校則のハナシをもう少しする。
白眉といえばやはり、髪と制服だろう。
ボクらの頃はまだブルセラというコトバはなかった。
茶髪もなかった。
髪を脱色というと、ビールかオキシドールという時代だったのだ。
当然リスクもイマよりデカい。
そこまでしてやる理由が見つからなくて、ボクは黒のままだった。
卒業してから始めた。
これも大学デビューか。
でも、脱色だの何だのは置いておく。
今日は髪型について。
何を隠そう、中学の時は坊主が校則だったのだ。
まあ、長髪を禁止するための看板みたいなモノで、実際バリカンで刈られるなんてそうはいなかったし。
一年でひとりふたりかな。
そういえば、あの校則なくしては存在し得なかったであろうコトバがひとつある。
それは“オンザまゆ毛”である。
“アウトオブ眼中”とかと同時期かな。
こんな単語ができたくらい、当時は目が出ていない髪型はまずかったのだ。
そこに現れたのがチェッカーズ。
口元まで届くような髪型で現れた。
みんなが真似をするのを止めるのは一苦労だったと思う。
高校でも、基本的には変わらなかった。
融通は利くようになったけれど、パーマも脱色も禁止のままだった。
女子も長いのは結んだり編んだりしてたっけ。
窮屈なハナシだ。
校則のハナシをしているつもりが、これではまるでじじいの繰り言である。
まさにアウトオブ眼中。
今日は制服のハナシをしたい。
中高通して学ランだった。
学ランの“ラン”ってなんだろう。
当然校則により、短・長ラン、ボンタン等は中学は禁止されてた。
お金の問題もあったようだ。
カツアゲとか。
自分で稼いで買え、そんなもん。
ボクは、コレはホントにそうだったのだが、そういった変型学ランに惹かれたコトがない。
正直一生懸命になっている同級生を見ながら、バカバカしいとか思ってた。
卒業して後、二、三年はクルマをシャコタンにする風習がまだあった。
そりゃ好き好きだけどさ。
中学女子はセーラー服、高校女子はブレザーの変型みたいなヤツだった。
セーラー服好き。
中身も好き。
セーラーマンはどうでもいい。
正直ジブン的には学ランはどうでもよかった。
何かの象徴を感じたコトもない。
ただ、“着て行くべきモノ”として常にそこにあったから着てただけだ。
中高六年間でいちばん着たモノに対して、この執着のなさ。
ファッションに対する熱意のなさが伺える。
三つ子の魂百まで。
だから当然卒業前に新しい学ランを新調するなんてコトもしなかった。
修学旅行や卒業写真の前にうきうきと学ランを新調してたヒトたちがちょっとうらやましい。
でも、彼らの髪型は例外なくビーバップだった。
ビシッ。
青春の制服。
制服が何のイミも持たなかった時代が確かにあったのに。
日常を失って、初めてわかるコトかもしれない。
言い換えると、初めて出てくる価値。
制服が、まさかこういうカタチで脈々と引き継がれるとは。
なんてイヤなまとめだろう。
校則に別れを告げて、ボクはひとりになった。
少年Aでは済まなくなったし、何をしてても何も言われなくなった。
自堕落路線まっ逆さま。
早くオトナになりたかったし、親の世話にならないようにしたかった。
ひとりで何でもできるようになりたかったし、誰にも干渉されない生活が欲しかった。
それがこんなに下らないモノだとは思いもしなかった。
“人”という字はヒトとヒトとが支えあってできている、というコトバがある。
金八だったかな、言ったのは。
ボクに言わせれば、あれは“支えあっている”のではなく“支えて”いるのだ。
“人”なら右が左を。
“入”なら左が右を。
当時のボクは一方的に支えられていて、全く支える方には回っていなかった。
支えてもらっている恩も感じずに、ボクは毎日を過ごしていた。
ここを離れれば何とかなる、と根拠のない妄想(夢)を抱いていた。
仕組まれた自由に 誰も気付かずに
あがいた日々も終わる
この支配からの 卒業
闘いからの 卒業
ボクは仕組まれた自由とかには気付いていて、冷めた視線で周囲を見ていた。
だからボクの高校時代は、そんなに闘いの日々じゃなかった。
その結果、ボクは卒業すると同時に闘いの日々へ入学してしまっていたのだ。
しかもしばらくはそのコトに気付かなかった。
自由な日々を手に入れたコトに浮かれて、完全に出遅れた。
誰もが他人でしかなくて、誰もボクを知らなかった。
自由に埋没して、ボクの姿は誰にも見えなかったのだ。
もしかして、そこにあったのは自由なんかじゃなかったのか?
