【参考文献】
産婦人科治療」 (永井書店) Vol. 83, 2001 p.41-44

生殖医学の進歩と生殖医療の限界

 不育症診療の最近の進歩
  Recent progress in the management of recurrent pregnancy losses


 東海大学医学部母子生育学系産婦人科学部門
 牧野恒久教授  杉 俊隆講師


Summary
 不育症の分野は最近目覚ましい進歩を遂げている。その結果、以前は原因不明であった難治性習慣流産の患者の多くの診断、治療が可能となりつつある。特に、抗リン脂質抗体症候群を始めとした生殖免疫学と血液凝固学にまたがる分野が脚光を浴び、血液、リウマチ、免疫、生殖など多くの分野の専門家が学際的に研究を進め、今日の不育症の進歩があると言える。本稿では最近の不育症管理の新しい概念について解説する。


はじめに
子宮は今だにブラックボックスであり、着床から妊娠、分娩に至るまでutero-placental unitで何が起きているのか不明の点が多い。それにもかかわらず不育症の分野は最近10年で大いなる発展を遂げてきた。その内容は、生殖免疫、血液凝固学の進歩に依るところが多く、高度に専門化しつつある。本稿では、不育症について概説し、さらには最先端の知見なども併せて紹介したい。

不育症、習慣流産とは
 "不育症"とは、厳密な定義をもつ医学用語ではない。強いて定義付ければ、成立した妊娠を完遂できず、健康な生児に恵まれない症例を指すものといえる。一般的には習慣流産を指すことが多いが、同義ではない。習慣流産とは、3回以上流産を繰り返すことであり、時期は妊娠22週未満に限定される。しかしながら、不育症と言った場合は妊娠中期以降の子宮内胎児死亡や反復流産(流産回数2回)も含まれ得る。不育症に相当する英語としては、recurrent fetal lossという表現をしばしば目にするが、fetus(胎児)という名称は妊娠10週以後に限定され、それ以前のembryo(胎芽)が含まれないので、recurrent pregnancy lossが適当であると思われる。
 一回の独立した流産の頻度は統計上約15-20%であり、決して珍しくない。その約60-70%以上は胎児に染色体異常があると報告されている。また、受精卵の約40%に染色体異常があり、それが出生時には0.6%に減少すると報告されており、もし流産という自然淘汰がおこらなければ、出生した児の40%が染色体異常をもつことになる1)。したがってある意味では、流産の多くは病的ではなく、それを止めることもできないし、止める必要も無いということになる。一回や二回の流産既往があっても、それが直ちに病的であり、不育症であるということにはならない。ちなみに、一回の独立した妊娠の流産の頻度を20%と仮定すると、2回反復流産率は0.2×0.2=0.04で4%、3回習慣流産率は0.04×0.2=0.008で0.8%となる。したがって、2回反復流産の場合は病的原因をもたず、不育症とは言えない場合も多いが、3回以上自然流産を繰り返した習慣流産の場合は自然淘汰という考えでは確率的に説明できず、不育症の原因を検索する事になる。

1..内分泌異常と不育症に関する最近の概念
 不育症の患者に対して内分泌系の検査を施行し、何か異常が見い出されればそれが原因であると診断して治療することは非常に基本的な事であると一般には考えられている。しかしながら、意外にも内分泌異常が本当に流産の原因になり得るのか証明されていない事が多い。以下に、代表的内分泌異常について不育症との関係を概説する。

1)黄体機能不全
 黄体機能不全はプロゲステロン欠乏を来し、その結果反復流産の原因となり得るが、多くの場合は妊娠中のプロゲステロンの欠乏は他の原因に起因する流産の必然的、二次的結果と考えられる。不育症患者における黄体機能不全の頻度は20〜60%と報告されているが、これらは非妊娠時の話であって、すでに妊娠した患者での黄体機能を評価し得る信頼できる方法は存在しない。妊娠時の黄体は非妊娠時の黄体とは異なるので、非妊娠サイクルでの黄体機能の評価は妊娠時を反映しないといわれている。初期流産に終わった妊娠周期の着床前期の黄体ホルモン値は、妊娠成功時と比べて差が認められなかったと報告されている。また、不育症患者の非妊娠周期の高温期中間での血清プロゲステロン値を評価し、黄体機能不全のある群とない群に分けて次回妊娠の流産率を比較したところ、両群に差を認めなかったという報告もある。以上の様に黄体機能不全が流産の原因になり得るのか疑わしいにもかかわらず、ホルモン療法は広く行われている。その効果については多くの報告があるが、黄体ホルモンの補充療法については、流産の危険を減らすと言うに充分な根拠は見い出されていない。確かに、いくらかは効果がある事を示唆するデーターはあるが、証明するにはより多くの検討が必要である。

