【参考文献】

産婦人科治療 Vol.79 No.5 (1999:11)
牧野恒久  杉 俊隆
 
生殖医療の現状と展望 3.生殖のロス、習慣流産」

※文中の赤字は私が加筆した部分です。紫字は補足説明のページへのリンクが貼ってあります。ご参考までに。


はじめに
 
 不妊症の分野は近年その進歩がめざましく、体外受精などを初めとして次々と新しい治療法が開発され、10年前までは挙児をあきらめるしかなかったような夫婦でも、今では当然のように子供が授かるようになってきた。しかしながら、子宮はいまだにブラックボックスであり、着床から妊娠、分娩にいたるまでutero-placental unitで何が起きているのか、不明な点が多い。それにもかかわらず、不育症の分野もまた、最近10年で大いなる発展を遂げてきた。その内容は、生殖免疫、血液凝固学の進歩によるところが多く、高度に専門化しつつある。
 本稿では、不育症について概説し、さらには最先端の知見なども併せて紹介したい。


1.不育症、習慣流産とは

 不育症とは、厳密な定義をもつ医学用語ではない。強いて定義づければ、成立した妊娠を完遂できず、健康な生児に恵まれない症例を指すものといえる。一般的には習慣流産を指すことが多いが、同義ではない。習慣流産とは、3回以上流産を繰り返すことであり、時期は妊娠22週未満に限定される。しかしながら、不育症といった場合は妊娠中期以降の子宮内胎児死亡や反復流産(流産回数2回)も含まれ得る。不育症に相当する英語としては、recurrent fetal lossという表現をしばしば目にするが、fetus(胎児)という名称は妊娠10週以降に
限定され、それ以前のembryo(胎芽)が含まれないので、recurrent pregnancy lossが適当であると思われる。
 1回の独立した流産の頻度は統計上約15〜20%であり、決して珍しくない。その約60〜70%以上は胎児に染色体異常があると報告されている。また、受精卵の約40%に染色体異常があり、それが出生時には0.6%に減少すると報告されており、もし流産という自然淘汰が起こらなければ、出生した児の40%が染色体異常をもつことになる。したがってある意味では、流産の多くは病的ではなく、それを止めることもできないし、止める必要もないということになる。1回や2回の流産既往があっても、それがただちに病的であり、不育症であるということにはならない。ちなみに1回の独立した妊娠の流産の頻度を20%と仮定すると、反復流産率は0.2×0.2=0.04で4%、3回流産率は0.04×0.2=0.08で0.8%となる。したがって、反復流産の場合は病的原因のもたず、不育症とはいえない場合も多いが、3回以上自然流産を繰り返した習慣流産の場合は自然淘汰という考えでは確率的に説明できず、不育症の原因を検索することになる。



2.不育症の検査、原因、治療


 不育症の原因は多岐にわたっており、系統だてて諸検査を施行し、総合的に判断して方針を決定する必要がある。表1は不育症一般検査を示したものである。これらの諸検査を施行した結果、表2のような結果が得られている。もちろん、これらは不育症一般検査の異常とその頻度を示したものであり、習慣流産の原因とその頻度という訳ではない。数年前の不育症の原因頻度としては、われわれの印象では、内分泌異常が約10%、子宮内腔異常が約15%、染色体異常が約10%、自己抗体が約20%、原因不明が約45%である。しかしながら、最近10年のこの分野の進歩により、原因不明の頻度は約45%から20%ぐらいにまで減少した印象がある。
 不育症の治療について、まず最初に、すでに治療方針がある程度確立している古典的なものについて概説する。

表1 不育症一般検査

 1.問診、基礎体温
 2.感染症検査
    クラミジアDNA、子宮頸部・膣内培養
    血算、血沈、CRP
 3.内分泌検査
   下垂体機能(プロラクチン)
   黄体機能(黄体ホルモン、子宮内膜組織検査)
   甲状腺機能(freeT3、freeT4、TSH)
   糖尿病検査(空腹時血糖)
 4.子宮形態異常
   子宮卵管造影、子宮鏡、超音波検査
 5.夫婦染色体検査
 6.免疫学的検査
   抗核抗体、抗DNA抗体、RF
   抗リン脂質抗体、Lupus Anticoagulant
   不規則抗体検査
 7.血液凝固系検査
   血小板凝集能、aPTT、TAT
   protharombin F1+2、第12因子