いや、そうじゃない。
自由を履き違えただけだ。
履き違えられた自由は、結果地に墜ち、泥にまみれてしまった。
泥にまみれた自由を見捨てて、ボクは新たに闘いを挑んだ。
その闘いが落ち着いてきた時に、足元の自由に気付いた。
今度こそ見損なわないようにしよう。
イマは小さなローソクの光でしかないけれど、この光を決して絶やさない。
いつか煌々と光る炎にする為に、ボクは明日を迎え撃つ。
負けるコトが敗北なんじゃない。
後ろを向くコトだ。
負けっぱなしの人生に。
久しぶりに現在に帰ってきた。
ただいま。
過去への旅に出る前には何を書いたっけ、と思ったらストーカー話だった。
そこからか。
寒さもだんだん当たり前になってきた。
今日は寒いとかそういう感じじゃなくて、寒いのが当たり前になるとちょっと楽しい。
夜、帰り道で空を見上げると、まっ先に丸いお月様が目に入る。
それからまわりをゆっくりと見回して、てんてんとしている星を数える。
星座はよく知らないけれど、星が光っているのを見るのは楽しい。
月にはウサギが住んでいるっていうハナシは、ボクのまわりにはなかった。
物語の中にだけ存在するウサギ。
実際にそこにある月と、物語の中の月とは違う月だったのだ。
月を見て、そこに見える影とかそういったモノのカタチがウサギに見える、という。
そんなバカな、とそれを聞いた頃には思った。
でも、星座よりよっぽどそれらしく見えるよね。
星座の名前っていうのは、あれは多分もっといっぱいあったのだ。
中でも名作だけが残って語り継がれてきたのだと思う。
ひとつの星座付近には重なってみっつもよっつも星座があったコトだろう。
語ったり書き記したりするヒトの好みにもよっただろう。
時にはジブンのを選んでもらうために賄賂も贈ったかもしれない。
「南蛮より取り寄せました、カステーラでございます。」
開けると金が。
「こんなモノ、受け取れません!
大体あなたの姿にはどうやっても見えないじゃありませんか!」
「では、わしの息子ならどうじゃ。」
「見えません。」
「娘なら。」
「ダメですってば。」
「でっ、では、わしの馬ならばどうじゃ。」
「ダメで、ん? いや? 馬ですか?」
「そうじゃ。」
「馬・・・では、お宅にいる馬をモチーフにひとつ。(カステーラを手に取りながら)」
「よし! ハナシは決まった!」
説が出回って、再度あらわれた依頼主。
「わしの馬と申したではないか!」
「あなたの馬ですよ。」
「子馬はもうわしの馬ではないのだーっ!」
色々あるなあ。
先日ハロルド作石の「BECK」13巻を買った。
ちなみにイマまでのは買ったコトもなければ読んだコトすらなかった。
付録でCDが付いていたから、それ欲しさに買ってしまった。
まさにビッグワンガム方式だ。
結構希少品っぽかった(現にもう本屋にはない)ので、多分あっという間に売れてしまったのだと思う。
でも、ボクのように、普段このマンガを読んでいないヒトも買ったハズだ。
このCDはむしろ、「BECK」大好き!なヒトたちが手に入れて楽しむものだと思う。
果たしてボクでよかったのか。
CD自体は結構気に入って聴いている。
「BECK」関係なしに、ひとつのコンピ盤として聴いている。
そう考えると、ちょっと散漫。
このコンピと13巻だけで、BECKを想像してみよう。
Coaltar Of The Deepersの演奏にCHOKE SLEEPERのボーカルを足すのがいちばん近いかな。
