ジブンの生まれをどこまで信用するべきなのか。
ボクはジブンの生まれをこれっぽっちも信用してない。
ただ、できればひとつのパターンとして認識するにとどめたい。
育った環境でずっとボクは、こんなはずじゃないのに、と思い続けてた。
ジブンの中にない環境を、ずっと夢見てた。
そこには完全な空想もあったけれど、手を伸ばせば届く現実もあった。
伸ばし方はよく分からなかった。
夢を見るというコトは、現実のモノとする手段を考えるコトだと思う。
夢を夢のまま終わらせるなんて、夢の中ならできはしない。
ボクらは夢の中でなら、どこまでも跳べるんだ。
夢の中で終わらせるなら、ボクらは埋もれていくだけだ。
どちらでも、世界の大勢に影響はないさ。
どんなにジブンがモノを知らなくても、ヒトは想像するコトで進化していく。
誰もボクを知らなくても、ボクはドコへでも行ける。
ドコにでも行く。
ボクを作ったのは環境だけじゃない。
考えるコトなら誰にだってできるんだ。
門前の小僧は、習わぬ経を読むんだ。
誰にだってできる、きっかけさえあれば。
そして逃げなければ。
死ねって言われても、考えるコトをやめさせるワケにはいかないんだ。
生きられなかった時間や 生きられなかった場面や
生きられなかった場所とか 口に出せなかった言葉
あの時ああすればもっと 今より幸福だったのか?
あの時ああ言えばもっと 今より幸福だったのか?
ボクが触れられなかった場所でも、ボクは生きられるんだ。
幸福になる為じゃなくて、ジブンを生かす為にその場所に行こう。
今日は夢の中でもいいさ。
明日はホントにそこに行くよ。
誰にも分からない、ボクらのアタマの中。
誰にも知らせずに、ゆっくりと育てよう。
ゆっくりと広げていこう、明日に届くくらいまで。
誰にも伝わらない可能性もあるけどな。
そうなったらやりなおせばいいんだけど。
もっとよくなるよ、楽しくはなくなるけれど。
その覚悟は、とっくにできてたはずだ。
ジブンさえ、見失わなければいいんだ。
ジブンを見つけたコトなんてあるのか、ボクは。
酔っ払いでない状態でニッキをつけるのは久しぶりな気がする。
そろそろ忘年シーズンですか。
まだ忘れるワケにはいかないのですが。
習い事の発表会はそろそろおしまい。
年末のお約束の第九がイマのトコロ見当たらない。
年末はヒマなヒトになるつもり。
また実家で年を越そう。
前回の反省があるので、FOMAのデュアルネットワークサービスの資料をもらってきた。
要するにフツーのiモードの携帯と番号を共用できるというサービス。
月300円。
でも、マシンは用意しなければならない。
ドコモショップのヒト曰く、「街のショップで新規契約して、すぐ解約するのがいちばん安いですよ。」
キミがそれ言っていいの?
