【参考文献】

New Epoch 産科外来診療(医学書院)
杉 俊隆 牧野恒久 「不育症妊婦の初期管理」

注)赤字部分は私が加筆したもの、青字部分は特に重要と思われるところです。


 不育症の原因検索は、妊娠してからでは手遅れの事が多い。妊娠してからでは不可能な検査や、治療方針が決定されるまでに流産してしまう可能性、また、妊娠してからではできない治療などがあるからである。したがって、多くの場合は非妊時に検査、治療を完了し、次回妊娠時は結果を見守るだけという事がほとんどである。(患者側は、検査から治療方針が決定するまでは避妊することとなります。)たとえば、双角子宮があれば子宮形成術を施行するし、子宮内感染があれば抗生物質を使用し、問題を解決した時点で次回妊娠を許可することになる。しかしながら中には例外もあり、妊娠初期の管理が大変重要となる場合がある。その代表が抗リン脂質抗体症候群を初めとした自己抗体、血液凝固異常に起因すると考えられている不育症である。

産科領域における抗リン脂質抗体症候群

 抗リン脂質抗体とはリン脂質に対する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カルジオリオピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジル酸など)や、電気的中性のリン脂質(フォスファチジルエタノールアミン、フォスファチジルコリン)に対する抗体である。
 
抗リン脂質抗体は、従来は名前どおりリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、その多くは、実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であるということがわかってきた。一番最初に発見された抗原はβ-glycoprotein I(βGPI)であり、当初はコファクター(補因子)と称されたが、その後は多くの抗カルジオリピン抗体の事実上の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。ついでプロトロンビンとキニノーゲンが報告された。このように、抗リン脂質抗体といってもその目標抗原はさまざまであり、それぞれの病原性およびその機序は異なると考えられる。
 近年、抗リン脂質抗体と反復流産、反復血栓症、血小板減少症との関係は広く知られるようになり、抗リン脂質抗体症候群として注目を浴びている。
抗リン脂質抗体症候群に関連する合併症には、静脈血栓、動脈血栓、流早産、血小板減少が代表的である。
 産科医が抗リン脂質抗体やLAC
(Lupus anticoagulant)の存在を疑うべき状況を表1にまとめる。

 
表1 産科領域において抗リン脂質抗体の存在を疑うべき状況

   反復流産
   原因不明妊娠中、後期の子宮胎児死亡
   早期発症、重篤な妊娠中毒症
   妊娠に関連した血栓症
   子宮内胎児発育遅延
   自己免疫疾患または膠原病
   梅毒血清反応の生物学的偽陽性

   
aPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長
   
自己抗体陽性

抗リン脂質抗体の測定(省略)

抗リン脂質抗体の病原性

 抗リン脂質抗体症候群では、患者の病状と抗体価が相関しないことがしばしばであるが、これはこのように測定系がいまだ確立していないためと思われる。もちろんβGPIを認識する抗体やLACが強陽性であった場合は流産の最も有力な免疫学的予知因子であるが、SLE患者群では、抗リン脂質抗体の有無よりはむしろ過去の流産、子宮内胎児死亡の有無の方が次回妊娠の有力な予後予知因子である。
 残念ながら現時点では抗リン脂質抗体のみではその予後や病原性、治療方針を語る事はできない。既往歴が重要であり、過去の流産、子宮内胎児死亡だけではなく、妊娠中毒症、子宮内胎児発育遅延、早産なども考慮するべきである。また妊娠初期流産を繰り返している場合と、中期以降の子宮内胎児死亡の既往のある場合は異なる症候群と考えるべきかもしれない。

