【参考文献】 『産婦人科の実際』 52巻 731-739 (2003.6)

知っておきたい生殖と免疫の知識 ─基礎から臨床までを理解するために─
8. 抗リン脂質抗体症候群

東海大学医学部母子生育学系産婦人科学部門
杉 俊隆、牧野恒久

※誠に勝手ながら文中の図1〜4につきましては掲載を省略させて頂いております。


要旨
抗リン脂質抗体は、後天的血栓性素因の中でも最も重要なものの一つとして位置付けられるようになった。さらに、習慣流産、原因不明子宮内胎児死亡、子宮内胎児発育遅延、重症妊娠中毒症などとの関連も指摘されており、産科領域でも重要な位置を占めている。最近では、低用量アスピリン療法とヘパリン療法の併用が第一選択の治療として定着しており、診断がつけば適切な管理により予防可能である。本稿では、抗リン脂質抗体症候群の基礎、診断、治療について概説する。

抗リン脂質抗体とは
抗リン脂質抗体とはリン脂質に対する自己抗体であり、具体的にはカルジオリピン(CL)、フォスファチジルセリン(PS)など電気的陰性のリン脂質や、フォスファチジルエタノールアミン(PE)、フォスファチジルコリン(PC)など電気的中性のリン脂質に対する抗体である(表1)。
 歴史的には、抗リン脂質抗体は梅毒血清反応陽性として検出されてきた。梅毒血清反応の測定系では、抗原としてCLとレシチン(フォスファチジルコリン)を混合したリン脂質が使用されており、したがって陽性とはCLやPCに対する抗体の存在を示している。PCに対する抗体は稀なので、一般的に梅毒血清反応陽性とは、抗CL抗体陽性ととらえられている。これは、梅毒患者が抗CL抗体陽性になる事を利用した検査法である。梅毒ではないのに抗CL抗体をもつ患者の場合、梅毒血清反応の生物学的偽陽性として抗リン脂質抗体が検出された訳である。
 抗リン脂質抗体は歴史的に梅毒反応偽陽性として発見されたため、抗CL抗体が最も有名である。しかし、実際には細胞膜リン脂質の構成成分にCLは存在しない(図1)。cardio(心臓の)-lipin(脂質)という名前の通りCLは心臓に豊富に存在し、有核細胞ではミトコンドリアの内側にのみ存在する。細胞膜の構成成分としての陰性荷電リン脂質は、PSとファオスファチジルイノシトールであるが、比較的少ない。むしろ中性荷電リン脂質が主要な細胞膜の構成成分であり、PEやPC、スフィンゴミエリン(SM)がある(図1)1)。
 近年、抗リン脂質抗体と不育症、血栓症との関係は広く知られており、注目を浴びている。抗リン脂質抗体は特に、後天的な血栓傾向の原因としては、最も重要なものの一つであると位置付けられるようになった2)-8)。
抗リン脂質抗体と一言で言っても、その実体は実は以前考えられていたほど単純ではない。従来は名前どおりリン脂質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、病原性のある抗体の多くは、実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であるということが分かってきた。一番最初に発見された抗原はβ2-glycoprotein I(β2GPI)であり、当初はコファクターと称されたが、その後は事実上の抗CL抗体の目標抗原ということでコンセンサスが得られている。次いで、プロトロンビンが報告された。これらは、CLやPSなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の対応抗原である5)。
その後我々は、中性のリン脂質であるPEに対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノーゲンであることを同定した5),9)-12)。したがって、厳密にいえばこれらの抗体を抗リン脂質抗体と呼ぶのは誤りであり、それぞれ抗β2GPI抗体、抗プロトロンビン抗体、抗キニノーゲン抗体などと呼ぶべきである。しかしながら、歴史的に抗リン脂質抗体と呼ばれていたために、現在もそのままになっている13)。
 抗CL抗体をELISA法で検出する際に、免疫グロブリンの非特異的結合を抑制するためにウシ血清を加えるのが一般的であるが、このウシ血清中にβ2GPIを始めとしたリン脂質結合蛋白が含まれており、抗CL抗体を検出したつもりでも、実際はCLに結合したβ2GPIを認識する抗体を検出していたわけである。しかしながら、多くの所謂"抗カルジオリピン抗体"はβ2GPIが単独で存在した場合は認識せず、CLに結合して立体構造の変化をおこして抗原性の変化したβ2GPIしか認識しないことから、"抗CL抗体"の検出には依然としてCLの存在が必須であるために、β2GPI抗体とは改名されずに今日に至っているわけである。ちなみに、梅毒患者のもつ抗CL抗体はCLそのものを認識する抗体であり、血栓症などの病原性は報告されていない。この様な、本当の抗CL抗体はβ2GPI非依存性抗CL抗体と呼ばれ、β2GPIを認識する抗CL抗体(β2GPI依存性抗CL抗体)と区別しているのが現状である。
 我々が報告した、キニノーゲンを認識する抗PE抗体の場合も同様であり、抗PE抗体はCL、PS、PCなど、他のリン脂質と結合したキニノーゲンや、フリーのキニノーゲンを認識しないが、PEに結合したキニノーゲンだけを認識する14)(図2)。したがって、単純に抗キニノーゲン抗体と呼べず、キニノーゲン依存性抗PE抗体と呼んでいるのが現状である。
このように、抗リン脂質抗体といっても実は全く異なる血漿蛋白を認識する抗体の総称であり、共通点はリン脂質に結合する蛋白を認識するということだけである。したがって、それぞれの病原性は認識するリン脂質結合蛋白によって異なると考えられる。