ありがとう、そうする。
年賀状やらなきゃ。
案の定手を付けていない。
とりあえず買ってこよう、明日。
明日な。
昨日もそう思ったな。
今年はどんな年だったんだろう。
良くもなく、悪くもなく。
あいかわらずなボクだ。
くどいようだがまだ忘れちゃいけないんだってば。
大事なイベントフラグが埋まってる。
きっちり掘り起こさないといけないだろ。
地図もない、アンテナもない、おまけにスコップもない。
どっちへ向かえばいいのかわからない。
この一年、何をやってたのやら。
考えてみると年末という日々は、勝者と敗者をくっきりと分ける。
年内に結果を出そうとするヒト、すでにあきらめの空気を漂わせるヒト。
同じ日々なのに、こんな過ごし方に差がある季節は他にない。
ボクはまだどちらにするかは決めてない。
結果はおぼろげに見えているけれど、見ないフリをして、あと四週間。
おぼろげなのは涙がにじんでいるからだというコトには気付かない方向で。
最近の車椅子は、おシゴトで運んだりするコトもあるのだが、何だかすごい。
ボクがコドモの頃よりも格段に小さくなっている。
ボクが大きくなったからだという説もあるが、多分ホントに小さくなっている。
小さくなっただけじゃない。
モーターが内蔵されている自走式タイプもフツーにある。
コレはまじで重い。
100キロ以上あるとか聞いたコトがある。
ヒトが乗り込むと、当然その分また重くなるワケだから、まあ150キロは下らないだろう。
とてもじゃないけれど、ふたりや三人で運べるシロモノじゃないよ。
しかもモーター搭載型を使用している場合、ひとりで行動するコトに慣れているヒトが多い。
フツーは介助者が押していくトコロを、自分ですいすいと運転(!)していく。
速いっつの。
先導者より先に着くなっつの。
介助者が押していく場合、下り坂というのはすごく気を使うポイントなのだ。
でも、自走式だと、そうでもない。
というか、楽しいらしい。
だから速いってば。
事故るんじゃないかとか思うのだけれど、そんなコトもない。
鮮やかなコーナリングをキメる。
ゴーカートみたいだ。
車椅子ライダー。
免許がいるかもな。
イマのコンパクト発想のクルマ設計はここに行き着くかも。
ラジコンでガソリンレス。
チューンナップは小学生に学べ。
小学生が暴走族になるなあ。
いちばん速いな、きっと。
問題は走行可能距離が短いコトだ。
バッテリーパックを持ち歩き、町中に急速充電装置が設置してある。
充電中でもラジオ聞いたり移動したりできる。
何かに似てると思ったらエヴァだった。
まぎれもなく未来形。
スカートめくりっていうのを目撃した。
事件ですよ、お父さん!
一体何年ぶりに見ただろう。
小学生の頃って日常の中にあったような気もする。
低学年の頃。
女子がホンキで嫌がるようになってきて、だんだん廃れていったのだ。
あの情緒は不思議な程に潔癖で、テンション高かった。
世の中でいちばん自意識過剰なのは、あの世代かもしれない。
ちなみに見たのは街中。
ご飯食べに外出た時に見た。
雨模様の中、集団で通りがかる大学生。
いきなりひとりがオンナノコのスカートをめくった。
きゃあっ、と叫ぶかと思ったら、冷静にアタマに一発入れてた。
出来てんのかなあ(このへんおじさん的)、あのふたりは。
ただの友達にスカートめくられて冷静でいられるのかなあ。
それともあの集団の中では日常茶飯事なのだろうか。
わからない。
ちなみに柄パンでした。
薄いピンクっぽい。
ボクの人生には何ら関係なく通り過ぎていった一枚のパンツ。
一期一会。
ボクもやってみたいなあ、とぼんやり考えてた。
これか!
これがイメクラのインスピレーションか!