ここまでを読んだらまた考えてみよう。
まんまSMORGASという手もありかな、いくら何でもか。
最初は、いきなり13巻から読むのもなあ、と思い、読まずに置いておいた。
でも、さすがに読んだコトもないのに10册以上を買い求めるのも、と気付いたので読んだ。
おもしろい。
古本屋を巡ってみよう。
確か買った日のブックオフには5、6冊あったハズ。
古本屋四軒回って一冊も買えなかった。
何だろう、と考えたらひとつの可能性にぶちあたった。
ボクと同じヒトたちだ。
イマまでの「BECK」を探しているヒトたちがいるのだ。
素晴らしい。
新しい出会いを誘発するためのCDだったと思えば、買えなかったヒトたちにも申し訳が立つ。
「モンスター」の最終巻特別バージョンとは違う。
新しい息吹を求めて、違う場所にアプローチする。
仕方がないのでちまちまと買い揃えていこうと思う。
新しく出逢ってしまった者として。
いっぺんに揃わないのは、ビンボー人に出逢ってしまった常として諦めてもらうコトにして。
本屋に行くヒマがなかったな。
今週末からハリポタ2が始まる。
どこかで覚悟を決めて観に行こうと思う。
立ち見でもイイや。
そう思ってたら上映館のタダ券をもらった。
ラッキーとか思ったら、ハリポタとマイノリティ・レポートには使えませんとか書いてある。
もしもし? 起きてますか?
ネゴトは寝て言え。
でも、実際のトコロ、あまりチケット代を無料にするコトにはこだわらない。
学生の頃はそりゃこだわった。
数百円の電車代を浮かすコトばかり考えていた。
映画だって、芝居だって、結局は出来具合いにカネを払う。
おカネがかかっているからおカネを払うワケではない。
楽しんだ代償はきちんと支払いたいんだ。
つまり、タダで観ようとすると、ボクは楽しんでもその思いをカタチに出来なくなってしまう。
ちょっとでも届けたいんだ。
この場所で告げても、たかが知れてるし。
おカネを払ってないと、きちんと対象化できているのかどうかが分からないし。
イマとなっては随分とマシになったと思うけれど、以前はタダで観たモノはマトモに判断できなかった。
ビンボーだったからだと思う。
ないカネしぼって観たモノと、なかなか同列に論じられなかったのだ。
もうイマはそんなコトは気にならない、と思う。
多分。
ビンボーなコトには違いないのだが、そのケタが違ってきている。
もう米を買うカネに困るコトはない。
家賃を先延ばしにすると、どれだけ困るのかは知ってるし。
個人的にはいいコトだと思っているのだが、作品を味わう上でいいコトなのかどうかはよく分からない。
ひとつひとつの作品をしゃぶり尽くすような真似は久しくしてない。
そういや「DEEP RIVER」がまだウォークマンに入ってるな。
ビンボーには戻りたくない。
でも、もう少していねいに接していこう。
きちんと判断していかないと、作品にボクがしゃぶり尽くされてしまうから。
結構苦労するだろうけど。
「荷物がいっぱいあるから、ちょっと運ぶの手伝って。」
はーい。
ついてくと、そこにあったのは段ボールひとつと紙袋ふたつだった。
あのう、手伝うも何も、ひとりで全部運べちゃうんですが。
まあモノゴトの捉え方はヒトそれぞれだけどさ。
“手伝う”というコトバのイミくらいはあいまいにでもきちんと捉えておいて欲しいのだよ。
コトバのイミですよ?
行動のイミとは違うのよ?
