【参考文献】
「FERTILITY AND STERILITY」 VOL.71, NO.6,
JUNE 1999に掲載
Prevalence and heterogeneity of
antiphosphatidylethanolamine antibodies in patients with recurrent early pregnancy
losses
Toshitaka
Sugi, M.D., Ph.D., Junko Ktsunuma, M.D.,
Shun-ichiro Izumi,
M.D.,Ph.D.,
John A. Mclntyre, Ph.D., and Tsunehisa Makino,
M.D., Ph.D.
※いつもながらつたない訳なので,英語の原文併載します。但し下記に対応した部分のみの紹介となりますのでご注意下さい。
「妊娠初期の習慣流産患者における抗フォスファチジルエタノールアミン抗体の頻度と多様性」
カルジオリピンやフォスファチジルセリンのような電気的陰性のリン脂質に対する抗リン脂質抗体は、血栓症や血小板減少症、そして習慣流産の患者において報告されてきた。しかし、同類でありながら電気的中性のリン脂質、フォスファチジルエタノールアミン(以下PE)に対する抗体に焦点をあてた報告はほとんどなかった。PEは細胞原形質膜(細胞原形質の表面層)の外房と内房を構成する主な成分であることから、PEに対する抗体産出を軽視すべきではない。
最近、電気的陰性荷電のリン脂質に対する抗リン脂質抗体の多くは、陰性のリン脂質そのものを目標とはせず、陰性リン脂質に結合する血漿蛋白に特異的である、という事実が明らかにされている。現在、最も一般的かつ特徴づけられた抗リン脂質抗体の目標抗原である血漿蛋白は、β2-glycoprotein I(以下β2GPI)とプロトロンビンである。我々は最近、ある抗PE抗体はPEそのものに特異的ではなく、むしろ高分子キニノーゲンや低分子キニノーゲン、及び高分子キニノーゲンとの結合蛋白、血液凝固11因子、もしくは、プレカリクレインのようなPEに結合する血漿蛋白を認識すると報告した。またキニノーゲンに依存した抗PE抗体は、試験管内でトロンビン惹起性血小板凝集を亢進しうることを証明した。
主に抗リン脂質抗体陽性妊婦に起こる妊娠中期以降の子宮内胎児死亡は、抗リン脂質抗体症候群を証拠づける臨床所見のひとつである。第1三半期の胎児期(妊娠10週後)における習慣流産もまた、抗リン脂質抗体症候群に関連付けられてきた。しかし、抗リン脂質抗体と胎芽期(妊娠10週前)の習慣流産との関連についてはあまり証明されていない。事実、陰性荷電のリン脂質に対する抗リン脂質抗体と初期の習慣流産との間に関連性があるのかどうか、いくつかの研究が疑問視している。
女性の生殖器は、キニノーゲンとその代謝物質が体内で2番目に豊富な場所である。Adam
et al.はラットの血漿、子宮、肝、腎において、それぞれ12.2、10.9、0.4、そして1.2μg/mgのT-キニノーゲンを測定した。生殖組織と血漿中のキニノーゲンの濃度は排卵、妊娠そして分娩時には変動すると報告された。なぜ女性の生殖組織はそのようにキニノーゲンが豊富なのか、そして何が局所レベルでのキニノーゲン濃度の変動を制御するのか、なお明らかにされるべきである。
不育症(以下RPLs)は陰性リン脂質に対する抗リン脂質抗体に関連付けられる、と多くの研究が結論づけており、またキニノーゲンが生殖組織に顕著に存在することから、我々はRPLs患者、特に胎芽期のRPLs患者の抗PE抗体について検査をした。我々はRPLsと、キニノーゲンまたは他の血漿蛋白の存在を必要とする抗PE抗体との強い関連性を明らかにした。我々のデータは抗PE抗体が初期のRPLsの重要なリスクファクターに相当しうると示唆している。
材料と方法
患者集団と対照集団
血漿サンプルは胎芽期にRPLsの既往がある非妊娠の患者139人から得た。患者集団は次のような我々の研究参加基準を満たしている。