表1 リン脂質の種類

電気的陰性のリン脂質
 カルジオリピン
 フォスファチジルセリン
 フォスファチジルグリセロール
 フォスファチジルイノシトール
 フォスファチジン酸
電気的中性のリン脂質
 フォスファチジルエタノールアミン
 フォスファチジルコリン

抗リン脂質抗体症候群
 以前よりSLEをはじめとする自己免疫疾患の患者にpregnancy lossが多いことが知られ、母体の免疫能の異常が妊娠維持に障害を起こす可能性が指摘されてきた。最近になって、それが抗リン脂質抗体という自己抗体によって惹き起こされるという説が注目されるようになり、抗リン脂質抗体と関連するpregnancy loss、血栓症をまとめて抗リン脂質抗体症候群と称し、広く認知されるようになった。抗リン脂質抗体症候群は、関連する全身疾患をもたないprimary抗リン脂質抗体症候群と、SLEやその他の膠原病を伴うsecondary抗リン脂質抗体症候群に分けられる。
表2は抗リン脂質抗体症候群診断基準案を示したものである15)。ここで注意が必要なのはpreliminary criteria(診断基準案)という表現が常に用いられていることであり、definite criteria(診断基準)ではない点である。これは本症候群が依然として曖昧であることを示しており、2年に一度開催される国際抗リン脂質抗体シンポジウムにおいてワークショップが開かれ、診断基準について話し合われている。表に示したものは、1998年に札幌で開催されたワークショップでまとめられた診断基準案である。今後は現在の診断基準案に含まれているβ2GPI依存性抗CL抗体IgG・IgMとループスアンチコアグラント(LA)以外に、抗PE抗体や抗β2GPI抗体などが考慮されるものと予想される。

表2 抗リン脂質抗体症候群診断基準案(1998;札幌Criteria)

臨床所見
 血栓症: 1回またはそれ以上の
 ・動脈血栓
 ・静脈血栓
 ・小血管の血栓症(組織、臓器を問わない)
 妊娠の異常:
 ・3回以上の連続した原因不明の10週未満の流産(解剖学的、遺伝的、内分泌学的原因を除く)
 ・1回以上の胎児形態異常のない10週以上の原因不明子宮内胎児死亡
 ・1回以上の新生児形態異常のない34週以下の重症妊娠中毒症または重症胎盤機能不全に関連した早産
検査所見
 抗カルジオリピン抗体
 ・IgGまたはIgM
 ・中、高抗体価
 ・6週間以上の間隔をあけて、2回以上陽性
 ・β2-glycoprotein I 依存性抗カルジオリピン抗体を検出し得る標準化されたELISAで測定
 ループスアンチコアグラント
 ・6週間以上の間隔をあけて、2回以上陽性
 ・International Society on Thrombosis and Hemostasisのガイドラインに従って検出

