5/16

父親の携帯からメールが来た。
これは初めてのコトだ。
すごいぞ、父。

宝くじを買って送ってくれとのコトだ。
60枚ね、はいはい。
えーと、お金は局に・・・局て、郵便局ですか。
学生時代の口座だよ、懐かしー。

というのも、ボクは就職の時に銀行口座を作ったのだ。
郵便局より使い勝手いいし。
混む率低いし。

でも、あの口座はよく使ったなあ。
最後に残った数百円をおろすにはどうすればイイのか、そんなコトを真剣に考えたなあ。
親からの仕送りが振り込まれた口座なのだ。
そりゃあ想い出深いわな。

最後に使ったのは卒業してから、保険の還付金か何かがこれも親から振り込まれたのだ。
それをおろしてからはもう手をつけてない。
あの数百円にはもう欲望を持てない。

これがオトナになるってコトか。
それはどうかな。
あの数百円も大きくなっているかもしれないぞ。

まあ何でもいい。
珍しい父親の頼みごとだ、さくっと買って送ろう。
とりあえずシゴト場で自宅最寄り駅に売場のあるヒトに分割してみた。
ちょっとでもバリエーションを持たせよう。

ところで郵便局のキャッシュカードが見つからない。
二万の自腹はちょっと痛いなあ。
想い出を探そう、イマならもれなくキャッシュバックだ。

5/17

ハリー君の背が伸びたのはなぜだろう、と考えていた。
だってムカシの香港映画みたいに横圧縮か縦拡張になってたんだ。
全部観返すんじゃなくてちびちびとだったからまだ耐えられたけれど。

色々やってみた結果、DVDデッキの初期設定が間違っていたコトがわかった。
テレビをワイドと認識してたんだ。
シネスコだけ、ミョーに見えるんだな。
わかってよかった。

機械はどんどんと複雑になっているね。
初期設定というか、要するにテレビ用のドライバをインストールするワケだ。
ムカシは考えられなかったイメージ。
どんとチョップしてまた映ったあのテレビが懐かしい。
でももうあれでは耐えられない。

もう携帯もあるのが当たり前のモノになってしまった。
ボクはまだたまに携帯を忘れてシゴトに出たりする。
意識的に持たずに休日を過ごしたりもする。
ちょっと罪悪感を持ちながら。

パソコンだって社会人になってからのデビューのくせに、毎日マイニチネットしている。
ホームページを持つなんて考えたコトなかったのに。
最初の頃は家庭で家計簿つけたりするのに使うモノだ、みたいなふれこみもあった。
それこそありえない。

ヴァージョン・アップを繰り返しボクらは生きる。
世界を道連れにして旅に出よう。
行きたいトコロなら、どこへでも行けるさ。

技術がどんなに進歩してもアピールされるのは表面の便利さだけだ。
選択肢を増やすコトだけが幸せではないはずなのに、ボクらの技術革新はそこに向かう。
状況を理解しないと正しくは使えないマシンたち。
バイクや車みたいに免許がいるな。

DVDデッキの取説が見つかってればこんなコト考えなかった。
そんな基本的なコトでこの二日間引っ掛かってた。
免許以前だ、受験資格もない。

それでも何とかなるあたり、安物は選択肢少なくてよかったなあと思ったりしている。
意外とホントかも。

5/18

アウトドアショップでミニチュアシュラフというモノを買った。
シュラフそのままのカタチでタバコくらいの大きさだ。
何に使うんだろうと思ったら、ボクの携帯にピッタリだった。
この為に生まれてきたかのようだ。
シュラフとして生まれたのに寝かせてあげられないなんて、こいつの気持ちは複雑だろうな。

“何かの為に産まれる”のはモノの宿命というやつだ。
そしてヒトはその代わりに、“何を為すべきか”という命題に追われている。
奴隷解放運動のさなか、当の奴隷自身が反対運動を起こしたというハナシもある。
モノとして生きるのは意外とラクなものでもあるらしい。

考えてみれば、言われたコトだけをこなしてた頃ってあるイミ楽だった。
責任はここにはない、目的はハッキリしている。
今のようにジブンの満足ポイントをジブンで設定せねばならないのは確かに面倒。