表2 習慣流産の検査異常とその頻度(%)

 子宮内腔異常
   弓状子宮 11.9
   双角または中隔子宮 5.2
   Asherman症候群 1.4  

   単角子宮 0.5
   重複子宮 0.3
   子宮筋腫 1.1
 免疫学的異常
   抗リン脂質抗体 12.1
   aPTT延長 7.5
   抗核抗体 22.0
   リウマチ因子 4.2
 染色体異常
   妻 5.8
   夫 3.9
 感染症
   クラミジア抗原 0.8
 内分泌異常
   高プロラクチン血症 15.1
   甲状腺機能低下症 4.1
   甲状腺機能亢進症 1.2
   糖尿病 0.2

2−1.感染
 
血液検査で炎症の兆候がないかを検索するとともに、クラミジア頸管炎および子宮頸部・膣内培養(目標菌:B群溶連菌)を施行する。クラミジア抗体検査は過去の感染でも陽性にでるなど、治療の適応、効果判定に関しては問題がある。妊娠への直接的関係を調べるためには子宮頸部から直接検体を採取する方が望ましい。陽性にでれば、起因菌に対応す抗生剤で治療する。ただし、B群溶連菌やクラミジアなどの個々の病原菌が直接流産の原因になり得るかに関しては、証明されていない。

2−2.甲状腺機能異常
 
甲状腺機能異常の患に初期流産が多いことは以前より知られていたが、われわれの統計では習慣流産患者の約5%に機能異常が認められる。甲状腺機能低下症は二次的に高プロラクチン血症を引き起こすため、高プロラクチン血症を介した機序も考えられる。治療としては、機能亢進症に対してはmercazoleやpropylthiouracil、機能低下症に対してはtyradin Sなどである。propylthiouracilとtyradin Sには胎盤通過性はない。melcozoleに関しては、胎盤通過性はあるものの、最近の報告ではヒトでの催奇形性に関しては有意な差はないといわれている。

2−3.高プロラクチン血症
 
習慣流産患者の約15%に認められる。潜在性高プロラクチン血症も考慮して、疑わしい時はTRH testも考慮する。THR testでは、負荷後15分でプロラクチン値70ng/ml以上を陽性とする。甲状腺機能と関連が強いので妊娠中も含めて両者を見ながら治療することが望ましい。下垂体腺種が存在する場合は脳外科に依頼する。治療としてはパーロデルやテルロンの投与を行う。下垂体腺種がある場合、手術前にパーロデルを投与すると手術がやりにくくなるので、脳外科と相談して手術の適応を検討したうえで投与を決定する。また、当然向精神薬などの副作用による薬剤性高プロラクチン血症は否定しておく。

2−4.黄体機能不全
 
高温期の中間でプロゲステロン値が10ng/ml未満なら治療の対象となる。黄体ホルモン経口または経膣投与やhCG筋注にて補充する。ただし、黄体機能不全が真に流産を惹き起こすかに関しては、否定的な報告もある。

2−5.糖尿病
 
空腹時血糖値が高い場合は75gGTT
(ぶどう糖負荷検査)を行う。妊娠初期にコントロールできていないと胎児奇形を引き起こす可能性があるので、コントロールがついてから妊娠を許可する。実際の習慣流産患者での糖尿病の頻度は低い。

2−6.子宮形態異常
 
子宮卵管造影にて子宮奇形、子宮筋腫、Asherman症候群などの有無を見る。子宮内腔の形態が重要なので、バルーン法でなく、嘴管を用いて造影することが望ましい。異常と思われる陰影が得られた時は、必要に応じて子宮鏡検査を施行する。また中隔子宮を双角子宮の識別は子宮内腔の検査では困難なので、超音波断層法、MRIや腹腔鏡にて子宮の外形を観察し、診断する。個々の形態異常の程度にもよるが、一般的に中隔子宮の流産率が最も高く、単角、双角、重複、弓状子宮等がそれに続く。子宮奇形の治療としては子宮形成術が適応となり、Strassmann, Jones&Jones, Tompkinsなどの開腹手術やResectoscopeを用いた経膣手術(TCR;trans cervial resection)が行われる。TCRは中隔子宮場合に有用であるが、子宮穿孔の危険があり、腹腔鏡での監視が必要で熟練を要するため、実施できる施設は限られるという欠点がある。