実際に行動に移せないボクのような根性なしの為に。
まあ行かないだろうなあ。
事件をお父さんに報告してる内はお子さまだ。
スカートめくるだけでいいんだけどなあ。
明日には醒めてるんだろうなあ。
マジそう願う。
さて、予想通りスカートめくりたい病は治まってきているワケです。
めくりたくないというコトではなく、いちいちそういう想像をしなくなってるというコト。
ああ良かった。
今朝、ちょっとラッシュ外して電車に乗り込んだら、あれ? ミョーに混んでるなあ。
ギューギュー、あ、分かった、ボーイスカウトだ。
一本遅らせれば良かったな。
イマさら遅いか。
ぼんやり近くにいたボーイズのやりとりを聞いてると、面白いコト言ってた。
「何でこんなに混んでんだよー」
答えが答えを求めるな。
ちょっと哲学的なコトをほざいたトコロで、そのボーイスカウトのハナシでも。
と、いきたいのだけれど、ボクはやったコトがない。
ウチの辺りにはあったのかな、あんな感じのモノは。
よくわかんないな。
“ボーイスカウト”という響きに憧れたコトはあるけど、内容を知るにつけげんなりした。
だってつまんなさそうだよ。
やってるヒトたちは楽しいのかな。
遊んでる方がいいだろうに。
ちなみに林間学校もなかった。
住んでる場所が林間ですみたいなヒトはいっぱいいた。
ちなみにウチの実家から100メートル走れば海だ。
もちろん100メートル歩いても海。
きっと転がっても海。
でも、集団生活を学ぼうみたいなイベントはあって、施設に二泊三日とかした。
八人部屋に、決まったタイムテーブル。
面倒なコトこの上ない。
しかも、引率者の中に父親がいたのだ。
学校関係者だったので、順番で回ってきたのだろう。
ちなみに修学旅行も一緒だった。
現地でやったコトを、家に帰ってからも怒られたりするのだよ。
やってられーん。
でも、引率者の方が大変そうだな。
見回りのコトを考えると落ち着いて酔えないだろうしな。
しかもジブンのコドモが下手なコトをしでかした日には。
ああ、父親に同情する日が来るなんて。
ボクもようやくオトナになったんだ。
ボーイスカウトから哲学したコトは間違ってなかった。
間違ってるのはその前段か。
拉致されて、王様に会いに行ってきた。
王様といっても、「おふろの王様」だ。
気さくな王様だったよ。
トイレの場所も教えてくれたし。
広いお風呂好き。
泳ぎゃしないけど、できればそうしたいくらい。
いろいろと試しつつ、サウナで頑張ったりする。
最後のサウナは、さすがに拉致者は付き合ってくれなかった。
う゛あ゛ー。
くたくた。
あげくの果てにビール飲んで、ご飯食べて。
最近肩がこってるような気がしてたんだけど、イマはそうでもない。
偉大なり、王様。
連れてってくれたヒトは、あちこちの王様に謁見願ってるみたいだった。
そのうち奉公願ったりするのだろうか。
家来は募集してたから、奉公は可能だと思う。
でも、男風呂の中にオンナノコをうろちょろさせるのはどうかと思うぞ王様。
どきどき。
そんなボクの王様謁見はあっという間に終わった。
もっと堅苦しいかと思ったらそんなコトはなかった。
入る時に順番を待たされたくらいか。
まあ王様だし、それくらいはな。
今度はもっと空いてる時に行って謁見しようと思う。
で、またゆっくりと泳いだりしながら時間を過ごそう。
王様に会うのって初めてだったけど、あんなリラックスしたもんなんだね。
何しに謁見願ったのかは考えてはいけない。
ちょっと見てみたかっただけだというのがばれたら処刑されてしまう。
サウナ一時間の刑とか。
王様謁見のあとにビンボ臭いハナシで何なのだが、年末セール中のタワーレコードに行った。
当初の目的は「THE LAST WALTZ」のボックス・セット。
あとAUDIOSLAVEも。
それにハノイ・ロックスの新作。
でもセール中だったので結局安いのをいっぱい。
「AUDIOSLAVE」AUDIOSLAVE
「POPULAR MUSIC」NEON HEARTS
「AWAY FROM THE SUN」3 DOORS DOWN
「GET THE PICTURE?」THE PRETTY THINGS
「NIRVANA」NIRVANA
「RIOT ACT」PEARL JAM
「LEFT OF SELF-CENTERED」BUTCH WALKER
最近の嗜好はバカパンクとか何も考えないデカい音。
アメリカン・ハードロックとか聴きたいなぁ、と思って久しぶりにPEARL JAMとか。
NIRVANAは正直シングルカットされるのを待ってたんだけど、されそうにないので買った。
ハノイはまだだった。残念。
以前は“イギリスから期待のニューカマー!”とか言われるとつい手が出た。
でも、最近イギリスものはあまり聴かなくなった。
THE LIBERTINESもちょっと小粒じゃないかなあ。
悪くはないけどさ。
問題なのは、THE STONE ROSESのベスト。
イマさら!