でもあんな時代に帰りたくはない。
レベルの高い楽しみがここにはある。
ボクの満足ポイントを入れるバケツには、穴が空いているに違いない。

よく言うのは、口が驕るコトの是非だ。
フツーのモノで満足できないコトの悲しみと、本当にうまいモノの味を知らない哀しみと。
どちらともに思うコトはあろう。
ただ、どちらともにジブンが選ぶコトは余りないだろう。
どちらともに負け惜しみと取られてしまう辺りがいちばん切ないのかもしれない。

今日グラス一杯で980円もする焼酎を一杯だけ飲んだ。
ささやかな贅沢を許されたので、飲ましてもらいました。
さすがにコレで三杯分かとは考えなかったモノの、贅沢は敵だ、と言うコトバが飲んだ後に浮かび・・・

ほのかに切なくなっているのは次にまた安いのを頼んだジブンで。
ジブンに対しても、やっぱり負け惜しみか。

5/19

ものすごいヒマなんだけど、動いてはいけない日であった。
ぶあっつい雑誌を一冊と、文庫本を二冊半。
要するに読みかけの残りとあと二冊と言うコトだ。
こんな時に限って電話も鳴りゃしない。

ヒマの潰し方にももっとバリエーションが欲しいかな。
イマはほとんど本に頼っている。
PCのあるトコロならネットでもできるのだが。

原稿用紙という手もあるのだが、ボクはつい書きながら口に出してしまうクセがある。
ニッキ程度なら平気だが、見つかった時のダメージがでかい。
今日余った時間はずっと「E.T.」のコトを考えてた。
20年目のスクリーンでの再会が素晴らしかったから。

何かについて思いを馳せるコトは楽しい。
それがヒトであれ、モノであれ。
それが好意であれ、悪意であれ。
純粋に自分の妄想が膨らんでいく。

ちなみに今日はボクはE.T.の星まで付いていってきました。
もちろん地球で助けたのはボクという設定で、船に乗せてもらってきました。
こう考えると浦島太郎みたいね。

E.T.の星は大変科学の発達した星ですが、同時にリサイクルが発達しています。
物質はゼロになるまで使用するのだそうです。
だからゴミという概念がない。
その代わりに予定調和というトコロからはみ出るとショックを受けます。
まずいモノを食べて、放り出したり。

もういいですか。
ボクもそう思ってここらへんでやめました。
帰ってくるトコロまでやってたら、おみやげの玉手箱をもらえただろうか。

5/20

平山秀幸の新作「笑う蛙」なんだけれど、大塚寧々ってあんな芝居したっけか。
なんか線の細い芝居って、印象に残ってるのがそれくらいしかなかったのに。
今回はいいねえ、ずいぶん存在感が出てた。
映画自体も面白かったし、よかったな。

どうもこのところ、暑いのか寒いのかハッキリしない。
この一週間くらいは雨が多いせいで、肌寒く感じるコトが多いか。
その前はもう、ふとんをひっぺがすイキオイで寝てたのに、今朝なんかは寒くてふとんから出られなかった。
毛布を片付けられるのはいつになるだろうか。

今回は洗濯機で毛布が洗えるから、クリーニングに出さなくてもいいのだ。
それで毛布を片付ける日を楽しみにしているのだ。
こっち来てすぐに買った毛布だから、もう10年以上使っててボロボロの毛布。
お気に入りなので、まだ使うつもり。
ライナスみたいに、オモテには持って出たりはしないけれど。

コレがないと落ち着かないよ、というモノは誰にでもあると思う。
枕が替わると眠れない、というのが典型的か。
あれは枕だけ同じでもダメだろう、と思ったらずいぶんマシになるらしい。
やはり匂いなのだろうか。

匂いアイテムとしてメジャーなのは、やはり香水とタバコかな。
ヘヴィスモーカーの部屋なんてのには、正直なトコロいたくない。
電車でキッツい香水をとなりで嗅がされた日には、吐き気をもよおしたりもする。
あーいう匂いも毛布と同じで、本人以外にはイミのないものだな。

“臭い”と書いた方がいいか。
不潔なだけではないかという気もちょっとするな。

5/21

どうもヒトに御馳走してもらう時というのは、あとが困る。
充分な量を食べているはずなのに、一生懸命遠慮をしているせいだろうと思う。
どうも物足りないんだ。
帰りにおむすびを頬張ってしまったり。