臨床所見が1つ以上、検査所見が1つ以上存在した場合、抗リン脂質抗体症候群と診断する

抗PE抗体
 抗CL抗体やLAに特徴的なのは、妊娠中期以降の子宮内胎児死亡である。しかしながら、臨床で一番多く見られるのは妊娠初期流産を繰り返す不育症であり、そのような患者に対して抗CL抗体やLAを検査しても陽性にでることは期待するほどは多くない。我々は、妊娠10週未満の流産を繰り返す反復初期流産患者139人に対して、抗リン脂質抗体のスクリーニングを施行したところ、陰性荷電リン脂質を認識する抗CL抗体、抗PS抗体、LAに関しては、患者群と正常対照群で陽性率に差を認めなかったが、抗PE抗体はIgGが20.1%、IgMが12.2%、IgAが1.4%の陽性率であり、正常対照群と比較して統計学的に有意(p=0.0002)であった16)。したがって、反復初期流産患者にもっとも多く見られる抗リン脂質抗体は抗PE抗体であるという結論に達した。この事は我々が1999年に発表し、2000年になってフランスのGrisらによって同様の結果が報告された17)。さらに、不育症患者の持つPE結合蛋白依存性抗PE抗体の90.5%はキニノーゲンを認識する事が明らかになった16)。また、抗PE抗体と流産だけでなく、抗PE抗体と血栓症との関係も報告されている18-22)。
 さらに抗PE抗体がキニノーゲンのどの部位を認識しているのか、合成ペプチドを用いてepitope mappingを行ったところ、約70%の抗PE抗体は、キニノーゲン、ドメイン3のLeu331-Met357 (LDC 27)を認識する事が明らかになった23)。さらに、LDC27を2つに分け、Cys333-Lys345 (CNA13)とIle346-Met357 (IYP12)を用いて検討したところ、Cys333-Lys345 (CNA13)のみを認識した23)。

LDC27 LDCNAEVYVVPWEKKIYPTVNCQPLGM
CNA13 CNAEVYVVPWEKK
IYP12 IYPTVNCQPLGM

 この部位は、cystein proteinase inhibitorであるキニノーゲンが血小板上のcystein proteinaseであるcalpainに結合し、血小板活性化を抑制している部位と一致する(図3)24)。従って、抗PE抗体が結合することによりcalpainに結合できなくなり、キニノーゲンのcystein proteinase inhibitor活性が阻害されると考えられ、抗PE抗体のカリクレイン-キニン系を介した病原性を強く示唆している。
さらに我々は、抗PE抗体がキニノーゲンを認識する事により、その血小板活性化を抑制する作用を阻害し、血栓の原因となり得るかに関して、in vitroの検討を行った。キニノーゲンを認識する抗PE抗体IgGと、対照としてキニノーゲンを認識しない抗PE抗体IgGをresting 血小板に加え、トロンビンで刺激したところ、キニノーゲンを認識する抗PE抗体IgGを加えた血小板に著明な血小板凝集能の亢進が観察された(図4)25)。

抗リン脂質抗体の測定法
 抗リン脂質抗体の測定はその方法から分類すると、血液凝固能検査より測定されるLAとELISA法に分けられる。LAはin vitroの血液凝固時間の延長として捉えられる。しかしながら、LAはin vivoでは出血傾向ではなく、血栓傾向を示す。長い間標準的なLAのスクリーニング法はaPTTであったが、改良されて最近では希釈Russell viper venom time (dRVVT)やKaolin clotting time(KCT)なども行われている。しかしながら、LAとして検出される抗リン脂質抗体もその対応抗原によって種類があり、これらの各測定方法は、それぞれ異なる抗原(すなわちβ2GPIやプロトロンビン)を認識するLAを検出するという報告もあり、偽陰性をなくすためには複数の方法を併用するのが望ましい。また、確認試験としては過剰のリン脂質を加えることによって中和されるかどうかを確かめる。以上のように、LAの測定系は新鮮な血漿を用いて凝固時間を測定するので、より生理的状態に近い測定法と言え、これによって見い出された抗体はかなりの信頼性で血液凝固系に影響を与え得るといえるが、感度が悪い事や、血清では測定出来ないなどの問題もある。そこで、ELISA法が開発された。ELISA法は感度も良く、精製したリン脂質やリン脂質結合蛋白を使用することにより、より特異的な抗体のみを測定することも可能である。例えば、抗CL抗体なども、ELISAの系に精製またはリコンビナントのβ2GPIを加える事により、β2GPI依存性の抗CL抗体のみを測定することが可能である。
 現在当院で測定している抗リン脂質抗体は14種類である(表3)。この中で保険が適応されるのはMBL社の抗CL抗体IgG (Mesacup)とdRVVT (LA-screen, LA-confirm)、ヤマサ社の抗CL-β2GPI複合体抗体IgGのみである。MBL社のMesacupはβ2GPI以外のCL結合蛋白を認識する抗体も検出し得るので、スクリーニングには適している。しかしながら、抗CL抗体のなかでも病原性の指摘されているのはβ2GPIを認識するものであり、それを確認するのはヤマサのキットが適している。これらのキットに共通する大きな欠点は、IgGしか測定出来ないことである。IgM、IgAの陽性率は無視できず、これらを測定しないということは多くの偽陰性を生む事になる。自費にはなるが、最低IgMの測定は必須と思われる。
 血栓症や妊娠中後期子宮内胎児死亡のリスクが一番高いのは、抗CL-β2GPI複合体抗体とdRVVTで測定したLAが両者とも陽性の場合であると言われている。一般病院で我々と同様の多種類の抗リン脂質抗体のスクリーニングをするのは不可能であるので、最低この2種類の測定は押さえたいものである。
 妊娠初期流産を繰り返すタイプの不育症患者は、オーソドックスな抗CL抗体やLAが陽性の事は少なく、むしろ抗PE抗体を持つ事が多い16)17)。したがって、この抗体の測定も重要である。抗PE抗体IgG, IgMは現在SRL社に特殊検査として依頼すれば測定が可能である。
流産、子宮内胎児死亡以外にも抗リン脂質抗体のスクリーニングを考慮すべき疾患は表4に示した通りである。これらに該当する症例は、抗リン脂質抗体症候群の可能性を念頭において管理する必要がある。