全部揃えてるっつの!
日本モノで最近よく聴くのはVOODOO HAWAIIANSとオナニーマシーン。
好きな歌詞をちょっと抜粋。
A 爆音の神様 御利益は何だろな
満月が昇ったら ヤバイ ヤバイ ケダモノが 覚醒
B オイラの好きなあのコにはちゃんと彼氏がいて
この世でいちばん汚いモノを食べてる
あのコがチンポを食べてる!!
さて、どっちがどっちの歌詞でしょう?
とりあえずいちばん恥ずかしかったのはヒトに頼まれたごまっとうのDVDシングル。
フロアが違うから一枚だけ持って行かなきゃいけないんだもの。
安いCDをそんだけ抱えてレジに向かうのも、捉え方によっては同じくらい恥ずかしいが。
それでもBのような歌詞をでっかい音で鳴らしている身としては、そういう部分は気にならないんだな。
ヒトとしてどっちが正しいかはさておき。
AUDIOSLAVEは要するにツェッペリンなんだな。
もうちょっとヒネった音を期待してただけに、残念だ。
でも、やっぱすごいバンド。
やっと「BECK」が揃った。
先月の20日に、揃えようというニッキを付けている。
あれから二週間以上。
やっとつながった13册。
バンドモノのマンガは結構読んできたような気がする。
でも、代表作ってのが思い浮かばない。
「TO−Y」とかあったよね。
でも、あれはバンドモノじゃないか。
歌手のハナシ、とかギタリストのハナシ、とかならまだ成り立つのだ。
でも、目には聴こえない音楽の世界。
目には見えない運命の絆。
バンド・マジック。
長く音楽を聴いていると、好きなバンドのメンバーチェンジなんて事態もある。
ベツに曲を作っているワケでもない、目立つワケでもない、そんなメンバーの入れ替え。
気付かないコトもあれば、呆れ果てるコトもある。
おいおい。
次の一手が気になるのは、日本ならサザンとドリカム。
海外ならBLURかな。
リンプはベツにどうでもいいや。
運命の出会いってのがあるのなら、それが音に現れるのが音楽だと思う。
プレイに現れるのがスポーツ。
生活に現れるのが恋愛か。
恋愛はプレイに現してもいいかな。
相性を数値化することができれば、無駄足踏まずに済むのにね。
でも、そんなのはつまんないね。
数値化できる運命なんて、運命じゃないよ。
そうやって時間が過ぎていく。
今年もそうやってぐだぐだと。
朝、干してあった洗濯物取り込もうと思ってシャーッとカーテン。
しろっ。
もー真っ白。
寒いっつの。
窓開けたくないっつの。
しかしそうもいかないので、しぶしぶ窓を開けて洗濯物を取り込む。
しかも湿ってるよ!
うわあん!
ちゃかちゃかと部屋干しにしたモノどもをしり目に、再度おふとんに潜り込む。
寒い寒い。
これがなー、このまま銀世界とともにまた眠りに落ちていい日ならなー。
そこで思い出す。
今日は休もうと思ったらまだ間に合う日だ!
どうしようかなあ、どうしようかなあ、もぞもぞ。
・・・のあー、時間切れー。
地下鉄なので電車が止まってる心配はしなくていい。
たまに電気系にクるから油断はできないけれど。
他のヒトに支障が出てるかもしれないし、仕方がない、行こうか。
決死の思いでクツを履き、歩き出す。
ぐじゅ。
ぐじゅぐじゅ。
何でもう溶けてきてるんだ!