それで思い出した。
ボクはおシゴトを始めてニ〜三年の間は、シゴト絡みの飲みのあとには絶対飲んでた。
ひとりになったジブンにお疲れ様のイミを込めて、ひとくちしか飲めないのがわかってても絶対に、プシッと缶を開けた。
ココロが満たされないんだ。
おシゴトの延長だからだろう。

決してイマ、おシゴトの延長を楽しめるようになったワケではない。
でも気楽にはなった。
断る手管も憶えたし、中身をテキトーに流すコトもできるようになった。

いいコトではないね、きっと。

シゴト相手といつまでもつるんでられっかよ、というような気分があるコトも否定はしない。
でも、それよりも出口のない会話に疲れたといった方が早い。
いっつも同じだし。
何を言っても役立たずが役立ちに変わるワケでもない。
そんな無為な作業にチカラを費やしてた頃もあったっけか。

ボク自身も同じ思いを周囲に味わわせてきているのだろうと思う。
よくないね、どうも。
それもあってイマはあまり行かないようにしているのかもしれない。

前向きな会話をしたいじゃない。
どうにもならないコトについていつまでもどうこう言いたくないじゃない。
いつまでもジブンのダメなトコ言い連ねられたくないじゃない。

それが本音だ。

5/22

4日ほど前に観たばかりなのに、また「E.T.」を観てきた。
あれば回数券とか買いそうなイキオイ。
ボクには思い入れがありすぎて、コトバにすると止まらないんだ。
だから「E.T.」レポートはまだ終わらない。
ひとつだけ書くとすると、目を細めたE.T.はみのもんたにそっくりだ、というコトか。

初モノは右を向いて三回笑って、ってするんだっけ。
食べ物だけなのかな。
今日、今年初めて蚊にかまれたんだ。
まあ、右向いて、三回笑ってる時点で逃げられてるだろうけど。

でも、今日の蚊はしとめた。
手の指にとりついてちゅーちゅーやってるトコロでペチッ。
ほっほっほっ、最後の晩餐は、いかがでしたかな。
今年は幸先のイイスタートを切れた。

それともかゆくなった時点で負けなのか。
機密を送信し終わったスパイを射殺するようなモノか。
次を阻止するコトが目的だ。
憂さ晴らしとも言うかな。

ええい、指がかゆいぞ。
今年の戦績はAクラスを、いや全戦全勝を目指そう。

いや、戦績よりも枕元で飛ぶ音が気にならないようになりたいなあ。
つまり吸うなら吸え、というコトだな。
うん、お願いですからそのかわりゆっくり寝かせて下さい。

5/23

買い物をする時に小銭を使うヒトと使わないヒトがいる。
つまり一円単位を出すか出さないかというコトだ。
ボクは使う派なのだが、世の中にはそうでないヒトもいる。

ボクなどはむしろ、財布の中に9円分以上の一円玉・五円玉があるとミスをしたような気分。
それこそ10円分にしてでも払ってしまう。
そしてスッキリ小銭入れ。

むしろ小銭入れには何も入ってない状態が理想。
でも、そうはいかないので貯金箱を使う。
割と貯まる。

いい習慣だと思っている。
文句の付けようもない。

でも買い物をする時にあったはずの一円単位を払おうとしては思い出すのだ。
ああ、さっき貯金箱に入れた9円があれば!
あるいは1円もなくて、また9円のおつりをもらってしまったり。

貯金箱を持って歩けばこの葛藤がなくなるコトはわかっている。
でも、同時にそれがとてつもなくおろかなマネであるコトもわかっている。
なんというジレンマだろう。

さっきまであった9円に出番を与え損ねたショックは、
180円の切符を買おうとして、230円入れると十円玉が五枚帰ってきた時のショックに似ている。
つまり、すこぶるどうでもいい。

5/24

買い物をした。
夏に向けてTシャツとかYシャツとかCDとか。
別に夏に向けたワケではないものも混じってる。

ホントはクツとジーンズも買おうと思ってたのだけれど、買わなかった。
クツはイイのがなかったからなのだが、ジーンズはそうではない。
パンツを穿くのを忘れてて試着できなかったからだ。

ベツにバレないだろうけど、やっぱまずいでしょ。
気分の問題だ、ジブンの中だけだけれど。
だってそんなコト想像しちゃったら試着する気なくすじゃない。
レディースだったらともかくとして。

ともかくとして?