表3 当院で測定している抗リン脂質抗体

梅毒血清反応
抗カルジオリピン抗体 IgG (Mesacup; MBL)
抗カルジオリピン-β2GPI複合体抗体IgG (Yamasa)
 β2GPI依存性
 β2GPI非依存性
dRVVT (LA-screen, LA-confirm; MBL)
抗フォスファチジルエタノールアミン (PE)抗体
 PE結合蛋白依存性 IgG
 PE結合蛋白依存性 IgM
 PE結合蛋白依存性 IgA
 PE結合蛋白非依存性 IgG
 PE結合蛋白非依存性 IgM
 PE結合蛋白非依存性 IgA
抗フォスファチジルセリン抗体
 IgG
 IgM
 IgA

表4 産科患者において抗リン脂質抗体の存在を疑うべき状況

反復流産                  
原因不明妊娠中、後期の子宮内胎児死亡
早期発症、重篤な妊娠中毒症
妊娠に関連した血栓症
子宮内胎児発育遅延
自己免疫疾患または膠原病
梅毒血清反応の生物学的偽陽性
aPTTの延長
自己抗体陽性

抗CL抗体またはLAの治療
 未だ不明な点の多い症候群であり、治療方針も確立してはいないが、治療の奏功率は約70-80%と報告されている。特にヘパリンが有効であり、スタンダードな治療法になりつつある26)。
最初の抗リン脂質抗体の治療法はステロイドによる免疫抑制療法であった。大量のプレドニンが必要であるが、有効性が報告されている。ヘパリン療法に匹敵するプレドニンの量は40mg/日であり、妊娠成功率は約75%と報告されている。しかしながら、プレドニンはヘパリンと比べて早産、低出生体重児、妊娠中毒症、妊娠糖尿病など副作用が多いので注意が必要である。プレドニンはヘパリンと比較して有用性に差は無いものの副作用が多いので、最近では世界的にSLEなどを合併したsecondary抗リン脂質抗体症候群の症例を除き、使用されなくなった27)。特にプレドニンとヘパリンを同時に使用すると、各々単独で使った場合に比べて有益性に差が無いにもかかわらず骨粗鬆症による骨折の危険が劇的に高まるので、併用するべきではない。
 抗リン脂質抗体陽性患者における妊娠中の低用量アスピリン単独療法の役割は依然として不明である。確かにその抗血小板作用は動脈血栓を予防するかもしれないが、妊娠中における低用量アスピリン療法が不育症に対して臨床的に有効かというデータはほとんど無い。Kuttehの報告によると28)、アスピリン単独療法を受けた不育症群の生児獲得率は44%であったのに対し、ヘパリンとアスピリンの併用療法群では80%であった。この報告には無治療対照群が無いため、44%という数字が効果ありと言えるかは不明である。しかしながら、アスピリンは患者と胎児に比較的危険がないので依然として広く処方されているのが現実である。アスピリンを妊娠中に投与する場合は、妊娠初期より81mg/日を開始し、妊娠中を通して35週頃まで投与するのが一般的である。分娩時まで投与するというプロトコールもあるが、胎児動脈管早期閉鎖の危険性も考慮する必要があるので我々は35週で中止している。しかしながら、今のところそのような報告は無いので、杞憂にすぎないのかもしれない。