行動で示す、なんて言い方もあるけれど、行動は裏を量られたり都合のいいように解釈されたりする。
コトバだって基本的には同じだけれど、行動で示すよりは解釈がしやすいね。
愛の告白だってそうでしょう。
行動が否応無しにイミを持つのは、バレンタインのチョコレートくらいだよ。
それすらも義理とか言われたりね。
「好きです」とひとこと伝えるために行動で示すのだ。
行動だけで終わってはいけないのだ。
行動なしでもいけないけど、両方ないのは論外だ。
そもそも好意の存在が覆い隠されてしまっている。
行動と言えばそろそろ年賀状の季節である。
普段会わないヒトたちにも、たろすけ健在を示しておく。
これをきっかけに、どこかで一杯、というようなコトも素敵。
理由があるのはいいコトだと思う。
ボクもそろそろ年賀状を買いにいこう。
今年はモデルがいるので、デジカメで撮って印刷する。
ポー大活躍。
いっぱい出そうかな。
しかし結末の想像はつく。
きっとおシゴトの絡みで世話になっているヒトたちに出すのがせいぜいだ。
しかし、たとえそれだけでも、是が非にもやらなければいけない。
やりとげなければいけないのだ。
何でって、決まってるじゃない。
去年、めんどくさくて一枚も出さなかったからだ。
今年だけはさぼれねえ。
いち酒飲みとして、ヌーボー解禁のニュースはちょっとわくわくした。
でも、よく考えるとまるで関係ない。
赤はあまり好きじゃない。
白も新酒は甘いの多いし。
ベツにボクがわくわくする必要はないのに、どうしてだろう。
ボクには関係ない。
小泉孝太郎が喜んだって、そんなもん知ったコトか。
ベツに孝太郎に恨みはないけどさ。
関係ないけど、孝太郎がワイン飲みながら「親父とは飲まないですねえ」とか言ってた。
まあ、一国の首相と飲みながら「最近どう?」とか尋ねるコトのバカバカしさってば。
うわあ聞いてみたい。
答える前にニュース見ろとか言われそうだ。
たとえ飲まなくてもヌーボーヌーボー言うだけでちょっといい。
ボクに関係なくても、誰かが喜んでるのはいいコトだ。
誰かが笑ってれば、ボクが幸せになれるかもしれない。
少なくとも泣いてるよりはずっとその確率が上がる。
例えばボクが泣いても、誰もなぐさめてはくれないかもしれない。
でも、そばでめそめそやるコトでそのヒトをブルーにするコトはできるはずだ。
うわ、めっちゃイヤな攻撃。
うっとうしいからといってなぐさめたりしたら、それはそれで負けだしな。
ヌーボーといえばどうも、今年の輸入量は過去最高だったらしい。
何のために?と思ったらコンビニにまで並んでた。
コンビニが増えた分、輸入量が増えたんだ。
どうでもいい。
クリスマスのお子さまシャンパンと同じだな。
あーゆーコンビニに置かれるようなイベント酒はみんなでわいわいやるためにあるんでしょ。
あるいは彼女とふたりっきりになるネタにするんでしょ。
どうでもいいよ。
しくしくしく(攻撃中)。
腰をねじれ。
腹をよじれさせろ。
へそで茶を沸かせ。
旗を振れ。
ねじった腰の反対に振れ。
違う、もっと東に。
沸いた茶にビールを入れろ。
飲んだら踊れ。
踊って踊って踊りまくれ。
押入の奥に眠り続ける、忘れられた服の気分で踊れ。
飛び下りたら穴を掘れ。
掘ったら埋めろ。
何でもいいから。
想い出だけはやめておけ。
酒も入れるな、ボクが飲む。
もう今日は入らない。
更新したコトを覚えていないというのはどういうコトなのか。
しかも巡回もしたらしい。
掲示板は見てないらしい。
よかった。
「地獄に落ちろ」とかのセリフは結局は負け惜しみである。
死なないと分からない、大変に気の長い攻撃だ。
攻撃っていうか。
死ぬ時にそのセリフを思い出したりするヒトはいるだろうか。
「そういえばあいつに“地獄に落ちろ”って言われたっけかぁ・・・
あの命令を聞かなくちゃいけないのかな・・・
命令なんだから聞かなくてもいいよなあ。
地獄落ちたくないしなあ。
だいたい地獄へ落ちろっていうのは、本来なら落ちない人間に向かって言う言葉だよなあ。
あいつ一体、何を言ってたんだろう・・・」
ピー。
「御臨終です。」
命令口調なのがおかしいのではないか。
お願いしてみたらどうだろう。
「地獄へ落ちてください。」
いまいち。
結局相手とコミュニケーションを取っている時点でおかしい。
「あなたは地獄へ落ちるでしょう」はどうだ。
決めつけている。
反論不可。
決めつけられてもなあ。
死ぬ時、思い出すかなあ。
イヤだなあ。
そのままスルッと地獄に落ちたらすごい。
何者か。
あとはむしろ、消去法で行くのもあり。
「天国には行くな」とか。
もしかすると天国と地獄だけじゃなく、色んな場所があるかもしれないじゃないか。
そう思えば旅立ちに夢が持てるよ。
そんなセリフ思い出しながら夢とか言う。
ハリポタどうしようかなあ、いつ空いてくるかなあ、と考えてた。
朝早くからもやってるので、そこなら多分空いてる、という案もあった。
ただ、なぜその時間帯が空いているのかを考えると、ボクにも当てはまる。
休みに早起きなんかしたくない。
そんなワケで、ハリポタを観に行くのはまだ先になる予定だった。
ところが今日、不慮の事態が巻き起こり、観てきた。
朝いちばんで。
まあ不慮の事態とか言ったって、結局は休みに働きに行ってしまっただけなのだが。
もう二回目か、三回目か?