それはさておき、クツは欲しかったのだ。
でも、気に入ったのがなかったのだ。
ひとつ手頃な値段で気に入ったのがあったのだけれど、サイズがなかった。

店員曰く、
「お客さま、こちらレディースになっておりまして、25までしかお出し出来ないんですが。」
今日いちばん気に入ったのがレディースだったなんて。
ほのかにショック。

ところでさっきさておいた分を撤回しよう。
想像の中のオンナノコはいつだってかわいいが、現実はそうなってない。
世の中には、あんたはウマのどこのホネかね、と問いかけたくなるヒトもいる。
あー、こいつ絶対尾てい骨、とか考える。

ボクはそんな尾てい骨かもしれないので、今度パンツを穿いて試着に行こうと思う。
ウマに尾てい骨はあるのだろうか。

5/25

一日寝てたヒトに何を書けと問うと何があるだろう。
おそらくそこには夢の世界が広がるに違いない。

どんな夢がいちばん多いだろう。
コドモの頃は閉じ込められる夢をよく見た。
中高生くらいから空を飛ぶ夢をよく見るようになった。

閉じ込められるのは大抵知ってる場所だったっけ。
親戚の家とかに届けモノに行くと、留守番を頼まれて外からカギをかけられる。
おばあさんがオオカミに変わった赤ずきんちゃんみたいな心境か。

飛ぶ夢というと大抵はすいすい飛んで気持ちイーッてなるもののハズだ。
でも、そんな飛び方はしたコトがない。
いつもいつもジブンのチカラで浮いて移動している。
ちょっと集中が切れるとすぐに落っこちる。
気持ちよくも何ともない。

夢なんだからもっと景気よくいけばイイのに。
すいすいと飛べばイイのに。

最近はめっきりおシゴトに絡む夢が増えた。
もちろんコレもいい夢じゃない。
寝てる時ぐらい忘れさせてくれてもイイ。
でも、現実はそうじゃないね。

昨日の夢はサンマでした。
焼いてました。

判断に困る夢をよく覚えているのがいちばんイヤ。

5/26

昨日の更新はジツは、昨日書いた分ではない。
ボクは常々へべれけ対策としていくつかストックしてあるのだ。
そのうちのひとつ。

ホントはそんなコトをする気はなく、キチンとネタも温めて帰って来たのだ。
深夜12:30に帰宅、風呂の準備をして、さて、ニッキつけるかな、とPCに火を入れる。
12:50、そこに鳴り響く電話。

大体こんな時間に鳴るとそれは酒に絡むハナシ。
警戒しながら受話器を取る。

・・・もしもし?
「あ、もしもし、○○です。」

シゴト場のヒトだ、うわ、やな予感。

どうしたんですか、こんな時間に。
「いやー、イマ○○にいるんだよ。」

ウチからクルマで15分くらいの距離だ。
もう電車ないし、ハナシはみえたぞ。
さあ、かくせーっ。

とりあえず履歴消してー、デスクトップのショートカットを消してー、さあ今日の分。
ワタワタっと処理して更新。
ギリギリセーフ。

まあ、ネットしたいとか言い出すとは限らないし、こんなもんだろ。
とか思ってたら言い出しやがった。
野球の結果が観たいって。

結局ばれずに眠りにつけたものの、翌朝ジブンが休みだからって寝かせてくれとは何ゴトか。
勝手にPC使ったりしないだろうなあ、ドキドキ。
あまりそういうコトをするヒトではないのだけれど、どうも後ろ暗いから。

ん?
悪いコトはしてないハズなのになぜ。

5/27

セクシャルバイオレットNo.1って、ありなのかな。
歌の世界観にいちいちケチをつける気は毛頭ないのだが、それにしてもセクシャル。

古いハナシなのだが、ボクの小中高時代はあまりメンツに変化がなかった。
中学で多少増え、高校でさらに増え、その都度ちょっとずつ減ってもいた。
その影響だと思うのだが、“幼馴染み”というコトバがなかった。

ホントになかったワケではないし、辞書にはちゃんと載ってたハズだ。
実際に実感を伴って使用していたかどうか、というコトだな。
テレビで聞いてもそれを周辺の友達に当てはめられない。
だってみんなそうだし。