いちばんイヤな状態である。
ゴム長でも履くべきだろうか。
せめてトレッキングを履くべきだった。
いつもの、よりにもよって布グツだ。
もう滲みてきた。
それでもこう白いのが空から落ちてくるのは見ててうきうきする。
休みなら部屋でゆっくりと眺められるのに。
雪だってどうせなら喜ばれたいだろう。
休みの日に降ればいいのに。
ボクは土日ほとんどおシゴトである。
ボクの勤務表でもいいだろうか。
ファッション絡みのおシゴトもたまにする。
メンドくさいのは先生がいっぱいいるコト。
楽しいのは可愛いオンナノコがいっぱいいるコト。
わーい。
かわいいオンナノコがいっぱいいると眺めたくなるのが人情。
でもああいう場所だと一定の方向がある。
みんな痩せている。
“痩せている”と常にイコールなワケではないけれど、胸も薄い。
薄いのがキライなワケではないが、こうまでみんな薄いとな。
もともとの好みがそうでないだけに、ちょっと飽きがくるな。
贅沢なコトを言っているのは知ってる。
でも、イマや日本人の胸の平均も大きくなってきたと聞く。
ホントかどうかは知らないが、確かに街中で目につく回数は増えた。
大きければいいというモノではないが、小さければいいというモノでもない。
この辺はちょっとむつかしい。
どうしてモデルさんにはぽっちゃりタイプがいないのだろうか。
現代日本を象徴していくなら、やせ形のモデル体型にだけ服を作ってもダメだと思う。
着てもらおうと思うなら、購買層を狙って服を作るべきだ。
もちろんファッションショーも。
痩せているヒトがファッション的に恵まれている、というのはわかる。
努力をして見せられるようにしたのだから、酬われてしかるべきだと思う。
でも、例えば努力で胸が縮むワケではあるまい。
ファッションリーダーにだって、なりたいじゃないか。
何を言いたいのかというと、ええと、つまり、胸の大きい方が好みのヒトはいっぱいいるはず。
ええと、うんと、服飾デザイナーの中にだっているだろう。
どうしてモデルさんの中には少ないんだ!
どうして需要が少ないんだ!
例えばこういうの。
「キレイなお姉さん、下さい。」
「御一緒に、巨乳はいかがですか?」
「・・・お願いします。」
お願いしない理由がないじゃないか。
いや、ジブンよりも、そう考えているヒトがいっぱいいるだろうなあ、と思って。
代弁をね、してみたのだけれどね。
代弁は、成功したかしら?
いい加減にカレー事件の冒頭に“和歌山”ってつけるのやめてくんないかなあ。
カレー事件っていえば他にないだろう。
以前にどこかで死刑についての文章を書いた憶えがある。
この中じゃなかったな。
どこかの掲示板か、アンケートか、そんな類い。
ネットだったコトは間違いない。
どこだっけ、ホントに忘れてる。
その時にも書いたけれど、ボクは基本的には死刑に賛成している。
因果応報を理解した上で、犯罪は犯すべきだと思う。
執行ボタンを押すのは公務員のおシゴトだ。
その為の公僕。
役場の書類書きと同じ意味合いだ。
ボクが誰かを殺すなら、ジブンの墓も作っておきたい。
それくらいの覚悟をして、殺したい。
ジブンと引き換えても死んで欲しいヒトなんて、なかなかいるもんじゃないね。
いたら頑張るよ。
例えば今回のカレー事件。
20年なりで出てきたと仮定して、罪はつぐなわれたと決めたヒトたちは、彼女のご飯が食べられるのか。
