オフ雑感。
・ボクには幹事としての才能がない。
・というか幹事がいちばん楽しんでたような気が。
・それって間違ってないか?
というコトで、第一回「沖田と沖田とあと沖田」オフが終了いたしました。
どうもお騒がせいたしました。
サイト作った時には、ありえねえ、とか思ってたのにね。
個室でみっちり三時間半。
おおよそ開放感とは無縁なあの場所で行われた・話されたコトは、
その場にいたヒトたちだけのモノとして、大事に取っておきたいと思います。
要するにオフレポは書くつもりがないと。
参加者の皆様には、お礼を申し上げます。
どうもありがとうございました。
集合時間に来られたのが三分の一だった時は、あるイミ沖田っぽいとか思いましたが。
まあ結果オーライというコトで。
また、ゆっくりお話しましょう。
次?
予定はない。
しばらくはもう、主催の“オフ”というカタチは取らないと思う。
それよりも個別にゆっくりお話をしたいなあ、と思っている。
だから告知してどうこう、とはしないだろう。
まあ夏には大阪で飲むつもりだけれども。
モニターの向こう側にはヒトが座ってて、このボクのコトバに耳を(目を)傾けてくれている。
それが確認できたので、ボクはまだ頑張れます。
多分。
よければこれからも、首を傾げながらでも、耳を傾けて下さい。
いや、目は傾けなくていいですから。
交友関係を知りたい、というヒトたちの為に、サイト持ちの出席者だけ挙げておきます。
・いわしまきさん(モミノキ村)
・ゴレさん(トマホーク草)
・坂井さん(ミントパニック!)
・田中さん(酒と仕事とふと思ったこと)
夕方隙をみて夕食を取りに出た。
久しぶりにラーメン食べよう。
ラーメンラーメン♪
唄わなくてもいい。
カウンターで食べてると、後ろのテーブルに年輩の男女ふたり組が座った。
コトバのイントネーションからすると、多分アジア系の外国人。
でも、なぜか女性の方は関西弁。
でもカタコトしてる。
頼んだものは、男性がラーメン、女性が定食。
店員さんが男性に聞いた。
「麺類にはサービスで半ライス付きますけれど、いかがしましょう?」
男性「あー、」
女性「ええっ!?」
男性「いいです・・・」
何だ、今の驚きは。
ちょっと耳を澄ましてみた。
女性の喋りは、全てカタカナだと思って読んでいただきたい。
「ラーメンにご飯なんて、全然合えへんやないの。」
「いや、あるよ。メニューにだって載ってる。」
「考えられへんわ。何おかずにしてご飯食べるねんな。」
「チャーシューとか、スープとか、」
「あかんあかん、そんなん。それは麺のおかずやないの。」
(あー、そういう考え方もできるかな)
「そんなんやったら、チャーハンにご飯もろた方がええやんか。」
「それこそおかしいだろう。」
「そんなことないで。ちょっと濃い目に味付けたチャーハンとかおかずにご飯食べるで?」
(食べるんかっ。)
「ご飯をおかずにご飯だろう?」
「もう、アホやな。チャーハンをな、こうパラッパラッになるまでちゃあんと炒めるねん。
それかぺったんぺったんに固めて焼いてな、ピザみたいにするねん。おかずになるで?」
(ピザて)
「うーん・・・」
「あー、もう百聞は何とか言うやろ。今度やってみいな。どうせ外食ばっかりなんやろ?」
「まあそうだが、」
「そいやったらええやないの。お店のやつやったら、ちゃんとう、塩コショウ上からやってな、そいから食べるねんで。」
「ふー。」
この辺りでボクは食べ終わっているので、おしまい。
ぜひ、試す時にも立ち合いたいものだが、それは多分叶わぬ夢だろう。
“その場所”を見つけられるかどうかというよりも、“その場所”があるのかどうかと。
果たされぬ約束は、居場所を見つけられないままに忘れられてしまうだろう。
さも、今日のラーメンの味と同じように。
せっかくのラーメンだったのにな。
会話しか憶えてないや。
男女雇用機会均等法という法律がある。
要するに、男性のみとか女性のみ、とかの人材募集をしてはいけないというコトだ。
ちょっと要約し過ぎたかな。
これが施行されたのは、もう三年くらい前かな?