ヘパリン療法の有効性は多く報告されており、抗リン脂質抗体症候群の不育症の治療としてはスタンダードになりつつある。いくつかの信頼性の高い研究によると、ヘパリンと低用量アスピリン併用療法は妊娠成功率を約50%から80%に向上させると報告されている28,29)。また、最近は低分子ヘパリンの使用例も多く報告され、海外では低分子ヘパリンがスタンダードな治療法になりつつある。最近になって、妊娠中の低分子ヘパリンの安全性が綜説としてまとめられたが30)、何故か日本では低分子ヘパリンの妊娠中の投与は禁忌であり、世界の流れに逆行した決定に首をかしげざるを得ない。また、最近ヘパラン硫酸を主成分とするオルガラン(日本オルガノン)という製剤が血栓症やDICに使用され有用性が報告されている。しかしながら、ヘパラン硫酸はヘパリンとは異なるグリコサミノグリカンであり、抗リン脂質抗体症候群に有効であるというエビデンスはまだ無いので、注意が必要である。
ヘパリンが何故不育症に有効なのかは未だ不明な点も多いが、抗凝固活性以下の用量で有効な事から、その抗凝固作用よりは、陰性荷電を介して抗リン脂質抗体を吸着するなど別の作用機序も示唆されている31)。ヘパリンの投与方法としては、多くの海外の報告が5000単位を12時間毎に皮下注となっている。現在日本では皮下注用のヘパリン製剤は日本シェーリング社のカプロシンだけであるが、カプロシン皮下注用は20000単位/0.8mlであるので、1回わずか0.2mlですむ。ヘパリン投与開始時期は妊娠反応で妊娠確認出来次第であるが、過去の流産歴が妊娠6週以降の場合はまず低用量アスピリン療法を行い、超音波検査で子宮外妊娠を否定した後、ヘパリンを開始するべきと言う意見もある。ヘパリンは妊娠を通して投与し、分娩の1日前には中止する。もし緊急帝王切開など、ヘパリン投与中に分娩の必要がある場合、硫酸プロタミン(ヘパリン1000単位に対し2.5mg)を希釈して10分以上かけて静注し、中和する(50mgを超えてはならない)ことが可能である。ヘパリンの副作用としては骨粗鬆症が重要である。平均して骨密度は妊娠を通して3.7%失われると言われている32)。ヘパリン投与量が15000単位/日を超した場合は炭酸カルシウム1.5g/日を投与するべきである。ヘパリンのもう一つの重要な副作用はヘパリン惹起性血小板減少症であるが、その頻度は1%未満であると報告されている。ヘパリン投与開始後約3週間は、頻回に血小板数を測定するべきである。

抗PE抗体の治療
抗PE抗体の治療に関しては、現在試行錯誤の段階である。最近の我々の治療成績では、低用量アスピリン単独療法では妊娠成功率は75.5%、アスピリン+ヘパリン併用療法では81.1%であり、両群に差を認めなかった。しかしながら、抗PE抗体陽性不育症患者の約40%に第12因子活性低下を認め、それらの患者の妊娠成功率は、低用量アスピリン単独療法では64.7%、アスピリン+ヘパリン併用療法では92.9%であり、後者の方が成功率が高く統計学的に有意であった。
抗PE抗体のみが陽性の不育症患者の場合でも、IgGとIgMの間に治療成績の差があるのか、また、抗体価が高い場合でも低用量アスピリン単独療法で充分なのかなどに関しては、統計処理するには症例数が少なく、今後の検討課題である。個人的な経験としては、抗PE抗体IgMが陽性の場合は、抗体価が低くても病原性が強い様な印象がある。

おわりに
日本では、皮下注射用のヘパリンが病院に採用になっていないという理由で未だにプレドニンと低用量アスピリン併用療法が選択されることが多い様である。しかも、プレドニンの副作用を考え、中途半端な用量のプレドニンが投与されている事が多い。Evidence Based Medicineに基づき、可及的速やかな対応が求められる。

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