だんだんショックも受けなくなってきた。
都合がいい、観て帰ろう。
そう思って時間を調べて映画館へ向かう。
なんだか列があるような気がして、足が早まる。
ああ、ついたついた・・・あれっ?
列ないね。
チケット買えたね。
入場できたね。
座れたね。
しかも超いい席、つかガラガラ。
内容は別項にて、というコトで、ここではひとつだけ。
なんでハーマイオニーに付ける敬称が“たん”なのか。
その明確な答えがあそこにはあった。
こんなコトをものすごく重要なコトのように言ってるけれど、これは重要なコトなのだ。
あの作品に於いて、あの三人が魅力的に見えない、なんてのはあってはならないコトだから。
そこをクリアする過程で、どうしてもハッキリさせねばならなかったのだ。
ハーマイオニー万歳。
不慮の事態で観に行けたので、体力があればもう一本、とか思ったのだが、意外と体力要った。
集中して観てないと、何か見逃していそうだ。
帰って洗濯してゴロゴロしてたら、洗い残しの靴下を発見した。
ほら、集中していないから。
そろそろ年末の予定を組まないとなあ。
あと一ヶ月しかないよ。
おかしいなあ、最初は十二ヶ月もあったのに。
何してたんだろう。
こういう時、ニッキ付けてると便利だね。
答えは分かってるので読み返したりはしないけどね。
さて、実際に速記しているのを見たコトがあるヒトはあまりいないと思う。
ボクは結構ある。
いつ見ても、何を書いているのか分からない。
どこの国のコトバか。
今日も見た。
ちょっと話すヒマがあったので聞いてみた。
いつ見ても、何書いてるんだか分かんないんですよねー。
「あー、でも私たちも他の人のは読めない事ありますよ。
一応同じ文字なんですけど、書く人の癖で随分違うんですよね。」
へぇー。じゃあやっぱりうまいヘタとかもあるんですか?
「ありますねー。でも、あまり他人に見せる物でもないですから。」
シンプルにして、たくさんの情報を詰め込んでいるから、ちょっと崩れると分からなくなるのだという。
ボクなんかは、あわてて取ったメモなんかは二、三日経つとジブンでも読めなくなるのに。
あれー?