ちょっと良く分からなかったのだ、当時は。
あるイミでは今もよく分かってない。
法律のイミではなく、それの存在するイミが。
だって去年まで女性のみだった会社が、いきなり男性を採るとは思えないでしょ。
同じように男性だけで構成された職場に女性は採らないだろう。
いいとか悪いとかじゃない。
門戸は開かれてしかるべきだが、現実問題として、そうは決して動かないのだ。
デスクワーク能力や、コミュニケーション能力の差は、とっくにない。
チカラシゴトに於いては、やはり男性に分があるのだろうけれど、それを覆す女性もいる。
そういった方面への女性進出は目覚ましいのに、女性の職場への男性進出はあまりないね。
保険のおばちゃんとか、ヤクルトおばちゃんとかがおじさんに代わったら、侘びしさが先に立つだろうか。
まだまだイメージ戦略として男性を使うワケにはいかないんだろうかな。
まず社会から変わっていかなきゃならないのに、そこにムリヤリに矯正器具をはめる。
社会がついていかないのに、集団だけがカオを変える。
それは上っ面に過ぎないのに。
ただ、ボクが会社の社長として、同じくらいいい人材が来たら、やっぱりオトコを採るだろう。
そこにあるのは、未来への展望だ。
結婚して家庭に納まる可能性を考えると、まだまだ女性より男性が歯車に近い。
多分、オトコがコドモを産めるようにならないと、男女雇用機会均等法はイミを持たないと思う。
それこそが家庭における、いや、世界における革命の一瞬だ。
どこからなら産めるだろう。
単体生殖だけどな。
女性のシゴトはどこなのだ。
たろすけ姉からたろすけ宛に電話。
りんりん。
「もしもし。」
はいはい。
「あの話やけどな、向こうから断って来たわ。よかったなあ。」
ああ、そう。
何で、とか言うてた?
「んー、何かねえ、どうもその親戚のおばちゃんには内緒にしててんけども、実は彼氏がいてると。」
待てい。
いや、いいんですよ。
ベツにいいんです。
ボクだって断る気まんまんだったし、断られたコトについてどうこう言うつもりはまるでない。
でも、その理由はなんだ。
繰り返しになるが先方から来たお見合い写真は昨年夏のものだった。
あんな明治華族のお嬢様みたいな写真撮っといて彼氏がいるだあ。
お前それは、ヒトとしてどうなんだ。
お前何だ、幸せなクリスマスとバレンタインを過ごしてたのか。
その裏でお見合い写真を回してたのか。
彼氏にも申し訳ないとは思わないのか。
もちろん本人には何の了解も得てなかったという可能性もないではない。
でも、ボクは違うと思う。
おそらくいちばんカドの立たない言い方を考えたか、実際に上の想像が当たってるかのどっちかだ。
まあよい、これで終わったのだから。
あー、なんせホッとしたわー。もううかうか受けんとこー。
「お前アホやなあ、こういうのは一回受けたらもうあかんねん。来るでー、次から次へと。
そのうち断り続けるんがメンドくさなってくるわ。」
えーマジですか。
経験者に語られてしまった。
どうしようかなあ♪
お見合い騒動もひと段落し、平和な日常が帰ってきた。
あーあ。
結局断られてしまったワケだが、もともとこっちも断る気が満々だった。
それなのに何だかちょっと寂しかった。
がっかりしたというのとはちょっと違う。
会いたかったワケでもない。
この感情の正体は何だろう。
きっと先方の家でも色々と言われていたんだろうなあ。
「このお仕事は何なのかしら。」
「こんな大学しか出てらっしゃらないの。」
「こんなお顔なの、ぷっ。」
etc,etc....
結局データが先方の希望にそぐわなかったというコトなのだ。
ボクのデータに説得力がなかったというコトだ。
多分データを揃えたたろすけ父のせいではない。
そもそも素材があまり良くない。
こいつのデータだけ見て、会ってみるなんて言ってくれるヒトはあまり多くはないだろう。
そんなコトは分かってたのだが、どうも納得しかねる部分もある。
ボクのチカラの及ばない場所でボクについて評価が下されて、撤回するチャンスもない。
こっちも同じコトをしたのだから自業自得、というかこれがお見合いなのだから仕方ない。
結構ひどい制度だな。
陰口のオンパレードだ。
思い出すのは大学受験。
練習用に受けた大学の合格発表は、本命の試験中に行われた。
“受かっても行かない”と豪語していたボクの元に、父から落ちたとの知らせが来た。
寂しいのとほのかな不快感。
今回のとよく似てる。
結局はお互い様のヒトコトで片がつく。
彼女もそわそわぐらいはしてたと思いたい。
ジブンの価値を、思い知らされた一件だった。
思い残したコトは、ひとつだけだ。
かこーん。
電車で隣り合わせたおじさんが、携帯を開いた。
ベツに珍しくもない、そう思ってぼんやりしてると、待ち受け画面が目に入った。
テ?