1.子宮外妊娠や中絶を除き、妊娠10週前に2回以上の流産の既往がある
2.子宮因子発見のためのルーティン検査(子宮卵管造影法と超音波検査)の結果、RPLsに見られる推定原因なし
3.染色体異常なし
4.内分泌因子なし(プロラクチン、プロゲステロン値正常、甲状腺機能正常)
5.感染性因子なし(Bレンサ球菌もしくはクラミジア感染群なし)
6.糖尿病なし
患者集団の平均年齢は31歳(範囲22〜45歳)、流産の平均回数は2.8回であった。すべての血漿サンプルは、使用するまで70℃で保存された。
流産の既往のない、年齢の釣り合った、健康な未妊の女性ボランティア200人が対象集団として検査された。標準曲線を立証するため全身性エリテマトーデス患者の抗リン脂質抗体陽性サンプルが1:100の希釈で使用された。
本研究は、東海大学医学部の倫理委員会により承認。
方法 (省略)
統計学的分析(省略)
結果
不育症患者における抗PE抗体の検出
不育症(以下RPLs)患者(n=139)は、患者血漿希釈液に10%の大人のウシの血漿、対、1%のウシの血清アルブミンを使い、リン脂質結合の血漿蛋白依存性抗PE抗体IgG、対、非依存性抗PE抗体IgGのスクリーニングを受けた。表1に示す通り、RPLs患者中の28人(20.1%)が抗PE抗体IgG陽性であった。抗PE抗体IgGの陽性結果は、対照集団よりRPLs患者の方に多くあらわれた。RPLs患者はまたリン脂質に結合する血漿蛋白依存性の抗PE抗体IgM、IgA、非依存性抗PE抗体IgM、IgAのスクリーニングを受けた。PRLs患者139人中17人(12.2%)が抗PE抗体IgM陽性であった。またRPLs患者139人中2人(1.4%)が抗PE抗体IgA陽性であった。統計的にみて、RPLs患者の抗PE抗体IgMもしくはIgAの陽性結果は、対照集団メンバーのそれを上回らない。
抗PE抗体陽性の3人の患者は2つのイソタイプを持っていた。1人は抗PE抗体IgGとIgM、そして2人が抗PE抗体IgGとIgAであった。3つのイソタイプをもった患者はいなかった。要約すると、139人のRPLs患者のうち44人(31.7%)が抗PE抗体陽性であった。抗PE抗体陽性の検査結果は対照集団メンバーよりRPLs患者において頻発した。(P=0.002)
表1
139人の妊娠初期(胎芽期)の習慣流産患者群と200人の正常集団における抗PE抗体
非依存性 | 及び依存性 | ||||||||
非依存性 | 抗PE抗体* | 依存性抗 | PE抗体** | 抗PE | 抗体 | 計 | P | ||
イソタイプ | RPL | 対照 | RPL | 対照 | RPL | 対照 | RPL | 対照 | |
IgG |
7(5.0) |
8(4.0) |
16(11.5) |
7(3.5) |
5(3.6) |
1(0.5) |
28(20.1) |
16(8.0) |
0.001 |
IgM |
8(5.8) |
10(5.0) |
8(5.8) |
6(3.0) |
1(0.7) |
0(0) |
17(12.2) |
16(8.0) |
NS |
IgA |
2(1.4) |
0(0) |
0(0) |
0(0) |
0(0) |
0(0) |
2(1.4) |
0(0) |
NS |
注)各数値は患者の人数(%)を表す。Ig=免疫グロブリン。NS=有意性なし
*PE結合蛋白非依存性の抗PE抗体(1%のウシ血清アルブミンで1:100に希釈された患者サンプル)
**PE結合蛋白依存性の抗PE抗体(10%の大人のウシ血漿で1:100に希釈された患者サンプル)
不育症患者における抗カルジオリピン抗体、抗フォスファチジルセリン抗体、
そしてループスアンチコアグラント
また同様に139人のRPLs患者は抗カルジオリピン抗体、抗フォスファチジルセリン抗体、ループスアンチコアグラント(以下LAC)のスクリーニングを受けた。表2に示すように6人(4.3%)と1人(0.7%)が抗フォスファチジルセリン抗体IgG、そしてIgMにそれぞれ陽性であった。7人(5%)の患者がβ2GPI非依存性抗カルジオリピン抗体陽性、そして1人(0.7%)がβ2GPI依存性抗カルジオリピン抗体陽性であった。抗フォスファチジルセリン抗体IgAをもった患者はいなかった。抗フォスファチジルセリン抗体陽性の患者7人中5人は、抗PE抗体も陽性であった。
