新しいPCの購入計画もある。
なのでついでにネットライフを充実させるべくブロードバンド計画を練ってきた。
手始めに光ケーブル導入の計画を練った。
マンションの戸数の問題で断られた。
失礼なやつだ。
なのでフツーのADSLにしようと思ったのだけれど、じゃあどれにしよう。
そこかしこで配ってるヤフベベは、何か抵抗あるし。
フレッツにでもしてみようかなあ。
色々検討した結果、ボクはヤフーの軍門に下った。
ポイントはやっぱり、友だちにひとり、PC環境がボクと似通っている上にヤフーなのがいるコトだ。
何かあったら聞ける。
これで再来月にはヤフーのヒトになる。
ああ、ブロードバンドに負けてしまった。
帰り道、本屋の前を通りがかると、中がとても空いているのが見えた。
この本屋はボクがたまにえっち系の本を買う時にお世話になっている。
要するにそっち系の品揃えがとてもよいのだ。
たまには物色してみよう。
多分四坪から五坪くらいの店内には、さえない兄チャンがひとりだけ。
そこにボクが足を踏み入れると、さえない兄ちゃんはふたりになった。
すでに兄ちゃんとも呼べない年かもしれないが、そこには目をつぶって欲しい。
先にその一角で物色してた兄ちゃんのジャマをするのも何なので、ボクはちょっと待つコトにした。
ベツの雑誌のコーナーに行き、「BURRN!」なぞを立ち読んでみる。
デヴィッド・カヴァデール、年とったなあ。
当たり前かあ、70年代からやってんだもんなー。
そんなじじいのインタヴュー記事を読みふけっていると、いつの間にやらヒトがいっぱい。
しかも何だか目的は同じっぽい。
ちょっと気まずくなって、戦線を離脱、帰国の途についた。
あの集団の一員だと思われたくない。
冷静に考えてみれば、これはかなりわがままな発言だ。
まぎれもなくその一員のクセに、そうは思われたくないなんて。
でも、仕方のないコトかとも思う。
距離を取ろう、加茂川のほとりのように規則正しく。
でも、これが同じ集団でもビデオ屋だと平気。
外部の目に触れないように仕切られているからだろう。
つまり“あの集団”を一般客から隔離する為に仕切りを設けているのか。
それとも“あの集団”が一般客の目を気にせずにゆったりと物色できるように仕切ってあるのか。
どちらがメインだろうか。
その風景を見たコトないヒトも多いと思うけれど、見たらきっと笑う。
せまい、仕切られた場所で複数の人間が押し黙って、他のヒトなどいないかのように振るまい、
それでも確実に他人との位置関係を意識しながら互いのジャマにならないように行動する。
あるイミでは、“他人”との人間関係の理想形かも知れない。
冒頭の本屋に、突然オンナノコが侵入してきたら、おそらく集団は四散する。
でも、オンナノコはきっと何も見えないフリをして、JJかなんかを手に取ってレジに向かうだろう。
よくみると肩とかが震えているかも知れない。
オンナノコも恐いだろうが、恐がる必要はどこにもない。
その集団は、オンナノコ以上に恐れ、自らを危ぶんでいる。
広いココロでいてやって欲しい。
決して触れないように。
学生時代から好きだった劇団のお芝居を観てきた。
ショーマの「逃亡者たちの家」だ。
自由席での上演だったので、頑張って前の方の席を確保した。
今回の公演の特色としては、できるだけおカネをかけない、というコトが上げられる。
学生時代にはその理念に賛同し、非常に堂々と貧乏劇団であるコトができたものだった。
だんだんと道は別れていったけれど。
ショーマが久しぶりにその原点に立ち返った一作。
役者はショーマメインではないけれど、お芝居はまぎれもなくショーマだった。
三年ぶりのショーマの公演なんだから、うれしさもひとしおだ。
どんなんだったかも忘れ気味だよ。
若手中心だったコトは関係あるのだろうか、ちょっと役者の詰めの甘さが気になった。
でも、そんなコトは忘れて先に進んでしまう。
どうでもいいコトから忘れていくんだ。
次にはなくなっていると信じたい。
観ながら思い出してたんだ。
ボクらは皆、ああなりたかった。
と、いうよりも、あんなお芝居が作りたかった。
観ているヒトたちを、無理矢理世界に引きずり込むような、そんな芝居。
10,000円も、2,800円も、いざ劇場に入ってしまえば同じなのだという意識。
忘れていたよ、そんなコトは。
そんなこんなで観劇ニッキだったのだ。
ノスタルジーがボクを過去へと引きずりそうだったのだ。
でも、今回のはノスタルジーとして片付けてはいけない部分だ。
イマも基本はそこにある。
ビンボーから始めるお芝居見物。
これであなたも先入観。
さて、もう年度も終わり。
桜は、咲きましたか?