2−7.染色体異常

 
女性側の染色体異常における理論的流産率はロバートソン転座で4/6(67%)、相互転座で2/4(50%)である。モザイクはその比率によって流産率は異なる。いうまでもなく治療は不可能であるので、理論的流産率などに基づいたカウンセリングを行う。


3.不育症分野における新しい概念


 
最近10年のあいだに、不育症の新しい原因や治療が見出されてきた。多くは生殖免疫、血液凝固学の進歩によるものである。生殖免疫の領域ではTh1Th2のバランスが崩壊することにより流産が起きるという新しく、かつ魅力的な仮説が最近注目されている。また、血液凝固の領域では、抗リン脂質抗体症候群を初めとしたthrombophilia(血栓形成傾向)と不育症との関係が明らかになってきた。ここでは、それらの概念について紹介する。

3−1.Th1/Th2バランス
 胎児は母体にとって半分は同種移殖片であると考えることができるが、妊娠中は拒絶反応が起きて流産に至らないような、何らかの防御機構が働いていると考えられる。近年、免疫学的妊娠維持機構としてTh1/Th2バランスが注目されている。それによると、母体が胎児を異物として拒絶することなく、妊娠が維持されるのは細胞性免疫を司るCD4+T helper(Th)1細胞が低下し、抗体産生を司るTh2細胞機能が亢進するためと考えられている。
習慣流産の免疫学的原因としては、抗リン脂質抗体など自己抗体によるものと、臓器移植の拒絶反応に
準じた機序が考えられ、どちらもTh1/Th2 バランスの破綻が示唆されている。 すなわち、Th1/Th2バランスがTh1の方へ傾けば、母体は胎児を異物として認識し、拒絶反応が起き、流産する可能性がある。また、過剰にTh2の方へ傾くと、今度は抗体産生が盛んになり、抗リン脂質抗体などの自己抗体が産生され、流産を引き起こす可能性がある。SLEなどの自己免疫疾患が、妊娠分娩をきっかけに発症したり増悪するのも、妊娠によりTh1/Th2 バランスがTh2の方へ傾くことがきっかけとも 考えらえる。(Th1/Th2に関しては未だ研究段階にあり、東海大の不育外来においても、一般検査項目には含まれていないとのこと。)

3−2.thrombophlia
 血栓症の原因となり得る基礎疾患があると、 pregnancy loss のリスクが高くなるというのは周知の事実である。 反復妊娠初期流産患者において血液凝固系の検索を施行したところ、抗リン脂質抗体と第12因子欠乏症が 2大原因として浮かび上がってきた。 抗リン脂質抗体の多くは従来より注目されてきた 抗カルジオリピン抗体やループスアンチコアグラント よりはむしろ,キニノ一ゲンを認識する抗フォスファチジルエタノ−ルァミン抗体が多い。キニノーゲンも第12因子も、カリクレイン−キニン系の蛋白であり、線溶系に重要な役割を演じている。したがって、これらに対する抗体が存在するなどして活性が低下するとカリクレイン一キニン系の破綻による 線溶系低下が生じ、血栓や流産の原因と成り得る。 なお、抗フォスファチジルエタノ−ルァミン抗体は、 SRLで測定可能である。
 妊娠後期に子宮内胎児死亡を起こすタイブの不育症群で 血液凝固系を検索すると、プロテインS欠乏 、抗カルジオリピン抗体、第5因子Leiden mutationなどが risk factorとして挙げられた。また、最近高ホモシステイン血症と血栓症の関係が 注目されており、その原因の一つとして methylenetetrahydrofolate reductase(MTHFR)geneの C677T mutation(ホモシステイン代謝に関与する酵素の677番目の遺伝子の突然変異)が挙げられているが、このC677T mutationと上記のrisk factorの合併症例も多く、妊娠中に葉酸の必要性が増すこともあって、そのような症例では葉酸の経口摂取が勧められている。