それと同じようなコトバに今日気付いた。
元ちとせに「ワダツミの木」という曲がある。
元レピッシュの上田現が書いた。

関係ないけれど、上のように並べると“元”が分かりづらい。
やめてしまったのはショッキングだった。

今週号のぴあに記事が載ってたのだ。
それを読みながらボクは考えた。
彼の古い曲を元ちとせが唄うというのはありなのか。
たとえば、好きな曲なのだが「ハーメルン」とか。

そこでジブンで口ずさんでみた。
「となり町から〜」といちおー元ちとせっぽく雰囲気を出してみる。
でも、そこで止まる。

“となり町”ってどこだ。
ジブンで意識してそのコトバを使ったコトはない。
書いてある通りのイミなのは分かるけれど、誰かフツーに会話に使用してるヒトはいるのだろうか。

そんな連想に中断させられてしまうなんて元ちとせにも申し訳がたたない。
でも、もういいや。

5/28

もうすぐ「スター・ウォーズ エピソード2」が公開される。
こう書くと、何だ昨日までいーてーいーてー言ってたクセに、とか思われそうだな。
コレはハナシのフリにすぎないのに。

ちなみにボクは余り熱心な「スター・ウォーズ」信者ではない。
好きな映画を10本と言われても上がらないだろう。
ブームとしての「エピソード1」にはドキドキしたけれど、肝心の作品があまり。

それよりもイマは「ニューヨークの恋人」なのだ。
監督は「17才のカルテ」のジェームス・マンゴールド。
主演はメグ・ライアンとヒュー・ジャックマン、もちろんラブコメ。
売ろうとしている方向から真っ当に観るとすこぶるどうでもいい一本だ。

その作品の関係者がこぼしてた。
つまり「エピソード2」のせいで作品の公開時期をずらさなければならなくなったそうだ。
宣伝の関係で、かすまない時期への移動を余儀無くされ、必然的に他の作品とバッティングする。

それに対してボクはこう言った。
作品の無茶さ加減では引けを取らないと思うのに。

笑ってたが、実際ボクはそう思う。
このままなら、エイリアンの次作にはきっとメグ・ライアンが出演する。
そしてエイリアンが人間に似せて産んだコドモと恋に落ちるに違いない。
いくらなんでも。

あの無茶さ加減に多少なりともチカラを持たせた監督の手腕には脱帽する。
そしてその中でも“恋心”に説得力を持たせたメグ・ライアンにも脱帽する。
でも、もう彼女は限界ではないか。

次がいないのも問題だが、かれこれ15年以上メグ・ライアンのラブコメを観ているというのも問題だ。
コドモの頃に「インナースペース」で刷り込まれたような気がする。
刷り込まれたのはもちろん恋心だ。
それ以前のラブコメはお姫様路線が主流だった気がするけれど、それを境に変わってきた。

ホントなのかどうかは議論の余地があると思うけれど、
“自立した女性の恋愛映画”というモノを確立させた功績はデカいと思う。
ボクの女性観のひとつはそこらから来ているのかもしれない。

思わぬ方向に着地した。
ジブンの恋愛観なんか今日はどうでもよかったのに。
恐るべし、メグ・ライアン。

5/29

以前にどこかで読んだのだが、“男性は小用を足す際に、随分と早くに社会の窓を開ける”らしい。
ボクも公衆トイレで見たコトがある。
公衆トイレに入る前(つまり一般道路)からベルトを外しているおじさん。

ヒトゴトのように言ってはいるが、ボクも例外ではない。
そこまで早くはないものの、1メートルくらい手前では既に社会の窓を開けにかかる。
確かに大きい方と比べると時期尚早と言えなくもない。

個室かそうでないかという問題なのか、あるいは大か小かという問題なのか。
コレを考えると男女の差は明確である。
男は別の場所でするのだから。

小を放出しながら便意を催すこの切なさがわかるだろうか。
わかりたくもないですか。
たいそう切ないコトなのだと思ってくれればイイです。
まるで風呂に入った直後の便意のように、悔しくてしかたがないのだ。