治療

 いまだ不明な点の多い症候群であり、治療方針も定まっていないが、治療の奏功率は約70〜80%と報告されている。特にヘパリンが有効であり、スタンダードな治療法になりつつある。
 最初の抗リン脂質抗体治療法はステロイドによる免疫抑制療法であった。大量のプレドニゾロ
(副腎皮質ホルモン製剤)が必要であるが、有効性が報告されている。ある報告によると、ヘパリン療法に匹敵するプレドニゾロンの量は40mg/日である。しかしながらプレドニゾロンはヘパリンと比べて副作用が多いので注意が必要である。特に、プレドニゾロンとヘパリンを同時に使用すると、各々単独で使った場合に比べて有益性に差がないにもかかわらず骨折の危険が劇的に高まるので使用するべきではない。またプレドニゾロン療法は早産、低出生体重児、妊娠中毒症、妊娠糖尿病などの率が高くなると報告されている。特に最近、自己抗体陽性の原因不明反復流産患者に対してプレドニゾロンと低用量アスピリン併用療法を施行したところ、妊娠成功率に差を認めなかったにもかかわらず早産、妊娠性高血圧、糖尿病などの副作用が治療群で有意に高かったという報告があり、注目されている。抗核抗体などの病原性の確認されていない自己抗体が陽性というだけでアスピリンやプレドニゾロンを処方する臨床医を最近多く見かけるが、根拠のない治療をしても何の効果もない上に、副作用も報告されたとなると、このような安易な治療は厳重に慎まなければならない。(患者側も薬の作用と副作用についてきちんと確認、理解することが大切だと考えます。)
   

 抗リン脂質抗体陽性患者における妊娠中の低用量アスピリン療法の役割は依然として不明である。確かにその抗血小板作用は動脈血栓を予防するかもしれないが、妊娠中における低用量アスピリン療法が不育症に対して臨床的に有効かというデータはほとんどない。ある報告によると、アスピリン単独療法を受けた不育症群の生児獲得率は44%であったのに対し、ヘパリンとアスピリンの併用療法群では78%であった。44%という数字が効果ありと言えるかは不明である。しかしながら、アスピリンは患者と胎児に比較的危険性がないので依然として広く処方されているのが現実である。アスピリンを妊娠初期に投与する場合は、小児用バファリンを1日1錠(81mg)排卵日の頃より開始し、妊娠中を通して投与するのが一般的である。
 
  

 ヘパリン療法の有効性は多く報告されており、抗リン脂質抗体症候群の不育症の治療としてはスタンダードになりつつある。また、最近は低分子ヘパリンの使用例も多く報告され、近い将来低分子ヘパリンがスタンダードになる可能性も高い。ヘパリンが何故有効なのかはいまだ不明な点も多いが、抗凝固活性以下の用量で有効な事から、その抗凝固作用よりは、陰性荷電を介する作用など別の作用機序が示唆されている。ヘパリンの投与方法としては、ほとんどの報告が5,000単位を12時間毎に皮下注となっているが、投与量をbaseline aPTTの1.5〜2.0倍に維持するとするものや、aPTTの正常値上限とするものもある。しかしながら、LAC陽性などaPTT延長している症例ではaPTTによるヘパリン投与量の管理はできない。ヘパリン投与開始時期は妊娠反応で妊娠確認出来次第であるが、過去の流産歴が妊娠6週以降の場合はまず低用量アスピリン療法を行い、超音波検査で子宮外妊娠を否定した後、ヘパリンを開始すべきと言う意見もある。ヘパリンは妊娠を通して投与し、分娩の1日前には中止する。もし緊急帝王切開など、ヘパリン投与中に分娩の必要がある場合、硫酸プロタミン(ヘパリン1,000単位に対し2.5mg)を希釈し10分以上かけて静注し、中和する(50mgを超えてはならない)ことが可能である。ヘパリンの副作用としては骨粗しょう症が重要である。平均して骨密度は一か月で1%失われると言われている。ヘパリン投与量が15,000単位/日を超した場合は炭酸カルシウム1.5g/日を投与するべきである。ヘパリンのもう一つの重要な副作用はヘパリン惹起性血小板減少症であるが、その頻度は1%未満であると報告されている。