夜に、家でふたりっきり。
彼女の作ったのがカレーか牛丼。
食えねえ、とてもじゃないけれど、そこまで信頼できない。
ジブンの信頼を預ける為のボーダーラインは、もっと高いトコロにある。
例えば、ジブンの彼女が一人暮らししていたとする。
そこに荷物を送る為に、ムカシ集団暴行で少年院に入ってましたという男性には頼めない。
そういうヒトが多い運送屋もあるようだが、こっちにはわからない。
仮定を信じるしかない。
基準が他人と違うと分かっているヒトには、大事なモノを預けられないんだ。
うかうかと御近所付き合いも出来なくなったヒトたちを産んだ罪は重い。
死刑が妥当なのかどうか、それはボクには判断できない。
もちろんその為に裁判官がいるのだ。
そしてここで無責任に茶々を入れる為にボクがいる。
ふたつに分けて、湯飲みに注ごう。
ボクに一杯、キミにも一杯。
落ち着いて、もう一度ゆっくりと信頼を育んでいきたい。
まずはボクとキミから。
いつから始められますか。
みなさんの師は走っているだろうか。
むしろ走るのは弟子の方だと思うのに、師が走ったコトにされてしまう。
そんな徒弟制度の不思議。
“年内に”というコトバが多く聞かれるようになってきた。
もちろんボクも口にしている。
だんだん少なくなっているのに、やるコトは増えている。
みんな忙しくて、それどころじゃないんだっつの。
そうは言っても、来年困るのはボクなのである。
おかげで休みが何日か潰れそうだ。
まあ何とでもなる。
休んだって何するワケじゃない。
記憶喪失とかになって、しばらくジブン探しの旅にでもでようか。
たまにはいいだろう、記憶を失うのも。
たまに実際失ってるけれど、それはそれ。
それでジブンの輪郭が見えてきた時に、すごいヤなヤツだったらどうしよう。
うわ、もうこいつムカつく、とか思ってんの。
このサイトとか見て、“ちょうつまんねえクソサイト”とか口走ったりする。
何でこんなサイトがお気に入りに入ってるんだ?とか。
でも、ジブンでジブンを客観的に見て、気に入るヒトはいるのだろうか。
ジブンラブなヒトは確かにいるけれど、それはジブンがジブンであるという前提の元でのコトだ。
自分の姿を他人として見た時に、どんな感想をヒトは持つのだろうか。
思わず惚れてしまいそうなジブンでいたいものだが、それには遠い道のりを行かねばならないだろう。
どっちに行けばいいのかもわからないし。
もう一度全部忘れて、いちからやってみるのもおもしろいかも知れない。
でも、この時期忘れてしまうと、思い出した時に来年のコトを考えて泣きたくなりそうだ。
もう少しあとにする。
それをくり返してヒトは朽ち果てていくんだ。
どこかで強引にでもやらないと何も変わらない。
いや、でもイマやっちゃうと、(以下くりかえし)
最近、気のせいかも知れないけれど、“今世紀最高の”なんてコトバをよく目にする。
これは“イマの時点で”という意味なのか、それとも今後98年含めても最高なのか。
ゆっくり問いただしてみたい気分だ。
はやまりすぎじゃないか、おまえたち。
20世紀の頃にも同じような叩き文句があった。
その時には、ボクは前世紀にはいったい何があったと言うのか、とか考えてた。
イマやそれも前世紀の遺物。
なんてこった。
で、前世紀にはいったい何があった?