テツ&トモ!?
おじさん、ずいぶん思いきったコトをしたものである。
何を思ってダウンロードしたのだろう。
「これイマ受けてんだろう?」てな感じだろうか。
ヤな打算だが、全然その目的は達せてないと思うぞ。
当然着メロは“なんでだろお〜”なんだろうなあ。
それ以外にありえないよなあ。
これでモー娘。とか鳴ったら怒ってもいい?
最近着メロで面白かったのは、金髪のB-BOYが氷川きよしだったのか。
いつでも面白い、なんてのは絶対的にありえないから、ネタは常に入れ替えていかないといけない。
ネタ系のヒトは大変だろうなあ。
自作とかしたコトないけれど、以前は結構あったよね。
以前と言えば携帯が普及してから、ヒトんちの電話を憶えなくなった。
学生の頃とかは、外だと結局公衆電話だから、よくかける番号は憶えてた。
数字に対する注意深さみたいなものが薄れてきた気がする。
単に年のせいとか言われると泣く。
数字自体は無意味なだけに、そこにイミを持たせて憶えたりもした。
あるいは単純に響きで憶えたりもした。
数かければ、勝手に憶えたな。
ちょっと違うかも知れないけれど、先日ついたお医者さんの集まりでのスピーチの中のコト。
「・・・彼はこのように様々な事に精通し、まさに六面八臂の活躍をしております・・・」
ろくめんはっぴ?
カオが六つにひじが八つ?
・・・まあたいして違わないか。
でも、確かに違うだろ。
医療事故は、きっとこういうヒトから起こる。
八面六臂でも六面八臂でも変わんないよな。
正しいだけが人生じゃない。
でも、違うから。
コドモの頃には先生になりたかった。
いちばん身近だったからだろうか。
何か楽そうに見えたのだ。
こんな考えで先生になったヤツ、いっぱいいると思う。
結局中学生になった頃にはそうじゃなかったな。
その頃は何になりたいとかなかった。
そんなコトを考えるよりも、いっぱいやるコトがあったのか。
それともめんどくさくて放棄してたのか。
多分後者。
どうしようもない。
当時はまだノストラダムスの伝説が生きていて、何となくネタになってた。
1999年なんて来ないと思ってた。
早くオトナになりたかったクセに、一生オトナにならないような気がしてたのだ。
あるイミ当たってる。
オトナって、何だろな。
とりあえず親の手を煩わせずに生きていけるようになったけれど、恩はまだ返してない。
鶴でも恩は返すのに。
あゆでも恩は返すのに。
そんなノストラ伝説は当時から信じてなかった。
でも否定するコトもできなかった。
ただ醒めた目で、無関心なフリを装うしかなかったのだ。
イヤなコドモだったコトだろう。
手はかからないくせに、いやに強情で無関心。
元服なんかできやしない。
社会人になる頃には、逆に迫ってきたコトによって冷静になってた。
無関心の仮面も付け外しができるようになった。
いいコトなのか、それとも悪いコトなのか。
もうわからない。
きっとあの世でノストラダムスはドキドキしてたと思う。
「ちょ→テキトーに言ったのに、フツー信じなくなーい?」
実際その通りだと思う。
未来を決めるのは過去のヒトではない。
いつだって現在のヒトだ。
だから最初に言おうと思ったコトがかけらも言えてなくても、それはそれでよいのだ。
医者のハナシをしようと思っていたなんて、信じられない。
どこでこうなってしまったのか。
削除。
昨日久しぶりに新品で国内盤CDを買った。
椎名林檎にザ・ピーズ、それにPOTSHOT。
POTSHOTは初回のボーナスが欲しかったので。
椎名林檎とザ・ピーズはホンキで楽しみにしてた。
両者とも、しばらくブランクがあったのだ。
特にピーズは戻ってこないかも知れない、とも言われてた。
確か調理師免許をとってコックさんになってたのだ。
居酒屋とかで働いていたらしい。
今回のを聴いていると、それがいかに世界の損失であったかがよく分かる。
誰にだってできるんだろう、居酒屋の厨房なんて。