公衆トイレならば、トイレがいっぱいある部屋を想像する。
しかしそれは違うのではなかろうか。
あれはむしろ、“大きなトイレ”に他ならないと仮定する。

すでにトイレにいる心持ちが社会の窓を開けさせてしまうのではないか。
だんだんと年を重ねるにつれて、トイレという世界が広がるのではなかろうか。
だからこそ公衆トイレの周辺までもがトイレとして認識されてしまうのでは。
なんという開放感。

似ているような気がするのは、いつでもどこでもいちゃつくカップル。
そこはしていい場所じゃない。

そして疑うのは、手を洗おうとしてトイレに行く途中に尿意を覚え、
洗面台の前で社会の窓を開けてしまったボク。
パンツを鏡に映すんじゃない。

5/30

ムカシ、「アルプスの少女ハイジ」というアニメを観てたボクは、ふたつばかり勘違いをしていた。
ひとつはスイスのブランコは長ーいのだというコト。
そしてもうひとつはスイスにはハイジというヒトがいる、というコトだ。

ひとつ目の勘違いは割とすぐに気付いた。
そんなワケない。

ふたつ目の勘違いが正されたのは今日だ。
旅行会社のヨーロッパ担当、というヒトとハナシをした時のコト。

『アルプスの少女ハイジ』って、あったじゃないですか。
「はいはい。」
“ハイジ”って、向こうではフツーの名前なんですか?
「・・・聞いたことないですね。会ったことも見たこともない。
昔はふつうの名前だったのかもしれませんね。」

というコトは、日本でいう“いね”とか“トメ”とかの名前か?
ニホンじゃ永遠の少女で通ってるハイジが、向こうじゃお年寄りの象徴みたいな名前なのか。
なんて皮肉なコトだろう。

そんなコトを話しながらスイスだの北欧だのについて聞かせてもらってた。
スウェーデンといって最初に浮かぶのはカーディガンズかクラウドベリー・ジャム。
スウェーデン人はきっと怒る。

ハイジ・ショックにしばらく思考が止まってしまったコトが未だに悔やまれる。
クララとペーターとおじいさんについても確認しておくべきだった。

いや。
おじいさんは別にいいか。

5/31

例えば就職して後、同じ業務をずっと続けているヒトがいる。
技術系に特に多いが、営業なんかでもいないワケではないね。
簡単に言えばスポーツ選手などがそうだ。
高校生の頃からそれしかやってないからか、そこに持ってるプライドが半端でなく高い。

その中に演奏家もいる。
なぜか地位が高い。
ボク的には納得がいかない。

ボクはその理由のひとつには、ギャラの問題があると思っている。
きちんと通常通りの給料をどこでも出せていれば、こんな態度デカくはならないはずだ。
あまり出せずに、顔色を伺ってばかりいるからあんなにに態度がデカいんだ。

ある時、クラシック専門の歌手が、ちょっと芝居ちっくなコトをやった。
それにおつきあいした時のコト。

終演後、打ち上げに誘われ、顔を出した。
そこでベツのスタッフのヒトと、ちょっと詰めが甘かったんじゃないかなあ、というハナシをした。
あとでそれに近いハナシが主役のトコロに振られた。

ボクが振ったハナシではない。
でも、是非意見を聞きたかったので耳を澄ましてた。

「お芝居の場合は同じことをやるのに一ヶ月とか二ヶ月とか稽古するわけだよね。」
「うん確かにそれだけ稽古すれば文句の付けようがないものができるだろう。
でも、主役は俺の歌なんだし、そこに意見をもらいたいところでもあるし。」

はァ?
何言ってんだ?

お前の言うお芝居とやらが、いつも文句の付けようがないモノ作ってると思ってんのか。
必死こいて稽古して、例えば文句は付けられなくったって、
それでも最終的には賛否両論悲喜こもごもがあるのが舞台ってモンだ。
練習日を二日しかとらなかったお前とは覚悟が全然違うんだ。
お前の歌だけ聴かせたいならそういうコンサートだけやっとけよ。
そうすれば誰も文句言わないから。

客をバカにしてんじゃない。
お前とは、もうシゴトでしかない。
一切はみださないから覚えとけ。

もちろんいちいちそんなコトを考えながらシゴトをしているワケではない。
ある程度の信頼をおいているヒトだったからここまでショックを受けている。
信頼したボクが悪かったとは思わないが、彼の考え方が特別だとも思わない。

ドライになんか、死んでもならない。

 

 

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