何でもあったような気がするけどな。
ことごとく取りこぼしてきたけれど、あそこには何でもあったハズだ。
そしてイマもそうなのだろう。
なら、今世紀最高なんて唄わなくてもいいだろう。
素直に“映画史始まって以来の傑作!”とか唄えばいい。
年間何本も更新される最高傑作。
どんな叩き文句なら手に取る気になるだろう。
少なくとも、資料を並べたり、数字を並べられても手に取る気にはならない。
ベストセラー!とか書かれても全然惹かれない。
それよりも友人の言うおもしろかった本とかを選ぶかな。
誰が薦めるかも重要だけれど、やっぱり薦めてる側の熱意が見えないとイヤ。
雑誌のライターでもそうだけれど、オレ、これ好きなんだよ!って言ってくれないとイヤ。
ジブンがどうでもいいと思ってるモノをヒトに薦めようだなんて100年早いわ。
ボクはあまりヒトにモノを薦めない。
あまりタイムリーにモノに接してないから、映画くらいしかリアルタイムでは薦められない。
最近芝居も観てないなあ。
ホント、前世紀からこっち、ものすごく本数が減ってる。
前世紀が全盛期、なんちて。
うわあ、やっちゃった。
さ、さてヒトにモノを薦める時には“どうやったらこのヒトにこの本を読ませられるかなあ”とか考える。
でも、色々と策を弄する時ほど失敗する。
もっとストレートにいかなきゃダメだ。
ズバッとど真ん中に超剛球。
渾身の球に、食らい付いて欲しい。
それが打てたら次はカーブだフォークだスライダーだ。
そこまで策を弄したいのか。
そんなもの前世紀に置いてくればよかったのに。
ボクの全盛期はこれからだと思うんだけれど、どうだろう。
「ウエスト・サイド・ストーリー」なんか観ちゃったからって、歩きながら踊り出しそうになるのはどうなんだ。
ミュージカルってあまり得意じゃない。
なぜ踊る。
なぜ唄う。
不可解なコトばかりだ。
それを許せるようになってきたのも最近のコトだ。
コドモの頃にテレビで観た「ウエストサイド〜」はヘンだった。
だって踊るし唄うし。
イマなら素直に受け入れられそうな気がする。
そう思ってその場に臨んだが、やっぱり思った。
なぜ踊る。
それでもそれを観てちょっとわくわくしたりもしたようで、帰り道ではカラダが動きそうで困った。
踊るな唄うな。
ジブンに言い聞かせる。
最近なら「ムトゥ」も「ムーラン・ルージュ」もフツーに受け入れたのに、どうしてあれはダメなのだろう。
多分、透ける時代性が不自然に受け取らせるのだと思う。
あのメイクとか、あの設定とか、あの集団とか。
コドモの頃ですらいかがなものかと思ってた“ジェット団”と“シャーク団”。
日本語訳ぐらいやり直してもよかったんじゃないか。
“団”って。
ボクがあの街に住んでたら、そりゃあジェット団もシャーク団も避けて過ごす。
でも、怖いのは暴力じゃない。
それよりも、いきなり踊り出し、唄い出す異常な陽気さが怖い。
何されるか分かったもんじゃない。
一緒に唄い踊るのがいちばん楽しそうだ。
あれはやっぱり練習してるんだろうなあとか考えるとすごく楽しい。
まあ、作り手は喜ばないだろうけどな。
スキーの季節だそうで。
滑ったコトがないヒトも世の中にはいるのだが。
例えばボクがそうだ。
スキーだけではない。
スノボもない。
要するに雪に関するスポーツは一切やったコトがない。
むりやりやった雪合戦くらいはあるけれど、あれはほとんど泥合戦だったし。
草の生えた土手で段ボールで滑り降りる、とかならやったな。
自転車で40度くらいの坂をわーっと下るのもよくやった。
怖かった。
南国生まれなもので、しょうがないと言えばしょうがない。
とたん屋根の上にうっすらと積もった雪を掻き集めるようなマネはもうしない。
体長10センチのだるま。
もう会えない。
いや、会わない。
アイススケートなら多少やれる。
学校の合宿授業でやったのだ。
そのあと、一、二回はやったけれど、もう随分やってないな。
だいたいウインタースポーツがあまり好きじゃないのだな。
だって寒いじゃん。
ウチの中でぬくぬくしてる方がいいじゃん。
ぬくぬくしながら冷たいビールとか。
でも、スキーはおもしろいと毎年力説される。
だんだん天の邪鬼でやらないと言い続けているような気がしてもいる。
一度くらい行ってみるべきか。
めんどくさいな。
これがフットワークが重いというコト。
新しいコトを始めるのに必要なエネルギーは年々増加の道筋をたどる。
以前はどうだったかな。
失くすモノがなかった頃、ジブンが出来上がる遥か以前。
スキーなあ。
人生が滑ってるのに、これ以上滑ってもしょうがないよね。
ザウスは潰れたじゃない。
みんな実はたいして好きじゃないんでしょ?
天の邪鬼大活躍。
鬼は外。