ボクにはできないかも知れないけれど。
シンプルな3ピースのロックンロール、どこにだってある編成に誰にも鳴らせない音楽。
ライブに行きたいな。
椎名林檎はまだあまり聴き込めてないけれど、以前あった分かりやすさが減ったかも。
それでもまぎれもなく椎名林檎でしかない辺り、すごいなあと思う。
あまり変わってはいない、とボクはそう思う。
前作よりも好きかもなあ。
時間が経たないと答えはきっとでないな。
結局トレーに何回乗っけたかで決まる。
トレーと言えば、食べ物でもそうだな。
最近ジブンのイモ好きをつくづく実感しているのだ。
トレーに乗せたくてたまらない。
うかうかと。
ジブンで選ぶ、トレーの上。
そこにあるのはジブン自身なのか。
それとも望むジブンの姿か。
そう、うかうかと乗せてはいけないものを乗せながらボクらは。
ピーズのはるはきっとトレーの上を一掃したかったのだと思う。
あらためて望む姿をイメージしながら乗せていく。
でも、結局そこに現れたのはジブンではなかったのでは。
だからまた音を鳴らし始めたのでは。
いや、だからといってまた90kgに戻る気は毛頭ないけどね!
10年後にも同じように言えてるといいなあ・・・
得体の知れない広告とかはよくあって、ウソじゃないんだけど、あやふやなヤツとか。
今日見たのは回転寿司屋の看板で、なぜか英語で書いてあった。
“HAVE A GOOD TIME WITH THREE KINDS OF BEER!”
それだけ?
三種類のビールって、何?
きょろきょろしてみたものの、ヒントはどこにもなかった。
これでヱビスと一番搾りとバドワイザーとか言ったら怒るぞ。
看板で興味を引くのは常套手段だけれど、回転寿司屋がそんな興味を引いてどうするのか。
思わず入りたくなってしまったじゃないか。
お腹空いたなあ。
お寿司は言うほど好きじゃないのだけれど、たまに食べたくなる。
ワサビが食べられないので、テイクアウトで抜いておいてもらう。
コドモへのおみやげのようなカオをしているのだろう。
お醤油の皿やお箸の数を気にされたりする。
ひとつでいい、ひとつで。
田舎にあったのはバッテラが中心だった。
要するに押し寿司だ。
ワサビは入ってない。
なぜだ。
なぜバッテラにはワサビが入ってないんだ。
寿司に違いがあるじゃなし、どうしてだろう。
まあ、どうしてだろうと言いつつ、理由は分かってるけれど。
にぎりにワサビが入っているのは、臭い消しだったと思う。
魚の新鮮さに自信がなかった頃の風習が残っている。
もうやらなくてもいいのに。
イマ新鮮じゃない魚を出すお寿司やさんなんてやっていけないだろう。
要るヒトは醤油に混ぜればいいのだ。
中国のギョーザにはにんにくが入ってないと聞いたコトがある。
にんにくが要るヒトは、ベツに添えて食べたりするそうだ。
やっぱり必要なヒトとそうでないヒトはそれぞれ当たり前のように存在するのだ。
嗜好品なんだから、そういう気配りが欲しいもんだ。
ギョーザ食べたいな。
好き嫌いは悪じゃない。
ないに越したコトはないけれど、ベツに悪いコトじゃない。
ボクのお金で食べるのに、好きなもの食べたいじゃない。
ビールは大好きだけれど、多分嫌いなビールもあるな。
あの三種類の中にあったとは思えないけれど、あったらすごい。
でも、多分一生知らずに終わる。
そんなに残念でもなく。
ボクのやっているサイトや、ここのリンク先なんてのは個人サイトと呼ばれてる。
企業サイト⇔個人サイトでよいのだろうか。
違うのは利益に絡む姿勢かな。
広告貼ったりするけれど。
そろそろまた年度末である。
そうすると個人サイトは忙しさにかまけてサイトがほっぽらかしになる。
ほっぽらかしになるくらいならまだしも、そうなる前に閉鎖したりする。
そう、閉鎖シーズンだ。
例えばここのリンク先だって年明けてから更新ペースが落ちてない方が珍しい。
更新されてればよいというものではないけれど、ほのかに寂しいね。