2)甲状腺機能異常
 甲状腺機能異常は流産の原因としてしばしば挙げられているが、意外な事に甲状腺ホルモン値の異常が流産の原因になり得るかに関しては、その直接的な証拠は未だ無いのが現状であり、逆に最近否定的な論文が相次いで報告され注目を浴びている。しかしながら、バセドー氏病や橋本病にみられる甲状腺に対する自己抗体が反復流産の率の上昇と関係するという報告はいくつかある。その理由は不明であるが、自己免疫疾患はいくつかの自己抗体を合わせ持つ事が良くあるので、抗リン脂質抗体など他の妊娠に対して病原性のある自己抗体を介して流産が起きている可能性は否定できない。

3)高プロラクチン血症
 高プロラクチン血症が反復流産の原因となり得るという説は今のところ証明されていない。多くの論文は、未治療の高プロラクチン血症の患者の流産率は高く無いと報告している。正常妊娠においてもプロラクチンレベルは妊娠初期より上昇し、非妊時の10倍に達すると報告されており、プロラクチンが直接妊娠を妨害するとは考えにくい。しかしながら、言うまでも無く高プロラクチン血症は無排卵を引き起こし、不妊症の原因となり得るので高プロラクチン血症と診断された場合は治療するべきである事は言うまでも無い。

2.不育症の分野における新しい概念
 最近10年のあいだに、不育症の新しい原因や治療が見い出されてきた。多くは生殖免疫、血液凝固学の進歩によるものである。生殖免疫の領域では、Th1とTh2のバランスが崩壊する事により流産が起きるという新しく、かつ魅力的な仮説が最近注目されている。また、血液凝固の領域では、抗リン脂質抗体症候群を初めとしたthrombophiliaと不育症の関係が明らかになってきた。ここでは、それらの概念について紹介する。

1)Th1/Th2バランス
 胎児は母体にとって半分は同種移植片であると考えることができるが、妊娠中は拒絶反応がおきて流産にいたらないような、なんらかの防御機構が働いていると考えられる。近年、免疫学的妊娠維持機構としてTh1/Th2バランスが注目されている。それによると、母体が胎児を異物として拒絶することなく、妊娠が維持されるのは細胞性免疫を司るCD4+ T helper (Th) 1 細胞機能が低下し、抗体産生を司るTh2細胞機能が亢進するためと考えられている。
 習慣流産の免疫学的原因としては、抗リン脂質抗体など自己抗体によるものと、臓器移植の拒絶反応に準じた機序が考えられ、どちらもTh1/Th2バランスの破綻が示唆されている。すなわち、Th1/Th2バランスがTh1の方へ傾けば、母体は胎児を異物として認識し、拒絶反応がおき、流産する可能性がある。また、過剰にTh2の方へ傾くと、今度は抗体産生が盛んになり、抗リン脂質抗体などの自己抗体が産生され、流産を引き起こす可能性がある。SLEなどの自己免疫疾患が、妊娠・分娩をきっかけに発症したり増悪するのも、妊娠によりTh1/Th2バランスがTh2の方へ傾く事がきっかけとも考えらえる。

2)ナチュラルキラー(NK)細胞と不育症
 この分野は最近注目され、盛んに研究されているが諸説入り乱れ、それぞれ仮説の域をでていない。実際の臨床にNK細胞に関する検査、治療を導入するのは現時点では不適切であり、現に不育症患者の間では混乱が生じている様である。
 末梢血NK細胞活性は不妊症、不育症患者において高値であると報告されており、妊娠前のNK細胞活性値はその後の流産を予知すると報告されている。しかしながら、NK活性は精神的影響により変動するとも報告され、流産の結果としてストレスにより活性が上昇している可能性も否定できない。以上の様に末梢血NK細胞活性と流産との因果関係は不明であり、まして治療に関しては報告がない。
 一方で、末梢血とは異なり分泌期子宮内膜や妊娠初期脱落膜にはCD56+/16-のNK細胞様のリンパ球(uNK細胞)が特徴的に増加する事が報告され、その役割についてさまざまな仮説が報告されている。最近では、uNK細胞は妊娠維持に必須であるという仮説が多くの支持を集めているが、uNK細胞が存在しないIL-2Rγ鎖KOマウスでも流産、子宮内胎児発育遅延が生じないというデータが最近報告され、注目されている。