それとも、散りましたか?
散る為には咲かなければいけないって、どうして誰も気付かないんだろう。
新生活のグッズやなんかが、結構街中に溢れている。
いったい何が必要なんだろう。
生活必需品以外には、いったい何が要るのだろう。
ボクはラジカセだけ持ってきたな。
イマのボクなら、洗濯機はさすがにないと困るな。
コインランドリーは時間のムダ過ぎるし。
お風呂が要るのと同じコトか。
極端なハナシ、冷蔵庫がなくたって自炊しなけりゃ関係ない。
電子レンジも要らない。
炊飯器もベツに。
学生が必要なモノと、社会人が必要なモノは違うような気もするな。
ビンボーなんだから、自炊しないとな。
ある程度のおカネができると、色々な手間を切り捨てるコトになる。
ジブンの食事くらいジブンで作れというような気がしなくもない。
めんどくさいんだ。
だいたいジブンで作ったご飯って、あんまりおいしくない。
でも、ヒトによってはジブンで作ったご飯がいちばんおいしいという。
信じがたし。
考えようによっては幸せなコトなのだけれどもね。
ヒトのご飯では満足できない、そんなオトコにはなりたくない。
食事は気分でするものだ。
カップラーメンだって、キミと一緒なら。
新生活は気分で持っていこう。
カンペキなんてありえないから。
ちょっとずつジブンの世界を作っていこう。
咲いた桜がすぐに散るのは、刹那に我が身を封じ込めようとする行為だ。
その桜を、ゆっくりと育てていく。
それがボクらの使命だから。
お前の桜、確かにボクが受け取った。
まだ咲いてるかなあボクの桜。
たまには誰かに見せておかないと、ボクがまず忘れてしまいそうだ。
誰か引っ立ててこよう。
おシゴトで使ってるPCがおかしい。
印刷がミョー、と思って再起動しようとしたら立ち上がらないんでやんの。
ノートン先生を投入してやっとこさ立ち上がったと思ったら、印刷は相変わらずミョーだし。
ベツにいいんだけどね、PCなんておかしくなるものだし。
問題はむしろ、それが帰ろうと思ってた五分前に起きたコトかな。
一時間もかかったよ、とりあえずの復旧に。
やってられるか、今日はヒマだったのに。
とっとと帰るつもりだったのに。
古本屋でアガサ・クリスティーを買ってきた。
イマ読んでるのがもうすぐ終わるから、そしたら読もう。
こういうのも、いずれはネットでテキストデータだけ買うようになるのだろうか。
新聞はいずれ近い将来そうなるだろうな。
哀れなり、新聞少年少女。
ボクの姉が新聞を配ってた。
一回付いていったコトがある。
いやあ寒い、しかも覚える自信がない。
やる前から挫折した。
やってみればよかったかな。
ハナシのタネにくらいなったよな。
正直ハナシのタネ程度の為に新聞配達をする気にはならない。
たいして良くもないギャラの為に、毎日毎日早起きなんてしたくない。
しかもほら、新聞って朝来てるのが当たり前なものじゃない。
当たり前を支える自信はなかったな。
イマは違う。
ボクはいくつもの“当たり前”を支える為に働いている。
それだけのギャラも取ってるし、そこには多少なりとも覚悟がある。
機械はおかしくなるものだから、ヒトがフォローしてやんなきゃいけないんだ。
もちつもたれつとはよく言ったものだ。
できればボクはおかしくなりたくない。
まだ遅くない。
と、思いたい。
多分。