2人(1.4%)の患者が希釈ラッセル蛇毒テストによりLACが検出された。フォスファチジルセリン、カルジオリピン、もしくはLACに対する抗体が2つ以上陽性の患者はいなかった。PRLs集団と対照集団間に抗ファスファチジルセリン抗体及び/またはLAC陽性結果の発生において有意差はなかった。
表2
妊娠初期(胎芽期)の習慣流産患者139人における抗フォスファチジルセリン抗体、抗カルジオリピン抗体そしてループスアンチコアグラント
非依存性 | ||||||
抗リン脂質抗体 | 陰性 | 陽性 | 非依存性のみ* | 依存性のみ** | 及び依存性 | 計 |
フォスファチジルセリン | ||||||
IgG | 133(95.7) | 6(4.3) | ||||
IgM | 138(99.3) | 1(0.7) | ||||
IgA | 139(100.0) | 0 | ||||
カルジオリピン | ||||||
IgG | 6(4.3) | 0 | 1(0.7) | 7(5.0) | ||
ループスアンチコアグラント | 137(98.6) | 2(1.4) |
注)各数値は患者の人数(%)を表す。Ig=免疫グロブリン。
*β2GPI非依存性抗カルジオリピン抗体(0.3%のウシ血清アルブミンで1:200に希釈された患者サンプル)
**β2GPI依存性抗カルジオリピン抗体(組換え型β2GPIを含むウシ血清アルブミンで1:200に希釈された患者サンプル)
抗PE抗体のキニノーゲン依存性
血漿蛋白依存性抗PE抗体IgG検出のためのキニノーゲンの規定は、患者血漿の希釈液として部分的に精製されたキニノーゲンを用いて決定された。今回の検査では21人の患者が血漿蛋白依存性の抗PE抗体IgGが陽性であった。この21人中19人(90.5%)がキニノーゲン依存性で、2人(9.5%)がキニノーゲン非依存性であった。キニノーゲン非依存性の抗PE抗体IgGは、他のPEに結合する血漿蛋白を認識するに違いない。なぜなら、それらはウシの血清アルブミンが患者血漿の希釈液として使用された場合、陽性とはならないが、大人のウシ血清使用時は陽性と出るからである。2人の抗PE抗体陽性血清に関係する血漿蛋白については、また別の研究テーマとなるであろう。
議論
抗リン脂質抗体、主に抗カルジオリピン抗体及び/またはLACとRPLsとの関係は報告されてきた。これに対し、抗PE抗体について記述している研究論文はほとんど発表されていなかった。我々は最近ある抗PE抗体はPEそのものに特異的ではなく、むしろ高分子キニノーゲン、低分子キニノーゲン、そして高分子キニノーゲンに結合する血漿蛋白、血液凝固11因子、プレカリクレインのようなPEに結合する血漿蛋白に向けられることを報告した。キニノーゲンは哺乳類の生殖組織に出現するので、我々は大人のウシの血漿及び/または大人のウシの血漿から部分的に精製したキニノーゲンを使用するELISAで、RPLs患者のキニノーゲン依存性抗PE抗体をスクリーニングした。妊娠初期のRPLsについて言えば、陰性リン脂質に対する抗リン脂質抗体より、抗PE抗体との関連性の方が強いことを、我々はここに報告する。
抗リン脂質抗体症候群と一致した臨床的なプロフィールをもつ多くのRPLs患者は、ELISA(固相酵素免疫測定法)検査時の抗リン脂質抗体は陰性である。陰性所見についての説明は多数あるが、しばしば測定法の変動に帰すると考えられる。例えば、いくつかの市販の抗リン脂質抗体検出キットは、患者サンプルの希釈液として、精製したものか、もしくは組換え型のβ2GPIを使用するように設計されている。この状態ではプロトロンビンの存在に依存する抗リン脂質抗体をもつ患者は偽陰性の結果を示すと思われる。その他のキットはELISAプレートで陰性と中性のリン脂質を混合させている。これは、それぞれのリン脂質に対するリン脂質結合血漿蛋白特有の親和力のため、偽陰性所見を導きうる。その上リン脂質混合物への結合は、結合蛋白の性質を変える混合物の物理的リン脂質分離過程における立体障害もしくは変化により、偽陰性を示すという結果になるのかもしれない。