3)thrombophiliaと不育症
 血栓症の原因となり得る基礎疾患があると、pregnancy lossのリスクが高くなるというのは周知の事実である2)3)。反復妊娠初期流産患者において血液凝固系の検索を施行したところ、抗リン脂質抗体と第12因子欠乏症が2大原因として浮かび上がってきた2)7)8)。抗リン脂質抗体の多くは従来より注目されてきた抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラントよりはむしろ、キニノーゲンを認識する抗フォスファチジルエタノールアミン抗体が多い4)-8)。キニノーゲンも第12因子も、カリクレイン-キニン系の蛋白であり、線溶系に重要な役割を演じている。したがって、これらに対する抗体が存在するなどして活性が低下するとカリクレイン-キニン系の破綻による線溶系低下が生じ、血栓や流産の原因と成り得る。なお、抗フォスファチジルエタノールアミン抗体は、SRLで測定可能である。
 妊娠後期に子宮内胎児死亡を起こすタイプの不育症群で血液凝固系を検索すると、プロテインS欠乏、抗カルジオリピン抗体第5因子 Leiden mutationなどがrisk factorとして挙げられた3)。また、最近高ホモシステイン血症と血栓症の関係が注目されており、その原因の一つとしてmethylenetetrahydrofolate reductase(MTHFR) geneのC677T mutationが挙げられているが、このC677T mutationと上記のrisk factorの合併症例も多く、妊娠中に葉酸の必要性が増すこともあって、そのような症例では葉酸の経口摂取が勧められている3)。

3.免疫療法についての最近の考え方
 胎児は母体にとって半分は同種移植片であると考えることができるが、妊娠中は拒絶反応がおきて流産にいたらないような、なんらかの防御機構が働いていると考えられる。そして、この妊娠維持機構のバランスが崩れ、流産にいたるようなタイプの不育症が存在する可能性が示唆されてきた。すなわち、Th1/Th2バランスがTh1に傾いた状態と想定される。しかしながら、胎盤という解剖学的障壁の存在や特殊な内分泌環境、サイトカインの関与など、妊娠には臓器移植とは異なるファクターも多く、臓器移植と同様にあつかうことはできない。臓器移植において、移植された臓器が拒絶されずに生着するには、白血球の血液型であるHLAの適合が重要である。同様に、妊娠維持においても夫婦間のHLAの一致、不一致が重要なのではないかという仮説が一世を風靡し、夫婦間のHLAの適合数で相性が良いとか悪いとか判定し、相性の悪い症例には夫リンパ球を用いた免疫療法が有効であるとされた。しかしながら、その後の検討により、今ではHLAの適合数と流産との相関関係は否定された。今では免疫療法は、諸検査施行しても異常の見い出されない原因不明習慣流産(2回の流産既往は適応とならない)で、抗核抗体や抗リン脂質抗体などの自己抗体を持たない症例を対象に、適応を慎重に検討したうえで施行されている。作用機序としては、Th1/Th2バランスをTh2の方へ是正すると考えられているが、否定的な論文もあり、未だ作用機序は不明である。また、副作用も報告されているので、安易に免疫療法を乱用することは慎むべきである。

おわりに
 以上、不育症の最近の進歩について概説した。言うまでも無く不妊症とは全く異なる分野であり、専門的知識を要する。本稿が不育症の分野の理解に少しでもお役に立てれば幸いである。

参考文献
1)Plachot M et al. Are clinical and biological IVF parameters correlated with chromosomal disorders in early life: a multicentric study. Hum Reprod,3:627-635,1988
2)Gris JC et al. Prospective evaluation of the prevalence of haemostasis abnormalities in unexplained primary early recurrent miscarriages. Thromb Haemost, 77: 1096-103, 1997.
3)Gris JC et al. Case-control study of the frequency of thrombophilic disorders in couples with late foetal loss and no thrombotic antecedent. Thromb Haemost, 81:891-99,1999.
4) Sugi T and McIntyre JA. Autoantibodies to phosphatidylethanolamine (PE) recognize a kininogen-PE complex. Blood 86:3083-9,1995
5) Sugi T and McIntyre JA. Phosphatidylethanolamine induces specific conformational changes in the kininogens recognizable by antiphosphatidylethanolamine antibodies. Thromb Haemost 76:354-60,1996
6) Sugi T et al. Prevalence and heterogeneity of antiphosphatidylethanolamine antibodies in patients with recurrent early pregnancy losses. Fertil Steril 71: 1060-5,1999
7) Sugi T and Makino T. Plasma contact system, Kallikrein-kinin system and antiphospholipid-protein antibodies in thrombosis and pregnancy. J Reprod Immunol 47: 169-184, 2000
8) Sugi T and Makino T. Autoantibodies to contact proteins in patients with recurrent pregnancy losses. J Reprod Immunol (in press).