忙しいのか、飽きたのか、それとも死んだのか。
できれば一番目を希望。
ここ一月くらいでボクの読んでたサイトがたくさん閉鎖した。
多分両手では足りないと思う。
ヒトの楽しみを。
ここを楽しみにしてくれているヒトがいて、ボクが楽しめていれば閉鎖する理由はない。
でも、引き際を考えてしまうのも事実。
ただただだらだらと流れてしまうのもあまりうまくないね。
どこまで走り続けられるだろう。
そしてどこで立ち止まろうか。
できればジブンの意志で決めたい。
とりあえずこうやってボクは友人(のような錯覚を憶えてしまうヒト)たちと別れていく。
花に嵐の喩えもあるさ。
さよならだけが人生だ。
そして新生活が落ち着いたらまた新しい出会いがあるだろ。
おそらく再会だってあるだろ。
また会いたいヒトたちがいっぱいいるよ。
元気でね。
また会おう。
先日お医者さんのハナシをしようとしてそのままになってた。
ベツにそのままにしてもいいんだけれど、ちょっとそのハナシをしよう。
コドモに将来の夢を語らせると、昔は宇宙飛行士とかプロ野球の選手とかがあったのかな。
オンナノコなら看護婦やバレリーナ。
看護婦がいちばんなりやすそう。
そして現実と理想にギャップがありそう。
でも、政治家や教師、医者なんてのもそういった職業であって欲しい。
おシゴトとして選ぶのではなく、夢と使命感に因って(酔って)選んで欲しい。
いいじゃないか給料なんて!
いいじゃないか時間なんて!
いいじゃないか恋愛なんて!
いやですけどね。
思い返してみると、高校時代にそういった夢を持って卒業していったヒトって憶えてない。
単に内側で燃えてただけなのかも知れないけれど、〜になりたいんだ!って聞いた覚えがない。
大学行ったヒトもそれなりにいたのに。
情熱や希望を剥き出しにするコトがかっこわるい時代だったのかも知れない。
自意識過剰で青臭いクール。
ひとりくらい医学部へ行って医者になる!とか言い放つヒトがいてもよかっただろうに。
ただ、よくできる子はボクの高校へは来なかった。
電車で確か30分以上かかるところにある進学校へ行ってたのだ。
で、そこに行ってたともだちに聞いてみた。
医学部へ行った同級生って、どれくらいいるの?
「えー、多分継ぐやつくらいしか・・・歯医者もいれてふたりとかそんなもん?」
へぇー。
八百屋と同じか。
免許はいらないけれど、家業という点では同じだ。
コドモ用の将来の夢リストに、親孝行を入れておこう。
いやそうなカオして、しぶしぶ選ぶ。
ああ、冬も(暦上は)終わり。
まだ寒いのに。
ほうれんそうを茹でる夢を見た。
たらいいっぱいのほうれんそう。
あのたらいは、コドモの頃の写真によく登場するたらいだ。
ちびくろサンボの絵本とともに登場する、銀色の金だらい。
誰にもわからない、コドモの頃の想い出。
そのたらいを火にかけて、キャンプファイヤーのようにまわりを周りながらゆでていく。
ゆでたはしから搾って、ざくざくと切っていく。
何故かその時点でごま和え用としろ和え用とカレーに入れる用とに分けていく。
ものもしまい方も同じなのに、容器が違う。
ごま和え分がいちばん小さい。
カレー分がいちばん大きい。
カレーに入れる習慣なんかないのに。
そのうちに溜まってくると、調理担当が取りに来た。
ごまを握りしめてくるヒト、お豆腐を握りしめてくるヒト、カレー鍋を持って来るヒト。
それぞれ特徴的である。
カレー鍋は、インド人が持っている。
もちろんターバンだ。
カオはただの日本人なのに、ターバン巻いただけでインド人。
ボクの世界認識はその程度。
多分先日ほうれんそうのしろ和えを食べたくなったのが原因。
ごま和えしかなかったので、筍のしろ和えと一緒に買ってきて混ぜてみた。
それなりに満足した。
ちょっと多かった。
思い返せばインド人の持ってたカレーは、すごくフツーのニッポンカレーだった。
頑張れインド人。