抗PE抗体ELISAにおける偽陰性は、キニノーゲンが不足した患者血漿サンプル希釈液を使用したことに起因するのかもしれない。特に、子ウシの胎児や新生児の血清は高分子キニノーゲンや低分子キニノーゲンの濃度が低いので避けるべきである。RPLsと抗PE抗体とを関連付けた研究はいくつかある。これらの研究では、患者サンプル希釈液に子ウシの胎児や新生児の血清が使われている。このことは、多くのキニノーゲン依存性の抗PE抗体が、これらの研究で検出されていないかもしれないことを示唆している。最後に大人のウシの血清ならびに血漿の4℃での長期保管はキニノーゲンの活性を低下させることがある。(Sugi
T,未発表データ)
原発性の抗リン脂質抗体症候群患者における妊娠中期の流産は、よく抗カルジオリピン抗体に関連付けられる。発表された研究の大半が、その分析をカルジオリピンとイソタイプIgG、IgMに限定しているので、実際以上の出現をあらわしているかもしれない。これらの患者における妊娠中期から後期の流産が胎盤の血栓によって起こると推定するのは短絡的かもしれない。確かに胎盤の血栓は起こりうるが、流産を説明づけるには往々にして不十分である。にもかかわらず、低用量アスピリン及び/または皮下ヘパリン療法はしばしば効果的であり、次の妊娠の成功をもたらしている。
第1三半期におけるRPLsもまた抗リン脂質抗体に関連しているかもしれない。けれども抗カルジオリピン抗体及び/またはLACの発生率は比較的低いと報告されている。Gris
et al.は妊娠満16週前のRPLs患者における抗カルジオリピン抗体ならびにLACの症例数はそれぞれ2.2%、4%と報告した。Ozawa
et al.は、第1三半期におけるRPLs患者のβ2GPI依存性、及び非依存性抗カルジオリピン抗体IgGはそれぞれ1.1%、4.3%と報告した。これらの検査データは我々の不育症データと類似している。抗カルジオリピン抗体もしくはLACと初期流産との間に関連性を見出しえなかった時、我々は研究を抗PE抗体を含むところまでひろげ、有意な陽性患者数を発見した。
抗核抗体は自己免疫疾患の血清マーカーとして受け入れられてきたので、RPLs患者はそのスクリーニングを受けた。抗PE抗体IgG陽性のRPLs患者の多くは、抗核抗体もまた陽性であった(35.7%)。臨床医はよく抗核抗体をもった原因不明のRPLs患者を、まるで抗リン脂質抗体症候群であるかのように治療している。我々はこれらの患者の44%が抗PE抗体もまた陽性であることを発見した。けれども我々は抗核抗体は抗リン脂質抗体ではなく、それらの発生機序は解明されていないことを強調する。そして抗核抗体陽性で原因不明のRPLs患者すべてが不必要な治療を避けるためにも、抗PE抗体のスクリーニングを受けるべきであると提案する。抗核抗体は陽性ではあるが、抗リン脂質抗体はもたないRPLs患者は薬物療法を必要としない。なぜなら抗核抗体の存在は次の流産を予見しないからである。
我々は最近、キニノーゲン依存性の抗PE抗体IgGが試験管内でトロンビン惹起性血小板凝集能を亢進すると報告した。キニノーゲンは血小板と結び付き、トロンビン惹起性血小板凝集能を抑制する。我々のデータは、キニノーゲン依存性抗PE抗体によるキニノーゲンの正常な抗血栓効果の崩壊により、生体内で血栓が起きるのかもしれない、という仮説を証明するものである。我々のデータが示すように、RPLs患者の抗PE抗体陽性の大半はキニノーゲンに依存していた。将来、低用量アスピリンのような抗血小板療法はキニノーゲン依存性の抗PE抗体陽性RPLs患者にとって有効とされるかもしれない。その可能性は適切に計画された臨床試験での確認を待つ。