自分よりもたったみっつ上なだけのこの二人が書いたこの本には、ボクの生きてきた幸せな子供時代を谷底に蹴落とすような内容が描かれています。なんでしょう、一体。ボクの子供時代や、飽食ニッポンを突き放すようなこの作品は。・・・いえ、作品なんて言葉は使ってはいけない気がします。これは、彼等の叫びなのだろうと思います。
冒頭は子供時代ですが、そこはすぐに終わります。そこから先は地獄です。想像が出来ません。いえ、その情景が想像できても、小学生の自分がそこに放り込まれて10年以上なんて想像が出来ないのです。これが丸ごと真実だとするならば、イランだのアフガンだのと日本人は言っている場合ではないと思います。まず近所から。
日本国内の、つまり在日朝鮮人は人質を取られているからこそ、何も言えずに黙っていると言うことです。彼等の友人・親類が北朝鮮にて酷い目にあっている、あるいはあわされる可能性があるからこそ、彼等は黙って国に救援物資を送り続けるのです。
在日韓国人の話は、鷺沢萠・柳美里を始めとして、しょっちゅう耳にします。読んだり見たりすることもあります。考えてみると、日本国内で北朝鮮を扱った作品と言うのはあるのか。おそらくはキム・ヒョンヒの事件の時に多少取扱いがあったぐらいでしょう。ちなみにその事件を扱った本もけっこう出てます。伝記本は今となってはどこからどこまでがホントか分かりませんが、ドキュメンタリーっぽいのも出てます。
でも、そんなデリケートな、はれものに触るような書籍よりも、まずこいつを読むべきだと思うのです。なぜ?って、こいつは歴史ではないから。まぎれもない、“今”だからです。どんなにヒットラーがヤなヤツであったとしても、それはもう過去のコトです。もちろん傷跡は残っています。ヒロシマ・ナガサキと同じように、それはとりもなおさず、語り継がれねばならぬ事柄なのです。が、コイツは違う。今現在進行形の出来事です。
国家間には語れないデリケートな問題があるコトでしょう。でも、民族の持つ、忘れ得ぬ記憶の中には、もっとシリアスな問題があるのではないでしょうか。日本国民が、未だにヒロシマ・ナガサキや北方領土・沖縄基地などに対して過敏な反応を示すのと同様に。
ボクは北方領土については無知なのですけどね。何でニッポンのヒトはロシアと交渉が始まるといつもいつも北方領土なんだろう、とか思うんですよ。ちょっとの間くらいは忘れてみるといいんじゃないかとか思うんです。向こうだって毎回毎回ヒステリックに叫ばれてもつまんないですよ。でも、そうはならないのが人々の記憶や想いってヤツなんでしょう。あと、今の都合と。
多少話がズレましたが、結局は現在進行形の“傷”の話なのです。原爆の後遺症に苦しむヒトもいます。いますが、それは言ってしまえば“もうどうしようもない”話なのです。終わってしまったことなのです。サリンの後遺症も基本的には同じです。こちらは攻撃対象が明確な分、いいのかもしれません。ただ、この辺りの出来事はすでに“なぜ”に主眼が移ってしまっています。いいコトか、悪いコトか。
くどいようですが、くり返します。こいつは、今現在の歴史です。ボクらの手で、改変し得る歴史なのです。ボクには何も出来ません。ただ、知るコトが出来ました。これからも、忘れるコトはないでしょう。彼等もそう望んでいたのだと信じて、感謝します。
2001/9/2