だいたいは覚えているうちに清書したり、必要ならメールしたりする。
でも、忙しさにかまけている内にメモの存在自体を忘れてしまう。
ふと気付くと、そのメモの有効期限はもう過ぎていたりして。
気付かれないように、くしゃくしゃぽい。
きっとここのニッキも読み返すとヒトの書いた速記メモみたいになっている。
何のコトだか分からないモノがいっぱい出てきたりするのだろう。
さ、くしゃくしゃぽい。
年末のスケジュールを切ってきた。
早速ヒコーキの切符を買いに行く。
知ってるヒトがカウンターにいたので声をかけた。
じゃあ、これで行きと帰りお願いします。
「はーい。あれ、○○さん、おいくつでしたっけ。」
31。
「あれ? この前まで30じゃありませんでした?」
キミは正しい。
でも、ボクはもっと正しい。
そうなんだよ、この前までボクは30だったのだ。
そしてそのちょっと前までボクは20代だったのだ。
例えるならばブリキの20代。
こう、年齢っつーのはうまく積んでいかないとすぐ崩れっちゃうからなあ。
あれだ、ジェンガみたいなもんだな。
とにかく崩さないように高く高く積み上げていく。
どんどん土台は脆弱になっていく。
まさに加齢。
ジェンガって、バーとかに置いてあるのをたまに見かける。
あとはチェスとかもある。
将棋は見たコトないね。
酒の種類と一緒で洋モノ指向だ。
つくづく酒は気分で飲むモノだなあ。
何かものすごく年齢とジェンガの比較が適切な気がしてきた。
みんなでわいわいやる時には、年齢は全然役に立たないけど。
高く積んでも偉くない。
まっすぐ聳え立つ年齢タワー。
「あっ。」
がらがっしゃん。
今日街角に選挙演説カーが止まってた。
聞くともなく聞いてると、こんなコトを言ってた。
「現在政治の世界で重要なポイントとなっている拉致問題・・・」
前後もちょっとだけ聞いたけれど、どうも詳しいコトには触れなかった。
ニュースだけ聞き齧ったヒトに向けたハナシだ。
どうでもいいや。
本来あれは政治のハナシではないはずだ。
ハッキリ言う。
拉致問題は警察の範疇。
インターポールにでもお出まし願うべき問題。
違うのはやはり、密室性の高さと背後の軍事力。
その波紋を恐れて政治サイドでストップをかけた。
(あるいは政治サイドにストップをかけるよう要請があった。)
どうしようもないコトなかれ主義。
インターポールには銭形がいるはずだ。
彼に頼んで何とかならないかな。
ルパンが絡まないと無理かな。
じゃあ北朝鮮で行われる結婚式を待つべし。
正日の隠し子の結婚式、秘密の暴かれる日だ。
屋敷に潜入するルパン。
追う銭形。
ふせぐ側近たち。
「いや、奴はとんでもないモノを盗んでいきました。 あなたの心です。」
「はい!」
好きな芸能人を無理矢理妊娠させて、関係を維持するのと変わらない。
時間をかけて心を奪った、その罪を問え。
心を奪った罪だ。
分かったか、ルパン。
結局ルパンに望まれているのは、昨日言ったようなコトなわけだ。
公共権力には望むべくもない、乱暴さとドラマティックさ。
金田一少年が、行く先々で事件に巻き込まれる、それとは違う。
ルパンは最初からきな臭いトコロにカオを出す。
己が美学を突き通すコトに命をかける。
その為なら、ヒトが死んでもかまわない。
その結果、大切なモノを守れるのなら、いくらでも汚れられる。
そんな風に生きたいものだ。
基礎能力が圧倒的に足りないけれど。
結局大事なモノさえ守れればいいんだ。
大事なモノを守る為に、結果的に世界を救ったりもできるのだ。
守るべきものを持たないヒトに、世界を守れるだなんて思わない。
その論で行くと、今のボクには世界は守れない。
滅ぼすコトならできるかもしれない。
プラス? マイナス?
そんな単純なモノなのか。
誰かを守る為に世界を滅ぼしたっていい。
その誰かが生きていてさえくれるなら。
たとえボクのそばにいなくても、それはそれで、いい。
でも、ルパンに学ぶなら、ホントに必要なのは守るべきヒトではない。
一緒に戦えるヒトである。
たとえ不二子ちゃんが窮地に陥っても、自力で脱出してくると信じられる強さがルパンにはある。
戦友とでも呼ぶべきか。
でもボクはそんな関係よりも先に、守り守られる関係が欲しい。
不二子ちゃんを放っといて他のオンナノコを口説くなら、不二子ちゃんに全力投球したい。
過去のいきさつも知らずに勝手なコトを言っているようだが、そう思うのだ。
その相手すらいない今、世界を守るも滅ぼすも100年早い。
ちくしょう、覚えてやがれっ!
世界はボクが手を出さない方が平和でいいのだが。
いつまでもそうはいかないぞ。
乱暴に、そしてドラマティックに押し倒してやる。
押し倒されるのもちょっと可かも。