4.不育症の分野における最近のトピックス

4−1.免疫療法
 胎児は母体にとって半分は同種移植片であると考えることができるが、妊娠中は拒絶反応が起き て流産に至らないような、何らかの防御機構が働いていると考えられる。そして、この妊娠維持機 構のバランスが崩れ、流産に至るようなタイプの 不育症が存在する可能性が示唆されてきた。すなわち、Th1/Th2バランスがTh1に傾いた 状態と想定される。しかしながら、胎盤という解剖学的障壁の存在や 特殊な内分泌環境、サイトカインの関与など、妊娠には臓器移植とは異なるファクタ一も多く、 臓器移植と同様に扱うことはできない。 臓器移植において、移植された臓器が拒絶されずに生着するには、白血球の血液型であるHLAの適合が重要である。同様に、妊娠維持においても夫婦間のHLAの一致、不一致が重要なのではないかという仮説が一世を風靡し、夫婦間のHLAの適合数で相性が良いとか悪いとか判定し、相性 の悪い症例には夫リンパ球を用いた免疫療法が有効であるとされた。しかしながら、その後の検討により、今ではHLAの適合数と流産との相関関係は否定された。今では免疫療法は、諸検査施行 しても異常の見い出されない原因不明習慣流産 (2回の流産既往は適応とならない)で、抗核抗体 や抗リン脂質抗体などの自己抗体を持たない症例を対象に、適応を慎重に検討したうえで施行されている。作用機序としては、Th1/Th2バランスをTh2の方へ是正すると考えられている。副作用も報告されているので、安易に免疫療法を乱用することは慎むべきである。

4−2.抗リン脂質抗体
 抗リン脂質抗体とは,リン脂質に対する自己抗体であり、具体的には電気的陰性のリン脂質(カ ルジオリピン、フォスファチジルセリン、フォスファチジルグリセロール、フォスファチジルイノシトール、フォスファチジン酸など)や,電気的中性のリン脂質(フォスファチジルエタノ−ルアミン、フォスファチジルコリン)に対する抗体であると考えられていた。
 抗リン脂質抗体と一言でいっても、その実体は実に複雑であり、それが抗リン脂質抗体の理解を 困難にしている。抗リン脂質抗体という名前がまず誤解を生む源であり、従来は名前どおりリン脂 質を認識する抗体であると思われてきたが、最近、その多くは、実はリン脂質そのものを認識する抗体ではなく、リン脂質に結合する血漿蛋白に対する抗体であるということが分かってきた。最初に 発見された抗原は、β2-glycoproteinI(β2GPI) であり、次いで、プロトロンビンが報告された。 これらは、カルジオリピンやフォスファチジルセリンなど、電気的陰性のリン脂質に対する抗体の 対応抗原である。その後われわれは、中性のリン脂質であるフォスファチジルェタノ−ルアミンに 対する抗体も同様にリン脂質結合蛋白を認識することを発見し、それがキニノ−ゲンであることを 同定した。 このように、抗リン脂質抗体といっても実はまったく異なる抗体の総称であり、共通点はリン 脂質に結合する蛋白を認識するということだけである。したがって、それぞれの病原性およびその機序は異なると考えられる。
 近年、抗リン脂質抗体と反復流産、反復血栓症、血小板減少症との関係は広く知られており、抗リン脂質抗体症候群と称され、注目を浴びている。抗リン脂質抗体症候群は、関連する全身疾患をもたないprimary抗リン脂質抗体症候群と、SLEやその他の膠原病を伴うsecondary抗リン脂質抗体症候群に分けられる。妊娠に関しては、中期 以降の子宮内胎児死亡がもっとも抗リン脂質抗体に特徴的である。胎盤の血栓が原因といわれているが、因果関係はいまだ不明である。また、妊娠 初期の反復流産も抗リン脂質抗体と関係している。
 治療としては,低用量ァスピリン療法やへパリン療法が広く行われている。また、症例によってはプレドニゾロンが投与されることもある。詳しくは他稿を参照されたい。
 抗リン脂質抗体症候群は最近非常に注目されている分野であり、次々と新しい抗体が発見され、治療法も確立されつつある。検査法の確立により、今まで原因不明とされていた不育症の多くが治療可能になることが期待される。


おわりに

 以上概説したように、不育症の分野は多分に内科的であり、緻密な診断、治療が不可欠である。 最近では原因不明不育症の頻度も著明に減少し、 多くの患者が無事赤ちゃんを抱いて退院していくようになった。しかしながら、現代の核家族化による情報不足もあり、一度や二度の流産で深刻な精神的打撃を受け、孤立している夫婦も多い。流産や不育症についての情報を一層社会に広めるとともに、不育症の専門外来では飛躍的な進歩により、多くの不育症の患者が治療可能であるという事実に患者も産婦人科医も理解を深めたい。